伝説
浄土異郷へと向かっていたシンディガーは、ネコ耳エルゼクティア失踪事件の直後すぐさま引き返し、リサイリたちを下ろした国境付近まで戻って来ていた。
エルゼクティアがリサイリたちについて行ったのは明白。そして、何らかの異常事態が発生したのもまた、間違いなかった。
もっとも懸念すべきは、エルゼクティアの魔力による龍の出現。
『龍の怒りを買おうものなら、それこそ一大事というもの』────。ジュベラーリの言葉が頭をよぎる。
心のどこかにまだ、龍はただの言い伝えであろうという気持ちが残っていたが、エルゼクティアに化けたマリーチの表情と、その直後空を走った閃光、そして、ジュベラーリに聞かされた言葉が、その綽然な思いを削り取った。
一刻も早く状況を確認し、然るべき対応をしなければならない。
しかし、飛行船でこれ以上進めば、ダラジャトゥの魔導検知に発見されてしまう恐れがある。
漆黒の海となって眼下に広がる、寸刻前と何も変わらない【眠らるる樹海】を見つめるシンディガーに、ヴァシシュタがその幼い声で、力強く語り掛けた。
「何事かあれば、マリーチが知らせをよこすはずです!」
作戦中に通信の魔法を使うと、ダラジャトゥに傍受されるか、その魔力を感知される恐れがある為、連絡は緊急事態の時に限り、発信する事になっていた。
また、この【眠らるる樹海】は、その厳峻な自然から発せられる天然の呪力のせいで、ヴァシシュタの千里眼を以てしても、見通すことは出来ない。
「マリーチは優秀です。たとえ何があろうと、必ず二人をダナディアまで送り届けます」
背伸びをして、窓の外を覗き込みながらヴァシシュタはそう言うと「それに、まさか【イェシェダワの龍】が現れるなんて事はないでしょうし……」と、シンディガーを見上げた。
「そなたらの国において【イェシェダワの龍】とは、どういった存在なのだ?」
ブラシカ山脈南部、アーリエン王国側において【イェシェダワの龍】の伝説は、あまり詳細なものではなかった。
鎮守の森である【眠らるる樹海】を冒涜すると、龍が現れ天罰を下す────。その程度のお伽噺でしかなかった。
下界にうねる黒い森に目を留めたまま尋ねるシンディガーに、どうやって話を聞いていたのか、「はいはーい! あたしがお話してあげますー!」と言って、操縦席からプラハが飛び出して来た。
「イェシェダワの龍はね、とてもとても、恐ろしい神様なんですよ────。」
プラハはここぞとばかりにシンディガーの腕に組みつくと、まるで怪談話でも始めるような面持ちで、ウードメッサに古くから伝わる【イェシェ=ダワの伝説】について話し始めた。
太古の昔、人がまだ今日の繁栄に辿り着くよりはるか前、【眠らるる樹海】を中心としたこの辺り一帯は【イェシェ=ダワ】と呼ばれ、古代の神々の住まう聖域だった。
人々は神を敬い、そして、共存していた。
しかし、長い時間が経つにつれ、人々は魔導を進歩させ、文明を築いていった。
発展した文明は、人々を堕落させ、傲慢にした。
驕り高ぶった人々は次第に、信仰を忘れ、神を忘れ、そして、神聖なる神々の地【イェシェ=ダワ】すらをも、忘却の彼方に葬ってしまった。
人々は住処を広げるため、木を切り倒し、山を削り、敬うべき自然を、次々と破壊していった。
己の強欲のままに聖域を踏みにじる人間に、神々は怒った。
その怒りはやがて、暗黒の巨龍【イェシェダワの龍】となり、その強大な力によって、繁栄を極めた文明は滅ぼされたのだった────。
「暗黒の龍? 【イェシェダワの龍】は、白銀ではないのか?」
プラハの話を聞いていたシンディガーがそう言うと、横からプラスティヤが答えた。
「話はこれで終わりじゃねえんだ、その暗黒の龍を────」
と言いかけたところで「待ってお姉ちゃん! 私がお話してあげるんだからー!」とプラハが割り込んだ。
「文明が滅びても、龍の怒りは収まらなかったの!」
天空へ届く鋼鉄の塔はなぎ倒され、地を埋め尽くしていた都市の栄華は全て、怒りの炎によって灰と化した。
それでも尚、怒り狂う龍に、人々は慄いた。
森へ逃れ、生き残った人々は己の傲慢さを悔いた。そして、神の怒りを鎮める為に────「生け贄を捧げたの!」
「生け贄……?」
それは、特殊な条件で育てられた、純粋無垢な子供でなければならなかった。
人々は、新月の夜に生まれた特別な子供だけを集め、【康寧神社】と呼ばれる結界の中で一人ずつ、強い霊力を持つ巫女たちの手によって、龍に捧げる供物【神供童子】として、大切に育てた。
【イェシェ=ダワ】で採れる水と、木の実や果物、薬草だけを与えて育てられた神供童子は、超常の力をその身に宿した。
真実を見通す神の眼を持ち、神通力によって宙を舞った。
そして、生まれてから二千日の後、その中で最も強い魔力を持った子供を、龍への生け贄【シャーリア】として捧げた────。
「そうしたら、真っ黒だった龍の体が白銀になって、この森に姿を消したんだって!」
「その歴史が、自然と共生する国、このウードメッサ帝国を作ったっちな」
「帝都のバブアルシャムズが山とか畑ばっかりで田舎みたいなのは、そのためなんだよ!」
いつの間にか、すっかり七星麗鬼衆に取り囲まれていたシンディガーは、「う……うむ……そうであったか……よ……よく分かった……」と言って、腕にしがみつくプラハと、袖をギューッと掴んでいるヴァシシュタの手をそっと解く。
両肩に乗って耳を掴んでいるリトゥとアトリについては、もう諦めた。
────生け贄によって鎮められた荒ぶる龍神……か……
耳元で騒いでいるリトゥとアトリの声に耳を塞ぎたいと思いつつ、シンディガーは語り継がれた伝説を、自身の持ち得る魔導の知識を以て、紐解いていく。
ここで言われる生け贄とは恐らく、単純に対象を殺してその命を捧げるという、根拠の無い原始的な古代信仰ではない。
人の命などいくら捧げたところで、神とされる存在の怒りを鎮める事など、出来ようはずはないと、シンディガーは考えていた。
では実際に、その生け贄によって龍が鎮められたとするならば、それは生け贄ではなく【封印】────。
特別な力を持たせた存在【シャーリア】を依り代として、強大な力を持つ龍を封じた────。
シンディガーには、そうであるとしか思えなかった。
そしてその推測は、間違ってはいなかった。
純粋無垢な子供……じゃあやっぱりあの男の子は……エルゼ、そんなこと知る由もないし仮に知っていたとしても多分気にしません! 更に、男の子と触れ合ううちにエルゼはとんでもない決断をするのです!
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