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□■の区切りはヘイベルナ視点です。
後もう少しお話続きます
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夕方近く…今日は夕食会をされるのかな?と思い医術医院のある棟に、さり気なーく向かい…医術室の前の廊下を、さり気なーく歩いてみた。
アノバテート先生とふたりきりの夕食会は一応、6日に一回を目安に開く予定にしている。
実は先日、アノバテート先生と夕食会に関して2人しか分からない合図を決めたのだ。夕食会が予定通り開かれる時は、医術室の扉に花型模様の扉飾りを吊り下げておく。アノバテート先生に用事等があって中止の時は飾りは下げない。
逆に俺の返事はその扉飾りを外して持って帰った時は行きますの合図、外さなかった時は行けないという合図という返事…と決めている。
俺は足取り軽く医術室に向かいかけて、扉の前に飾りがかかっていないことに気が付いて…気落ちした。
まあ…先生だって忙しい事もあるだろうしな…、うん。
そうしてそのまま仕事を終えて、家に帰ったのだが…んん?家の馬車寄せに馬車が無い?こんな時間から誰か出かけているのか?
邸内に入ると、父上付きの執事長が出迎えてくれた。
「おや?ルドガー様はご一緒ではないので?」
と執事長が聞いてきたので、首を捻りながら理由を聞くと…アノバテート公爵家に両親が揃ってお邪魔しているというではないか!
「アノバテート家に向かったぁ!?どうしてだ?」
「あの…ビィルワンド殿下より書状が届きまして、殿下にお会いしてサリュシア様との事も確認出来たからと旦那様が仰って…アノバテート家で皆様お待ちだとか?」
どういうことだ?サリュシア様の事?皆様とは誰のことなのだ…はっ!?もしかしてアノバテート先生もご実家に行かれているとか!?もしやアノバテート家で両親とアノバテート先生と何かあるのか!?
嫌な予感がする…!
「坊ちゃま!?」
駆け出して廊下ですれ違ったメイド長が叫んでいたけれど、振り向きもせずにアノバテート公爵家に向かって全速力で駆け出した。
そうして全速力で駆け込んだアノバテート邸では、俺の両親とアノバテート家親戚一同が勢揃いされていた。貴賓室に案内されて、前国王陛下ご夫妻がいらしたのでご挨拶をしてからソファに腰かけるアノバテート先生の前に駆け込んだ。
先生のドレス姿初めて拝見しました…普段着のワンピースドレスも素敵ですが、ロングドレスも素敵です…うっとりと見惚れていると母上が扇子で俺を小突きながら、お説教を始めた。
「どうして私達がここに来ているか分かっているの?あなたがコソコソしてサリュシア嬢とのことを隠そうとするからでしょう?ビィルワンド王太子殿下からお手紙を頂いて…それで初めて知るなんて…情けない!親として全く知らなかったなんて…恥ずかしかったわ」
ビィルワンド殿下からの手紙?あぁ!?先日、殿下にお会いした時にこっちは上手くしておくから?だか言っていたが、これのことなのか?
「私も最初はサリュシア=アノバテート公爵令嬢とお聞きして…少し思案はしたよ?でもビィルワンド殿下がサリュシア嬢のことは心配ないと仰っておられるし、もうお付き合いをしているのだろう?何も反対することはないしね。ルドガー…サリュシア嬢と幸せにな」
父上はうんうん頷きながら俺にそう言ったけど……今なんて言った?
サ…サ…サリュシア嬢とお付き合い?え?
俺が狼狽えてアノバテート先生の顔を見ると、アノバテート先生もびっくりしたような顔をされていた。
俺がポカンとしている間に、アノバテート先生の祖母方、女性達に取り囲まれた。
その後衝撃の言葉を母上からかけられた。
「サリュシア様とお付き合いしているのでしょう?ビィルワンド殿下からそうお聞きしているわよ?だから、一気に婚姻まで進めちゃいましょう~ってアノバテート家の皆様と話しているのだけど…進めるのが早すぎた?」
違----うっ!早いとかそんなことではなく…ただただ驚いて…俺がアノバテート先生と婚姻?嘘だろ?あの先生と…
チラリとアノバテート先生を見ると顔を真っ赤にして…アノバテート公爵夫人と何か話している。そして…こちらを見て、俺と目が合った。
恥ずかしそうに頬を染める先生の何と美しいことか……!
