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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第三章 イムラン悲愴曲
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正義の形

 二十三年前、ナダール聖教を国家宗教として定めるナダール聖法王国は、その繁栄の絶頂にあった。

 若き日のナドアルシヴァは、己の信じる正義を胸に行進する。そしてその行進は、人々の運命を狂わせて行く。

 白み掛かる東の空に太陽が閃爍(せんしゃく)し、街の至る所にある礼拝所の鐘が鳴り響く。そしてそれを待って居たかの様に国中の人々が胸の前に手を合わせ、一斉に祈りを捧げる。


 ─────二十三年前、ナダール聖教を国家宗教として定めるナダール聖法王国は、その繁栄の絶頂にあった。


 国民はナダール聖教の信仰を義務付けられ、それ以外の宗教は全て邪教としてその一切が禁じられていた。また、徹底した教育により、ナダール聖教だけが唯一正しい教えであり、ナダール神を信仰する自分たちだけが、この現し世において最も崇高な存在であると、国民の誰もが信じていた。


 そしてこの日、ナダール聖法王国の首都カハタにある聖ハーティオン大教会において、盛大な出陣式が執り行われようとしていた。



「剣を捧げよ!」



 号令と共に、聖ハーティオン大教会の前に整列する大勢の騎士たちが、顔の中央に刃面を向けて剣を掲げる。

 大群衆の見守る中、一人の騎士が大教会の正面に立つナダール聖法王国法皇、ナド・アル・サラムの前に歩み出て片膝をついた。



「ナダール神の名の元、我らナダール聖騎士軍は、邪教討伐に出発いたします」


「神は常に我らと共にある、ナダール神の導きがあらんことを……」



 ナド・アル・サラムが目を瞑り両手を合わせて祈ると、その眼前に跪く騎士が顔を上げる。



「父上、必ずや、邪教徒ペダリエイシーを討伐して戻ってまいります」


「ナダール神への信心を以てすれば勝利は疑いようがない……帰りを待っておるぞ、シヴァよ……」



 ナドアルシヴァは立ち上がり、騎士たちに向かって高らかに呼号する。



「正義は我らにあり、ナダール神の御名において、邪教を根絶やしにするのだ! 出陣!」



 勇ましい音楽と共に聖騎士軍が行進を始め、それを取り囲む群集が「ナダール神万歳! シヴァ様万歳!」と叫びながら拍手を送る。

 狂気にも似た歓声の中を、己が正義を信じる騎士たちが悠然と流れる大河の如く進んでゆく。

 ナドアルシヴァがその勇壮な景色を一望し、今まさに正義の行進に踏み出そうとした時、ナドアルシヴァの足に一人の小さい男の子が抱きついた。



「おお、フィリム!」



 ナドアルシヴァが自分を見上げる一人息子のフィリムを抱きかかえると、「父上! 邪教徒いっぱいやっつけて来てね!」と、フィリムが無邪気に笑う。



「ああ勿論だとも、みんなやっつけてすぐに帰って来るからな!」



 フィリムを抱えながらナドアルシヴァが誇らしげにそう答えると、ナドアルシヴァの妻シャルキーヤがフィリムの髪を優しく撫でながら「……シヴァ様、ナダール神のご加護があらんことを……」と、心配そうな表情でナドアルシヴァを見つめた。



「心配するなシャルキーヤ、お前たちこそ、毎日の祈りを欠かすんじゃないぞ!」


「うん! 僕父上が帰って来るまでずーっと祈る!」



 ナダール聖教において『祈り』は絶対で、祈りさえすればどんな願いも叶い幸福になるとされていた。

 徹底的にそう教育された国民は毎日必死に祈りを捧げていて、ナドアルシヴァも日々の祈りを欠かした事は無かった。



 ─────ナダールの神よ、どうかこの二人に幸福を……



 ナドアルシヴァは心の中でそう祈り、妻と子を抱きしめて「行ってくる」と言って馬に跨ると、行進する騎士達の中へと消えて行く。



 ナダール聖法王国は崇拝するナダール神の名の元に、布教と称して周辺の国々を制圧し、異宗教の者、入信を拒む者は、邪教徒として容赦なく殺戮していた。

 そんな中、東の国境を接する国、魔導国イムランだけがそれを拒み続け、両国はしばしば衝突を繰り返していた。

 これを重く見た現ナダール聖法王国法皇、ナド・アル・サラムは、魔導国イムランを『ナダール神に仇なす邪教国家』として、遂に本格的な侵略に乗り出したのだった。

 

