激突
「ほう……『蒼き雷神』とな?」
御帳台の帳の奥からその声は、和やかにそう尋ねる。
シースーハリはゆっくりと瞳を閉じ、少し間をおいてから、目を閉じたまま答えた。
「強力なまやかしの術で姿を消しておりましたが、今しがたほんの一瞬、ほんの一瞬だけ現れ申した……」
「そして、また消えたと申すか?」
「まるで霞のように」
シースーハリは微かな笑みを交えてそう言うと、正面の水晶玉を見つめる。
先程まで放たれていた赤い光は薄れ、ぼんやりとした紫色の弱々しい光を湛えている。
続けて声が尋ねる。
「神姫はダラジャトゥの手にあるはず、何故【咲きにける雷】の守り神と言われる蒼き雷神が出て参ったのじゃ?」
「何者かが神姫を、咲きにける雷の下へと連れ去ったのでありましょうな」
シースーハリが事も無げにそう答えると、御帳台の奥で小さな溜め息が溢れ「ようやっと大神の下を離れたかと思えば、今度は雷神か……」と、呆れた様にその声は呟いた。
「シースーハリよ、その雷神、七星麗鬼衆で倒す事叶わぬのか?」
「あの大神ですら敵わぬと伝え聞いておりまする、それに、あの常軌を逸した魔力……今の一撃で既に、八百九十九の無命魔導機兵隊が撃破され申した……」
そこまで言うとシースーハリは「いかに七星麗鬼衆であっても、はたして倒せるかどうか……」と、付け加えた。
「とはいえ相手は一機のみ、これは好機じゃ……様子を見て、出来るものならここで倒してしまえと、ヴァシシュタにそう伝えよ」
臆する事無くそう言い放つその声に、シースーハリは「言わずとも、ヴァシシュタはそのつもりでおるようですな……」と答え、水晶玉に両手をかざす。
淡い光を湛える水晶玉の中に、ヴァシシュタの操る美しき魔導機、光り輝く双剣を構える【華雅】の姿が浮かび上がった。
限界はもう、既に超えていた。
エルゼクティアの透き通る肌に汗が滲み、呼吸が荒れる。
瞬間転移魔法【霧と消ゆ】で急接近し、膨大な魔力を消費する殲滅の魔導兵器【贖罪と祈り】を放ち再び【霧と消ゆ】によって離脱する───
魔力残量の少ない状態の零式改更だったが、エルゼクティアは自身の魔力でそれを補い、ヴァシシュタ率いるウードメッサ帝国軍を圧倒した。
ゴーグルモニターに映るレーダーチャートに目を凝らす。
大軍は大分その数を減らしていたが、まだ残っている。
「百八も残ってるのかい……」
乱れた陣形を整えていく帝国軍を睨み、エルゼクティアは思わずそう言葉を漏らした。
─────それに、厄介なのが……ひい、ふう、みい、よ……七つ、全部残っている……
【退魔六芒星の陣】を固め守備に徹する七星麗鬼衆を見下ろし、エルゼクティアは深く息を吸い込む。
そして目を瞑りゆっくりと、溜息にも似た重い息を吐いた。
このまま戦闘を継続するのは危険過ぎた。
明らかに他の魔導機兵とは違う、強力な魔力を放つ七機の魔導機がまだ、残っている。
エルゼクティアは初めからその存在に気付いていて、最初の一撃は、その七機を狙っていたのだった。
─────それなのにどうして……?
