朝影見つつ乙女らが
瑞々しく生い茂る青葉が、朝付く日をその背に受けてより青く照り輝く。
その朝影が清涼殿の純白の壁をより白く、木々の影をよりくっきりと映し出している。
ラシディアとジュメイラは、エルミラと五体の謎生物に連れられ、幾本もの柱が均等に立ち並んだ板張りの廊下を、物珍し気に、きょろきょろとしながら進んでいた。
「面白い建物ね! こんなの初めて見た!」
「そうであろうそうであろう、これはな、既に滅びた、古の者たちがその技を以て作り出したのじゃ」
「……古の者たち、か……エルミラ様は、なんでも知っているのね!」
ここに来るまでの経験から、ジュメイラやラシディアがこうして感動を露わにすればするほど、エルミラの機嫌が良くなる事が判明していたので、二人して少し大げさに驚いて見せる。
「我の知らぬ事などそうはないぞ、ラシディアよ、何でも訊くが良いぞ」
「はい! ありがとうございますエルミラ様!」───あ、名前呼んでくれた、と思いつつラシディアはそう答えた。
「おはよー!」
「おはようみんな! 三人そろって随分と賑やかなことね!」
余程賑やかだったのか、その声が遠くまで聞こえていたらしく、リサイリがジュベラーリの手を引いて、廊下の向こうから走って来る。
「あ! ジュベラーリさん! おはようございます!」
リサイリが「ジュメイラー!」と言いながらそのままの勢いでジュメイラに飛びつくその横で、ラシディアは勢いよく頭を下げる。
「ジュベラーリさん昨日はすみませんでした!」
それを見てジュベラーリは一瞬きょとんとしたが、直ぐに優しく微笑む。
「ラシディア! いいのよ! そんな事より、昨日はよく眠れたの?」
「はい! え⁉ えっと、はい! ちょっと……」
あまり眠れなかったのだろうと察したジュベラーリは、そう言って作り笑いをしながら顔を逸らすラシディアの頬に、そっと手を当てる。
「……朝影見つつ乙女らが手に取り持てるまそ鏡……って感じね!」
「……?」
ジュベラーリの言葉を一つも理解できなかったラシディアがポカンとした顔をしていると、ジュベラーリは「昔の人の言葉よ!」とだけ言ってラシディアの両頬をむにゅうと引っ張った。
「リサイリよ、我らはこれより御台盤所へと参るが、お前も行くであろう?」
子供同士仲が良いのか、エルミラがそう言うと、リサイリは「うん! 僕も行く! じゃあね、僕が御台盤所案内してあげる! こっちだよ!」と答え、ラシディアの手をとり走り出す。
先ほどのメイダーンの一件から、エルミラが『二人に御台盤所を案内する権利』にかなりの執着があると思っていたジュメイラは、大丈夫かな? と心配しながらエルミラの方を見ると、意外にもエルミラの口角が上がっていて驚く。
そして、その口から放たれた言葉に、さらに驚いた。
「……まったく、あやつは子供だのう……」
ジュメイラとジュベラーリはその言葉を聞いて顔を見合わせると、二人で声をあげて笑った。
───────────────────
「こっちこっち!」
「はいはい、わかったから、ちょっと待ってリサイリ! ほらあぶないから!」
力いっぱいに走るリサイリを宥めながら、その小さい手に引かれて何処かの部屋へと飛び込むと、二人してどしんと何かにぶつかった。
「……ん? おお! ラシディアか! おはよう!」
「わっ! あ! ごめんなさいシヴァさん!」
「ははは、良いんだよ! リサイリが突っ込んで来るのはいつもの事だ。ああ、そんでな、もうちょっと待っててくれ、今パパッと作ってやるからな!」
ナドアルシヴァはそう言うと、その手に持っているたくさんの食材を見せてくれた。
「わー……すごい! お野菜もお魚も、みんなピカピカしてる!……え⁉……じゃあ、シヴァさんがお料理を⁉」
