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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第四章 バスタキヤ奇想曲 第二部 伝説の起源
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蒼炎の疑惑

 麗らかな春の日向のような、心を和ませる香りが、微かにした。リサイリとキシャルが確かに、この艦に来ているのだと分かった。二人の思いが熱となって胸の奥で膨らむのを感じた。潤んだ視界の中を、マリーチは走った。


 兵士たちの足下を縫うように駆け抜けた。通路の天井に剥き出しになっている無数の配管が見えた。マリーチは兵士の背中に飛び付いて、そこからまた別の兵士の頭に飛び乗り、一気に天井の配管へと飛び移った。



「あああ! 猫! あんな所へ……!」

「猫ちゃん! ほらほら、こっちおいでー」



 追いかけて来た兵士たちが、マリーチを見上げてあたふたしている。天井を通る配管の間隔は狭い。密集する配管の上であれば捕まる事はまず無い。


 ここなら大丈夫────。安全を確認すると、マリーチは瞼を閉じた。精神を集中し、心の目を開いて艦内を見渡す。

 そして、その瞳が捉えた光景に、マリーチは首を傾げて呟いた。



「どういう状況なの……!?」


 

 鈍色の通路をとことこと、平然とした顔でキシャルクティアが歩いている。すれ違う兵士に「こんばんは! お疲れ様です!」などと、普通に挨拶をしている。


 兵士たちは驚いて顔を見合わせ、立ち止まって振り返る。

 飛行戦艦にいるはずのない少女。その存在に誰もが違和感を覚えつつも、あまりにも自然な振る舞いに、一切の問題は無いのだと思わされる。

 キシャルクティアは余裕の笑みを浮かべて、語り掛けた。


 

「ふふふっ! 変にコソコソするよりも、こうして堂々としていた方が、意外と大丈夫なのよ!……ね? リサイリ?……あ……あれ……?」



 後ろを振り返ったキシャルクティアは、ほんの一瞬、戸惑った。あると思っていたリサイリの姿が、そこには無かった。立ち止まって、尖らせた唇に人差し指を当てた。

 首を傾げて、左右を見渡す。不思議そうな眼差しを向ける兵士たちが、通り過ぎて行く。

 


 ────リサイリ……あいつまさか一人で……!?



 勝手に行ってしまったのは他でもない自分自身なのだが、キシャルクティアは自分本位に解釈した。

 当然、リサイリは後ろをついてきているものと思い込んでいた。部屋を出てから、もうだいぶ歩いていた。扉もいくつか通った。戻る道は、全然分からなかった。

 しかし、()()()()であるキシャルクティアは動じない。


 リサイリは優秀な弟。一人でもきっと大丈夫。そして何より、自分はお姉さまだからもっと大丈夫────。むしろ、二手に別れる事で、より効率的にマリーチを探せるという事にして、逆に良しとした。はぐれた事など気にもとめず、キシャルクティアはマリーチ捜索を開始した。



────✩.*˚────✩.*˚────✩.*˚



『あの、すいません。二本の尻尾がある白猫ちゃんを探しています。大切な家族なんです。ご存知ありませんか?────』と尋ねながら、飛行戦艦内を歩きまわっている少女が居るという報告を受けたサーリシュハラは絶句した。


 一緒に報告を聞いたナジャハヴァルドは思わず笑いをこぼした。


 リサイリたちを待たせていた参謀長官公室の扉は、システム認証されている者以外、内からも外からも、決して開かないはずだった。認証されているのは、自分とナジャハヴァルド、そして、間もなく合流する主力戦闘艦エル=ハナンにいる副将ルザファルナガルだけだった。



「も……申し訳ございません……まさか、長官公室の扉を開けてしまうなんて……わたくしのミスです……」



 驚きの冷めやらない表情で、サーリシュハラがそう言うと、ナジャハヴァルドの笑みが消えた。



「施錠したあの扉を、その者らが開けたと申すか?」


「はい……そうであるとしか……」



 俯きがちにそう答えたサーリシュハラに、ナジャハヴァルドは少しの間を置いてから「まあよい。気にするでない」と、感情のない口調で言った。そのままの表情で、報告に来た兵士に尋ねた。



「して、その小娘は今どこにおる?」


「はい。現在第一第二、第三分隊と共に、船首左舷側を隈無く捜索しています」


「…………ん?」



 ナジャハヴァルドは眉をひそめて首を傾げた。兵士の放った言葉の理解に苦しんだ。ちょっと意味が分からなかった。黙ったまま、隣にいるサーリシュハラに目を向けた。今の自分と同じように、眉をひそめて首を傾げていた。

 ナジャハヴァルドは改めて兵士に問いかけた。



「お主、それはどういう意味だ? 第一から第三分隊が、その小娘を探しておるという事か?」


「いえ、我々艦隊警備保安部は、第一から第三分隊を総動員し、その少女と共に白猫の捜索にあたっております」


「え……意味分かんないんだけど……」


 

 サーリシュハラはうっかり素でそう言った。流石のナジャハヴァルドも言葉が出なかった。 


 確かに、一部の兵士たちには、魈仙猫を捕獲するように指示を出した。しかし、保安部を総動員した覚えはない。言われてみれば、艦内が俄に騒々しい。魈仙猫の存在自体知るはずのない一般兵や機関士たちまでもが、物陰や配管裏などを覗き込んでいる。

 明らかに、猫探しをしている。



「これは一体……どうした事だ……!?」



 危機的状況ではないにしても、これは完全に異常事態。その少女か、或いは魈仙猫の魔法によるものかと思ったが、どうもそういう感じではない。兵士たちには、魔法によって操られている兆候は、一切感じられない。

