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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
プロローグ
1/196

巡り会う宿世

 見ている、遠くから誰かが────。


 紫紺の夜空から向けられる何者かの視線に気付いたが、敵意は感じない、心配する必要はなさそうだった。



 ────今はこの者を滅する事に集中しなくちゃ……



 右手に持つ錫杖で地を強く突く。鉄輪が静寂の闇に鳴る。

 目を瞑り、左の掌を広げ、薬指と親指で円を作って人差し指を眉間に当てる。



 ────払ふも惜しき花笠や

       傘をや傘をさすならば────



 清らかな女の声の唱える呪文が闇を貫き、錫杖に連なる鉄輪から眩い光輪が浮かび上がる。



 ────てんてんてんてん日照傘

       それえそれえさしかけて────



 宙に漂い出したいくつもの光輪はひらひらと、蝶が舞う様にして暗闇を昇りそしてすっと、星の無い夜空へと広がっていった。



「もういいよ! やっちゃって!」



 呪文を唱える声がそう叫ぶと、透き通る色香を漂わせるもう一人の女の声が答えた。



「任せて、すぐ済むわ」



 少しずつ、じりじりと音を立てながら赤い稲妻が闇の中を走り始め、稲妻を発する綺羅びやかな槍と、その槍を構える妖艶な女、そして、錫杖を持ち呪文を唱える蒼い髪をした清らかな女の姿を暗闇の中に照らし出す。



 ─────濡れて雫と消ゆるもの

     われは涙に乾く間も 

    袖干しあへぬ月影に

   あたら眺の雪ぞ散りなん

  雪ぞ散りなん 憎からぬ────



 黒の空へ広がって行った光輪がちらちらと、無数の光の欠片となって漂いながら降りて来る。

 そして、二人の女の前に尚も広がる深い漆黒に、不気味に蠢く巨大な影が浮かび上がった。


 閃光───。


 真紅の稲妻が迸り、爆鳴が闇を切り裂いた。



 遠く、赤い稲妻が葉脈の様に空に、走る。

 雷鳴は閃光を伴って、響き続けている。


 星も月も無い黒の空を、巨大な三角形の物体が風に流れる雲の様にゆっくりと進んでいる。


 白く艶やかなその物体の表層に立ついくつかの人影の中、重厚な甲冑に身を包む大柄な男が、腕を組みながら遠く離れた地上に(ほとばし)る深紅の稲妻を見つめて呟いた。



「突然消えて、やっと見つけたと思ったら……一体どうなってんだこりゃ……何かと戦ってんのか?」



 目尻に刻まれた皺を深め、遠くへと目を凝らすその男のすぐ後ろで、純白のマントをたなびかせる背の高い銀髪の男が、切れ長の鋭い眼差しで地上を見据え口を開く。



「やはりそうか……何者かが『倒すために』召喚したのだ……」


「そんな事が出来んのかい……じゃあ今までのも全部、その誰かが召喚して倒してたって訳か……何者なんだ……一体……?」



 地上に視線を留めたまま、大柄の男はそう言って口を噤んだ。


 闇を駆け巡る閃光が、無明の夜空を一瞬だけ昼の様に明るく照らす。


 光りが消え、空が闇を取り戻すと、張り裂ける様な轟音と共に、熱を帯びた爆風が吹き付ける。



「あれは槍?……槍で戦ってるわ……」



 無言で遠くを見つめる二人の隣、銀色のドレスを纏う艶やかな姿をした隻眼の女はそう呟くと、青藍の長い髪を熱風に靡かせて「人間……みたいね……」と付け加える。



「人間!? 凄いな、で相手は? 闇の眷属?」



 この中では一番若いであろう、長い黒髪を一つ縛りにした青年が、そう言いながら三人の所まで駆け寄り、さり気無くちらりと女の胸元を覗くと、女はその視線に気づきながらもそれには触れずに「そうね、人型の大きいやつ、相当強いはずよ」と微笑んで、口元に添えていた指を軽く噛んだ。



「叢雲! ここから先へは進めないのか?」



 銀髪の男が光を放つ地上の方を見据えたままそう声を上げると、そこにいる誰のものでもない声が「す、すみません……広範囲に渡って強力な結界で覆われていて、これ以上は進めません……」と、おどおどした様子で答える。


 よく見ると、地上付近を中心にして半球状に広がる透明の何かが、閃光を伴って四方八方に激しく迸る真紅の稲妻を、外へ出ない様に遮っているように見えた。

 


「これは…… 雲閣(くもかく)る月……なのか……?」


「雲かくる……何ですかそれ?」



 独り言の様に呟いた銀髪の男の言葉に、黒髪の青年が訊ねる。



「闇の眷属を封じ込める特殊な魔法陣だ……しかし、本来はここまで強力では無い。これは異常だ……」


「ハハハッ! 大賢者が驚くとは、そりゃよっぽどだな!」



 大柄な男がそう言って笑っていると、一際強烈な光が辺り一帯を照らし、一瞬遅れて大気の張り裂ける様な激烈な音が轟いた。

 

