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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第四章 バスタキヤ奇想曲 第一部 太古の空
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命の対価

 ダラジャトゥ軍本拠地、ザビール魔導軍事基地───


 王都シャムアルジールの北東に位置するこの巨大軍事施設は、大陸の東に広がるマサフィ海に面していて、陸海空、全てにおける軍事拠点としての機能を果たす。


 この日、そのザビール基地にあるお社、不動明大社は、強い決意と感謝、そして、深い悲しみに覆われていた。


 整列するダラジャトゥの兵士たちと、その周囲を取り囲む大勢の民衆。その視線の先には、純白の軍服を纏った、十名ほどの精悍な青年たちの姿。


 その中では最も若いであろう、まだあどけなさを残す一人の青年の眼差しが、民衆の中の一人の女へと向けられた。


 それを待っていたかのように、その女は青年の視線を受け止め、涙を滲ませる瞳で、力強く頷いた。


 青年たちに朱に塗られた盃が手渡され、水が注がれる。



「貴殿らは選び抜かれた精鋭である! お国の為、永遠の安寧の為、その鍛え抜かれた精神を以て災いを払いのけるのだ!」


 ダラジャトゥ魔導機兵隊目付頭、ワーレイク・アフワンの言葉に青年たちは「我らがアーリエン王国の為に!」と大きく返し、水盃を飲干して盃を地面に叩きつけると、背後にそびえる不動明羅刹天大御神、超巨大人型古代魔導機兵【大神】に向き直った。


 大神の巨躯から仄暗い靄が湧き上がり、青年たちが宙へと浮かびあがる。


 大気を引き裂く轟音と一帯を包み込む眩い閃光───

 そして、静寂が戻される。


 光の中に青年たちの姿は消え、言葉無く大神を見上げるその女は、僅かに震えながら嗚咽を漏らし、その場に崩れ落ちた。


 

 遠くに霞む無数の高層ビルがぼんやりと、影絵の様に空に、浮かんでいる。


 天井まで届くシャムアルジール城の大きな窓から、立体感の無いのっぺりとしたその景色を見つめ、ミルディフは沈んだ声で訊ねた。



「今日は、何人だ……?」


「十二名でございまする」


「十二名か……そうか……」



 城代家老グワダールの答えに、ミルディフはそう言って目を瞑り、深く息を吐いて俯く。



「此度の出撃で、南西部は概ね制圧出来ましょう、さすれば後は……」



 グワダールはタブレット端末を見ながらそこまで言うと、手を後ろに組んで俯くミルディフの背中に視線を移し、少し間をおいてから、重い口振りで言葉を発した。



「お気持ちは分かりまする……しかし今はこうするより他に方法が……」


「わかっておる」



 グワダールの言葉を遮り、ミルディフは言葉を強めた。



「人身御供が無ければ大神は動かん、動かなければより多くの者が命を落し、そしてこの国は滅ぶ……」



 ミルディフはそれだけ口にすると、言葉を失い再び、遣り場のない視線を空へと投げ出した。



 ダラジャトゥ政権は窮地に立たされていた。


 しかしそれは、ミルディフの政策に落ち度があった訳ではなかった。


 前政権の時代から既に、このアーリエン王国は、その存続の危ぶまれる状態にあったのだった。


 発端は、宗教対立。


 自由経済を推奨し、資本主義社会として発展を遂げていたアーリエン王国では、宗教や思想の自由も広く認められていた。


 しかし、その自由は経済格差を生み、考え方の異なる個別のコミュニティ、集団を形成していった。


 そしてそれらは独自の信仰を持つ【宗教】として互いに対立する様になり、やがて争いへと発展。

 更にその混乱に乗じ、ウードメッサ帝国、ザルーブ連邦共和国と言った、隣接する国々がそれぞれの宗教団体を支援、加担するようになり、内戦は次第に各国の代理戦争として激しさを増していた。


