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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第四章 バスタキヤ奇想曲 第一部 太古の空
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大軍勢

 マリーチを捕まえるのに、相当苦労した。


 さっきは簡単に捕まえられたのに、今度はジェネラルがカブトムシの姿のままで逃げ回るものだから、マリーチが興奮してとても捕まえられるような状態じゃなかった。


 エルゼクティアさんとキシャルはどうやら虫が苦手みたいで、飛び回るジェネラルから悲鳴を上げて逃げ回っていた。


 七星麗鬼衆のみんなもいたけど、リトゥとアトリは小さいので、暴れ回るマリーチを止める事なんて出来ない。

 プラスティヤは爆笑していて捕まえる気なんてさらさらないみたいだったし、ヴァシシュタは一生懸命マリーチを捕まえようとしていたけど、何しろ身体が五歳程度の子供なので、マリーチの後を追いかけるだけで精いっぱいだった。

 それにしても、彼女は一体何歳なんだろう? 


 プラハはマリーチを捕まえる代わりにシンディガーさんを捕まえて、このお団子は新しいからどうとかこうとか言っていて、シンディガーさんが困った顔をしていた。


 そういえばヴァシシュタが、マリーチを追い掛けながら『シンディガー殿! その団子もダメです!』と叫んでいた。


 どうしてダメなのかな?


 頼みの綱だったアンギラスはと言うと、一応マリーチを追いかけていたみたいだったけど、なんだかへらへらふらふらとしていて、真っ直ぐ歩く事すらままならなかった。

 まるで酔っ払っているみたいだった。


 結局、追いかけっこはジェネラルが動かなくなるまで続いて、地面でひっくり返るジェネラルの前でマリーチが顔を洗っている時、後ろから忍び寄って僕が捕まえた。


 ジェネラルが全く動かなくなってしまって、大丈夫かと心配していたら、ひっくり返ったまま精霊化して、よろよろしながら立ち上がった。

 

 はじめから精霊化した状態で戻ってくればこんな事にならなかったのに、どうしてわざわざカブトムシになって飛んで来たんだろう? マリーチがいるの分かっているのに。

 ぼろぼろになったジェネラルが、『ひどいじゃないかマリーチ』と言ったら、マリーチは当然の様に『習性ですから』と答えていた。

 全然悪いとは思ってないみたいだった。


 ジェネラルはふらふらしながらも、僕たちに基地を案内してくれた。


 木と土、草などで構成されたその基地【浄土異郷】には、カブトムシの他にも、大きいカナブンやクワガタ、カマキリなんかもいた。

 それぞれちゃんと言葉が話せて驚いたけど、何故かみんな、ジェネラルと同じような子供っぽい話し方だった。

 たぶん、それが虫たちの共通言語なのかもしれない。ジェネラルだけがおかしいという訳ではないみたいだ。


 基地を見て回っている時、シンディガーさんと話をしたかったけど、シンディガーさんは七星麗鬼衆のみんなに捕まっていてとても割り込める感じではなかった。


 両肩に乗るリトゥとアトリに耳を掴まれ、両腕をプラスティヤとアンギラスにがっちり捕まれ、その周りを、ヴァシシュタとマリーチがうろちょろしていた。

 そういえば、プラハがこっそり、シンディガーさんの袂に何かを入れていたみたいだったけど、あれは何だったんだろう?


 そうして基地を見て回っていると、大きな蝶が飛んで来て、五十一式が直ったと教えてくれた。

 僕らが基地を見学している間に、修理するようにと、帝が指示したのだそうだ。


 五十一式が壊れていた事を知らなかったエルゼクティアさんが、攻撃をされたのかとキシャルに訊いたから、キシャルが答える前に、思いっきり飛ばし過ぎて僕が壊したと言って、ちゃんと謝った。

 そうしたら、それを聞いたシンディガーさんが凄く驚いていた。

 どうしてあんなに驚いたんだろう? とにかく、直ってほっとした。


 ある程度見て回ったところで、一日で全部は見切れないから今日はこれぐらいにしようと、ジェネラルが言った。

 この他にも、タガメ水軍や、トンボ偵察隊なんてのもいるから、またいつでも見においでと言ってくれた。


 帝の率いていた艦隊も凄かったけど、この虫たちの大軍勢も相当な規模だった。

 これだけの軍事力を有するウードメッサ帝国と友好的な関係を結べたのは、咲きにける雷にとって幸運な事だと思う。

 帝も優しかったし、友好な関係を結べたと、そう思いたい。


 陽射しが、だいぶ強くなっていた。もう、お昼を過ぎていた。

 エルゼクティアさんが、デンシチさんたちが心配しているだろうから、そろそろ戻ろうと言って、最後に帝に挨拶をしたいとジェネラルに訊いたら、帝は出かけてしまっていないと言っていた。