「ねえルドガー、早く婚姻の準備を始めちゃいましょうよ?ね?」
俺はすぐに気持ちを切り替えた。先手必勝、狙った獲物は逃がさない…もう迷わない。
「母上、最短で素早くサリュシア=アノバテート嬢との婚姻準備を進めて下さい」
「きゃあ!」
「まあっ!」
女性陣の色めき立った声が上がった。
そして……俺はどさくさ紛れに公爵家のアノバテート先生の私室の侵入に成功した。
1人暮らしの先生の部屋も滾るものがあるが、これはこれで…令嬢の部屋っぽくて可愛い…
部屋に入り、アノバテート先生の前に跪いて求婚した。戦場でも一瞬の判断の遅れは許されない!ここは攻めの姿勢を崩さない。
アノバテート先生を腕の中に引っ張り込んだ。想像していた通り、柔らかく…良い匂いがする。アノバテート先生の髪にも触れてみた。髪も柔らかい…先生から拒絶されないことに調子に乗って、耳の辺りの匂いを嗅ぎ回った。
良い匂いだ…体も柔らかくフワフワしている。
「ヘイベルナ閣下…あの…」
声を掛けられた事で若干の変態行為をしていたことに気が付いて慌てて体を離して、アノバテート先生と2人、立ち上がった。
「本当に私との婚姻を…?」
「も、勿論です!その親達が先に騒いでしまったので…順番が逆になってしまいましたが、いずれは…と思っていました!せ、先生と2人で食べる夕食の時間が楽しみで…あの時間をもっと共有したいと思っていまして…」
俺が言い募っている間にアノバテート先生は目を潤ませてきて……少し涙ぐまれている!?何か泣かせるようなことを言ってしまったのか?
「私も…私も、あのお食事の時間が楽しくて、嬉しくて…ずっとヘイベルナ閣下とこうして一緒にいれたら…なんて思って…」
何かが体の中で…熱く滾った。確実に滾った。目の前が一瞬興奮と高揚感で白く火花が散ったと思った。
俺を見上げるアノバテート先生を強く抱き締めると、腕の中に囲い込んだ。
「俺もです…俺もずっと一緒に居たくなった…サリュシア…」
「…っ…ルドガー様。これからも一緒に食べて下さる?」
「…っ△◇*$#!?」
何か口の中で叫んでしまったが言葉にはならなかった。
がっついた……噛みつくように口付けをしてしまった。
きっとアノバテート先生…いや、サリュシアに『〇貞のルドガー様はがつがつしていらっしゃるわ、可愛い』なんて思われているかもしれないけど、サリュシアに可愛いなんて思われるなんて光栄だし、ずっと愛でてくれていても構わない。
俺とサリュシアは次の日、軍の皆に婚姻を前提とした付き合いの報告をした。
部下や隊員、近衛の副隊長…そして何故だか王宮付きの医術医院の女医までもが、俺に文句を言いに来た。
皆一様に
「本当に遊びじゃないのだろうか?サリュシアを一生大事にするのか?」
こんな風なことを聞いて、俺を脅して…訝しんで、そして最終的には納得して帰る…を繰り返していた。今日だけで何人来た?もしかしてサリュシアの所には野郎が押しかけているんじゃないのか?
