後生の願い
可愛らしいその声に僕は、愛おしさを覚えた。
柔らかく響く鈴の音のようにコロコロと、僕の心に楽しい気持ちを運び込む。
優しいその声に僕は、心地良さを感じた。
穏やかな温もりが僕の頬を包んで……包んで……包ん……つ……つまんでる?……あああ!……痛い痛い痛い!────「リサイリ起きてってば!」
「……んあ……!?」
キシャルクティアに両頬をむにゅーっと引っ張られてようやく、リサイリは目を覚ました。
気を張っていたつもりだったが、昨夜からほとんど寝ておらず、出発直後マリーチに『今は少しだけでも休んで下さいね。眠れなくても、目を瞑って静かにしているだけで、だいぶ違うはずですから』と言われ、目を閉じているうちに眠りに落ちてしまったようだった。
「もう! やっと起きた。リサイリ! 見て見て!」
一度両手で自分の顔を覆ってぎゅうーっとやってから、キシャルクティアの指さす先へと目覚めたばかりの視線を送る。
その窓の見せる地上の景色に、リサイリは息を飲んだ。
円と直線を描く大きな通りが規則的に組み合わさり、美しい紋様となって張り巡らされている。
その合間には背の高い建造物が建ち並んでいて、所々に緑が生い茂っている。
その光景はどこか現実味がなく、まるで、地上を覆い尽くす巨大な絵画のように思えた。
「見えてきた! ほら! あれ! あれがね────」
眼下に広がる景色の中を、さまようように漂っていたリサイリの視線が、キシャルクティアの言葉に誘われ、天を衝く一際高い白麗の塔へと辿り着く。
「────シャムアルジールのお城! ここが王都シャムアルジールだよ!」
リサイリたちは、最終目的地、国立魔導研究機関ダナディアのある王都、シャムアルジールに到着した。
ユールベルタに残ったエルゼクティアたちの事が気がかりだったが、漆黒の龍が街へ向かってきている事を聞かされていないリサイリたちは、それが龍を迎え撃つ為だとは当然知らない。
むしろ、ユールベルタでさえあれだけの騒ぎになった事を考えると、エルゼクティアがここへ来なかったのは賢明な判断なのかもしれないと、巨大都市シャムアルジールを眺めながら、リサイリは思っていた。
「おふたりとも、間もなく着陸です。準備は良いですね?」
「……あれ!?……な……?」
「……あ! そうか!」
窓辺に並んで外を眺めていたリサイリとキシャルクティアは、声のする方を振り返り一瞬驚き戸惑ったが、すぐに気づいて二人して「うわぁ……」「そっくりだぁ……」と、ムスタファに変身したマリーチに感嘆の声を漏らした。
「どうやらこの船はダナディアへは行かず、軍の基地へ降りるようです。ちょっと想定外ですが……わたくしにお任せなさい!」
頼もしいマリーチの言葉に、リサイリたちは安堵の笑みを浮かべた。
予定では、この船で直接ダナディアへと行き、そこで隠密であるシャハニーヤと合流する事になっていた。
ダラジャトゥに対して宣戦布告してきたザルーブ連邦共和国との緊張、そして、ウードメッサ帝国の敵対姿勢によって警戒感が高まったことで、王都内の規制が強化されていたのだった。
「ムスタファ殿の事です、おそらく基地からダナディアまで、軍の車両なり飛行船なりを手配しているはず。もしそれが無ければ、他の移動手段を確保します」
いつも通りの透き通る声でそう話すマリーチにキシャルクティアが「声はそのままなの?」と心配そうな顔をした。
「ふ……まさか、ちゃんと声色も自在ですのよ」
自信げにそう言いながら、ムスタファの声に変化させるマリーチに、リサイリとキシャルクティアは「うわぁ……」「そっくりだぁ……」と、思わずさっきと全く同じ言葉を呟き、二人で顔を見合わせて笑った。
船は静かに、シャムアルジール市街地に設置されたダラジャトゥの駐屯基地に着陸した。
空から見ていた限り、街に大規模な軍事基地らしきものは無く、この駐屯基地も、大きな公園に設営されているようだった。
窓の外を見ると、数人のダラジャトゥ兵を引き連れた黒スーツの男が、こちらへと向かってくるのが見えた。
リサイリたち三人は視線を合わせて頷くと、緊張した面持ちで飛行船の外へと出る。
「おー! ムスタファ! 久しいのう! 息災であったか!?」
これは……少し厄介ね────。満面の笑みで歩み寄って来る黒スーツの男に微笑みを向けつつ、マリーチは警戒した。
兵士たちとの事務的なやり取りだけであればどうにでも誤魔化すことは出来たが、顔見知りの、しかも近しい相手となると話は別。
その親し気な話し口調からして、その黒スーツの男は、ムスタファと同格の友人か、或いは上官であると思われた。
