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婚姻…ルドガー=ヘイベルナ…ってあの、ルドガー=ヘイベルナ中将閣下のこと?…え?婚姻…誰と?
「ヘイベルナ閣下が…婚姻なさるのですか?」
閣下が婚姻…そう、そうなのね。とうとう…若くて可愛いご令嬢と…婚姻なさるのね…
「そうよ!だからまずは顔合わせ…と思ったのだけどヘイベルナ家がサリュシアの…色々でね、ご心配なされて…」
「はぁ…」
どうして私の事でヘイベルナ公爵家がご心配されるの?あ……そうか一応すごーく遠縁だが、ヘイベルナ家とアノバテート家は王家を介して親戚筋だ。
ヘイベルナ閣下のお相手のご令嬢が、あのサリュシア=アノバテートと親戚になるのは嫌だわ…と言ったのかもしれない。そりゃそうよね…あんな噂の女じゃねぇ…
「という訳で…ホラッ!ヘイベルナ公爵と公爵夫人よ~」
と、おばあ様が手を向けた所に…笑顔で佇む男女2人。よくよく顔を拝見したら……ルドガー=ヘイベルナ閣下に似ている!?
私は部屋に急いで入ると、まず閣下のご両親に間違いないであろう…ヘイベルナ公爵と公爵夫人にカーテシーをした。
「サリュシア=アノバテートと申します」
「エイデル=ヘイベルナで御座います」
「ミシュリー=ヘイベルナ御座います」
アワワ…ヘイベルナ閣下のご両親を見て、お二人の良い所を凝縮して生まれたのがルドガー=ヘイベルナ閣下だということに気が付いた。美形+美人で=超美形になった訳だ。
「サリュシア、あなたまだ軍服じゃありませんか!着替えていらっしゃいな」
無茶を言うよ…急に来ておいて…と父方の祖母を見ると、結構怖い顔をしている。どうしたの?
「嫁ぎ先のご両親の前ではしゃんとなさい!」
ん?嫁ぎ先?誰の?答えを求めて……室内を見回した。そう言えば私の両親はどこに行ったの?……あっいた!部屋の隅っこで彫像のように固まって気配を消し、影を薄くしてお父様とお母様が立っている。凄いね、お母様!いつもは王妹殿下の威厳に満ちた気を漂わせているのに、今は壁と同化しているわね。
それもそうか…娘のせいで肩身の狭い思いをして…息苦しいよね。
「ホラホラッ!着替えをしてきて」
おばあ様(前公爵夫人)に急かされ、メイド達に連れられてドレスに着替えさせられた。今更体裁を整えた所で、あの噂を払拭出来るとは思えないのだけれど…
着替えて祖父母とヘイベルナ閣下のご両親の待つ、貴賓室に戻った。
「サリュシア様はご趣味は?」
思わず目が泳いでしまう。え~と、これ何?どうしてヘイベルナ閣下の婚約と私の趣味が関係あるの?ヘイベルナ公爵夫人に笑顔で聞かれて、困って視線を向けた先のお母様の妙に真剣な顔の深い頷きに…ついうっかり答えてしまった。
「あの…貴族子女としては変わってはおりますが、料理でして…」
「まあ…!」
祖父母からの圧が凄い…今、料理と言った瞬間に部屋の温度が下がった気がした。私は慌てて言葉を続けた。
「家に居る事が多いですし…家人に喜んで貰えて自分も楽しめるというと…料理しかなくて」
「まああっ!」
ご…ご不興を買ってしまったかしら…ああ、アノバテート家とヘイベルナ家の評判が…どうしよう!?助けてっ閣下…
「じゃあルドガーにもお料理を作ってあげているのね!」
ひえっっ!?公爵夫人はどうしてそのことをご存じなの!?
背中を冷や汗が伝う…
「いやぁ~ルドガーが羨ましいな」
へっ?今、何と仰いましたか?ヘイベルナ公爵様?
