明かされた行方
強い光に、静けさを忘れた森の木々がくっきりと黒く、浮かび上がっている。
その向こうに、慌ただしく動く兵士たちの影が見える。
闇に身を潜め、リサイリは尋ねた。
「あの、おじさん、零式二型が撃墜された時、どの方角で、どれくらい離れていたか、分かりますか?」
共和国軍が現れた直後、リサイリたちはすぐにその場を離れ、魔導機のない場所へと逃れていた。
共和国軍の目的はおそらく、戦闘員の救助であると思われた。撃墜された魔導機のない場所なら、兵士たちは来ないはず。ここから離れれば、見つかる可能性は低くくなる。
そして何より、マリーチが墜落したのは五十一式の傍ではないのだから、違う場所へ移動する必要がある。
「距離は、そう遠くはなかったはずだ。十町はあるまい。方角は、南……右側から夕日が差しておった。南で間違いない」
「南ね! おじさんありがとう! リサイリ! 南ってどっち!?」
「えっとね……南はね……」
星の位置を見れば、方角が分かる。リサイリは空を仰いだが、頭上は木々に覆われている。
揺れる枝葉の合間に覗く、僅かな星の煌めきに、リサイリは小さな溜息をついた。
「……これじゃ分かんないや……もっと開けた所まで行かないと……」
「呼ぶ? 慈雨たる御手。もう大丈夫じゃない?」
キシャルクティアの言葉に、リサイリは少し考えてから頭を振った。
何隻かあった飛行戦艦は、広い範囲に展開していると思われた。もといた場所からはある程度離れたが、まだ十分に距離を取ったとは言えなかった。むしろまだ、敵に囲まれている状況に近い。
「呼ぶのは、もっと離れてからにしよう。とりあえず、敵のいない方へ進もう」
「そうだね! よし! おじさん行こう!」
キシャルクティアがハッサの腕を引っ張っていると、ハッサが急に、キシャルクティアを抱えて屈みこんだ。
「んぎゃー!?」
「静かに! 隠れるんだ!」
突然抱え込まれ、キシャルクティアは驚いて声を上げたが、警戒に忍ばせたハッサの言葉に状況を悟って口を噤んだ。リサイリも身をかがめた。
近くにあった倒木の陰に身を潜め、息を殺して周囲を窺う。遠くから兵士たちのざわめきが、風に乗って微かに聞こえる。その音の聞こえてくる反対の方向から、気配を感じた。
何かこっちへ向かって来る────。暗闇から迫るその気配に、リサイリは目を凝らした。
落ち葉を踏みしだく音がゆっくりと近付いてくる。明かりをつけている様子はない。つまり、救助に来た共和国軍の兵士ではない。野生動物である可能性も考えられるが、正体が分かるまで動くわけにはいかない。
暗視ゴーグルのおかげで、暗がりの奥でも見通せる。キシャルクティアもひょこり顔を出して、きょろきょろしている。微かな音へと向けられたリサイリたちの瞳が、立ち並ぶ巨木の間に揺らめく、白い人影を捉えた。
「オバ……お、おば……オバケが────」
「しーっ!」
どうやらオバケが苦手なキシャルクティアが、怯えて声を震わせた。リサイリは慌ててキシャルクティアの口に手を当て言葉を遮り、倒木の陰に頭を引っ込めた。それと同時に、近付いて来ていた足音が止まった。
────気付かれた……!?
