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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第四章 バスタキヤ奇想曲 第一部 太古の空
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是非もなし

 太陽は既に高い位置にあった。

 茜色を忘れた透明な陽射しが海に煌めき、ウードメッサ帝国の大艦隊に照り付ける。


 緻密な陣形を描くその中央に浮かぶ母艦、不還一来の甲板に七つの光りが立ち上がり、その光の中に、艶やかな女体を思わせる麗しき魔導機の姿が浮かび上がる。


 プラスティヤの夜藍、プラハの瑠璃天音、マリーチの百蓮、リトゥの紫檀菫、アトリの紅椿、アンギラスの黒蘭、そして、純白と黄金に輝くヴァシシュタの華雅───。


 レーダーを走る雷神の機影を目で追いながら、微かな不安を滲ませる声で、プラスティヤが小さく呟く。



「とんでもねえスピードだな……真正面から突っ込んで来やがる……」



 プラスティヤの言葉に、誰も続く者はいない。

 重い静寂の中、ヴァシシュタが意外な言葉を口にした。



「このまま待ち構えて、雷神の出方を見る」


「え……えー!?……ででででも! また昨日みたいなのやってきたらどうするの!?」



 ヴァシシュタの発言に困惑するリトゥがそう言うと「あの攻撃は、魔導機のシステムだけじゃなくて、精神にも作用するよ、ウチら一応六芒星陣の中にいたから辛うじて耐えられたけど、意識失いかけたもん」と、アトリが続ける。

 そこにマリーチが「念の為、六芒星陣をとっていた方が良いのではないでしょうか?」と付け加えた。

 ヴァシシュタが即答する。



「大丈夫、雷神は昨日みたいな先制攻撃はして来ない。正々堂々姿を現して、何かしらのコンタクトをしてくる、それに、シースーハリ様のご指示は『迎撃体勢』を整える事、こちらからは仕掛けない……」



 冷静に放たれた言葉が再び静寂を運び、沈黙がその判断を肯定する。

 ヴァシシュタは、確信を持っていた。


 今こちらには、咲きにける雷から来たリサイリとキシャルクティア、そしてシンディガーが居る。

 雷神にしてみればそれは、三人の人質を取られているようなもの。その状況で、事を荒立てるような真似をするとは思えない。


 そしてもうひとつ、ヴァシシュタの千里眼には、それを裏付ける根拠が映っていた。


 猛進する雷神から感じる強い感情、恐れを知らない勇敢な意思────。激しい怒りを抱いていると思っていた雷神の心には、敵対心や殺気と言った負の感情は一切無く、その代わりに、唯唯仲間を想う深い愛があった。


 ヴァシシュタは目を凝らす。雷神の心、本当の姿を見極める。



 ────勇気、慈愛、責任、自信……執念……歓喜……嫉妬……嫉妬…………歓喜と嫉妬……?



 千里眼を凝らして瞳を閉じたまま、その目に映った雷神の心に、ヴァシシュタは首を傾げる。


 勇気、慈愛、責任、自信、執念、までは分かる。ここに敵意や殺気が無いのは良い事なのだが、歓喜と嫉妬とは、何を意味しているのか?



「しかも、歓喜と嫉妬って……一体どんな精神状態……」



 思わずそう、ヴァシシュタが言葉を洩らした、その時だった。

 