不本意ではあるもののエルゼクティアは、色を塗り替えられた零式改更改のステルス性能は認めていた。
それに加え【霧と消ゆ】を発動すれば、絶対に発見されるはずは無かった。
しかしその七機は【贖罪と祈り】を放つ直前に対魔導最高防御術式【退魔六芒星の陣】を発動、絶対防御魔法アストラルシールドによってエルゼクティアの奇襲攻撃を回避した。
事前にエルゼクティアの接近を察知していなければ決して成し得ない事だった。
─────ミナセヤヒといいあたしといい、あいつら、千里眼でも持っているんじゃないだろうね……
まさかね───。そんな事を考えながら「ふっ」と、エルゼクティアが少し呆れた様な笑みを浮かべた、その時だった。
「空だ! 真上に居る!」
ヴァシシュタが叫んだ。
「プラスティヤとプラハは両翼に展開して援護せよ! マリーチは私に続け! 行くぞ!」
輝く双剣を両手に広げ、純白の機体に繊細な黄金の模様の施された麗しきヴァシシュタの魔導機兵【華雅】が、完全な死角、遥か上空に居る零式改更改目がけて猛烈な速度で突進して行く。
その後方からはマリーチの操る薄紅色の【百蓮】が、橙色に光るレーザー砲の援護射撃を放ちながら続き、プラスティヤの【夜藍】とプラハの【瑠璃天音】が両翼に広がり夕闇の空に弧を描く。
─────見つかった!? まさか!
エルゼクティアは瞬時に、ハチベエに塗り替えられたレーザーキャノンを構えて迎え撃つ。
後退しながら三方向へ紫苑に輝くレーザーを乱れ打つが、それぞれの方向から橙色のレーザーがエルゼクティアに向かって放たれる。
─────橙色! シャムシールレーザー!? まったくなんて危ないモンを……!
夕闇の空は乱れ飛ぶ紫苑と橙のレーザー光線に照らし出されて夜を忘れ、空を流れる薄雲は瞬く二色の光を宿す。
─────駄目だ逃げられない!
このまま四機に後ろを追われ、背を向けて退却するのは危険。
そう考えたエルゼクティアは突進して来るヴァシシュタに向かって急降下を始める。
エルゼクティアは尚も襲い掛かる強貫通レーザー砲、シャムシールレーザーを、燕を思わせる機敏な動きで蝶の様にひらりと躱す。
尋常ならざるその速度は残像を生み出し、次第に零式改更改の機体が蒼い稲妻を纏い始める。
「駄目だ当たらねえ!」「お頭! 逃げて!」
プラスティヤとプラハ、マリーチの放つ、豪雨の如き援護射撃はその殆どが躱され、たとえ零式の機体に届いても、命中する寸前に屈折する様に弾かれる。
対レーザー防御魔法、フォースシールドによって攻撃を無効化しつつ、エルゼクティアがヴァシシュタに迫る。
────来た!
恐怖を伴う緊張は冷気となってヴァシシュタの背中を走り、激しい悪寒が頭部に広がり耳を、頬を冷たい熱が覆い尽くす。
エルゼクティアの放つレーザーを、双剣で切り裂きながらヴァシシュタは、正面に迫りくる蒼き雷神、稲妻を迸る零式改更改を睨んだ。
激突─────。
ヴァシシュタの光の双剣をエルゼクティアは、碧天に輝く半透明の長大な刀で受け止める。
綺羅びやかな美しいヴァシシュタの魔導機兵【華雅】と、ハチベエたちによって薄墨色に塗られたエルゼクティアの地味な零式改更改───二機の魔導機が錐揉みしながら落下して行く。
「お頭! 大丈夫か!?」「これじゃ援護出来ないよ!」「いいから行きますわよ!」
接戦するヴァシシュタとエルゼクティアに手が出せず、他の三機が追いかける。
「うぅっ!……うぁあああーーーー!」
ヴァシシュタは、エルゼクティアの猛攻に声を上げて抗う。
─────強い……強過ぎる……!
エルゼクティアの強さにヴァシシュタは驚愕する。
全力で抵抗しながらも海へと押され落ちて行く。
しかしエルゼクティアはもう、限界だった。
色々な意味で───。
─────白銀の機体に繊細な金のデコレーション……ナニ?……何なのこのカワイイ魔導機は……?
