拒絶
行く手を阻むダラジャトゥの大艦隊が、囲い込むようにして迫ってくる。
後ろでは大神がじっとしたまま、次第に黒く染まっていく。
どう考えても、あの大艦隊を突破することは出来ない。大神も今のところはまだ止まっているが、あの機体が完全に黒に染まり切ったら、再び動き出すに違いない。
────万事休すか……!
戦慄が不快に滲み出し、デンシチのこめかみを滴り落ちる。
もし仮に後ろへ逃げて、大神が動き出す前にその先へ行けたとしても、動けない五十一式を抱えている今の状態では、大神にも、そして艦隊にも、確実に追いつかれる。
そうである以上、揺蕩いし叢雲を目指して前へ進むしかなかった。
────残っている魔力をフォースシールドに全振りして、強行突破するしかねえ……!
覚悟を決め、戦艦の群れを睨むデンシチの耳に、リサイリたちの声が届いた。
「キシャル! あれやってよ! 最初にやったあれ!」
「ダメよ! ここにはデンちゃんもいるんだから! あれは出来ないのよ!」
「じゃああれは? 赤い光! あれなら戦艦だってやっつけられるでしょ!」
「それもダメ! 戦艦には人がたくさん乗ってるんだから! みんな死んじゃうじゃない!」
「そんな事言ったって! やんなきゃこっちがやられちゃうんだよ!?」
「ダメ! 絶対ダメ!」
絶体絶命であるにも関わらず、頑なに攻撃を拒否するキシャルクティアに、リサイリはそれ以上何も言うことが出来なかった。
誰も殺したくないのは当然。自分がキシャルクティアの立場でも、きっとそう思うだろう。
しかし、この状況であの艦隊と大神から逃げ切ることなど明らかに不可能。攻撃しなければ確実に殺される。
この危機を乗り越えるには、戦う以外にない。キシャルクティアの力がどうしても必要だった。
考えている時間はない。
意を決して、リサイリが言葉にしようと息を吸い込んだ瞬間、キシャルクティアは震える声で言った。
「私は……私はもうこれ以上……これ以上誰も殺したくないの!」
その一言に、リサイリは言葉を失った。
デンシチも、己の耳を疑う。
もうこれ以上、誰も殺したくない────。
キシャルクティアはこの戦闘において、誰一人として傷つけてはいない。
そして当然、それ以前に誰かの命を奪っていることなど考えられない。
しかしその言葉には、これまでに数多くの命を奪ってしまったという罪の念が確かに、込められていた。
「キシャル……それは……どういうことなの……⁉」
キシャルクティアは答えない。
沈黙の中に困惑が膨らむ。
その時、強い衝撃がリサイリたちを襲った。
激しい振動の中、デンシチが言った。
「くそ!……来やがったか!」
夥しい紫の光線が視界を埋め尽くす。
五十一式を抱えるF66に向けて、ダラジャトゥ艦隊の一斉射撃が開始された。
「あ……愛して……いる……!?」
その言葉の意味を疑うほどに当惑し、シンディガーはそれだけ言って、固まった。
唖然として空いた口を思い出したように閉じ、渇いた喉に唾を押し込む。
聞き間違いなどではなかった。
ラファリファは確実に、『愛しています』と、そう言った。
衝撃の告白にシンディガーの集中力が途切れ、【粛然の幽牢】を形作るはずだった光の壁が粉々に砕け散る。
きらきらと舞う光の塵に包まれながらラファリファは、青みがかった銀の瞳をうるうるさせてそしてふわりと、吸い付くようにしてシンディガーに抱きついた。
甘い香りが全身を覆い、恍惚の吐息が耳元にかかる。
「ああ……こんなにも強く……こんなにも強くシンディガー様がわたくしを求めて下さるなんて……わたくしは今、この世界の誰よりも幸せです……!」
「いや! これは……その……!」
囁かれた静かな歓喜が、シンディガーの言葉を封じる。
絡みつくラファリファの手が愛おしむように背中を這い、息が止まるほどに密着した柔らかな曲線からは、体温とともに僅かに高鳴る鼓動が伝わる。
