罪と流るる白藍の月
セルシアスとジュベラーリのふたりの間に、ただならぬものを感じたラシディアは、一人夜空を眺めていた。
あの時の、セルシアスを見るジュベラーリの瞳は何だったのだろう……そんな事がずっとラシディアの心を支配していた。
雲が晴れ、美しい月がラシディアを照らす。その月が滲みゆく中、ジュベラーリが一人、ラシディアのもとを訪れる……
藍瑠璃の織物に宝石を散りばめた様に星が、夜の空一面に瞬いている。
薄雲が漂い流れて星の海原を滑り、ヴェールが肌蹴る様にして、月が姿を現す。
嫋やかな光がおろされ、月光がラシディアを照らした。
─────セルシアス様とジュベラーリさん……どういう間柄なのだろう……
ラシディアはどうしてもその事が頭から離れず、揺蕩いし叢雲の表層で一人、仰向けに寝転びジュベラーリの着ていたドレスを思わせる煌めきの夜空を眺めていた。
─────あの雰囲気……あれは絶対何かある……
ジュベラーリがセルシアスへ向ける眼差しに、何か特別なものを感じたラシディアであったが、そんな事はどうでも良いと思いたい自分と、何も知りたくない自分、そして、知りたい自分、それらの感情の狭間で、ラシディアの心は風に舞い散る花びらの様にざわつき、定まらないでいた。
そもそも、これが叶わぬ恋などと言う事は分かっている。ただ近くにいられるだけで良いのだと思っていたのに、今の自分はまるで、大切にしていた宝物を無くして悲しむ子供の様に思えた。
─────はじめから手に入れてなんかないのに……手に入りなんか……しないのに……
雲が晴れ、鮮やかに見えていたはずの月が滲む。
ラシディアは咄嗟に、涙を流そうとする目を両手で押さえる。それでも口が泣こうとする。そしてその口からは、情けない声が漏れだす。
「ラシディア……?」
誰かが自分を呼ぶ声にはっとして、ラシディアは急いで起き上がり声のする方を見た。
「ジュベラーリさん……」
そこには、心配そうな表情でラシディアを見つめるジュベラーリの姿があった。
「あ! い、いえ……何でもないんです……」
そう言ってラシディアが慌てて涙を手で拭うと、ジュベラーリがそっとラシディアの肩に手を置き、ハンカチでラシディアの頬を優しく撫でた。
「……どうしたのか……聞かせてくれない……?」
「い、いえ、本当に、何でもないんです……大丈夫ですから……」
ラシディアはどうにかして平静を装おうとするが、ジュベラーリのその慈悲深い眼差しと優しい声に偽りの笑顔は崩れ、涙は止めどなく溢れ出す。
必死に閉じていた唇は震える顎に無理矢理開かれ、その喉の奥から聞きたくなかった情けない声が再び漏れ出た。
「……ううう、ごめんなさい……私……」
「……いいのよ、いいの。分かったから……ね?」
ジュベラーリはそう言って、ラシディアを抱き寄せる。
「ラシディア? あなたはきっと、セルシアスに恋をしているのね?」
ラシディアは声も出ず、何と答えてよいかもわからず、ただ、自分の心が落ち着くのを願う。
「だとしたら、私はあなたの味方よ?」
「え……?」
その言葉に、ラシディアがジュベラーリを見上げると、月明かりを受けて柔らかに煌めくジュベラーリの隻眼の瞳が、優しくラシディアを見つめ返した。
「セルシアスは、私を暗黒の深淵から救い出してくれた恩人であり、かけがえのない友……それ以外の何でもないの。そして何より、私がセルシアスに救われ、こうして人として転生したのは、私自身の贖罪の為……」
「贖罪……?」
「私はこれまで、数え切れないほどの多くの命を奪い、悲しみを与えてきた……これは、永遠に償う事は出来ない。だから私は、償い続けるの。いつまでも、ずっと……そんなの、誰かに付き合わせる訳にはいかないでしょ? それがセルシアスなら尚の事!」
そう言って月を見上げるジュベラーリの瞳から、一筋の涙が頬を伝った。
─────この人は……ジュベラーリは、感謝しているだけでは無い、セルシアスを心から愛しているのだと、その涙からラシディアに伝わった。
だからあの時、ジュベラーリがセルシアスに向ける眼差しに、彼女が心の奥底に秘めるセルシアスに対する愛情を感じ、心が乱れてしまったのだと、ラシディアはようやく理解した。
ジュベラーリのその美しく優しい瞳と、そこから零れた一筋の涙には、強く静かな覚悟と、白藍の月光が煌めいていた。