 光が消え、静寂が闇に響き渡る。



「終わったのか?」


「……いや、まだだ……」



 全員が言葉無く暗闇に包まれる地上を見つめていると、小さな白い光がぽっと現れ、音も無く円形に広がり巨大な魔法陣へと姿を変えた。そして、その魔法陣は分裂する様に数を増やし、上へ上へと積み重なっていく。



「これは一体……?」



 隻眼の女が驚いた様子でそう呟くと、「白妙(しろたえ)(まとい)と宿るらむ暁……これらも最高位の術式だ……」と、銀髪の男が腕を組んで笑みを浮かべた。


 しばらくすると、光り輝く塔の様に空に伸びた魔法陣が、今度は地上へと向かって降りて行く。



「叢雲! 進めるか?」


「あ! は、はい! もう大丈夫そうです!」



 空に積み重なる無数の魔法陣が下へ向かって降り始めた途端、銀髪の男が声を上げ、その呼びかけに叢雲と呼ばれた声が答えると、宙に浮かぶ巨大な塊が漆黒の夜空に滑り出す。



「間に合うかしら……」



 隻眼の女が地上を見つめながらそう言うと、大柄の男が何処から持ち出したのか、バナナの皮を剥きながら声を掛けた。



「間に合うも何も、闇の眷属はどこかの誰かさんが倒してくれたんだ、もう心配ねえだろ」


「違うわよ、その闇の眷属を倒したのがどんな人なのか、会ってみたいじゃない」



 隻眼の女が嬉しそうな表情で地上へと視線を戻すと、大柄の男が女の目の前にバナナを差し出しながら尋ねた。



「お前、見えたんだろ? 人だったのかアレ?」


「ああ、ありがとう、でも私要らない……ええ、たぶんね、女の子に見えたわ」


「……女の子⁉︎ ほんとかよ……信じらんねえな……どうなってんだ」



 大柄の男は驚愕した表情でそう言うと、隻眼の女と同じ方を向いてバナナにかぶりついた。



 東の空が仄かに滲み、微かな陽光が黒の空に染み広がっていく。


 しばらく進むと、そこには荒野が広がっていて、地上では煙がくすぶっている。


 先ほどの戦闘によって出来たと思われる大きな陥没や亀裂が、赫灼を始める太陽によって深い影となり、彼方此方(あちらこちら)に浮かび上がる。


 その光景を、銀髪の男は顎に手を当てながら静かに見つめ、大柄な男は「ほら、お前も食えよ」と、黒髪の青年にバナナを手渡した。


 荒れ果てた地上を眺めながら「いやまったく、すげえな」と言ってバナナの皮を投げ捨て、二本目のバナナの皮を剥こうとした時、そこにいる全員が目の前に広がる光景に息を飲んだ。


 バナナの皮を剥く手が止まり、黒髪の青年はバナナを咥えたまま固まる。



「……一体……どうしたらこんなんなるんだ……」



 そこには、薄っすらと煙を上げながら、大地を抉り取ったような巨大な陥没がぽっかりと口を開けていた。



「……これは……凄い……!」



 銀髪の男は思わずそう言葉を洩らす。



「残念。もう、ここにはいないみたいね……」



 周囲を見渡して、人の姿が無い事を確認した隻眼の女がそう言うと、銀髪の男は真剣な眼差しで地上を見つめながら「探そう」とだけ答える。

 その言葉に、大柄な男が訊き返した。



「探して、なんだ、力を借りようとでも言うのか?」


「ああ、今まさに、我々にはこの力が必要なんだ」



 穏やかな風に銀の髪を靡かせながら銀髪の男がそう答えると、隻眼の女が「そうね! 楽しみ!」と無邪気な笑顔を浮かべた。

 その隣で、黒髪の青年がバナナをモグモグしながら提案をする。



「ここから北へ少し行ったところに……ウムスキームという大きな街があったはず……そこへ行けば何か分かるかも知れませんね……」


「ウムスキームか……そうだな、あれだけでかい街なら、何か情報が掴めるだろう……」



 大柄な男はそう言って、バナナの皮を剥き始める。するとすぐにその手を止め、ふと思い立った様に銀髪の男に尋ねた。



「で……直ぐ行くのか? セルシアスよ」


「ああ……残された時間は、そう長くはないからな……」



 セルシアスと呼ばれたその銀髪の男は、そう言って北の空へと視線を向けた。

少しシリアスな感じで始まりましたが、次のお話はガラリと雰囲気が変わってほのぼの展開! なのですが、最後に変なの登場しますよ!


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[良い点] 闇の眷属に対して槍で戦う妖艶な女性に、異常なほど強い高位魔法を扱う娘... 何者かわからない闇の眷属(言い方からするに相当危険?)に対し等以上に戦い、勝利する なぜ彼女たちは闇の眷属と…
[良い点] 壮大な物語の始まりを予感させます。 こちらでもよろしくお願いします。
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