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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第四章 バスタキヤ奇想曲 第二部 伝説の起源
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過ち

 ウードメッサとの国境付近で発生した異常事態を受け、王都シャムアルジールを緊急出動し北へ向かうダラジャトゥ近衛師団、団長のファイセル・リアンメッゼは困惑していた。


 漆黒の龍とは一体何なのか? その戦闘能力はどれほどのものなのか?────。短時間で国境警備軍を撃破し、測定不能の高い魔力を放出しながら王都へ向かう謎の存在────。

 俄には信じ難い報告、その少な過ぎる情報は、龍討伐隊として出撃した近衛師団の団員たちを不安に陥れた。



「ファイセル団長……龍などが本当に存在するのかしら……?」



 通信機から届く近衛師団副団長ラトゥーシュ・ユナイパーナの憂えた声に、ファイセルは答える。



「撃墜された警備軍の魔導機が捉えた映像を見たわ。映っていたのは一瞬だけだったけど、あれは龍。おとぎ話に出てくるイェシェダワの龍そのものだったわ……」



 龍は確かに実在する────。ファイセルの告げた事実に、ラトゥーシュは口を閉ざした。

 一瞬訪れた静黙に、第一分団長バルサード・スィルヴィレイアが騒々しく問い掛けた。



「でもでも団長! イェシェダワの龍は白じゃなかったっけ!?」


「ええ、おとぎ話ではね。だけど、あの映像に映し出されていたのは、黒い龍だったわ」


「黒い龍……うううぅ……絶対悪いヤツじゃんそれ……」



 予備戦力として王都に残されていた近衛師団【夢寐の乙女】は、離反したラファリファ直下の最強部隊、桃李成蹊に並ぶ精鋭であったが、その数は四十機ほどしか無かった。

 

 純白で統一された特殊格闘型魔導機、FZ46改アルヴァユリアが、背に受ける残照に光る。薄暮に染み始めた撫子色の空を、密集隊形で駆け抜ける。

 

 ファイセルはレーダーで状況を確認する。


 ユールベルタ分屯基地から出撃したダラジャトゥ軍は陣形を整え、街を守るように展開している。それに対し龍は、ユールベルタを掠めるような進路で、真っ直ぐに王都へ向かっている。


 ユールベルタ分屯基地組頭マルハバの言葉を思い出す。



『我らはユールベルタの守りに徹する。龍が街を攻撃せず素通りし、本部の分析通り王都へ向かうのであれば、市街地から十分に離れるのを待ち、進路を確認した上でどうするか判断する────』



「呑気なことを……!」慨然と、ファイセルはそう声に出した。


 明らかに、龍は王都を目指している。そしてその龍は、ウードメッサ領内で出現した。

 

 そうである以上、戦いは避けられない────。レーダーに映し出される龍の影を睨み、ファイセルは指示を下した。



「まもなく龍と接触する。龍がどのような攻撃をしてくるかは分からない。密集隊形を維持し、アストラルフィールドを展開。防御に撤しつつシャムシールレーザーで────」



 そこまで言ったところで、激しいノイズが通信の音声を覆った。ファイセルの声がかき消される。

 龍の放つ魔力による通信障害か?────近衛師団の誰もがそう想像した。しかし、そうではないという事を、ノイズを押し退けて元気に響いたちゃきちゃき声が、知らせた。



「ちょいとあんたたち! 王都から来た隊だね!?……ねえちょっと! 聞こえてるんだろ!? 王都から来たのかって聞いてんだよ! 返事くらいしたらどうなんだい!? えぇ!?」

 

「……え……あ、はい、王都から来ましたけど……って……あの……え!?……」



 発信元不明のその声に、ファイセルは戸惑う。近衛師団全員が何事か理解出来ず、唖然とする。

 そんな事などお構い無しに、エルゼクティアは命令を下した。



「この際どうでも良いやそんな事は! いいかいあんたたち! 黙ってあたしの言うこと聞きな!」



 ウードメッサ領内【眠らるる樹海】で出現した正体不明の龍が、王都シャムアルジールへ向かっている────。シンディガーによって国境に設置されていた結界によって、ダラジャトゥ本部はその事実を把握していた。


