刻まれた罪
ナドアルシヴァとメイダーンは、最前線の守備隊と合流する為に、未だ沈黙を守る滅びの災厄『散りぬる陽』に最も近いクムザールの駐屯地に来ていた。
到着後すぐに状況を確認したナドアルシヴァは、ある『異変』に気付く。
その事についてセルシアスと話をする為ナドアルシヴァは、ワディシャームへ向かう準備をしていた……
闇に沈む見慣れた回廊を、覚束無い足取りで進んでいた。
走ろうと思っても、足がうまく動かない。
累々と横たわる死体を避けながら歩き、身を引き裂く自責の念に苛まれる。
─────俺のせいだ……俺のせいで全員死んでしまった……シャルキーヤ……フィリム……早く逃げてくれ、そんな事をしていても無駄なんだ……
己の無力さと愚かさに慟哭する。
後悔に塗れた哀れな呻き声が、命の存在しない回廊の中で途切れ途切れに響いては消える。
もう何もかも手遅れだと分かっていた。そしてそれが、全て自分の責任であるという事も。
半開きになっていた扉を開けて大広間へ入って行くと、耳鳴りするほどの静寂の中、無残な亡骸の群れが視界を埋め尽くした。
「ああぁあ……シャルキーヤ……フィリム……ううぅ……」
嗚咽を洩らしながら部屋の一番奥に目を向けると、シャルキーヤの着ていたドレスを纏った何かが見える。
間違いであってくれと祈る。しかしその祈る神すらも失っていた事に気付く。
極限の恐怖が冷たい漣となって全身の表面を波打つ。確かに、シャルキーヤとフィリムだった物がそこにある。
「うああ……ああぁ……あぁああーーーー!」
自分の叫び声が、ナドアルシヴァを悪夢から現実へと引き戻した。
カーテンの隙間から差し込む光に顔を照らされ、その眩しさに目を細めながら外の方へと視線を向ける。
金糸の様な光を受ける埃がきらきらと宙を舞い、通りかかった人の影がその僅かな光を点滅させている。そして外からは、朝の訓練をする兵士たちの声が微かに部屋の中に流れ込んできた。
夢から覚めてもまだ、本当にあの場所にいたかのように、心臓が大きく脈打っている。
全身ずぶ濡れになるほどの汗をかいていたナドアルシヴァは、乱れる呼吸を必死に整えて深く息を吸い込んだ。
小刻みに震える両手で顔を覆い、ゆっくりその息を吐き出すと、今もまだ脳裏に焼き付く悪夢の残骸を剥ぎ取るように、必要以上の力を込めて油汗を拭う。
外から漏れ入る小さな陽光の中ナドアルシヴァは、目を瞑って俯く。
そして小さな声で何度も何度も、同じ言葉を繰り返した。
「……許してくれ……許してくれ………」
─────────────────────
「おはようシヴァ! なあ、僕も連れて行ってくれよ!」
いつも無駄に朝の早いメイダーンが、重い足取りで部屋から出て来たナドアルシヴァにせっつく。
普段であれば、めんどくせえ奴だなぁと思うナドアルシヴァも、この時ばかりはメイダーンのその能天気さに救われた気がした。
「ああ、連れて行ってやりたいのは山々なんだが、もし何かあった時の事を考えると、メイダーン、お前にはここに残っていてもらった方が安心なんだ、すまねえな」
「まあ、そうだけどさ……あーあ……ジュメイラに会いたかったな……」
ナドアルシヴァとメイダーンは、最前線の守備隊と合流する為、散りぬる陽に最も近いこのクムザールの駐屯地に来ていた。そしてこの日、ナドアルシヴァはセルシアスと話をするために、ワディシャーム城へ行く事になっていた。
「まああれだ、メイダーン、お前ラスジェノスの相手してやってくれよ、あれだって、見た目はジュメイラと同じくらい綺麗だから良いじゃねえか」
荷物をまとめながらナドアルシヴァが他人事のようにそう言うと、メイダーンが顔をしかめた。
「えー……ラスジェノスか……確かに綺麗はキレイだけどさ……ちょっと違うじゃんアレは……」
「アレってなによ! 失礼ね!」
メイダーンはその声のする方へ振り返ると、「うっわ、来た」と言ってあからさまに嫌そうな顔をする。
「ああ、おはようラスジェノス、今そっちに行こうと思っていたところなんだ、ちょうど良かった」
ナドアルシヴァがそう言うと、顔を膨らませながらメイダーンを睨んでいたラスジェノスが、コロッと表情を変えてナドアルシヴァに笑顔を向ける。
「えぇ!? そうだったの⁉ やだ嬉しい!」
「……い、いやあ、ただ出発の前に挨拶しようと思ってただけだからな、別に特別な意味はねえからな……で、何だお前、今日は女か?」
「ん? あぁ、そうそう! でも、シヴァが出かけるんなら、やっぱり今日は男にしとこうかな」
そう言うラスジェノスの声が、途中から野太い男の声に変わると、メイダーンが「怖えってマジで」と言って後退りする。
アーグリム・ラスジェノス───
ワディシャームが誇る英雄如来三尊の一人で、その力はイェシェダワをも上回る実質ワディシャーム最強の戦士。
藍色の長い髪のせいで、凛々しく美しい女の様に見えるが、線の細い男のようにも見える。
それは正に中性。時として女、時として男。
両性具有であるラスジェノスは、その時の気分で男になったり女になったりして、いつも周囲を戸惑わせる困った英雄だった。
「明日には戻る。それまでこっちの事は頼む」
「……ええ……シヴァ? 大丈夫?」
支度を整えているナドアルシヴァに、女の方のラスジェノスが心配そうな表情でそう言うと、意表を突かれたナドアルシヴァははっとした様子で「お、おう……大丈夫だよ! 何だよ急に⁉︎」と取り繕い、まとめた荷物を担いだ。
「……そう……それなら良いんだけど……」
ラスジェノスは違和感を覚えていた。
ナドアルシヴァ達とは先日会ったばかりだったが、その時から、ナドアルシヴァが時折見せる、重苦しい表情が気になっていた。
そして今この瞬間、ナドアルシヴァの横顔にはっきりと恐怖の色が浮かび上がっているのを、ラスジェノスは感じ取っていた。
─────多分……何か知っている……
先日、クムザールへ到着したナドアルシヴァは、直ぐに散りぬる陽を調べに出ていた。一応調査報告を受けてはいたが、そこには、特に懸念されるような点は無かった。
でもこの様子は何処かおかしい───。ラスジェノスは、ナドアルシヴァが散りぬる陽について何かを知っていて、それを隠しているのだと確信する。
「私もついて行く!」
「……え……エェッ⁉︎」
ラスジェノスの突然の言葉に、ナドアルシヴァはついうっかり拒絶反応を示す。しかしそんな事はお構い無しに、ラスジェノスがナドアルシヴァの腕にぎゅうっと組み付き自分の胸を押し当てた。
「大丈夫! 今日は女だから!」
「……いや……そういう事じゃねえんだよなぁ……」
困り果てた様子のナドアルシヴァを見ながら、メイダーンが嬉しそうに「罪な男だねシヴァは」と言って笑った。
第三章スタートです!
気さくで優しい感じのナドアルシヴァでしたが、何か暗い過去を背負っているようですね!
彼は一体何を経験し、何を知っているのでしょう!?
面白い! 続きが楽しみ! と思って頂けたら
ブックマーク登録をお願い致します!!
そして更に!!
広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして下さいますと、張り切って続きが書けます!
どうぞ宜しくお願いします!
 




