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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第四章 バスタキヤ奇想曲 第二部 伝説の起源
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唯一の手段

 突然言葉をなくしたムスタファ (※マリーチ正体)に、絶対にムスタファではないと確信しつつも、他に呼び方の思い付かないハッサは仕方なく「ム……ムスタファ殿?」と口にした。


 マリーチは目を閉じ心眼を凝らす。

 引き絞られた神経が暗闇に孔を穿ち、研ぎ澄まされた精神が、心の視界を覆っていた影を引き裂く。


 閉じられたマリーチの瞳が微かに、その姿を捉えた。



「紅……血のように紅く巨大な魔導機が……大軍を引き連れて向かって来ています……」


「紅い……巨大な魔導機……!?」



 ハッサの声には畏怖が、漂っていた。

 その『畏れ』は、マリーチにも伝わっていた。



「あの紅い魔導機は……何かが違う……ハッサ、あなたはあれをご存知なのですか?」



 答えは、すぐには返されなかった。

 懸命な眼差しがモニターを走るデータを追いかける。情報を精査し、導き出された答えをハッサは告げた。



「敵の数、一反級飛行戦艦五隻、格闘型魔導機【F76甲-ヴァーメス】が……三千……」



 圧倒的な戦力差が、ハッサの思考を阻害する。考える事自体を放棄させる。


 共和国軍は空爆部隊を撤退させ、完全にダラジャトゥの迎撃部隊を殲滅するための布陣を敷いている。


 もはや、太刀打ち出来ないのは明白。

 更に、ハッサが絶望を知らせた。



「ムスタファ殿の言うように、その軍勢を率いているのが【紅の巨大魔導機】だとするならば、それは間違いなく【毘盧遮那沙羅樹(びるしゃなさらじゅ)】……共和国軍が対大神用に開発した巨大魔導機兵……!」


「対大神用……!?」



 その言葉は不快な違和感となって両肩に染み入り、マリーチの身体に冷たい熱を流し込む。

 

 最新の格闘型魔導機の大軍に加え、()()大神に対抗する為に作られた巨大魔導機────。


 マリーチはエルゼクティアから魔力を分け与えられていた。

 いざという時、リサイリとキシャルクティアを守るために【雷神の力】をその身に宿していた。

 しかし、それはあくまで一時的な魔力の補強でしかなく、消費すれば消えてしまう。


 この時点で既に、その力は半分近く消耗していた。



 ────完全に勝ち目は無い……だからといって、ここで逃げる訳にはいかない……!



 キシャルクティアの切望の眼差しが脳裏に蘇る。しかし、共和国軍を退くことが出来ないのは明白。捨て身で挑んだところで、いたずらに犠牲者を増やしてしまうだけだと言う事は目に見えている。


 残された手段はただ一つ……今わたくしに出来ることは、それしかない!────。マリーチは命令を下した。



「全軍に告ぐ! 直ちに撤退! この軍勢を退く事は出来ない! 一刻も早く撤退し都へと戻り、住民を避難させるのです!」


『し……しかしムスタファ殿! 今から撤退したところで間に合いませぬ! 敵の方が我らより脚が速い!』



 マリーチの判断は、ハッサにも理解できた。

 ここで共和国軍の前に立ち塞がったとしても、瞬殺されるのは確実。多少の時間稼ぎにすらならない。


 かといって、今すぐ撤退しようにも、共和国軍はもう目前まで迫って来ている。そして、敵の最新型魔導機兵は、自軍の旧式の魔導機とは比較にならないほど高性能であり、速い。


 都へ戻って住民を避難させるどころか、この場から逃げ切る事すら出来ない。


 それは当然、マリーチも分かっている。だからこそ、こうするより他に方法はなかった。



「わたくしが殿(しんがり)となります。わたくしが敵を抑えている間に行きなさい!」



 その一言はダラジャトゥの兵士たちに、マリーチの決死の覚悟を伝えた。

 誰も、何も言葉を発する事が出来なかった。


 犠牲を最小限に止める唯一の手段────。それは、この場において最強のマリーチが殿となって他の兵士を逃がし、都へ辿り着いた者たちが住民を避難させる以外にない。


 しかし、それは同時に、()()()()()()()()()()()という、命を擲ったマリーチの捨て身の策でもあった。



「皆の者……聞いたであろう……撤退だ……即刻都へと戻り民の避難を優先せよ! 撤退だ!」



 ハッサの号令が、兵士たち縛り付けていた使命感という鎖を解く。

 今もっとも重要な事は何か、自分は何をするべきなのかを、兵士たちに気付かせる。


 一機、また一機と、ダラジャトゥの魔導機兵が都へと向かう。

 飛び去って行く魔導機を見送りながら、マリーチは語り掛けた。



「ハッサ、貴方もゆくのです」



 マリーチの零式二型と共に、一機だけその場に残った旧式の後方支援型魔導機兵────。五十一式(ごいち)の中で、ハッサは笑った。



五十一式(ごいち)などでは役不足であろうが、後方支援としての性能は馬鹿に出来ませんぞ!」


「……ばかね……あなた……」



 マリーチのその冷たい言葉の中に潜む深い感謝を、ハッサは確かに感じた。



「間もなく、敵本隊と接触します。射程圏内に入る前にわたくしが突撃します。ハッサ、あなたは魔導幻惑弾で敵を撹乱して下さい。来ますわよ……!」



 マリーチたちの正面、空の青に黒のインクが染みるように、ザルーブ連邦共和国軍の影が滲む。


 陽は既に、傾きはじめていた。


 わずかに黄檗色(きはだいろ)を含む柔らかな光が、壮烈の大軍団を照らす。

 徐々に姿を現す圧倒の戦力を、マリーチとハッサの瞳が睨んだ。


 

 


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