 ナダール聖法王国王位継承者、ナド・アル・シヴァ率いる十二万の軍勢が、ナダール聖教の布教を大義名分に掲げ、邪教討伐という名の殺戮に向けて進軍する。



 ─────今度こそ、邪教徒どもを殲滅してくれる……



 ナドアルシヴァは己の信じる正義を胸に手綱を握り締めた。



 その頃、魔導国イムランの東の端にある廃墟には、大勢の兵士と魔導士たちの姿があった。


 荒れ果てた広場に描かれた巨大な魔法陣の中心で、魔導士たちが様々な魔導具を使い何かを調べている。

 空中には図形や文字、魔法陣などが浮かび上がっていて、それを見上げながら、白百合色の長い髪をした美しい女魔導士が言葉を発した。



「ペダリエイシー様、反応が出ました、仰っていた通りです」



 その言葉に、他の魔導士たちと作業をしていたペダリエイシーが振り返り、空中に映し出される魔法陣に目を向ける。



「……やはりそうか……直ぐに都から魔導大隊を呼び寄せ、守護の結界の準備に取り掛かれ、二度とあの惨劇を繰り返してはならん」



 ペダリエイシーのその言葉に、全員が大きく返事をし行動を開始する。


 あの惨劇─────

 この場所にはかつてリスタバールという街があり【散りぬる陽】によって壊滅していた。


 太古の昔より存在する謎に包まれた滅びの災厄【散りぬる陽】

 ひとたび出現すれば空は闇に覆われ【忌み侍る陽炎】や【闇の眷属】と呼ばれる魑魅魍魎を生み出し破壊を齎す。


 十六年前の被害はこのリスタバールの壊滅だけに留まったが、ペダリエイシーはそれ以降各地に観測所を設け、常に散りぬる陽の出現に備えていた。


 もともと魔導国家として発展していたイムランは、その高い魔導技術を以て散りぬる陽を研究し、この時には既に散りぬる陽に対して有効な対策手段を持っていた。



「メドウスよ、お前はもう都へ戻って良いぞ、アルカイルが待っておるのであろう?」



 ペダリエイシーのその言葉に、メドウスと呼ばれた女魔導士が少し驚いたような表情で答える。



「何を仰いますペダリエイシー様! 殿をおいて先に都へ戻るなど出来ませぬ!」


「ははは、そう言ってくれるのはありがたいが、祝言の日取りを遅らせてまで連れて来てしまって、儂は心苦しくてな」



 メドウスは数日前にささやかな結婚式を挙げる予定になっていたのだが、散りぬる陽の兆候が現れた際に、自分の結婚式の事を黙って調査隊に参加しここへ来ていた。


 身内だけの慎ましい式に自分などがいて皆に気を遣わせては気の毒と、その式には参列せず、それとは別に祝いの宴を催すつもりだったペダリエイシーは、後からその事を知り、ずっと気に掛けていたのだった。


 ペダリエイシーが申し訳なさそうな表情を浮かべていると、メドウスが「どうかご心配なく。わたくしが黙って付いてきたのですから、それに、都へ戻ったらしっかりとお休みを頂ますゆえ」と丁寧にお辞儀をしてにこりと笑った。


 