こっそりと医術医院を覗きに行くとそこは案の定、野郎達が押しかけていた。サリュシアの周りには部下や近衛の若造達…おまけに役人の若い奴らまでいる。
「姐さんが隊長と婚姻するなんてぇぇ…」
「閣下の〇貞を奪った責任を感じて婿に貰ってあげるのですかぁ!?」
「姐さん…そんなに閣下の体と相性が良かったのですかぁ」
おいおいっ!?お前ら俺のサリュシアになんて質問をしてい…
「だって…食べて美味しいって言ってる顔が可愛いんだもの。私がそんなルドガー様を独り占めしたいって思っちゃったの」
憤死した……廊下でのたうち回った。俺のサリュシアが可愛くて仕方なかった。
しかしそれを間近で見て聞いた部下達の方が衝撃を受けたようだった。
姐さんは閣下の閣下を○○〇いる。
そのとんでもない噂が軍内部に瞬く間に伝わった。
「違うっ!何を勘違いしてるんだ!俺はサリュシアの家で夕食を食べていただけだ!」
「ホントに?」
側近のマーカスに胡乱な目を向けられる。
「婚前性交などそんな破廉恥なことをするかっ!」
「まあ隊長ならそうですが…アノバテート先生はどうなのですか?」
副官のクレルドに聞かれて…そう言えばサリュシアから積極的に近付かれたりはしたことないな…と思い至った。
「いや…いつも慎ましやかに、微笑んでいて…そんなことを匂わせてきたことは無いな…」
クレルドはそうでしょうね…と言って大きめの茶封筒を差し出してきた。
「余計なことを…と怒らないで下さいよ?私は隊長の副官ですから…隊長の憂いを断つのも役目だと思ってますので…」
クレルドの差し出した封筒を受け取り、中をみて…クレルドを睨みつけた。
「だから怒らないで下さいって…サリュシア嬢が軍の医術医院に来た時に、隊長を狙ってくるんじゃないかと…心配だったのですよ。それで調べていて…結果がやっと上がってきました」
クレルドが渡して来たのは『サリュシア=アノバテートに関する調査報告書』と書かれた書類だった。
俺が読まないでそのままごみ入れに捨てようとしたのを見て、側近のマーカスが溜め息をついた。
「私は読まれた方が良いと思いますよ。アノバテート先生のご苦労が忍ばれる内容ですので」
ご苦労が忍ばれる?
どうやらクレルドもマーカスも報告書を読んでいるようだ。俺は恐る恐る報告書を読んだ。
そこには誹謗中傷を故意に流されて、同性に罵られ異性に精神的に辱められたサリュシア=アノバテートという儚く美しい悲劇の女性の今までが書かれていた。
「…これは…」
「酷いもんでしょう?同性の嫉妬と男の矜恃のせいで、言われも無い嘘をつかれ…噂されて社交界に身の置き場が無くなられた。きっとご実家でお料理をされているのも、外に出辛いアノバテート先生が唯一見つけた楽しみだと思われますよ。お1人暮らしをされているのも、ご実家に変な男が押しかけてくるので弟妹に危険が及んではいけない…という配慮からです。ご本人はこれ以上自身の身に何かあっても構わないからと…言われたとか。本当に心根の優しい方ですね。最後にご親友のエカテリーナ様と侯爵家のバーバラ様にお聞きした所、御婦人方は揃って『男性と付き合うなんてあの子は絶対に経験が無い。もしかすると家族以外で触れ合った異性もヘイベルナ閣下が初めてじゃないかと…』どうですか?当たりですか?」
「……」
思わず手で顔を覆った。
先日抱き締めて、ひとしきり口付けをした後にサリュシアに感想を聞くと…
「人生で初めてを二回も経験してしまいました…」
と、恥ずかしそうに笑っていたのだが…これはそういうことなのか!?俺と抱き合い、口付けた…
「宜しいですか?隊長、アノバテート先生はそういうご苦労をされて今に至っておられる傷付いたご婦人です。丁重に優しく接して下さいね。いつもの隊長みたいに乱暴な物言いは怯えさせてしまうかもですからね!」
「クレルド…やけに念押ししてくるな……」
「……これぐらい意地悪を言っても許されるでしょう?」
クレルドの耳が赤い。もしかして…
「お前…アノバテート先生のこと……」
クレルドは座っていた事務机からガバッと立ち上がった。
「何ですか!?あんなに綺麗で優しい女性に心ときめかない男性がいますか!?ええっええっこれは嫉妬ですよ?悪いですか!?私だってアノバテート先生とどうにかなりたかったですよ!これぐらいは言わせて下さいよ!」
余りの迫力に言葉が詰まった。
「す……すまん……」
取り敢えず謝ってしまったがマーカスにジロリと見られて、クレルドにフンッと鼻で笑われた。
やっと前進した2人^^