「ああ、いつもはな、でも今日はよ、メイダーンのやつが自分で作るって言って、やけに張り切ってやがったんだが、あいつ準備だけしてどこかへ飛び出していきやがってよ、それっきり帰ってこねえんだよ。何やってんだろうなあいつは……まあ別に、俺が作るからいいんだけどな!」
ラシディアはそれを聞いて、先ほどエルミラに『お前は草でも食うておれ!』と言われて項垂れる、悲しげなメイダーンの姿を思い出し、視線を泳がせて口を閉じた。
「……あ……ああ! わ、私も手伝います!」
「そいつはありがとよ! でもな……」
ナドアルシヴァがそう言いかけたところで、リサイリがラシディアの手を両手でぎゅうと掴み、ぶら下がらんばかりに引っ張る。
「ラシディアラシディアこっちこっち! こっち来て!」
「ほら、そこのわんぱく坊主もそう言ってる事だし、もうちょっと遊んでやってくれ!」
「あぁ! は、はい! 次は手伝いますからー!」
ラシディアはそう言いながら、再びリサイリに手を引かれて連れていかれる。
その後姿を見送りながら、ナドアルシヴァが呟いた。
「……見ておいてほしい物もあるしな」
────────────────────
「リサイリ! 今度はどこへ行くの⁉」
「さっきのところがね、御台盤所ね! そんでね、次はね、御霊のね……」
御台盤所の次に連れて行かれたのは建物の外で、そこにも、この清涼殿と似た別の建物が、幾つも向かい合わせに並んで遠くまで続いている。
その中の、一番手前の建物の中へと入ると、ようやくリサイリが言葉の続きを口にした。
「ここが、『御霊の蔵』だよ!」
「御霊の蔵……⁉」
ラシディアは目の前に広がる光景に言葉を無くす。
そこには、所狭しと大きな棚が敷き詰められていて、その棚すべてに、びっしりと食べ物が保管されている。
「……これ……全部食料……⁉」
「そうだよ! ここもこの下も全部、他の御霊の蔵にも、ぜーんぶいーっぱい食べ物がしまってあるんだよ!」
────────────────────
「それでね御台盤所はね、食事を用意するところなのよ」
「ええ、さっきエルミラからも聞いたわ、ね、エルミラ?」
「あらエルミラ! ちゃんと教えてあげたのね!すごいわ!」
「うむ。我がぜーんぶ教えたのじゃ」
ジュメイラ、ジュベラーリ、エルミラの三人は、上手にエルミラの子守りをしつつ、御台盤所へと向かっていた。
ジュベラーリもエルミラの "喜んだり褒めたりすると機嫌が良くなる" という習性をよく理解しているらしく、なるべくエルミラに構うようにしているようだった。それに倣い、ジュメイラもエルミラに話しける。
「でも、ねえエルミラ? 食料とかって、いつも街まで買いに行くの?」
「うむ、兵糧ならな、もう既に八千人が一年食い凌げるだけの備えがあるわ」
「八千人が一年⁉」
ジュメイラがそう声をあげ、驚きのあまり立ち止まると「ふふ、驚くわよね」と言ってジュベラーリがジュメイラの方へと振り返った。
「八千人って……どうしてそんなに……それに、どうやって保存するの……?」
「御霊の蔵と言う、セルシアスが術をかけた蔵があって、そこに保管しているわ、その中だと、食べ物がいつまでも腐敗しないの」
「御霊の蔵……セルシアスさんほんとすごいな……でも、それでその、八千人って……」
「それはね、ここ揺蕩いし叢雲に収容できる最大人数……そう、セルシアス……私たちは備えているのよ、間近に迫った『終焉の時』に……」
「……『終焉の時』……⁉」
ジュメイラはそう繰り返し、言葉を無くす。
そして、困惑の表情で立ちすくむジュメイラの足元には、尚も斜に照る朝影に、細く伸びる柱の影が映し出されていた。




