揺るぎなき意志
皇帝ジュベラーリの推挙に加え、その見事な変身能力に感心したシンディガーさんの賛同もあり、僕たちのダナディア潜入には、マリーチが同行する事となった。
エルゼクティアさんは『この猫にうちの子たちを預けろってのかい!? 皇帝あんた本気で言ってるのかい!?』と半ギレ状態で、咲きにける雷からも誰か行かせるべきだと主張したけど、ダラジャトゥ政府から反乱分子としてマークされている咲きにける雷のメンバーは、魔導検知で発見されるリスクが高いという結論に達し、しぶしぶ諦めたみたいだった。
だけど、マリーチだけではどうしても心細いみたいで、エルゼクティアさんが不安そうにしていると『じゃあ、わっちも行くっちから、心配するなっち!』と、いつものヘンテコな口調でアンギラスが立候補した。
でもすぐに、横にいたプラスティヤに『お前、王都で飲みてえだけだろ!? それに、お前も相当目立つから普通にダメだ!』と言われて、アンギラスがガッカリしていた。
確かにアンギラスは、男の人より身体が大きいうえにスタイル抜群、それにめちゃくちゃ美人だから、かなり目立つ。明らかに潜入作戦には向いていないと、僕も思う。
リトゥとアトリはちっちゃいけど、いつでもキラキラ光ってるから目立っちゃうし、ヴァシシュタは見た目が幼児なので、王国側の人に心配されて保護されちゃう危険がある、やっぱり、潜入には向いていない。
清楚で綺麗なプラスティヤは、ああ見えて実は気が短いらしく、喧嘩っぱやいので問題を起こす可能性があるとされ、候補から除外された。
あんなにお淑やかに見えるのに、人は見かけによらない。
彼女の妹のプラハが『ふふふ……となると、やっぱりあたしの出番じゃない!?』と、得意げに名乗りを上げたけど、みんなから『何かイタズラをするから絶対にダメ』と猛反対されていた。
プラハ、何かしたのかな?
話し合いの結果、最小限の人数が望ましいと言うことで、結局、マリーチだけが一緒に行くことになった。
皇帝ジュベラーリも『マリーチが居れば万事安泰というもの。他の者を付き添わせる事もあるまい』と、自信たっぷりだった。
猫とはいえ、ウードメッサ帝国の精鋭、七星麗鬼衆の一員であるマリーチは、きっと優秀なのだろう。
でも、やっぱり猫はネコ。
マリーチ大好きのキシャルは大喜びだったけど、マリーチの常軌を逸した【猫っぷり】を目の当たりにしている僕は、はっきり言って不安だった。
だけど、現地へ行けば協力者がいるというので、それなら大丈夫かなと、少し安心……する事にした。
王都シャムアルジールへ行くにはいくつかのルートがあって、僕らは、国境となるブラシカ山脈を越えて南下するルートを取る事になった。
その国境付近で、シンディガーさんが事前に話をつけておいたと言うダラジャトゥ軍の信頼できる偉い人……えっと、名前は何だったかな? その人と合流して、アーリエン王国の第二の都市【ユールベルタ】まで行く。
そこから王都シャムアルジールまでは、軍用機で一気に行けるみたいだから、心配は無さそう。
そして、国立魔導研究機関ダナディアまで行けば、隠密として潜入しているシャハニーヤという人が【憐れみの死神】のところまで連れて行ってくれる。
アーリエン王国で僕たちを知ってる人なんていないし、マリーチは変身できる上に、そうでなくても見た目は猫な訳だから、怪しまれる事はないはず……あ、でも……尻尾が二本あるな……ま、まあ、変身していれば大丈夫だよね……!
僕たちとマリーチなら、きっと成功する。いや、成功させるんだ!
豊かに実る稲穂が風に揺れ、斜陽に光る金色の絨毯が波打つ。
帝都バブアルシャムズの田園風景の中、キレイ好きのマリーチが前脚をぺろぺろ舐めて丁寧に顔を洗っている。
赤蜻蛉がすうっと、青空を横切った。
それを、マリーチは見逃さない。
全力で飛び上がり、高速猫手フックを振りかざす。
しかし、渾身の一撃は虚しく空を斬り、赤蜻蛉はふわりと、マリーチの鼻先をかすめ天高く舞い上がった。
不屈の闘志に燃えるマリーチが蜻蛉を追いかけ、狂気に乱れる。
その様子を、冷やかな視線で見下ろしながら、エルゼクティアは思った。
────このイカれた猫に、うちの子たちを預けろって言うのかい……!?
エルゼクティアは、納得する事ができずにいた。
確かに、咲きにける雷のメンバーはダラジャトゥにマークされているので、国境に接近した時点で魔導検知によって発見される可能性は否めない。
エルゼクティア自身も、これまでは反政府組織である事を知られていなかったが、今回の襲撃の際、咲きにける雷の移動要塞が【シェイザイド財閥】の保有する【揺蕩いし叢雲】だと判明した時点で、反政府組織の中心人物として認識されているのは間違いない。
そうでなくとも、現在幽閉されている国王サファディの姪であり、【奇跡の姫君】として多くの人々に知られているエルゼクティアが、ダラジャトゥに占拠されている王国へ潜入するなど、捕まりに行くようなもの。
『目立たないようにお面でも被れば大丈夫さね!』と、苦し紛れにエルゼクティアは言ってはみたが、それはそれで怪しまれるのでダメだと、シンディガーに却下された。
────だからって……このイカれ猫に……
夕焼け空へ飛び去って行く赤蜻蛉をじっと見上げていたマリーチが、稲穂から飛び出して来た蝗を見つけて標的を変更。猛アタックを開始する。
その姿、明らかに猫でしかないマリーチの姿を見つめ、エルゼクティアの表情が曇る。
エルゼクティアは、やっぱりどうしても納得する事ができずにいた。
────いやいやいや……普通に考えてコレ……完璧に猫でしょどう見ても……!