 大国であったアーリエン王国はその争乱によって、分裂しはじめていたのだった。


 その事を危惧したミルディフは、ダラジャトゥ一族先代の長、実父であるダラジャトゥ・ビン・シャルジャハの急逝によって新しい長になった事をきっかけに、クーデターを起こし政権を奪取。大神の圧倒的な力を以て争いを抑え込み、軍事による統制を行っていた。


 ミルディフは眼下に広がる街の景色に視線を移し、言葉を続ける。



「今や周辺の列強諸国は皆、宗教を大義名分に掲げ、このアーリエン王国を侵略せんと目を光らせておる……今は力が、それに対抗する力が無ければならぬのだ……」


「現在総力を上げ、シンディガーの行方を追っておりまする故、今暫く……どうか今暫くご辛抱くだされ……!」



 ミルディフはグワダールのその言葉から目を逸らすようにして歩き出すと、グワダールに背を向けたまま命令を下す。



「ダナディアの研究チームをバスタキヤ遺跡に送り、【紅し雷】と【光輪】を用いず【清廉至浄(せいれんしじょう)】をコントロール出来るか、テストを行う……」


「!?……【清廉至浄(せいれんしじょう)】を……しかしそれは……些か危険では……!?」



清廉至浄(せいれんしじょう)】という言葉に、グワダールが強い警戒心を露わにすると、ミルディフは歩きながら口を開く。



「あくまでテストだ、我とてシンディガーを信用しておらぬ訳ではない、あれの言う事は真であろう。しかしな、あれが戻るまで悠長に待っている余裕は無い、我らは可能性を探らねばならぬ」



 そこまで言うとミルディフは立ち止まり、窓の外に目を向ける。

 淀んだ空気が高層ビル群の影絵をより不明瞭に、霞んだ空に溶かしていく。



「あの力さえあれば、大神に頼らずとも……生け贄を捧げずとも、この争いを治める事が出来るのだ……!」



 徐々に鮮明さを失う白縹(しろはなだ)の空に目を細め、ミルディフは強い声色でグワダールに命じる。

 


「人身御供を出した家の者には必ず、今後一生食うに困らぬだけの報奨を与えよ。その為であれば、国費をどれだけ割いても構わぬ、良いな」



 その命令に短い返事で答え、深々と頭を下げるグワダールを一瞥し、ミルディフは再び歩き出す。


 そして、独り言のように、呟いた。



「人の命の対価には到底、見合わぬのだがな……」



 歩き去るミルディフの背中を見送り、グワダールは窓の外に目を向ける。


 遠く、微かに姿を留めていた無数の建物の影はもう、跡形も無く北東の空に消え去っていた。



────────────────────



「命の対価……それが大神のあの力って事か……」



 人の命を喰らって動く───。シンディガーの放ったその一言がもたらした沈黙の中、エルゼクティアは暗い表情でそう言うと、続けて問い掛ける。



「あれに乗ったら死んじまうって、操縦者の命がそのまま大神の動力源になる……そういう事なのかい……?」



 疑問と驚き、そして、僅かな恐怖の色を浮かべてそう訊ねるエルゼクティアに、シンディガーは「その通りだ」と、淡々と答えた。



「……なんてこった……!」



 常識では考えられない驚愕の事実に、デンシチはそれだけ言って口を噤む。

 大神のホログラムを見つめながら、シンディガーは言葉を続ける。



「長年に渡り、大神とは一体何なのか、誰も解明出来ずにいた。しかしそれは、過去に何者かが、()()()()()()()封印したものだったのだ」


「封印されてたってえのに、なんだってまたダラジャトゥ軍はそんなもんを引っ張り出して……あ……」



 ロクタロウはそこまで言うと、何かに気付いた様に言葉を途切れさせ、ずり落ちた眼鏡のままシンディガーに目を向けた。



「拙者が、その謎を解き明かしてしまったのだ……」



 深い後悔が、シンディガーのその言葉に刻み込まれていた。

 

