血と肉
大神の背後が鮮烈な赤い光に染まり、その姿が影に沈む。
キシャルクティアの叫びと共に走り出したリサイリは、見た。
迫り来る無数の赤い光の隙間、仄暗い靄を漂わせ、赤黒い波紋の蠢く漆黒の巨躯────。鮮烈に脳裏に焼き付く、砂漠で目にしたあの魔導機と、記憶の奥、濁った水底に霞んでいた不明瞭な光景が、それと重なる。
「……僕はこの魔導機を……知っている……!」
破壊の意志を持った赤の光たちが五十一式を追う。
飛び散る鮮血を思わせる悍ましき光、確実な死を運ぶ深紅の光線【宿命の滅び】が、狂った様に蠢き乱れ飛びながら五十一式に襲い掛かる。
纏わりつく明確な殺意が不快な冷気となって首筋に乗り移り、リサイリの背中に浸み広がっていく。
『思い』が再び、伝わる。
『たすけて……たすけて……』
純粋な悲しみ、全ての希望の潰えた完全なる絶望────。心の中へ流れ込んでくる夥しい負の感情に震える声で、リサイリが言った。
「こ……これは何⁉……何なのこれ……⁉」
「聞いちゃだめ! もっと離れて!」
自分の感情とは無関係に止めどなく溢れる涙、心を締め付ける無数の悲しみに抗い、リサイリは速度を上げる。
殺意と共に、血に塗れた無数の手が救いを求めて、縋りつく様に迫って来る感覚を覚える。
それが一体何なのか、理解する事が出来なかった。
唯々、深い哀しみが心を侵蝕して行く。
宿命の滅びに追われ、助けを乞う憐れな思いを振り払いながらリサイリは言った。
「たすけてって言ってるよ⁉︎ あの中に誰か居るの⁉︎ 助けられないの⁉︎」
「憐んではだめ! あの人たちを助ける事なんて出来ない! こうするしかないの!」
キシャルクティアの言葉と共に純白の五十一式が赤く染まり、血飛沫を上げるようにして真紅の光線【宿命の滅び】を放つ。
紅に煌めくキシャルクティアの光の矢が、殺意の憐れな光たちへと向かっていく。
駆け巡る赤い光が黒の空を埋め尽くしそして、ぶつかり合い、消える。それに伴って、リサイリの心に届いていた悲しみの思いが悲鳴を上げ、消えていく。
────どうなっているんだ……⁉
叫びと共に数を減らしていく赤い光、そして嘆き────。恐ろしい想像が湧き上がり、直感がそれを、確信に変える。
「まさか……あの赤い光は……」
そんな事があってはならない、しかし、そうとしか思えない。
気付いてしまった真実を言葉にするのを躊躇い、それだけ言って口を閉ざすリサイリに、キシャルクティアは事実を告げた。
「あの赤い光【宿命の滅び】は……あれは血と肉、人の命そのもの。大神はああして、取り込んだ人間の体、魂……命を少しづつ引きちぎって、力に変えるのよ」
「そんな……じゃあこれは……」
戦慄の事実が、リサイリを震撼させる。
どうすれば良いか分からない。どうする事も出来ない。
尚も伝わってくる苦痛の絶叫、正気を失う程の溢れかえる死の叫びに怯え、神経が凍り付く。
「あぁぁ……い……嫌だ……いやだーーー!!!」
心を掻きむしる誰かの絶望と死から、リサイリは逃げ出す。
どこでも良い、どこか遠くへ、この恐怖の届かないどこか別の場所へ────。逃れる先を求める怯えた眼差しの先を、ダラジャトゥの戦艦が埋め尽くした。
五十一式を目がけて、紫色の光が一斉に放たれる。
「うわぁああーーー!!」
痺れる程の悪寒となって身体中を這い回る恐怖から逃れる為に、攻撃を躱しながら一心不乱に疾走するリサイリを、キシャルクティアが必死に語り掛けながら抱きしめる。
「リサイリ! しっかりして! リサイリ! あたしが居る! あたしが一緒に居るから力を貸して! みんなを助けたいの!」
キシャルクティアの放った宿命の滅びによってひとつひとつ、リサイリの心を蝕んでいた悲しみたちが消えて行く。
圧倒的な速度で艦隊の包囲網を突破し、大神から離れるにつれて、リサイリは恐怖から解放され少しづつ冷静さを取り戻していく。
乱れた鼓動を抑え、感情を鎮める。
速度を落としながら深く息を吸い込み、心に絡みついた畏れと共に吐き出す。
精神が、身体中の神経がまだ、震えている。
目を閉じ、自分が何をすべきか、何が出来るのか、リサイリは考えた。
今この瞬間、咲きにける雷がダラジャトゥの軍によって追い詰めらている。
助けたい、助けなければならない────。その強い想いが、リサイリにかつての自分の言葉を思い出させた。
『助けられるものなら助けたいけど……でも、僕らにそんな力ないもんな……』────あの時欲していた力、守る為の力が、今の僕にはある……逃げてちゃだめなんだ!