話せば上品で賢そうだし、変身も出来る。しかし、それらを踏まえても、飛び跳ねるバッタを大興奮で追いかけ回すその姿は、ネコ以外の何者でもない。
心の中でくすぶり続けていた不安が、確固たる不信となって積み上がり、明確な意思を形作っていく。
────こうなったらもう……一か八かだ
……!
エルゼクティアは固い決意を胸に、蝗を追いかけて飛び跳ねているマリーチに優しく、語りかけた。
────✩.*˚────✩.*˚────
「ねえねえ、何してんの!? あたしもう準備出来たよー」
「あ、うん、まだ少し時間あるからもう一回チェックを……って……え!?……それ持って行く気!?」
バブアルシャムズ出発の夜────。揺蕩いし叢雲の一室で一人、シンディガーから護身用にと持たされた魔法の護符を整理していたリサイリは、でかいクマのぬいぐるみのリュックを背負ってやって来たキシャルクティアに、それだけ言って言葉を無くす。
「見て! コイツかわいいでしょ!? 【熊神形部頼久】って言うの! あ! あとね、飴ちゃんもいっぱいあるよ!」
「ど……どういう名前なのそれ……!?」
危険を伴うであろう重要な作戦を目前にしながらも、危機感も、緊張感すらもないキシャルクティアの天真爛漫な笑顔に、リサイリは唖然としながらも、
────そうだ……僕がしっかりして、この子を守らなきゃ!
と、気を引き締めたが、ねこの顔が描かれた可愛らしい肩掛けの鞄から色とりどりの飴を取り出して、「これがイチゴ味でこっちがメロン味ね! ウメ味もあるよ! リサイリどれがいい?」と、隣に座って楽しそうに話すキシャルクティアに思わず表情が緩む。
「あ、じゃ……じゃあウメ味で……」────っていけないいけない! えっと、もう一回確認しなきゃ!
リサイリはウメ味の飴を受け取ると、改めて気を引き締め、一人でにこにこ話しているキシャルクティアから視線を戻して護符をしまう。
そして、シンディガーから渡されていた資料を取り出した。
王都シャムアルジールと第二都市ユールベルタの地図、国立魔導研究機関ダナディアの内部構造────。作戦に関するあらゆる情報が記されたその資料を見返しながらリサイリは、シンディガーとの会話を思い出していた。
『リサイリ、そしてキシャルクティア、そなたらに頼みがある。そなたらにしか出来ぬ事だ────』
国立魔導研究機関ダナディアに眠る究極の魔導機兵【憐れみの死神】を奪取し、大神を倒す。そして、この争いを終わらせる────。
シンディガーから作戦の事を聞いた時リサイリは、ジュベラーリに言われた『神を殺す』という言葉の意味を理解した。
そして、それで十分だった。
分からない事は沢山あり、シンディガーと話す時間も十分にあった。
しかしリサイリは、自分の抱えている疑問について何一つ、シンディガーに訊かなかった。
大神との戦闘中、白い世界で聞いた母の声、そして、キシャルクティアの言った『あの人が助けてくれた』『もう誰も殺したくない』という言葉────。医務室で目覚めた後リサイリは、キシャルクティアにその事を尋ねたが、前回同様『よく覚えてないんだよねー』と、はぐらかされた。
その時、リサイリは違和感を覚えた。
────キシャルは、何かを隠している……
おそらくキシャルクティアは、忘れてなどいない、忘れたフリをしているのだと、リサイリはそう感じていた。
もしそうだとしたらきっと、隠さなければならない理由があるはず。
それなのに、それらの事についてシンディガーに訊いて、何かが分かってしまったら、混乱を招く事になるかも知れない。
そう考えたリサイリは、自分の事も含め、シンディガーに何も訊かない事にしたのだった。
────今、僕たちのやるべき事はただ一つ。他の事は、その後で良い。
先程まで一人で喋っていたキシャルクティアが、鼻歌を歌いながら静かに、折り紙を織っている。
出発は子の刻。夜深の闇に紛れて国境を越える。
途中までは七星麗鬼衆とシンディガー、エルゼクティアも一緒に、帝国の小型飛行船で向かうが、国境の手前、山の中腹からは、リサイリとキシャルクティア、そしてマリーチの三人だけで、徒歩で進む事になる。
────僕とキシャルとマリーチだけか……
冷静に考えて一瞬不安がよぎったが、もし仮にダラジャトゥに見つかったとしても、見た目にはただの子供である自分たちが疑われる言われはない。
それに、国境さえ越えれば、そこから先はダラジャトゥ軍の高官が同行してくれるし、ダナディアにはシャハニーヤが居る。
マリーチも一応は精鋭なわけだし、いざとなれば頼りになるに違いない。
折り紙を織るキシャルクティアを見ながら、呑気なもんだなぁ────と、呆れ半分、感心半分に吐息を漏らして窓の外に目を向ける。
失敗する要素は無い、必ず成し遂げる────。星空に暗く波打つ山稜、国境となるブラシカ山脈を睨みリサイリは、意志を固めた。
作戦の成功に向けて、揺るぎない意志を固めたリサイリ。その一方で、絶対に納得していない方向で意志を固めたエルゼが明らかに何か企んでいます! あああ……きっと問題を起こすに違いないよぉ……でもエルゼ、一体何をするつもりなのでしょうか……!? それはまさかの方法で、そしてまさかの異常事態を引き起こしますよ!
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