表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第一章 揺蕩いのプレリュード
11/196

罪と流るる白藍の月

 セルシアスとジュベラーリのふたりの間に、ただならぬものを感じたラシディアは、一人夜空を眺めていた。


 あの時の、セルシアスを見るジュベラーリの瞳は何だったのだろう……そんな事がずっとラシディアの心を支配していた。


 雲が晴れ、美しい月がラシディアを照らす。その月が滲みゆく中、ジュベラーリが一人、ラシディアのもとを訪れる……

 藍瑠璃の織物に宝石を散りばめた様に星が、夜の空一面に瞬いている。


 薄雲が漂い流れて星の海原を滑り、ヴェールが肌蹴(はだけ)る様にして、月が姿を現す。

 

 嫋やかな光がおろされ、月光がラシディアを照らした。



 ─────セルシアス様とジュベラーリさん……どういう間柄なのだろう……



 ラシディアはどうしてもその事が頭から離れず、揺蕩いし叢雲の表層で一人、仰向けに寝転びジュベラーリの着ていたドレスを思わせる煌めきの夜空を眺めていた。



 ─────あの雰囲気……あれは絶対何かある……



 ジュベラーリがセルシアスへ向ける眼差しに、何か特別なものを感じたラシディアであったが、そんな事はどうでも良いと思いたい自分と、何も知りたくない自分、そして、知りたい自分、それらの感情の狭間で、ラシディアの心は風に舞い散る花びらの様にざわつき、定まらないでいた。


 そもそも、これが叶わぬ恋などと言う事は分かっている。ただ近くにいられるだけで良いのだと思っていたのに、今の自分はまるで、大切にしていた宝物を無くして悲しむ子供の様に思えた。



 ─────はじめから手に入れてなんかないのに……手に入りなんか……しないのに……



 雲が晴れ、鮮やかに見えていたはずの月が滲む。

 ラシディアは咄嗟に、涙を流そうとする目を両手で押さえる。それでも口が泣こうとする。そしてその口からは、情けない声が漏れだす。



「ラシディア……?」



 誰かが自分を呼ぶ声にはっとして、ラシディアは急いで起き上がり声のする方を見た。



「ジュベラーリさん……」



 そこには、心配そうな表情でラシディアを見つめるジュベラーリの姿があった。



「あ! い、いえ……何でもないんです……」



 そう言ってラシディアが慌てて涙を手で拭うと、ジュベラーリがそっとラシディアの肩に手を置き、ハンカチでラシディアの頬を優しく撫でた。



「……どうしたのか……聞かせてくれない……?」


「い、いえ、本当に、何でもないんです……大丈夫ですから……」



 ラシディアはどうにかして平静を装おうとするが、ジュベラーリのその慈悲深い眼差しと優しい声に偽りの笑顔は崩れ、涙は止めどなく溢れ出す。


 必死に閉じていた唇は震える顎に無理矢理開かれ、その喉の奥から聞きたくなかった情けない声が再び漏れ出た。



「……ううう、ごめんなさい……私……」


「……いいのよ、いいの。分かったから……ね?」



 ジュベラーリはそう言って、ラシディアを抱き寄せる。



「ラシディア? あなたはきっと、セルシアスに恋をしているのね?」



 ラシディアは声も出ず、何と答えてよいかもわからず、ただ、自分の心が落ち着くのを願う。



「だとしたら、私はあなたの味方よ?」


「え……?」



 その言葉に、ラシディアがジュベラーリを見上げると、月明かりを受けて柔らかに煌めくジュベラーリの隻眼の瞳が、優しくラシディアを見つめ返した。



「セルシアスは、私を暗黒の深淵から救い出してくれた恩人であり、かけがえのない友……それ以外の何でもないの。そして何より、私がセルシアスに救われ、こうして人として転生したのは、私自身の贖罪の為……」


「贖罪……?」


「私はこれまで、数え切れないほどの多くの命を奪い、悲しみを与えてきた……これは、永遠に償う事は出来ない。だから私は、償い続けるの。いつまでも、ずっと……そんなの、誰かに付き合わせる訳にはいかないでしょ? それがセルシアスなら尚の事!」



 そう言って月を見上げるジュベラーリの瞳から、一筋の涙が頬を伝った。


 ─────この人は……ジュベラーリは、感謝しているだけでは無い、セルシアスを心から愛しているのだと、その涙からラシディアに伝わった。


 だからあの時、ジュベラーリがセルシアスに向ける眼差しに、彼女が心の奥底に秘めるセルシアスに対する愛情を感じ、心が乱れてしまったのだと、ラシディアはようやく理解した。


 ジュベラーリのその美しく優しい瞳と、そこから零れた一筋の涙には、強く静かな覚悟と、白藍(しらあい)の月光が煌めいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