殊の外なり
それはまさに流星───白い光の尾を引き、煌めく星々に埋め尽くされる青藍の夜空を、リサイリの駆ける五十一式が切り裂いて行く。
経験した事の無い高速の景色が視界を走り抜け、胸の奥から湧き上がる興奮が熱となってリサイリの全身を駆け巡る。
心が叫び、リサイリが声を上げる。
「速い速い速い! めっちゃくちゃ速いぃいいーーー!」
もはや追い付かれる事など考えられない。完全に逃げ切った────。確信は不安をかき消し、自信が自然と笑顔を作る。
しかしその笑顔はすぐに、戸惑いの表情へと変わった。
────……あ……あれ……?
強烈な違和感がリサイリを包み込んだ。
急に脚が重くなり、泥の様な疲労感が全身に染み込んでくる。
「あれ?……な、なんか急に来た……ねえキシャルなんかおかしいよ!? ねえキシャルってば!」
「ぐー……むにゃむにゃ……」
速度がどんどん落ちて行く。高度もどんどん落ちて行く。
五十一式を包んでいた淡い光は消え、輝きを失った機体は白煙を上げながら、煌めく星空に放物線を描く。
リサイリは、キシャルクティアの言っていた事を思い出す。
『いいリサイリ!? この子はもうおじいちゃんだから、無理させると壊れちゃうの! だから優しく扱わないとダメなの!』────そうだった……忘れてた……。
顔面蒼白になるリサイリと、ぐうぐう眠るキシャルクティア。
二人を乗せ、五十一式は暗い海へと落ちて行った。
「旦那だ! シンディガーの旦那が姐さんを連れて帰って来たぞ!」
歓喜に湧く揺蕩いし叢雲へ、シンディガーの操るF76が、エルゼクティアを乗せる零式改更改を抱えて着艦する。
傷だらけとなった二機の魔導機に咲きにける雷の兵士たちが駆け寄り、F76から飛び出して来たシンディガーが、零式改更改の中からエルゼクティアを運び出す。
シンディガーに抱えられ、エルゼクティアは潤んだ瞳で申し訳なさそうに口を開いた。
「シンさん……迷惑掛けちまって、すまなかったねぇ……」
「何を言うておる! 迷惑を掛けてしまったのは拙者の方だ!」
エルゼクティアは、シンディガーを危険な目に合わせてしまった事で自分を責めていたが、それ以上にシンディガーは、自身に責任を感じていた。
「拙者がミナセヤヒをここへ連れて来たのがそもそもの発端。皆には本当にすまぬ事したと思うておる……」
「姐さん! 旦那ー!」
デンシチたち大勢の兵士が二人を取り囲み、大慌てでエルゼクティアを担架に乗せる。
横たわるエルゼクティアがシンディガーに手を伸ばすと、その手を強く握り、シンディガーは優しい声で語りかけた。
「エルゼよ、もう心配する事は無い、ゆっくり休むのだ」
その言葉に穏やかな微笑みで答えるとエルゼクティアは「デンシチ……ハチベエ……お前たち……」と小さく呟く。
「姐さん! 無事で良かった!」「すぐ治療始めやすからね!」「どれ程心配した事か……うぅぅ……!」
エルゼクティアの無事を喜び、感涙にむせぶデンシチたちにエルゼクティアは「お前たち……お前たち全員……」と弱々しい声で語りかける。
そして「後で絶対ひっぱたく……」と言い残して意識を失った。
「え!?」「なんで!?」「どうしてそうなんの!?」
困惑しながらエルゼクティアを運んで行く兵士たちを見送り、シンディガーは大きく、安堵の吐息をついた。
窮地は脱した。
成層圏を抜け中間圏まで上昇し、まやかしの魔法の効果を高めるオーロラの中に隠れ、ミナセヤヒにも神隠しの術を施した。
ここに居るうちは、ひとまず安全と考えて良いだろう────。しかし、気になる事があった。
シンディガーは、格納庫の中に視線を泳がせる。そこにシンディガーの五十一式は無い。
────やはりあれは、幻などではなかったか……
その目で直接確認するまで、シンディガーは信じられずにいた。
絶対に動くはずのない自分の五十一式、しかもそれが、最新鋭の魔導機をも凌ぐ常軌を逸した速度で飛来し、武器を装備していないにも関わらず、何らかの強力な攻撃によって帝国軍を撃退した。
我々を助ける為に、あれは来た……そうとしか思えん────。有り得ない事だが、それ以外に考えられなかった。
兎に角皆に話を聞こう。何か知っているはず────。そう考えていると、正面からロクタロウが走ってくるのが見えた。
「旦那! 旦那の五十一式の事なんでやんすが……ちょっと見て頂きてえもんが……」
シンディガーはロクタロウと一緒に、管制室へと向かった。
────────────────────
少女が少年の手を引き、兵士たちから隠れてこそこそと、格納庫の中を進んでいる。
格納庫の隅に置いてあったシンディガーの五十一式の前まで来ると、少女は五十一式を見上げ、大きな身振り手振りで何やら話し掛けている。
すると、五十一式の胸の部分から光が放たれ、少年と少女を包み込んだ。
光と共に二人の姿は消え、程なくして五十一式がぎこちなく動き始める。
中央管制室のメインモニターに映し出される映像を見て、シンディガーは理解に苦しんだ。
「考えられん……」
それだけ言って言葉を失うシンディガーに、デンシチが語り掛ける。
「俺たちにも信じられねえ事なんですがね、ご覧の通り、ウチのお嬢と、つい昨日砂漠で保護したこの小僧っ子が、二人して旦那の五十一式に乗っかって行っちまったって訳なんですよ……」
どう考えても、有り得ない事だった。
まず第一に、五十一式には動力源となる魔力が残されていない状態だった。
その時点で、絶対に動けるはずはない。
更に、シンディガー自身が作り上げたこの五十一式は、自身専用として作られていて、それ以外には操縦出来ない様になっている。
それを、子供が二人で動かした────一体どういう事だ……?
魔導機の操縦士は、操縦技術は勿論、操縦士自身が十分な魔力を持っている必要がある。
更に、魔導機は操縦者の神経と連結して動く為、成熟した成人でなければ、魔導機と十分に神経結合が出来ない。
子供には魔導機を動かす事は出来ないはずだった。
しかし現実に、五十一式は動いた、しかも、尋常では無い性能を発揮して────。
全てが理解を超えている。いくら考えても答えが見つかる気がしない。
五十一式とこの二人を調べなければ、何も分からない────。シンディガーが尋ねる。
「それでデンシチ、五十一式は今何処にいるのか、分かるか?」
「それ……なんですがね……」
デンシチは重い口調でそう言うと「おいゴロウマル、あれ、出してくれ」と指示を出す。
メインモニターの画像が切り替わり、レーダーチャートが映し出されると、ゴロウマルが帝国軍の敵影を指さして「あれ、あの真ん中、見てくだせえ……」と言う。
五十一式を示す機影を目にして、シンディガーが言葉を失う。
デンシチは、自分のつるつる頭を人差し指でぽりぽり掻くと、しかめっ面で静かに、告げた。
「帝国軍に……捕まっちまった……みてえでさあ……」
リサイリたちなんと、帝国軍に捕まっちゃいました! たたた大変だー…! もしかして捕虜になって牢屋に入れられちゃうのかなぁ…!? そんなリサイリたちの前に、予想だにしない存在が姿を現すのです…!
面白い! 続きが楽しみ! と思って頂けたら
ブックマーク登録をお願い致します!!
そして更に!!
広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして下さいますと、張り切って続きが書けます!
どうぞ宜しくお願いします!