「レーダーから雷神が消えたっち!」



 アンギラスの一言で緊張が走る。

 ヴァシシュタ意外がその場で身構える。



「あわわわ……あたあたあたあたし昨日雷神にレーザー当てたから怒ってるかもぉぉ……!」



 恐れ戦くプラハにプラスティヤが「お頭が大丈夫つってんだ! びくびくすんなみっとみねえ!」と喝を入れる。



 まさか昨日と同じ様に、瞬間転移からの広範囲攻撃か────。一瞬不安を覚えたヴァシシュタの瞳が、捉えた。



「あそこに居る……太陽の中……!」



 七星麗鬼衆が空を見上げる。

 燦然と輝く太陽を背に、蒼い稲妻を迸る雷神がそこに居る。


 圧倒的な威圧感。呼吸が止まるほどに強烈な魔力────。七星麗鬼衆の誰もが、その脅威の前に精神を凍りつかせる。


 まさか……これ程までとは────。ヴァシシュタは悟る。とても太刀打ち出来る相手ではない、次元が違いすぎる。


 言葉を失い、思考すら途絶えた七星麗鬼衆に、少しかすれた女の声が届いた。



『そちらでお世話になっている未成年の……保護者ですけど……』



「そうかそうか、雷神はそなたの母であったか……」


「そうそうでもね! うちのお母さん雷神って言う名前嫌いみたいで、みんなにも『お姉さま』って呼べって言ってるんだけど、どういう訳か誰も言う事聞かなくて、いまだにみんなから(あね)さんって呼ばれてるの! でも私思うんだけど、みんなからお母さんって呼ばれるよりは────」



 すっかりジュベラーリに懐いて、楽しそうに話すキシャルの声が、立ち込める湯気の向こうから聞こえる。


 強引に風呂へ連れてこられたリサイリは二人に背を向けて、広い露天風呂の端で縮こまっていた。



 ────それにしてもここは一体どこなんだ? 突き抜ける蒼天、遠くに見渡せる新緑の山々、すぐ側を流れる清らかな清流。どう考えても艦の中じゃない……


 御台所の質素な引き戸を開けた先なのに、どう考えてもここは地上の何処か……これはジュベラーリの魔法なのだろうか?────。リサイリが膝を抱えて湯に浸かりながら、空を見上げてそんな事を考えていると、まるでそう思っているのを分かっていたかのように、ジュベラーリがリサイリに語りかけた。



「リサイリや? ここはな、ウードメッサ帝国の帝都バブアルシャムズじゃ。帝都と言ってもこの通り、豊かな自然に囲まれた長閑な土地じゃがな、気に入ったか?」


「え!? あ! はい! でも……あの……どうして……」



 咄嗟に話しかけられ、背を向けたまま慌ててリサイリがそう言うと「不還一来とここバブアルシャムズは、妾の術で繋げてあってな、いつでもこうして行き来出来るのじゃ、さっき話した畑も、ここにあるぞ」と、ジュベラーリが教えてくれた。



「そういう事だったんだ! 艦の中にしてはちょっと広いなって思ったんだ!」



 あっけらかんとしたキシャルクティアの発言にリサイリは「ちょっとじゃないでしょこれは……」と言いながら振り返り、固まった。


 湯に浸かっていたはずの二人が、濡れて透ける薄い手ぬぐいを胸に当て、風呂の縁に腰掛けている。


 魅惑の肉体を覆い隠すには不十分過ぎる小さな布が、湯に火照る柔らかい肌に密着して理性を惑わす曲線を露わにする。


 官能美と呼ぶに相応しい成熟したジュベラーリと、青い果実を思わせる瑞々しく弾けるキシャルクティアの裸体────。


 見てはいけない、絶対に見てはいけないと思いつつも、禁断の美に囚われてしまったリサイリの瞳は、意思に反して二人の身体を凝視する。

 あと少し、あとほんの少しだけ見たら止めよう────。そう思いながら限界の横目で見つめていると、急にふいっとキシャルクティアがこちらを振り向き、全力の速さで視線を逸らす。勢い余って顔も逸らす。


 鳥のさえずり、川のせせらぎが良く聴こえる。会話が止まったのが分かる。

 視線も、感じる。


 

 ────見ていたのがバレたのか……!?



