淡い思い香るシナモン
────何なんだよまったく! 急に怒鳴りやがって………まあでも……やっぱり、怒った顔も可愛いな………
それにしてもルグレアのやつ、ドゥルマ様を探してたのか……そうならそうと言えばいいのに………
よし! ここはひとつ、良いとこ見せて株を上げとくか!────「おい! ルグレア!」
後ろから追いかけてくるサラディンの声に、間髪入れず「うっさいバカ!」とだけ言って、ルグレアは馬を駆ける。
ドゥルマを乗せた馬車とすれ違ってから、もうだいぶ時間が経っていた。既にワディシャームの街に入っているのは間違いなかった。
────あの広いワディシャームの街で、一体どう探せば……
ルグレアはドゥルマの行きそうな場所を必死に考えるが、ドゥルマについて職務上の事しか分からないルグレアには、それらしい場所が何処も思い浮かばない。
────こうなったら、街中を探し回るしかない……!
覚悟を決めて手綱を握り締めるルグレアに、サラディンが懲りずに語り掛ける。
「なあおいルグレア! お前、今から街に行って、虱潰しにドゥルマ様を探そうなんて思ってるんじゃないだろうな⁉」
「う……うるさい! ほっといて!」
図星をつかれ反論できないルグレアは、それだけ言って悔しそうに口を噤む。
「あの広い街の中で、当てもなく探すなんて無茶だ! 俺に思い当たる場所がある! そこへ行くぞ!」
「……思い当たる場所⁉︎……そ、それは何処だ!」
ルグレアはようやくサラディンの方へと顔を向け、そう叫んだ。
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「「イェシェダワが空から落ちて来た⁉」」
ジュメイラとジュベラーリは驚きながらそう声を揃えた。
「は、はい……我々も詳しい事は分かりかねますが……現在イェシェダワ様は城で保護されていて、今ここにはおりません……」
ワディシャーム国防軍本部に着いたジュメイラたちがイェシェダワに会いに来た旨を伝えると、案内係の兵士がそう言った。
「それに、ドゥルマ様も……このような事態になっておりまして……今、総長代理が参りますので、詳しい事はその………」
案内係の兵士がそこまで言ったところで、二人の後ろから「使徒殿ー!」と言う声が聞こた。
二人がその声のする方へ振り向くと、大柄で立派な髭を貯えた一人の騎士が走って来る。
「使徒殿! ご不便をお掛けして申し訳ない。私は国防軍総長代理ファラジャムルであります!」
「ファラジャムルさん、イェシェダワが空から落ちて来たって……どういう事?」
「ふんぐっ!?」
二人の前で最敬礼をするファラジャムルにジュベラーリがそう尋ねたが、ファラジャムルはジュベラーリを見た途端変な声を上げて固まってしまい答えない。
それを見かねたジュメイラが「ちょっと?……ねえ大丈夫?」と訊くと、ファラジャムルは「ぬぁっ!」と再び変な声をあげて我に返り、緊張した面持ちで答えた。
「げ、原因は不明でありますが、昨晩ワディシャーム城上空よりイェシェダワ様が落ちて参られ、怪我こそされておりませんが、大事を取って休養されておる次第であります!」
─────そうか……街の様子が騒々しいのはそのせいか……でも一体、何があったのかしら………
ジュベラーリがそう思っていると、ジュメイラが「で、ドゥルマさんはどうしたの?」とファラジャムルに尋ねる。すると、その声に降り向いたファラジャムルがジュメイラを見つめて固まった。
ジュメイラとジュベラーリが呆れた様子で顔を見合わせる。
そして今度はジュベラーリが「……ファラジャムルさん?……ファラジャムルさん⁉」と呼びかけると、ファラジャムルは先ほどと同じように「ぬぉおっ!」と我に返って突然話し出す。
「それを受けて! 失踪したドゥルマ様を国家反逆罪の容疑で捜索中であります!」
「えぇっ⁉」とちゃんと驚くジュベラーリの隣で、ジュメイラが「ぷーっ!」と吹き出す。
「ちょっとジュメイラ! 笑い事じゃないわよ!?」
「………ぷぷぷ……ちょ、超ウケるんですけど………あの人、今頃どこにいるんだか………」と言ってジュメイラが喜ぶ。
そんな二人に見惚れて固まっていたファラジャムルだったが、今度は自力で我に返ると、「わ、私は捜索隊の隊長を仰せつかっております故、これにて!」と言って駆け足で戻っていく。