ゆっくり考えている時間など無い。
既に相手は目の前まで来ている。
一刻も早くダナディアへ向かうためにマリーチは、言葉を選んで最小限の会話へと誘導を試みる。
「おお! ご無沙汰しておりまする……わざわざ出迎えて下さるとは、かたじけない!」
「何を申しておる! お主と儂との仲ではないか! それにしてもお主、水臭いぞ! 来るなら来ると前もって知らせをよこせば良いものを……今し方偶然、これよりお主が参ると聞いて、慌てて飛んできたわ!」
一言目の挨拶は、クリア出来た────。しかし、話の内容からして、この黒スーツの男はムスタファとかなり親しい間柄であること分かった。
見破られるとは思えなかったが、怪しまれる訳にはいかない。
「時にムスタファ、お主またなにゆえ急に────」
「あぁ! 久しぶりにゆっくり話をしたいところなのだが……そうもしておれなくての……」
マリーチは黒スーツの男の言葉を遮ると、再び問いかけられる前に、すぐに言葉を連ねる。
「そなただから言うのだがな……実は一刻も早くこの子供らをダナディアへと【護送】せねばならぬのだ……!」
「なんと! おぉ……それはこうしてはおれんの!」
『そなただから』と言う事で、これが極秘任務であるのだと思わせ、【護送】と表現する事で、この二人をダナディアにとって特別な存在であると感じさせる、そうする事で────。案の定、ムスタファと親しいこの男は期待通りの反応を示した。
「して! ダナディアまではどのようにして参るのだ!?────」
────かかった! マリーチは一気に畳み掛ける。
「それなのだがな……どうやら……手違いで護送機が手配出来ておらぬようでな……はてどうしたものかと、頭を抱えておったところでの……」
そう言ってムスタファ (※変身したマリーチ)が、腕を組んで顎に手を当てめちゃくちゃ困った顔をする。
「そうであろうと思ったわ! 何しろ今は色々とゴタついておってのう……だが! そんな時こそ、この儂を頼れば良かろう! 万事! 任せておけ!」
「おお! それは助かる! まことにかたじけない!」────上手く行きすぎてこわい!
あまりにも思い通りに事が運び、湧き上がる笑みを抑えつつ、マリーチが黒スーツの男と並んで歩いていると、何気なく投げかけられた思いがけない言葉に背筋が凍った。
「……くんくん……それにしてもお主……なんとも艶やかな匂いがするのう……女物の香でも焚き付けておるのか!?」
まずい!────。リサイリとキシャルクティア、そしてマリーチも一瞬焦ったが、これで見破られる事は無い。平静を保って言い訳を探す。
「うむ……ああ……これか?……これはな……ここへ来る前に、ユールベルタでこの子らにイタズラされてな、香水をかけられてしもうたのだ……」
「はっは、左様か左様か、なんとも可愛らしい悪戯ではないか……おおそうそう、ユールベルタと言えば────」
どうにか、上手く切り抜けた────。マリーチはほっと胸をなでおろし、リサイリとキシャルクティアに目配せして、黙って小さく微笑み合うと、黒スーツの男から通信機の音が鳴った。
「────それでマルハバがな……おお、すまぬ、少し失礼するぞ……儂じゃ、如何した?」
一緒に歩きながら話していた黒スーツの男は、通信機を耳に当ててそう言うと、程なくして、急に足を止めた。
それに気付いたリサイリが振り返る。先ほどまでにこやかに話していた男の顔に、笑顔はない。
「如何なされた?」
ムスタファ (※マリーチ)も振り返りそう声をかけるが、男は戦慄の表情で、真剣に通信機に耳を傾け応答している。
「……そうか……うむ……まだ気取られてはおらぬのだな……そうか……うむ分かった……追って指示を送る……」
黒スーツの男はそう言って通信機を胸のポケットにしまうと、ムスタファ(※白猫)に向き直って決死の面持ちで口を開いた。
「今この場にお主が居るのは、天の助けやも知れぬ……ムスタファ! このディブルガル! 一生の頼みで御座る!」
ダラジャトゥ同心番頭ディブルガルは、そう言ってムスタファに、深々と頭を下げた。
ディブルガル、覚えてらっしゃいますでしょうか!? そう! シンディガーを捕らえるため、ダナディアへ乗り込んできたあの黒スーツの男です! イヤな奴かなと思ったけど、なんだかそうでもない感じですね……。彼の必死の願いが、マリーチの心を揺さぶります!
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