動いている気配がない。歩いて来ていた白い人影は、明らかに立ち止まっている。一瞬、人型に化けたマリーチかも知れないと思ったが、確認しようにも、顔を出して見るわけにもいかない。
どうしよう────。身動きできず、ただ黙って身を潜めるリサイリの耳に、声が届いた。
「誰ぞおるのか!? わしはここじゃ。誰かおらぬのか!?」
その言葉は、救助を待っていた共和国軍の兵士であることを意味していた。
足音が、再び動き出す。こちらへ接近して来ているのが分かる。今ここで、迂闊に動けば見つかってしまう。このまま倒木の陰に隠れて、立ち去るのを待つしかない────。と思ったが、キシャルクティアがそーっと、声のする方を覗き込もうとしている。
「キシャル! なにやってんの!? ダメだよ隠れて!」
これ以上ないという程の小声でそう語りかけ、キシャルクティアの服を引っ張るが、キシャルクティアはやめようとしない。
「男の人?……あれ……でも女かな……なんだろう?……なんか持ってるよ……」
「そりゃ持ってるかもしんないけど! そんな事いいから! とにかく隠れ────」
現れた人物を凝視しているキシャルクティアを、必死に物陰に引き戻そうとしていると、強い光が周囲を照らした。
流石にびっくりしたキシャルクティアが慌ててかがみ込んだ。その直後、遠くからまた別の声が響いた。
「いらっしゃったぞ! こっちだ!」
「こちら第二分隊、ナジャハヴァルド様を発見。ご無事のようだ、これより本隊へ戻る」
やっぱり、共和国軍の人だ────。リサイリはそう確信した。
おそらく兵士たちは、この人物を保護したら撤収して行く。それを待つしかない。
陰の中で、リサイリは耳をそばだてる。集まって来る兵士たちの足音と、会話が聞こえて来た。
「お怪我はございませんか!?」
「うむ。幸いな事にな。して、被害状況は?」
「撃墜された魔導機は行動不能の状態ですが、損傷は受けておりません。操縦士も、何らかの魔法によって眠らされているだけのようです。不思議な事に、何をしても目を覚まさないのですが……今のところ、死傷者はありません」
「そうか……やはりな……で、作戦は? 成功したか?」
「はい、【エル=ハナン】は金剛仁王を撃破。対象を奪取し、既に撤退を開始しております」
聞こえてくる兵士の会話から、リサイリは、マリーチを探すために地上へ降りる前に、東の方角に見えた光景を思い出した。
────エル=ハナン……さっき、東の方でダラジャトゥを攻撃していた共和国軍の戦艦の事だ……。
兵士は、作戦は完了したと言った。ダラジャトゥは敗北したと思われた。遠くに垣間見えた戦況が、その事に疑問を感じさせなかった。
だとしたら、王都は!?────。一瞬、恐ろしい想像が脳裏をよぎったが、全軍が撤退しているのなら、戦闘は終わっている。
それに、エル=ハナンが金剛仁王を攻撃しているのを見てから、まだそれほど時間は経っていない。共和国軍は王都へは行かず、撤退したと考えられた。
とりあえず、王都は守られた。あとは、マリーチを見つけ出して、バブアルシャムズへ戻れば良い。
遠ざかっていく兵士たちの気配に、リサイリは神経を集中する。十分に離れるまでは、目視するべきではない。小さくなっていく足音に紛れて、僅かに言葉が聞こえた。
「ところで、その生物は?」
「おそらく、魈仙猫だ」
「これがあの魈仙猫……」
「不思議な力を持つとされておる、本国へ持ち帰り、調べる価値があると思うてな────」
声も次第に聞き取れなくなっていく。兵士たちが去っていくのが分かる。静けさの訪れと共に闇が広くなる。
足音と声が完全に聞こえなくなると、リサイリとキシャルクティアは無言で顔を見合わせる。倒木の陰から恐る恐る、二人して顔を出してみる。
ハッサが警戒しながら周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると「行ったようだな」と、肩の力を抜いた。
「ふー! 危なかったー!」
「よし! 今のうちに早く向こうへ行こう!」
窮地は切り抜けたが、だからといってまだ安心は出来ない。一刻も早くこの場から離れなければならない。先を急ぐリサイリに、キシャルクティアは棒切れを拾って振り回しながら問い掛けた。
「でもさリサイリ? さっきの人さ、なんか持ってたよね? 見えた?」
「僕はそこまで見えなかったよ、すぐに隠れたから」
「なんかね、白っぽいものを抱えてたのよね……」
「白っぽい物?」
着ていた服も白かったので、その時は分からなかったが、言われてみれば確かに、何かを両手に抱えているようにも見えた。
まっさきに、マリーチの事が頭に浮かんだ。それに兵士たちはそれを『生き物』と言っていた。
考えもしなかった想像が、不安と驚愕を伴って、湧き上がるようにリサイリの心に広がった。
「……シャウセンマオって、言ってたよね、あの兵士たち……シャウセンマオって何……?」
「シャウセンマオ? わたしも分かんない」
「なんだお主ら、魈仙猫を知らんのか?……まあ、知らぬのも当然か……」
「おじさんは知ってるの? 何? シャウセンマオって?」
嫌な予感が、膨らみ始める。リサイリは思わず足を止める。それとは対照的に、緊張感なく拾った棒切れをくるくるしているキシャルクティアに、ハッサが告げた。
「うむ……儂も実際に見た事はないのだがな、儂の生まれた北方の地に古くから伝わる、神の使いとされる白猫だ。尻尾が二本あると言われておってな、変化の術を────」
ハッサの話の途中で、キシャルクティアはくるくるしていた棒切れをぽとりと落とした。そして、喫驚の表情でゆっくりと、リサイリと顔を見合わせ、二人で声を上げた。
「えぇえーーーー!?」
あれほど探していたマリーチが、まさかたった今すぐそばを通り過ぎていただなんて! 無事だったのは良かったけど、マリーチはそのまま共和国軍に連れ去られてしまいました! ううぅ……どうしよう……! 共和国軍の戦艦へ連れて行かれたマリーチは目を覚ましますが、そこで心を揺さぶられる事態に……!!!?
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