怖かった、分からないこともたくさんあった。しかし、恐怖に怖気づき、疑問に頭を抱えている場合ではない。
自分が本当にしたかった事、誰かを救う事────。その力がある今、自分の進むべき方向は明らかだった。
リサイリは勇気を振り絞る。心にこびり付く恐怖の残滓を振り払う。
遥か遠くに見えるダラジャトゥの艦隊と大神へ覚悟の眼差しを向ける。
黙ったまま自分を抱きしめるキシャルクティアに、リサイリは告げた。
「もう大丈夫、行こう! キシャル!」
────────────────
幻霊を追い、本隊を目指す九俱瓔珞の中、ワーレイクはシンディガーの言葉を思い出していた。
『大神は止められる』────。
国を守る為とはいえ、あんな呪われた力に頼るべきではない────。それこそがワーレイクの本心だった。
しかし、今大神を止めてしまえば、強大なザルーブ連邦共和国に対抗する事は決して出来ない。
────なんとしても国を、民を守らねばならぬ、この戦が終わるまで、せめてその時まで……
ワーレイクは理由をつけて、自分を納得させる。
必死に自分自身を騙し、己の抱く本当の正義から懸命に目を背ける。
そうして外へと向けられたワーレイクの瞳に、それは映った。
黒いはずの空が、駆け巡る無数の赤い光線によって埋め尽くされる。
九俱瓔珞の指揮管制室を、兵士たちを、そしてワーレイクを、遠くに乱れ飛ぶ宿命の滅びが赤く照らす。
「一体これは……何が起きているというのだ……」
目の前に広がる理解を超えた景色に、ワーレイクは言葉を失う。
兵士の報告が響いた。
「幻霊です! 幻霊が現れました! 大神が交戦中!」
この瞬間まで確認出来なかった幻霊が突如出現し、大神に向けて烈火の如き猛攻を仕掛けている。
飛び交う宿命の滅びに加え、純白に渦巻く火炎が大神を包み込み、煌めく銀色の光の豪雨が降り注いでいる。
なんという凄まじい攻撃だ────。幾多の戦場を駆け抜け、自身も優れた魔導騎士であるワーレイクでさえも、世界の終わりを思わせる壮絶なその光景に圧倒される。
吃驚し立ち尽くすワーレイクは、はっと我に返り、命令を下した。
「砲撃開始! 本隊後方支援艦隊は何をしている!?」
無命魔導機兵隊を殲滅された時と同様、レーダー上には捉えきれない幻霊の機影が、大神を中心に点滅しながら無数に出現している。
それに対し、本隊の後方につく戦艦の何隻かは攻撃を行っていなかった。
「通信不能! 反応がありません!」
「どうなっているのだ……」
ワーレイクは身を乗り出し、後方支援艦隊を映し出すモニターへ目を向ける。
その瞬間、砲撃を行う一隻の戦艦を鮮烈な蒼い稲妻が走り抜けた。
「この攻撃は……!」
蒼い稲妻が消え、戦艦が砲撃を止める。その戦艦の上に、ワーレイクの瞳が捉えた。
僅かな光を反射して純銀に輝く美しい魔導機────。瞬きをする間にそれは忽然と、霞のように姿を消した。
ワーレイクは知る。そして確信を静かに、言葉にした。
「……雷神……!」
エルゼクティアの駆ける零式が【霧と消ゆ】を繰り返し、【贖罪と祈り】を放って戦艦を一隻ずつ行動不能にしていく。
ワーレイクの向けた視線の先で再び、一隻の戦艦が蒼く迸る稲妻によって動きを止める。
────幻霊への攻撃に気を取られ、雷神に気付いていないのか……!
想像を絶する力で大神を抑えつける超常の存在【幻霊】そして、姿を現した人類史上最強の魔導騎士【蒼き雷神】────。
これでは幻霊を倒す前に、本隊が壊滅してしまう────。大軍の隙を突いた雷神の攻撃に危機感を募らせつつも、ワーレイクの心に熱い感情が生じる。
人には到達する事の出来ない異次元の強さと、そして美しさ、優雅に空を舞う最強の魔導騎士、蒼き雷神────。全ての魔導騎士から畏怖と、畏敬の念を抱かれる存在を目の当たりにして、ワーレイクの魔導騎士としての血が沸き立つ。
この時の為に、儂は生かされたのかも知れぬ────。ワーレイクは決断する。
「【金剛仁王】を呼び戻し四諦滅道紋を発動し幻霊を討て! 儂は雷神を止める!」
エルゼがワーレイクに見つかっちゃいました! 【四諦滅道紋】って、まさか秘密兵器……!? リサイリたちとエルゼに危険が迫ります! そして、叢雲に乗り込み孤軍奮闘のシンディガーに、遂にあの人物が……!!!!
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