「もうジュメイラったら………う~んドゥルマ大丈夫かしら……どうしましょう……」
走って行くファラジャムルを見ながら、口に手を当て心配そうな表情のジュベラーリがそう言うと、
「大丈夫よジュベラーリ! ドゥルマが捕まったりしないわよ……それより、うふふ……面白くなってきたと思わない………?」
ジュメイラがそう言いながら悪戯な表情で笑うと、ジュベラーリも「それもそうね………」と、ジュメイラと同じくらい悪戯な笑みを浮かべ、口に当てていた指を唇に甘く咥えた。
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『グランベールランド』
それはラス=ウル=ハイマ首長国最大の遊戯施設。
数々のアトラクションに加え、劇場やレストラン、ホテルなどを備えた一大テーマパークで、訪れる者を夢の国へと誘う。
そしてこの日も、そんなグランベールランドの夢の世界へと足を踏み入れた、大人一人、子供二人がいた………
「わわわわーーーあはははっ!」
「おぉーーーなんぞなんぞー⁉」
グランベールランドの大人気アトラクション『ヒュージ・ライトニング・クライマックス』にエルミラとリサイリが大はしゃぎして喜んでいる。
「どうだ、楽しかったか?」
完全に遊園地に来たお父さん状態で二人を見守っていたドゥルマは、ヒュージ・ライトニング・クライマックスから戻って来た二人に、してやったりといった表情でそう声を掛けた。
「うんうん すごかったー! もう一回乗りたーい!」
「待て待てリサイリよ! 今度はあっちじゃ! あれに見える城へ参ろうぞ!」
すっかりグランベールランドの魔法にかかったエルミラとリサイリの二人を見ながら、ドゥルマが微笑む。
ここならこの二人も喜ぶし兵士も騎士もいない、一先ず安心だろう────ドゥルマはそう考えて、このグランベールランドへと来ていた。
「よーし! その前に! 二人にこれをやろう!」
ドゥルマはそう言って、二人がヒュージ・ライトニング・クライマックスに乗っている間に買ってきた『ベール・チュロス【シナモン味】』を差し出すと、エルミラとリサイリは「ふぉおおおおーーー!」と言って飛び跳ね、ベール・チュロスにかぶりついた。
「甘ーい! 美味しいー!」
「甘美じゃのう!」
少しの間、嬉しそうにベール・チュロスを頬張る二人を眺めると、ドゥルマは自分の手に持つベール・チュロスに視線を向ける。そしてそのシナモンの香りに、イェシェダワの事を思い出していた。
ドゥルマがこのグランベールランドへ来るのは、これが初めてではなかった。
孤児院で育ったドゥルマは騎士になってからずっと、時間を見つけては孤児院の子供たちを連れて良くここへ来ていて、いつも決まって、子供たちにこのベール・チュロスを食べさせていた。
そして、帰りには必ずベール・チュロスを二つ買い、一つは自分、そしてもう一つはイェシェダワへのお土産にしていたのだった。
しかし、イェシェダワとここへ来た事は無かったし、誘った事もなかった。
─────あいつ、誘ったら来るかな………
今までただの一度も、イェシェダワをここへ誘おうなどと思った事もなかったドゥルマは、たった今自分がそう思った事に驚く。
あれ……俺は何を考えているんだろう────ドゥルマは自分自身の感情に困惑した。
─────俺は……俺はイェシェの事を………
「ドゥルマよ! あれに見える城へ参るぞ!」
エルミラの声にはっとして、ドゥルマは我に返る。
「……あ……そ、そうだな!……よし、じゃあ行こうか!」
ドゥルマはそう言ってベール・チュロスを紙に包んで胸のポケットにしまうと、エルミラとリサイリの二人と手を繋いで、正面に見えるその城へ向かって歩き出した。
そして、時を同じくして、別の場所から険しい眼差しで、ドゥルマたちの向かう城を見つめる者がいた。
「この馬車に間違いない……なあルグレア、俺の睨んだ通りだったろ?」
「……ああ……そうね……間違いなく、ドゥルマ様はここにいる………!」
ここへ来るまでの間に、ドゥルマが容疑者として捜索されていることを知った二人は、ドゥルマ捜索隊と全騎士団へ向けて緊急用の伝令を送った。