 龍に対処する為、王都に残してあった予備兵力【夢寐の乙女】を出撃させたが、それが引き金となり、共和国軍は大規模な軍事作戦を実行に移した。


 王都シャムアルジールの制圧、そして、「大神の、奪取か────」


 シャムアルジール城高層階────。幽閉されている部屋で小さくそう呟くと、アーリエン国王サファディは深く息を吐いた。


 部屋の全面を覆う巨大な窓へ視線を向ける。外は雲に覆われ、白く埋められている。外界を見せない窓が、サファディと、その背後に立つもう一人の男の姿を映し出す。

 ダラジャトゥ・ミルディフが口を開いた。



「大神は奪わせませぬ、只今、金剛仁王が応戦しておる故────」


「金剛仁王で────」



 サファディは強い口調で、ミルディフの言葉を遮った。その声は、僅かな陰鬱を帯びていた。重い静黙に、サファディは言葉を連ねた。



「────今の金剛仁王で、大神を守り通せると思うてか?」



 幻霊に向けて四諦滅道紋を発動する際、雷神による妨害を受けた金剛仁王は、エルゼクティアの放つ【贖罪と祈り】の猛撃によって甚大な被害を受けていた。


 その影響で金剛仁王は、行動不能に陥った大神を収容したあと、コントロールシステムに異常をきたし、シャムアルジール北東の砂漠地帯に緊急着陸していたのだった。


 突き付けられた現実、否定する事の出来ない圧倒的劣勢────。ミルディフも、そうである事を理解していた。しかし、諦めてはいなかった。


 まだ、負けと決まった訳では無い────。「間もなく、共和国軍による大神のハッキングを解除できまする。さすれば、戦況は一変する」


「大神か……」



 何も見せない白の窓が、サファディの姿を映し出す。白濁に映る己を睨み、思いを告げる。



「あんな物に救われて何になる。武力などに……ましてやあのような忌まわしき力で、何かを正すことなど、出来ようはずがないのじゃ」


「サファディ王……」



 決然と、ミルディフは訴えた。



「では、どうすれば良かったと言うのですか!? あのままではこの国は分裂するばかり! ()()()()が意味を成さなかったというのは、御自身でもお分かりのはず!」



 あの政策────。国内における宗教対立、そして、それぞれの宗教団体による国家批判に辟易としていたサファディは、厳しい宗教規制を強行していた。


 宗教の自由を認めていたアーリエン王国においてそれは異例の政策だったが、その側面には、各宗教団体に加担し、王国を混乱に陥れようとするザルーブ連邦共和国への対抗措置という目的もあった。


 アーリエン国内における宗教活動を禁止、従わない者は国外へと追放した。


 しかし、混乱は治まらなかった。


 国を追われた宗教団体を、共和国が支援した。大きな後ろ盾を得て、王国に対し激しい怒りを抱いていた宗教家たちは、信奉者を煽った。より過激な思想を植え付け、王国に対する攻撃を開始した。


 それによって王国は外側から壊れ始めた。為す術なく崩壊していく王国を見兼ねたダラジャトゥ・ミルディフはクーデターを起こし政権を奪取。大神の圧倒的武力によって、混乱を抑えつけたのだった。



「大神さえ戻れば、その力で再び抑えつければ良い。いずれ反乱は治まりまする。しかし、あの政策によって我らは、ウードメッサ帝国まで敵に回してしまった……」



 確かに、宗教規制によって国内の過激な宗教団体は一掃された。しかし同時に、多くのウードメッサ人をも追放していた。


 当時、アーリエン王国は、同じハルラート民族系国家であるウードメッサ帝国と国交があった。


 王国内にも多くのウードメッサ人が住んでいた。彼らは例外なく、皇帝であり【生き神】、神眼の女帝ジュベラーリを崇拝していた。しかし彼らは、この政策によってアーリエン王国を去った。そして、国交は途絶えたのだった。



「正体不明の龍が、このシャムアルジールへと向かっておりまする……そしてその龍は、ウードメッサ領内で出現した……これが何を意味するかは、言わずともお分かりのはず」

 


 ミルディフの言葉が、恐ろしくも美しい戦慄の光景を、サファディに思い出させた。

 