 なんでも、帝は毎日欠かさず、バブアルシャムズの南にある聖域【眠らるる樹海】のお社へお参りに行くのだそうだ。


 僕も、帰る前にもう一度帝に会いたかった。会って、あの言葉の意味をちゃんと聞きたかった。

 

 叢雲に戻ったら、シンディガーさんに訊こう。

 僕が、この世の者ではないという事、そして僕が、神を殺すという事の、その意味を。


 


 真上から照り付ける太陽によって映し出される三つの影が、紺碧の海原を走る。


 ジュベラーリに会う事は出来なかったが、七星麗鬼衆とジェネラル、シースーハリに見送られ、リサイリたちは不還一来から揺蕩いし叢雲へと向かって、海面近くを飛行していた。


 速度を出し過ぎないように注意しながら、慎重に五十一式を駆けるリサイリに、シンディガーからの通信が届く。



「リサイリ、どうだ五十一式は? 異常無いか?」


「はい! 問題無いです! 何だか来た時より軽い感じがします!」



 平然と返されたリサイリの答えに、シンディガーは静かに驚愕した。


 シンディガーは本人たちには何も言わずに、リサイリたちの能力を検証していた。


 二人の検証を行うにあたり、エルゼクティアに話しておくべきかどうか迷ったが、余計な心配をかける事になるかも知れないと思い、特に何も知らせずにいた。


 徐々に速度を上げ、空を走る。

 五十一式が、難無く後ろをついてくる。



 ────なんという少年だ……



 通常巡航速度を少し上回る程度の速さではあったが、それはあくまでも、最新式であるこのF76や零式を基準とした速度であり、現時点での速度は既に、旧式である五十一式の性能限界を遥かに超えるものだった。


 それにも拘わらず、リサイリたちの駆ける五十一式は限界状態であるとは思えない程に安定した飛行を見せていた。


 常識では考えられない、信じがたい現象───当然、一緒に飛行していたエルゼクティアも、それが如何に異常な事であるか、分かっていた。


 キシャルクティアが魔導機を動かせる事についてエルゼクティアは、実はそれ程驚いてはいなかった。

 操縦方法について話して聞かせた事もあるし、訓練の様子もよく見せていた。


 エルゼクティア自身も、はじめて魔導機を操縦した時、何の知識もなく感覚だけで動かして、周りを驚かせた。

 自分の娘であるキシャルが、同じ才能を持っていたとしても、むしろそれは、自然な事、そういう『血』なのかも知れないと、そう思っていた。


 しかし、リサイリについては、不思議でしかなかった。


 キシャルクティアは特殊な環境にあり、自分の娘でもある。魔導機との接点があり、当然それは()()()に繋がる。

 普通の子供とは、全てが違う。


 だがリサイリは、そうではない。リサイリだけではない、キシャルクティア以外の子供に、魔導機を操れる()()()などはないはずだった。


 それなのに今現実に、目の前でリサイリが五十一式を駆けている。

 それも、常軌を逸した性能を発揮して。


 命など存在するはずのない場所、しかも()()()()()()()()()のすぐそばに居たリサイリ、この子も特別な存在────。エルゼクティアは、そうであるとしか思えなかった。


 シンディガーの操るF76が、更に速度を上げ、天空へ向かって急上昇していく。

 五十一式との距離は、開かない。

 リサイリはシンディガーのF76と等間隔を保ち、ぴたりと、まるで影のようについて行く。



 ────この速度であんな操縦……しかも五十一式なんかで一体どうやって……



 熟練の魔導騎士ですら出来ない高度な操縦技術、そして、異常とも言える程の反応速度に、エルゼクティアは感動すら覚えた。


 F76が急降下し、海面が飛沫を上げる。五十一式は乱れる事無く後に続く。


 エルゼクティアは、シンディガーがリサイリたちを試しているのだと気付いていたが、シンディガーに対する揺るぎない信頼、そして、エルゼクティア自身の関心から、何も言わずにその様子を見守っていた。


 証明される能力、存在し得ない程の、稀有な才能────五十一式を見つめるエルゼクティアの脳裏を、ジュベラーリの言葉が過った。


『知らせなければならぬ事』────


 あれは、この二人の能力、そしてこの能力が二人を、戦いへと導く、それを伝えようとしていたのかも知れない。

 自分たちの運命を揺れ動かす大きな何かが、迫っている気がしてならなかった。

 見えない不安が心の中に淀みを作り、濁った水となって、気持ちを沈めていく。


 