ラファリファを突き放すわけにもいかず、シンディガーがわたわた狼狽え視線を泳がせていると、じわり、じわりと、拍手が湧き上がった。
腕に抱えるラファリファに抱きつかれたまま、シンディガーは困惑の表情で辺りを見渡す。
ダラジャトゥの兵士たちがすっかり周囲を取り囲み、満面の笑みで惜しみない拍手を送っている。
涙ぐんでいる兵士もいる。
次第に嵐となって鳴り響く拍手に、割れんばかりの大歓声が重なる。
「おぉぉぉぉおめでとうございます!」
「祝いだ! ラファリファ様の恋の成就を祝して、皆の者! 盛大に祝うのだ!」
────えらいことになってしまった……
奇しくも、ラファリファと強く抱き合う形となってしまったシンディガーは、吹き荒れる祝福の中で立ち尽くす。
歓喜に湧くダラジャトゥの兵士たちが、いそいそとピクニックの準備を再開する。
シンディガーは、プラハ特製お団子は憑依するだけの物だと、そう思い込んでいた。
あくまで身体を乗っ取るためのお団子であり、惚れ団子とはまた別の物なのだと。
まさか、憑依するだけでなく、惚れ薬の効果まで付加されていたとは────。もはや狂気でしかないプラハの発想に戦慄しながらも、シンディガーはこの異常事態に勝機を見出す。
────ラファリファが拙者に惚れ込んでいる今なら、この窮地を脱することが出来るはず!
今ここにいるダラジャトゥの兵士たちを退却させるように言い、このまま逃げ切り海底に身を隠す────。
愛する者の望みなら、ラファリファはきっと応じるに違いない。
惚れ薬の効果であるとはいえ、本気で喜んでいるラファリファを利用することに後ろめたさを感じたが、そんなことを言っている場合ではない。
神姫を守り、咲きにける雷を救うためには、絶対にこの機を逃すわけにはいかない。
シンディガーは、お姫様抱っこしたままになっていたラファリファをそっと下ろすと、両肩に優しく手を置く。
ラファリファが胸の前で両手を組んで、めちゃくちゃ嬉しそうな顔でシンディガーを見つめている。
「ラ……ラファリファよ……このまま、せ……せ……拙者と……逃げようではないか……のう……?」
たとえ相手が敵であるラファリファだとはいえ、なにやら女性を騙しているような気がして、言われのない罪悪感を覚えたが、今はこうするより他にない。
それに、この状態のラファリファに対しては、こうして誘うしかない。
しかし、その言葉を聞いたラファリファの表情が、シンディガーの確信を消し去っていく。
幸福に満ちていたラファリファの微笑みに、憂愁が覆い被さる。
一筋の涙が、頬を伝った。
ラファリファは溢れ出す涙を隠すように、固く瞼を閉じて顔を逸らした。
「ラファリファ?……ど……どうしたというのだ……!?」
急変したラファリファの様子が、シンディガーの心に重苦しい影を広げていく。
顔を逸らしたまま沈黙するラファリファに、シンディガーは優しい声色で問いかける。
賑やかにピクニックの準備に励む兵士たちの声が、沈黙を際立たせる。
ひと時の後、ためらいがちに顔を上げたラファリファは、悲哀に潤んだ眼差しをシンディガーへと向け、逡巡に震える唇を開いた。
「シンディガー様……それは……それは出来ぬのです……」
惚れ薬が効いているはずのラファリファまさかの拒絶! えー!? なんでよー!? シンディガーの事好きになったんでしょ!? なのにどうして!? 女の嫉妬によってシンディガーが再び窮地に!? そして、頑なに攻撃を拒絶するキシャル! もう殺したくないってどういう事!? でもその真相を聞き出す場合ではありません! ダラジャトゥの艦隊がリサイリたち五十一式を抱えるデンシチに攻撃を開始しました! 絶体絶命じゃん! 逃げ切れるわけないじゃんよー! 誰か助けてー!
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