「わたくしの事より、後の事は任せて、殿こそ都へお戻りください。レスタシア様と若君が首を長くして待っていらっしゃいます」



 空中に浮かぶ魔法陣に手を伸ばし、何やら操作しながらメドウスがそう付け加えると、ペダリエイシーが都の方角を向いて、「ああ、そうだな、これを済ませたら、急いで戻ってやらねばな……」と、西に傾き始めた初夏の陽射しに目を細めた。



 ペダリエイシーの見つめる先、魔導国イムランの都アールーマヤは、小国の都ながらも活気に満ち溢れていた。


 特にこの数年は、ナダール聖法王国の迫害から逃れて来た難民などを受け入れた事で人口は急増していて、国王ペダリエイシーは特別区を設けて難民の救済にあたっていた。


 そしてこの日、その特別区にあるハッジ広場には、長い行列が出来ていた。




「押さないで押さないで! 一人ずつだから、ちゃんと列に並んで!」



 くせっ毛の銀色の髪をした快活な少年が、そう言って乱れる行列を一列に並ばせていると、列の中から、ぐったりとした子供を抱える一人の女が、涙を浮かべてその少年に縋った。



「あ……あの……この子はもう何日も熱が下がらなくて、息も苦しそうで……このままじゃ、このままじゃ……」



 くせっ毛の少年は女の抱えている子供の様子を注意深く観察すると「これは……だいぶ弱っているね……ちょっと待ってね!……兄さん! 小さい子なんだけど、先に診られる?」と、行列の先に向かって大きな声で問いかける。


 すると直ぐに「こっちに連れて来てくれ! 小さい子とお年寄りが先だ!」と、行列の先に居る、銀色の髪を一つ縛りにした端正な顔立ちの青年が答えた。


 くせっ毛の少年はその子供を抱えて列の先頭まで来ると、返事を返した青年の前に置かれた簡素な診療台の上に子供を寝かせる。



「……ああ、大丈夫だ、これならすぐ治る」



 子供の脈を取りながら、兄さんと呼ばれた青年はそう言うと、薬の様なものを子供の口に流し込む。そして両手を子供の胸にかざし、その手がぼんやりと光りはじめたかと思うと、苦しそうにしていた子供の表情がみるみる内に和らいでいく。


 手から光が消え、青年が優しくその子供の頭を撫でると、その子供がぱちりと目を開けた。



「あぁっ! シャウーリャ!」



 すぐ傍で心配そう様子を見守っていた女は、歓喜の声を上げて子供を抱き寄せた。


 くせっ毛の少年が「良かったね! もう大丈夫だよ!」と微笑みかけると、兄さんと呼ばれた青年が「この子は呼吸器系があまり強くないみたいだから、激しい運動などはあまりしないように、気を付けてくださいね」と優しくその女に伝えた。


 この青年たちは、何日かに一度こうしてハッジ広場を訪れては、無償で難民たちを治療していた。


 その治療の効果は絶大で、重病で弱り切っていた人や、歩けなくなっていた人でさえ、たちどころに治して見せた。


 人々はそれを奇跡と呼び、そしていつしか彼らの事を『メサイア』と、そう呼ぶようになっていた。



「うぅ……ありがとうございます……メサイア様……」



 女が子供を抱きしめて涙を流しながらそう繰り返す。すると青年は笑顔で「私はメサイアではありませんよ」とだけ答え、くせっ毛の少年に向かって元気よく声を掛ける。



「さあリサイリ! もう一頑張りだ!」



 兄さんと呼ばれた銀髪の青年───セルシアスは、弟リサイリの肩をぽんと叩くと、朱を帯び始める陽光に目を細めた。

 

ナドアルシヴァはナダール聖法王国の王位継承者だったのですね!

しかしこの時のナドアルシヴァは、ナダール聖教に傾倒していて、とても危険な思想に洗脳されているのです!


その洗脳状態のナドアルシヴァが邪教徒狩りに向かう先、大魔導師であり賢者と謳われるペダリエイシーの治める魔導国イムランには、青年時代のセルシアスと幼児になる前のリサイリがいるのでした。



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