「キシャル……」



 無意識に、小さくそう口にしたエルゼクティアに、シンディガーが語りかけた。



「エルゼ、ウードメッサ艦隊の結界網から離脱した。もう叢雲と映像通信が出来るはずだ、デンシチたちも心配しておろう、顔を見せて安心させてやると良い」


「あ……そっ……そうだね……! あいよ!」



 はっと我に帰り、努めて明るい声色で答えるエルゼクティアに、シンディガーは返すべき言葉が見つからなかった。


 明かされていく二人の特殊な能力を目の当たりにして、複雑な思いを抱いているのだろうと、そう思った。

 ただ、そのエルゼクティアの声を聞いてシンディガーは、リサイリとキシャルクティアが大神と戦い、倒すのだという事は知らせまいと、そして出来る事なら、あの二人をそんな危険な目には合わせまいと、強くそう思った。


 

『……繋がった⁉︎……繋がったか!……あああ姐さん! シンディガーの旦那も……無事ですかい⁉︎ 聞こえやすか⁉︎ 姐さん⁉︎ あーねーさー……』


「聞こえてるようるさいね! こっちはみんな無事だから安心しな!」



 モニターに映し出される真っ黒く汚れた顔のデンシチにエルゼクティアがそう言うと、安堵と喜びに湧く咲きにける雷の兵士たちの歓声が返って来た。



「そっちは異常無いかい? ミナセヤヒは?」


「ああ! こっちは大丈夫ですぜ! ミナセヤヒもこうしてしっかり面倒見てやすから安心して下せえよ! ほら! ミーミー、姐さんだよ〜」「うきゃきゃー」



 オイルに塗れた黒い顔のデンシチが、ご機嫌そうなミナセヤヒの顔をモニターに近付けてデレデレしている。



「……デンシチお前風呂入ってないだろ⁉︎ どう見たって風呂入ってないだろお前!」


「…………じゃ……じゃあ祝杯の支度して待ってますぜ……そそ……それじゃあ!」


「あ! こらちょっと待ちなデンシチ! こらー!……」


 

 一方的に通信が切られ「まったく……あいつ帰ったらひっぱたいてやる……」と呟くエルゼクティアを「デンシチたちにも心配をかけた。少し大目に見てやれエルゼよ」と、シンディガーが宥めた。



 三機の魔導機が、空を目指す。

 波打つ紺碧の絨毯が遠のいて行き、雲を貫く。純白の山岳(さんが)を思わせる雲海と澄み渡る碧天が視界一面に広がる。


 もう少しで揺蕩いし叢雲に帰艦する。難局は切り抜けた。しかし、まだ何も、状況は変わってはいない。本当の闘いは、これから始まる────。心に湧き上がっていた喜びと安堵を、シンディガー、エルゼクティアは、覚悟で覆い隠した。


 

 

「キシャル、もう少しで叢雲に着くみたいだよ……キシャル……?」



 膝の上で、さっきまであーだこーだ、一人で元気に話していたキシャルクティアが急に静かになったので、リサイリがそう声をかけたが返事がない。

 また眠っているのかと思ったが、そうではなかった。



「……行かなきゃ……」


「……え⁉」


 

 緊張と覚悟が、冷たい程に冷静なその声には宿っていた。

 唐突に発せられた、明らかにさっきまでのキシャルクティアとは違う、いつものあの可愛らしいあどけなさなど微塵も感じさせない()()キシャルクティアの声に、リサイリは言葉を無くす。


 行かなきゃって……どういう事……?────。それを問いかけるまでも無くその答えは、予期しない形で告げられた。


 モニターが開かれる。

 叢雲の中に響き渡る警報音と共に、決死の表情で兵士たちに指示を出すデンシチの姿が映し出される。



「デンシチ⁉ 一体どうしたってんだい⁉」


「ああ! 姐さん! えらい事になった!」


「だから! 何が起きたって言うんだい⁉」



 デンシチは知らせる。

 迫りくる波、立ち向かうべき運命の到来を。

 決して避ける事の出来ない、壮絶な闘いの始まりを、知らせた。



「大神が……ダラジャトゥの大軍勢が攻めて来やがった!」

ダラジャトゥの大軍勢が攻めてきちゃいました! それに大神までいるみたい! あわわわ…どどどどうしよう…! 勝ち目なんてないよォ…だけど、キシャルがまた【あのキシャル】になっているみたい…。唐突に訪れた戦いの運命が、リサイリを飲み込んでいきます!



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