 神姫奪還作戦の際に撮影された信じ難い映像────。漆黒のドレスを纏い、大軍団を率いて宇宙空間に出現した神眼の女帝ジュベラーリ────。


 ウードメッサ帝国の介入によって作戦は失敗に終わり、そのウードメッサ領内から、王都シャムアルジールへ謎の龍が迫っている。



「神の怒りを買ったと、そう言いたいのか……」



 古の魔導が今尚息づく謎多き帝国ウードメッサ────。彼国の皇帝ジュベラーリであれば、その超常の力を以て龍を出現させることも十分に考えられる。

 そしてその龍によって、王国を攻撃することも。


 神姫奪還作戦の際、ウードメッサ帝国軍は、反政府組織である咲きにける雷を助けた。この事を肯定的に捉えれば、帝国は王国へ敵対してはいないように思えた。

 しかし現段階で、帝国からの接触はなかった。結果だけ見れば、神姫を奪われた事に他ならなかった。


 やはり帝国は、王国を許してはいない────。極端な宗教規制が招いた、取り返しのつかない誤ち。しかしサファディは、その中に己の正義を見た。



 ────だからこそ、ジュベラーリの信奉者こそ、排除しなければならなかったのだ……!



 宗教規制の目的、それは確かに、宗教団体を裏で操るザルーブ連邦共和国に対する抵抗であったが、それだけが目的ではなかった。


 宗教の乱立は様々な【神】を生み出し、その教義と思想は、対立と混乱で国を乱した。

 それはザルーブ連邦共和国による策略でもあったが、同時に、宗教の持つ強力な洗脳性、民衆を操作し、制御する可能性を証明するものでもあった。


 争いをなくし民衆の心をまとめる為には、王国を王国として存続させる為には、宗教しかない、しかも、唯一の宗教であり、そして一神教でなければならない────。


 すべての宗教を廃し、その後に作り上げる全く新しい宗教、一神教【ナダール聖教】による民衆の統治────。それこそが、宗教規制の真の目的だった。


 その目的を達成する上で、間近に実在する神、ジュベラーリの存在は脅威だった。


 サファディは王国を守れるのだと信じていた。偽りの神を、偽りの宗教を成立させる為に、真の信仰を迫害した。その結果が今、明確な危機となって王国へと迫っていたのだった。



「もはや、帝国とは戦う定め。龍は、ウードメッサ帝国の魔導によるものでありましょう。しかし、じき大神が戻りまする。大神のコントロールが戻り次第、共和国軍を撃退し、すぐに龍討伐へ向かわせまする。念の為、サファディ王はここから避難して下され」

 


 視界を覆っていた雲が風に薄らぎ、シャムアルジールの都が浮かび上がる。靉靆(あいたい)たる空が、黄昏の陽を滲ませる。

 危機に瀕する王都を見つめ、サファディは告げる。



「避難はせぬ。儂はここにおる」



 平静なその言葉にミルディフは、確固たる決意を感じ取った。その意志を動かせる言葉を、見つけることは出来なかった。



「……承知つかまつった……」



 ミルディフはそれだけ言うと、出口へと向かう。そして扉の前まで来て、立ち止まった。



「万が一、大神を取り戻せなかった時には、清廉至浄を発動いたしまする。我らには、その準備がある」


「清廉至浄!?……まさか……神姫を……ミナセヤヒを連れ戻したのか!?」


「神姫はシンディガーのもとにおりましょう。我らは確立したのです。神姫も、光輪も無くとも、バスタキヤ遺跡にある【賢者の心】だけで清廉至浄を発動する方法を」


「そんな馬鹿な……!」



 愕然とするサファディの背後、窓を覆っていた雲は、風に流され太陽を追いかけて行った。

 吹き溜まる雲の合間から、澄み渡る空に光芒が差し込んだ。



「この国は、必ず守ってみせまする」



 ミルディフはそう言い残し、部屋を後にした。

 ウードメッサの艦隊が咲きにける雷に迫った時、エルゼが『帝国とは「あれから」すっかり折り合いが悪くなった』と言っていましたが、この事だったのですね! そしてその原因となった政策こそが、ナダール聖教の起源、ツァレファテの言っていた【新興宗教による洗脳統治】だったのです! 


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