 国立魔導研究機関ダナディアの長、魔導大御番頭としてシンディガーは、バスタキヤ遺跡に眠っていた古代魔導機、大神の研究を行っていた。


 そして、大神の動力源が人命である事を突き止めたシンディガーは、即座に封印を決意するが、それよりも前に、ミルディフによってクーデターに利用されてしまったのだった。



「あれを解き放ったのは他ならぬ拙者自身、故に何としても……拙者は何としてもあれを封じねばならぬのだ……!」



 強い責任感に燃えるシンディガーの姿に、エルゼクティアは心打たれた。

 そして同時に、頼もしさと希望を抱く。


 咲きにける雷にとって最大の脅威である大神───その戦力を利用出来ないにしても、排除出来るのであれば、それはこの戦の結果を大きく左右する。


 シンディガーの考えに反対する理由など一つも無かった。



「分かったよシンさん! 命を代償に動く魔導機なんて、こっちから願い下げだ! 大神は封じ込めちまおうじゃないか!」


「エルゼ、かたじけない……」


「いやだよシンさん! あたしたちの仲じゃないか……ねぇ……?」



 神妙な面持ちで感謝を述べるシンディガーに、ミナセヤヒを抱っこしたままのエルゼクティアが身体を寄せてグイグイ行く。


 そんなエルゼクティアに、シンディガーが「う……うむ……そうだな……あたしたちの仲か……」とたじろぐ。


 その様子を、デンシチたちがほんわかとした眼差しで見守る。



「シンディガーの旦那なら申し分無ぇ、姐さんにぴったりだぁ……なあ、そうは思わねえか?」


「大旦那が亡くなってもう随分と経つ、姐さんまだまだ若えんだ、いつまでも後家さんにしとくにゃもったいねえからなぁ……」



 デンシチとハチベエがそう話す隣でロクタロウは、まんまる眼鏡をきゅきゅっと拭きながら、記憶を模索する様に視線を宙に泳がせぼそっと、呟いた。



「でも確か……シンディガーの旦那には奥方がいた様な……」

「奥方!?」



 デンシチとハチベエはそう声を揃え、二人してロクタロウの方を振り向く。

 そして、ロクタロウが眼鏡をかけると、三人は黙ったまま、少し困った様な笑顔で話すシンディガーへと視線を向けた。



「……まあ、ハルラート人最高の賢者で、そんでもってあんな男前と来たもんだ、普通に考えて、居るわなそりゃ……」

「姐さん……あんなに嬉しそうなのに……」

「……あっしは……あっしはもう見ちゃいられねえでやんす……うぅっ……!」



 と、勝手にガッカリする三人を他所に、エルゼクティアはミナセヤヒをあやしながら口を開いた。



「大神さえ居なくなってくれれば、この戦は勝ったも同然だ、後はあのいかれた宗教団体と、それを後押しする周辺諸国を黙らせりゃ良いんだけど……もうひとつ、気になることがあるんだよ……」



 そう言ってエルゼクティアが、シンディガーに真剣な眼差しを向けた、その時だった。



「てえへんだてえへんだ! てえへんだい!」



 レーダーチャートを監視していたゴロウマルの大声が部屋に響く。



「ゴロウマル! ちょっとアンタうるさいよ! 何の騒ぎ……」



 エルゼクティアがそこまで言ったところで放たれたゴロウマルの一言が、その場を凍りつかせた。



「とんでもねえ大艦隊がこっちに向かって来てる!」



 

人の命と引き換えに強大な力を与える呪われた古代魔導機、大神を封印する事で合意したエルゼでしたが、その矢先、正体不明の大艦隊が迫ってきました! 一体何処の軍なのでしょう!? そしてその目的とは!?

そして、シンディガーにはなんと奥様が!? 未亡人でありながらも、高い地位にあるエルゼにとって、シンディガーとの出会いはまたとない機会だったのに……! シンディガーはとても高名な人物なので、エルゼもその事を知ってはいると思うのですが……でも、知ってたらそんなにぐいぐい行かないか……


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