 しかし、そうだとしても、このままにしておく訳にはいかない。この状況を収拾しなければならない。ナジャハヴァルドは迅速に指示を下した。



「保安部はそのまま白猫の捜索を続けよ。第三分隊から数名を出してその小娘を幕僚室まで連れてまいれ。サーリシュハラ、そなたは中央管理室へ行きもう一人の少年の行方を追え。その者も既に長官公室にはおるまい。儂はこれより────」



 そこまで言ったところで、ナジャハヴァルドは言葉を詰まらせた。忙しなく行き交う兵士たちの間に、視線が留まった。その様子に気付いたサーリシュハラが、ナジャハヴァルドの眼差しを追った。その先に見た光景に、サーリシュハラが口を開いた。



「あ! あの子、どうしてあんな所に……ねえ!? リサイリ!? あなたどうやって部屋を出たの!?────」



 見つかっちゃった! という顔のリサイリへ向かって、サーリシュハラが走って行く。リサイリは逃げる素振りを見せず「えっとですね! 実は姉がどこかへ行ってしまって、探していたところなんです!」と、元気よく答えた。



「サイーダトゥナなら、今船首の方に居るって報告があったわ。それより、あなたたち、どうやって扉を開けたの?」


「扉ですか!? えっと、あれはですね、鍵を開ける秘密の魔法があってですね……」


「秘密の魔法?」


「……あ! でも秘密の魔法だから、詳しい事は教えられないんです! 秘密ですからね!────」



 臆する様子もなく、はきはきと受け答えをする少年────。その姿にナジャハヴァルドは、視線を奪われた。



 ────あの少年がリサイリ……そして、もう一人の少女の名は……サイーダトゥナだと……!?



 その名前は、ナジャハヴァルドの心の中を駆け巡り、あらゆる記憶を手繰り寄せた。記憶は歪に繋がり合い、説明できない推測を、ナジャハヴァルドに想像させた。


 光輪を背にした魔導機の手掛かり────。微かに抱いていたその期待に、薄暗い疑念が重なった。


 これは、偶然なのか? いや、そんなはずはない────。何か、理解を超えた超常の力が働いているとしか思えなかった。


 リサイリへ向かって歩を進めながら、ナジャハヴァルドは問い掛けた。



「お主、名をリサイリと、そう申したな」


「……は……はい……! 僕、リサイリです……」



 リサイリは一目で、その男がマリーチを連れて行ったあの時の共和国軍兵士、ナジャハヴァルドであると分かった。

 この人に訊けばマリーチの居場所が分かる────。マリーチ救出の成功を、リサイリは確信した。この絶好の機会を無駄にするわけにはいかない。言葉を選び、慎重に会話を進めなければならない。

 

 まずは、こちらに敵意がないという事を理解して貰う必要がある。何から言えば良い? そうか! そのまま言えば良いのか!────。という安直な結論に達し、言葉にしようとしたリサイリの口を、ナジャハヴァルドが封じた。



「あの扉は、特殊な魔法で施錠する仕組みになっておる。それをこの短時間で解除できる者など、この世に一人しかおらぬ。リサイリ、お主、ダラジャトゥ・シンディガー(ゆかり)の者であろう」

 


 口八丁には自信のあったリサイリも、ナジャハヴァルドの放ったその一言を前にして言葉に詰まった。「えっと……ち……違います……」と、咄嗟にとぼけてみたものの、ナジャハヴァルドの確信が揺らいだ様子はなかった。

 瞬時に、冷たい緊張がリサイリのこめかみに広がった。


 シンディガーは今でこそ咲きにける雷側についてはいるが、本来はダラジャトゥの人間。そしてダラジャトゥは、今まさに、このザルーブ連邦共和国と敵対関係にある。


 ダラジャトゥの状況を、共和国軍がどれだけ把握しているのか分からないが、これが良い展開に繋がるとは思えない。

 もう少し様子を見て、拘束される危険性があれば、眠りの護符を使うしかない────。リサイリは、上着のポケットに忍ばせた護符に手をかけた。その動きを冷静な眼差しで一瞥すると、ナジャハヴァルドは侮蔑を滲ませる口調で言葉を発した。



「お主らのような年端のいかぬ子供を斥候に出すとは、シンディガーめ、相変わらず卑劣な男よ。子供であれば、敵の目を欺けるとでも思ったのであろうな」



 やはり、敵対関係にあるのだと、リサイリは思った。このままではまずい。今ここで護符を使うしかない!────。ポケットから護符を取り出そうとした手が、止まった。手だけではない。全身が動かない。



 ────どうして!? これは……魔法……!?



 そうであるとしか思えなかった。まるで石像にでもなってしまったかのように、全身が硬直している。ポケットの中の護符が、固まった手をすり抜けた。宙に漂い出た護符がひらひらと、ナジャハヴァルドの正面に集まっていく。



「これは……大賢者シンディガーの護符……!」



 驚愕の眼差しで護符を見つめ、サーリシュハラはそう言った。その直後、全ての護符が青い炎に包まれた。シンディガーの護符を消し去っていく蒼炎の向こう側、ナジャハヴァルドはリサイリに告げた。



「リサイリよ、安心せい。お主にも、サイーダトゥナにも危害は加えぬ。この儂がお主らを、()()()()から救ってやろう」


 

 思わぬ疑惑が浮上しました! シンディガーを悪魔と罵るナジャですが、リサイリとサイーダトゥナという名前にも反応しています。大神に救われた時に聞いた声の謎、そして意外な事実の片鱗が明かされます……!!!



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