 二人の方に顔を向けてはいなかった、あれだけ横目で見ていたのだからバレるはずがない……いやでも、そもそも一緒にお風呂に入っているんだから、見たって別に良いはず、僕何も悪くない、悪くないよね……?────。必死に自分の正当性を確認しながらリサイリが視線を戻すと、十分に距離を置いていたはずのキシャルクティアがすぐ側まで来ていて「うわっ!」と思わず声が出る。


 

「なななに!? どどどどどうしたの……!?」



 めちゃくちゃびっくりしながらも、別に何も見ていませんでしたよ的に(しら)を切るリサイリの顔を覗き込んで、キシャルクティアがニヤリと笑う。



「リサイリ君……キミ……見てましたよね?……今……」


「えっ!? みみみ見てないよ! 見てない見てない! ななな何言ってんの!?」



 そう言いつつも、無意識にちらっとキシャルクティアの胸元に目がいってしまって慌てて視線を空へと飛ばす。



「良いのです……見たって、別に良いのですよ……うふふふふ……」



 キシャルクティアは普段使いもしない敬語と妙に優しい口調でそう言うと、リサイリの耳元に口を寄せて「その代わり……」と囁いた。


 ほのかな膨らみを帯びたキシャルクティアの胸が、微かに自分の裸に触れる。湯の熱さを忘れる程に頬が火照り、恥じらいと緊張、そして、思わず笑みが零れるほどの嬉しさが、胸の奥で混ざり合って、これまで感じた事の無い複雑な気持ちが込み上げる。


 感情の乱れに戸惑うリサイリに、キシャルクティアは信じられない言葉を発した。



「ちょっと見せて」


「……は!?」


「見せてみろっつってんの!」


「やめてー!」



 キシャルクティアが湯の中にかがみ込むリサイリに迫る。

 リサイリはお湯から顔だけ出して後退りながら、思う。

 だいぶはっちゃけた性格だとは思っていたけど、天真爛漫にも程がある。逃げるしかない!────。


 お湯の中を中腰で逃げ回るリサイリと、そのリサイリをすぃーっと泳いで追いかけるキシャルクティアに、ジュベラーリが声をあげて笑う。



「あっはっはっはっは! リサイリや、少しぐらい良いではないか、見せておやり」


「帝まで!?」



 ジュベラーリの耳を疑う発言に戸惑いつつ、リサイリは必死でお湯を掻き分け逃げ惑う。


 木の枝に止まっていた小鳥たちが驚いて飛び立ち、川辺で水を飲む鹿の親子が振り返る。

 キシャルクティアがへらへらしながら「まて〜」と言って追いかける。


 このままではいずれ捕まる、お尻を見られるのは恥ずかしいが、全部見られるよりはまし────。風呂から出て脱衣所へ逃げ込む決心をしたリサイリが、意を決してお湯から飛び出したその時、正面からシースーハリがやって来て「おやおや」と言った。


 リサイリは大きく旋回して再びお湯へ飛び込む。



「まあなんと、元気の良い事で何よりですなぁ」



 袖で口元を押さえながら、シースーハリはにこにこと呑気にそう言うと「帝、客が参りましたぞ」と、告げた。



「来たか……麗鬼衆は、如何した?」



 笑顔が消え、心做し沈んだ面持ちのジュベラーリがそう言うと、シースーハリが少し困ったような表情で答える。



「全くもって、蛇に睨まれた蛙のようになっておりまする」


「そうであろうな……とあれば是非もなし……」



 ジュベラーリはそう言って湯から上がると「キシャルや、お母上が迎えにいらしたぞ」と、少し寂しげな笑顔を浮かべた。


 

「え!? あ……はい……」



 キシャルクティアは、エルゼクティアが迎えに来てくれた事を一瞬喜んだが、ジュベラーリの表情に僅かな憂いが滲んでいることに気付き、言葉を詰まらせた。


 希望を絶たれたような、悲しそうな瞳────。助けが来て、無事に帰る事が出来るはずなのに、ジュベラーリのその表情を目にした二人の心に、安堵や喜びという感情は湧き上がらなかった。


 その代わりに、ジュベラーリに対する言い知れぬ想いが、心の奥に芽生えるのを感じていた。

シンディガーには、リサイリたちは返さないと言っていたジュベラーリですが、エルゼが迎えに来た事を知って少し寂しそうな様子。この時口にした『是非もなし』って、どういう事なのでしょう!? まさか、力ずくで奪い取るつもり……!? 


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