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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第二章 ワディシャーム狂想曲
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知らえぬ恋に夜空仰ぎて

 好きとか好きじゃないとか、そういう風に考えた事は無かった。


 ただただ大事で、守りたい。それを好きと言うのであればそうなのだろうが、その気持ちが異性に対しての「好き」であるかどうかは、ドゥルマには明瞭ではなかった。


 同じ英雄如来三尊でありながら、自分をも凌駕する圧倒的な超常の力を持つイェシェダワ。自分にとって特別過ぎるそのイェシェダワを「異性」として意識しているのかどうか、この時のドゥルマにははっきりと分からなかった。


 突然のイェシェダワからの問いかけにドゥルマは戸惑い、答えられないまま、沈黙が訪れる。



「……俺は………」



 ミノムシ状態でそれだけを口にし、ドゥルマが言葉を詰まらせる。地上にいる大勢の騎士たちが戦いを止めて二人を見上げる中、イェシェダワは、俯いたままでドゥルマの答えを待つ。


 特別な言葉なんて要らない、ただ一言で良い、ただ一言いつものあの調子で「お前だ」とさえ言ってくれれば、それでどれ程救われるか……それなのに、どうしてその一言すら言ってくれないの?────。救いの言葉を待つほんの数秒という時間は途方も無く長く、そこに膨らむ不安がイェシェダワに最悪の結末を連想させる。



 ────これが……答え……



 返事すら貰えない事が、辛かった。

 不安は絶望に変わり、微かに抱いていた淡い期待は、その絶望という火に焼かれて灰となり、呆気なく消え去ってゆく。


 もういい、もう十分────。耐えきれない沈黙に、イェシェダワは逃げ出したくなる。


 そしてその沈黙は、救いの言葉でも、望まない答えですらない、イェシェダワにとってより残酷な真実によって破られた。



「小娘よ良く聞け。ドゥルマはな、もう我の物じゃ」


「……⁉」



 エルミラのその言葉が、鋭利な刃物となってイェシェダワの心臓に深く食い込む。

 俯いたままの視線は焦点を得ず宙を彷徨い、突き刺さった心無い言葉がイェシェダワの全身に冷たく広がってゆく。



 ─────やっぱり、そうだった……



 想定していた最悪。最も望まない真実。


 いざそれを目の当たりにしたイェシェダワは、悲しみを通り越し、その悲哀に染まる瞳からは涙すら出なかった。

 昨夜目にした光景が再び脳裏に去来し、息が出来なくなる。



「エ……エルミラ様! 何言ってんだ一体!」


「何を言うておるかドゥルマよ……今日も一日中一緒にいたではないか……ずっと手を繋いで、膝にも乗せてくれたではないか……」



 エルミラの一言一言がイェシェダワの胸を締め付けていく。


 一番恐れていた答えを目の前に突き付けられたイェシェダワは、ただ黙って項垂れる事しか出来ない。


 もう十分。もう何も聞きたくない────。そう思っていても、動くことすらできないイェシェダワは、ただじっと自分を包み込んで離さない喪失感に耐えていた。



「それはそうだが! そ、それは子供のエルミラ様で……そう言っても分かんねえか……とにかく! 変な言い方をしないでくれ!」


「それにドゥルマ、忘れたのか?……昨夜だって一晩中一緒に……この胸に顔を埋めて眠っておっただろうが……」



 ぐるぐる巻きのドゥルマに顔を寄せ、艶めかしい口調でそう言うエルミラの言葉に、イェシェダワは思わず耳を覆う。



「な……なあイェシェ!……違うんだこれは!……俺の話を……」



 必死に訴えるドゥルマの言葉を遮り、イェシェダワは自分でも意外なほど自然に口を開いた。



「分かった……もう……分かったから……」



 力なくそう呟いたイェシェダワはふっと顔を上げ、無理やりに作った笑顔で言葉を続ける。



「私は!……ドゥルマが幸せならそれで良い……それが……私にとっての……一番の幸せ……だから……」



 勢いよく明るい声色を装ったその言葉も、儚く崩れてゆく笑顔と共に途切れ途切れになり、最後の一言は涙に滲み、こみ上げる嗚咽にかき消されていた。



「イェシェ! 違うんだ!……俺は……!」



『俺は』の後、イェシェダワが求める言葉どころか、何の言葉もないその短い時間が、イェシェダワをより悲しい気持ちにさせる。


 イェシェダワは止めどなく溢れる涙を隠すように俯き、すうっと夜空へ舞い上がると、ゆっくりとその場を離れて行く。



「イェシェ! 待ってくれ!」



 ぐるぐる巻きのドゥルマが必死に叫ぶが、イェシェダワは振り向こうともせずに次第に遠ざかって行く。


 そして、どうする事も出来ず、ただその後姿を見つめるドゥルマに、強い後悔と深い悲しみが襲い掛かった。


 どうしてあの時、すぐ答えられなかったのか、どうしてはっきりと、イェシェダワを一番大切に思っていると言えなかったのか……


 ドゥルマはただ、濃藍の夜空へと溶け込んで行くイェシェダワを見つめていた。



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