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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第四章 バスタキヤ奇想曲 第二部 伝説の起源
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切り裂かれた幻

 それは決して、無謀な突撃ではなかった。


 対大神用魔導機兵【毘盧遮那沙羅樹】には、長年の研究によって開発された特殊結界によって、大神固有の古代魔導攻撃【宿命の滅び】【非情なる粛清】に対する耐性が付与されていた。


 実際にどれだけ防げるかは分からぬが、流石に一撃でやられるなどということはあるまいよ────。ナジャハヴァルドは、自軍において唯一、大神の攻撃に耐性のある自分自身が突撃する事で、活路を切り開こうと考えたのだった。


 細く、真っ直ぐに伸びる巨木を思わせる【毘盧遮那沙羅樹】の深紅の機体が、狙い澄ますように、直列する零式二型と五十一式の正面に立つ。


 広げられた両手が、一対、また一対と増え、無数に増殖した幻の腕それぞれに、半透明の光の刀が握られている。


「あれは……なんなの……⁉︎」────。これまで目にした事の無い神秘の異形、魔導機兵という存在を超越した異次元の力に、マリーチの思考が理解を拒絶する。



 ────あり得ない、こんな物が、存在するはずが無い……!



 しかしそれは、現実に目の前に在る。

 圧倒的な超常が恐怖を呼び起こす。

 呼吸を整え、精神を研ぎ澄ます。

 ゆっくりと、エルゼの力を漲らせる光の刀を構えた。



 ────でも、今のわたくしにはまだ、雷神の力がある。この力のある今なら、立ち向かえる!



