奇跡
暗闇に鳴く虫の音が、冷涼な風に紛れて夜空へと昇っていく。
木々の枝がそよぎ、暗闇に沈む深い森【眠らるる樹海】が、夜の歌を奏でている。
空中に停止した飛行船から地上へ向けて、白く微かな光線が下ろされ、その中を通ってリサイリたち三人は、ブラシカ山脈中腹、国境まで五里の地点に降り立った。
静かに飛び去って行く飛行船に、リサイリが無言で手を振る。
「さあ、お二人共、参りましょう」
暗がりの中にキラリと双眸を光らせ、トコトコと歩き出したマリーチの後を、眠そうに目をこするキシャルクティアの手を引いて、リサイリがついて行く。
頭上を覆う枝の間に、煌めく星々を散りばめた濃藍の空が、僅かに覗く。
平らな所など無いような急勾配と、一歩先も見えない程の暗闇だったが、デンシチが用意した暗視ゴーグルと、出発前にシンディガーのかけた身体強化の魔法のおかげで、暗く険しい山道も何ら気にならなかった。
身体強化魔法の効果は数日間は続くという事なので、この作戦の間、疲れる事は無いだろう。
────全然余裕だから、キシャルの事おんぶしてあげようかな……
何が入っているのか分からない、異様に巨大な白熊ぬいぐるみリュックを背負い、健気についてくるキシャルクティアの身を案じて、決してやましい気持ちでは無く自然にそう思い付いたリサイリだったが、なんとなく不純な気がして、手を引くだけに留めた。
「ねえリサイリ、おんぶして」
「……」
自分なりの健全な判断の直後、それを覆すキシャルクティアの発言にリサイリは言葉をなくしたが、体力的には余裕があるし、それよりなにより、人ほどもある白熊リュックを背負っていれば、いくら身体強化魔法をかけてあるとはいえ、負担である事に違いはない。
シンプルに、白熊リュックを持ってあげても良い訳だが、やっぱり、ちょっとおんぶをしてあげたい。
「……あ、えっと……い、いいよ……」
「ん、やっぱいいや」
「からかってんの!?」
相変わらずのキシャルクティアの奔放さに、振り回されつつ呆れつつ、二人と一匹は国境を目指して闇の中を進んで行く。
しばらく歩き、少しなだらかな場所に差し掛かったところで、リサイリはキシャルクティアの背負う白熊リュックを一瞥し、疑問をぶつけてみた。
「ねえキシャル、そのクマ、何が入ってるの?」
「あ、熊神形部頼久? そんなに重くもないし、何も入ってないと思うよ」
「くまがみぎょうぶ……ホントすごい名前だよね……でも、何も入ってないと思うって……どういうことそれ……!?」
「お母さんがね、持ってけって、渡してくれたの。なんだか分かんないけど、カワイイから持ってきた!」
「ふ……ふ〜ん……そ……そうなんだ……」
敵地にある重要機関へ潜入し、最新兵器を奪取する────。戦争の行方を左右する重大な作戦である事など気にする様子もなく、完全に遠足気分のキシャルクティアに唖然とし、リサイリはそれだけ言って口を噤む。
「あっるっこー あっるっこー わたーしはー元気────」
目が覚めたのか、それとも眠気を覚ますためなのか、突然元気に歌いだしたキシャルクティアに驚き、何も言葉が出ないまま、リサイリは再び、熊神形部頼久に視線を向ける。
キシャルクティアの歩みに合わせてゆさゆさ揺れる、謎の巨大白熊ぬいぐるみを見つめながら、重大な作戦に臨む娘に、意味不明の大荷物を持たせたエルゼクティアに首を傾げた。
────これだけの大荷物、なんの理由も無く持たせるとは思えないんだけどな……
この作戦においてエルゼクティアは、自分が一緒に行くと言ってきかなかった。
シンディガーをはじめとする、その場にいる全員に諭され、マリーチが同行する事でしぶしぶ了承はしたものの、その様子は明らかに納得してはいなかった。
飛行船から降りる時、『二人とも、気を付けるのですよ』と、いつもとは違う、物静かな口調で送り出してくれたエルゼクティアの、心配そうな表情を思い出す。
もしかしたらエルゼクティアは、自分が行けない代わりに、この白熊に何らかの魔法をかけて、御守りとして持たせたのかもしれない──── 。そうでもなければ、こんな邪魔な物を持たせる理由など考えられなかった。
「歩くのー大好きー どんどん行こおー」
キシャルクティアの可愛らしい歌声が、暗闇から染み出してくる恐怖感を溶かす。
張り詰めていた空気が緩み、夜が柔らかくなる。
漆黒が冷たさを忘れ、嫋やかになりかけた時、マリーチの声が宵闇を連れ戻した。
「キシャル……静かに……」
突如として齎された緊張が、解れていた空気を引き締める。
ただならぬ雰囲気を感じ取ったキシャルクティアが、歌うのをやめて動きを止める。
静寂が、辺りを包み込んだ。
闇に沈む深い森を、風が静かに吹き抜けていく。
穏やかな風は木々を揺らして緑の香りを纏い、言葉なく暗闇を窺うリサイリたちを撫でる。
遠くで、獣の鳴き声が聞こえた。
その声に呼応するように、枝を揺らしてギャアギャアと、鳥たちが騒ぎながら飛び立つ。
丑三つ時、眠っていたはずの森が静寂を忘れ、俄にざわめきだつ。
「そんな……まさか……」
緊張に震える声で小さく、マリーチがそう呟いた。
「マリーチ……ど……どうしたの……!?」
リサイリの問いかけにマリーチは応えず、無言のまま態勢を低くして暗闇に向かって身構える。
普段は真っ直ぐピンと立っている二本のしっぽが、斜めに傾きぶわっと膨らむ。
刹那、鈴の音のような澄み切った響きとともに、純白の閃光が空に閃いた。
夜が消え去り、全てが光に照らされる。
リサイリたちの目の前に奇跡が、齎された。
奇跡ってままままさかりゅりゅりゅ龍……⁉︎ え⁉︎ でもちょっと待って⁉︎ エルゼは飛行船の中でリサイリたちを見送ってたわけだから、今この瞬間はシンディガーたちと一緒に飛行船の中に居るはずでしょ⁉︎ それなのになんで⁉︎ その、飛行船の中に居るエルゼに、異変が起こります!
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