戦闘の緊張よりも、魔力の枯渇よりも、エルゼクティアはヴァシシュタの魔導機【華雅】のその美しさに圧倒され、嫉妬の炎が燃え上がる。
しかしその強い感情は内向した。
熱を生じる嫉妬の炎はエルゼクティアの頬を赤らめ、羞恥が心を支配する。
─────ハ……は……恥ずかしい……!
麗しき【華雅】を目の前に、地味な薄墨色となってしまった零式に乗る自分が恥ずかしく、悔しく、先程まではほんの少しだけ感謝していたデンシチたちに対する怒りが湧き上がる。
─────このあたしに恥かかせやがって……あのハゲ……!
自慢の美しい零式改更改[塗装前の]をシンディガーに見せられなかったばかりか、よりによってこの麗しい【華雅】との対決の時に、自分は惨めなねずみ色。
─────あいつら、ゆるさん……
エルゼクティアの敵意が完全に間違った方向へ向く。
その時だった。
ヴァシシュタの双剣がエルゼクティアを弾き飛ばし、海面ぎりぎりのところで二機の魔導機は離れた。
─────まずい!
ヴァシシュタと離れた瞬間、エルゼクティアへ向けて烈火の如くレーザー砲の集中砲火が放たれる。
「撃て撃て撃てーーーー!」
夜に紛れるプラスティヤの【夜藍】とプラハの【瑠璃天音】がエルゼクティアの後方に食らいつき、上空からはマリーチの【百蓮】が橙色のシャムシールレーザーを雨の如く降らせる。
残っていた無命魔導機兵隊の大軍がじわじわと、エルゼクティアを包囲して行く。
─────流石に……これはやばいね……!
ぞくりとした感覚を伴う危機感が、エルゼクティアの心の中に染み渡る。
しかし、時間は十分に稼げた。
これだけ引きつければ、叢雲はかなり遠く迄逃げたはず。
全ての帝国軍を撃退する事は出来なかったが、これだけの損害を与えれば、このままミナセヤヒを追って来るとは思えない。
これ以上戦う必要は無い。
─────でも、さてどうやって逃げたもんだか……!?
零式の魔力は勿論、エルゼクティアの魔力も尽きかけていた。
疲労困憊で意識も虚ろになり始める。
─────動きが鈍った……!?
ヴァシシュタはその変化を見逃さなかった。
「雷神が衰えた! 一気に畳み掛けるぞ!」
降り注ぐレーザー砲が、零式の機体をかすり始める。
魔力の枯渇によって、対レーザー防御魔法、フォースシールドの効果が消え始めている。
強い衝撃がエルゼクティアを襲った。
「イエイ! 当たったよ!」
「喜んでねえでもっと撃てプラハ!」
被弾の衝撃でバランスを崩し、傾いた機体が海面を引き裂き飛沫の壁が立ち上がる。
白煙を上げながら逃げ惑う零式改更改に、プラスティヤとプラハが尚も激しくレーザー砲を浴びせかける。
魔力を使い果たし、極限の疲労に霞むエルゼクティアの視界、零式改更改の直進方向に、先回りして双剣を構えるヴァシシュタの魔導機【華雅】が待ち構える。
「雷神、討ち取ったり……!」
ヴァシシュタは勝利を確信する。
エルゼクティアにはもう、反撃するどころか、逃げ続ける力さえ残されてはいない。
絶体絶命───。エルゼクティアは焦燥の眼差しで小さく、呟いた。
「あぁ……シンさん……!」
濃藍の夜を、レーザーに瞬く海を、激しい閃光が純白に染め上げた。
帝国軍の進攻を食い止め、叢雲を逃す事に成功したエルゼでしたが、精鋭部隊【七星麗鬼衆】の猛攻によって大ピンチに! そんなエルゼたちを包み込んだ白い閃光! 一体何が起きたの⁉︎
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