 あの大神に対抗するために作られた未知の魔導機【毘盧遮那沙羅樹】の一撃。


 止められるかどうかなど、分からない。

 地面に叩きつけられたガラス細工のように、粉々に粉砕されてしまうかも知れない。


 でも、逃げない。


 マリーチの決死の眼差しの先、【毘盧遮那沙羅樹】が不気味に光る。

 ナジャハヴァルドの赤みを帯びた銀の長髪が奮い立つ魔力になびき、美女のように麗しい表情は冷静な闘志に燃え上がる。

 そして静かに、叫んだ。



「参る」



【毘盧遮那沙羅樹】が、赤い閃光となって閃いた。



 雷鳴と爆音が、強烈な衝撃波となって大気を引き裂いた。


 空を漂っていた薄雲は掻き消され、緑に覆われる大地は震えた。


 一騎打ち────。ナジャハヴァルドは思わず、笑みを浮かべた。



「────見事」



【毘盧遮那沙羅樹】の振り下ろした無数の剣を、蒼き稲妻を纏うマリーチの刀が受け止めた。


 マリーチは渾身の力を奮う。零式二型の数倍はあろうかという【毘盧遮那沙羅樹】を、その一振の刀で薙ぎ払う。


 乱れ舞う蒼の雷電と共に、【毘盧遮那沙羅樹】が弾き飛ばされた。



 なんという力! これが雷神の力なのか!────。その驚異に、ナジャハヴァルドは恐怖以上の歓喜を覚えた。


 人類史上最強の魔導騎士、蒼き雷神の力の片鱗に、興奮を覚えた。


 強い。確かに強い。しかし、この【毘盧遮那沙羅樹】を以てすれば────「決して倒せぬ相手ではない!」


 ナジャハヴァルドの闘争心が闘魂の叫びをあげた。


 歴史を塗り替え得る可能性が、自身が次代の最強と成り得る可能性が、ナジャハヴァルドの心を(たぎ)らせる。



「雷神よ! いざ尋常に勝負!」


「どうやら本気で、人違い、してるみたいね」



 広範囲攻撃を警戒して軍を待機させ、一騎打ちを仕掛ける毘盧遮那沙羅樹に、マリーチはそう確信した。


 やはり共和国軍は、わたくしを雷神、そしてハッサをリサイリたちの駆けた五十一式だと思って警戒している────。それは願ってもない誤解だった。


 共和国軍が大軍で押し寄せてきたらひとたまりもなかったが、一騎打ちであればまだ時間を稼げる。


 その間に少しでも多くの人たちが避難してくれれば────。今の一撃で、毘盧遮那沙羅樹が自分には倒す事の出来ない相手であると、マリーチは悟っていた。


 エルゼクティアから授かった雷神の力はもう、尽きかけていた。

 また同じ攻撃を受ければ、確実に力は無くなる。運良く防げたとしても、その後戦うことはきっと、出来ない。


 しかし、自分が倒されたとしても、ハッサ次第で、共和国軍を混乱に陥れる事が出来るかも知れない!────。マリーチはハッサに指示を下した。



「ハッサ! 一切の攻撃を捨て全ての魔力を防御に集中! 赤の魔導機はわたくしに任せて、貴方は全速力で敵陣に突撃しなさい!」


「なななんと!?」


「なななんと!? じゃなくて!」


「本気で御座るか!?」


「こんな時に冗談を言うとでも!?」


「いやしかし、それがしまだ心の準備が────」


「つべこべ言ってないでさっさと突撃しなさい! 大丈夫! 攻撃してくるでしょうけど、敵は必ず逃げ出すわ! わたくしを信じなさい!」


「うむむ……ええいままよ!」



 五十一式の機体を薄い光の膜が覆う。

 突然変化を見せた五十一式に、共和国軍の軍勢が一斉に身構える。

 ナジャハヴァルドは号令を放った。



「全軍厳戒態勢! 幻霊の攻撃を回避せよ!」



 その言葉と同時に、五十一式が猛スピードで共和国軍へ直進する。たちまちのうちに、恐怖と混乱が、共和国軍に染み広がってゆく。



「うおおぉおーーききき来たぞーーー!」

「くくく来んなここここっち来んな!」

「逃げろーーー!」



 共和国軍の兵士たちは攻撃どころではなく、幻霊 (※実はただの古い五十一式)に恐れ戦き逃げ惑う。

 精密に描かれていた陣形は無惨に崩れ去り、蜘蛛の子を散らすように青空に分散していく。



「……な……なにゆえ……!?」



 一体何が起きているのか、ハッサには皆目見当がつかなかった。


 自分が近付くだけで、圧倒の大軍勢が全速力で逃げて行く。困惑と共に、言い知れぬ感情が湧き上がる。


 ハッサは、出撃して来た時の事を振り返った────。



『なな……なんですと!? この五十一式で出撃せよと、そう仰るのですか!?』


『うむ……主要魔導機は既に、南西部の前線に出ておる。予備戦力として温存していたF76も、北部で発生した異常事態を受けそのほとんどを出撃させてしまった……もはや我が軍には、誰も乗りこなせぬ零式二型が一機、そしてこの五十一式しか残されておらぬのだ……』


『し……しかしこれでは……迎撃など不可能……』


『もとより、共和国軍を撃退することなど叶わぬ。ダラジャトゥはもはや堕ちる……』


『そんな……』


『ハッサよ、五十一式であっても、逃げることくらいは出来よう。落ち延びよ……落ち延びて……生きるのだ』────。



「グワダール様……」────それがしは、落ち延び、生き延びる為ではなく、民を守る為に、この五十一式を駆ける運命だったのやもしれませぬ────。ハッサの瞳に、決意が漲る。決心が心の深底から吹き上がった。



「やあやあ我こそはダラジャトゥ軍与力組頭ハッサ・ソヘイルなり! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 腕に覚えのある者よ! この首とって手柄とされよ!」



 奮い立つ五十一式が共和国軍を猛追し、大軍勢が掻き乱される。


 まさか、こんなに荒れるとはね────。思い付きだった【はったり幻霊大作戦】の、想像以上の効果に笑みを浮かべるマリーチを、激しい衝撃が襲った。


 反射的に構えた刀で、毘盧遮那沙羅樹の無数の剣を受け止める。



「危なかった────」



 人間離れした反射神経で最初の一太刀は防いだものの、巨大な真紅の機体が迫り、ナジャハヴァルドの怒涛の連撃が浴びせられる。

 


「雷神! 我が渾身の剣を受けてみよ!」



 マリーチに、反撃する余裕は無い。

 とめどなく振り下ろされる剛剣を、たった一振の刀で受け流すが、ダメージは着実に蓄積されていく。

 嵐に吹かれる枯葉のように、零式二型の機体を迸る蒼の稲妻が空に舞い散り消えてゆく。



 ────これでは……刀がもたない……!



 刀から輝きが失われていく。光は削られ、刃はひび割れ、そしてついに、粉々に砕け散った。



「ああっ!」



 儚くも壮絶な響きに、マリーチの悲壮が連なる。零式二型の機体は撃ちひしがれ、脆い粘土の人形のように、崩れながら空を堕ちる。


 刀を破壊した斬撃は、零式二型の両腕を奪い、胴体をも深く切りつけていた。


 雷神の力は、完全に失われた。

 零式二型は動く事もままならならず、崩壊しながら落下していく。


 ナジャハヴァルドは勝利を確信する。

 最後の一撃を構え、無惨に破壊された零式二型へと迫る。



「雷神、討ち取ったり……!」



 マリーチの脳裏に、七星麗鬼衆とジュベラーリ、そして、リサイリたちの姿が去来する。

 最期の瞬間が、すぐそこに来てしまった。


 もはや反撃どころか、逃げる事も、回避する事も出来ない。


 「ああ……みんな────!」マリーチは死を覚悟する。


 毘盧遮那沙羅樹の壮絶なる豪剣が零式二型を、切り裂いた。

 切り裂いたって……えぇーーー!? まさかマリーチやられちゃったの!? そそそんな……! 残すはハッサの五十一式だけになっちゃったけど、それはただの古い魔導機! 勝ち目なんてありません! うぅ……もう全滅だ……! そんな窮地に、遂にリサイリたちが……!


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