「ねえ、今度はうちに来て何か作って下さらない?私も食べてみたいわ!」
へえっ!?どういうことでしょうか…ヘイベルナ公爵夫人?
また視線をお母様に向けると、怖いくらいに何度も頷いている。
「は…はい、是非お召し上がりくださいませ…」
これで返事が合っているのか半信半疑な為に、小声になってしまったが…ヘイベルナ閣下のご両親は笑顔だ。先程から部屋の中に立ち込めていた妙な緊張感が無くなった気がする。
これでヘイベルナ公爵の私への心証が良くなれば婚姻のお相手の方へのご説明も出来るし、閣下の心労も減ることでしょうし…良かったわ。
でもこれでヘイベルナ閣下との夕食会も無くなってしまうわね…胸がズキッと痛みを訴えた。
楽しかった…今、思い出しても閣下と2人…テーブルを挟んで、たわいもないお話をして…笑って…
本当に本当に楽しかった…
ヘイベルナ公爵夫妻と祖父母は家で夕食を食べて行くようだ。引き続き圧が凄い…大広間の会場を開けて夕食会の準備をしているのを待つ間、私はヘイベルナ公爵夫妻の質問攻めにあっていた。
私の普段の仕事内容とか、ルドガー=ヘイベルナ閣下のお話とか…仕事場で閣下は怪我もなさらないし、あまりお会いすること無いのですよ~というと、もう少し病弱な子に産んでいれば良かった…なんて怖い発言をされる公爵夫人…
先程からヘイベルナ公爵夫妻から質問をされていることの意図が掴めない。私の素行調査をしてヘイベルナ閣下の婚姻相手の令嬢に、サリュシア=アノバテートは噂ほど悪い女ではありませんので、どうぞご安心してお嫁に来て下さい…という意味で聞き込みをしているのかと思えば、ルドガーはこんな子供だった…とか、愛想の無い子で心配だったのだけれど、これで安心だわ…とか、今の私に必要はないと思われる情報を語る語る…
流石にどういうこと?と思い始めた時に廊下が騒がしくなった。
何かあったのかしら?
すると、侍従のムラゼが私の傍までやって来ると小声で囁いた。
「ルドガー=ヘイベルナ閣下がお越しになられておられます」
私は驚いて、声を上げてしまった。
「ヘイベルナ閣下が?」
私の傍近くにおられたヘイベルナ公爵夫妻に思わず目線を向けると、夫人の方は満面の笑みを浮かべられた。
「オホホ…慌てて来たわね…」
どういうことでございましょうか?と、聞く暇は無かった。閣下の魔質がグワッと近付いて来ると、扉の向こうからそれこそ転がるようにルドガー=ヘイベルナ閣下が入って来られて、母方の祖父母に騎士の礼をした後に……私の座るソファの前に滑り込んでこられた。
ええ、本当に滑り込んでこられたわ…私はあまりの素早さに驚いて固まってしまっていた。
「アアアッア…アノバテート先せ…」
「落ち着きなさい、みっともない」
流石、実母はあのルドガー=ヘイベルナ閣下を一刀両断にした。
「そうだよ、今は私達がサリュシア嬢と話しているんだからちょっと待ってなさい」
実父の公爵様もズバッと息子を切り捨てた…なにごと?
オロオロする私を尻目にヘイベルナ夫人は話を続けた。
「どうして私達がここに来ているか分かっているの?あなたがコソコソしてサリュシア嬢とのことを隠そうとするからでしょう?ビィルワンド王太子殿下からお手紙を頂いて…それで初めて知るなんて…情けない!親として全く知らなかったなんて…恥ずかしかったわ」
私も話が分からずオロオロしていたのだけど、私よりもっとオロオロしているのは公爵夫人に扇子でペシペシ叩かれ続けているルドガー=ヘイベルナ閣下だった。
オロオロして叩かれている閣下なんて初めて見たわ…
「私も最初はサリュシア=アノバテート公爵令嬢とお聞きして…少し思案はしたよ?でもビィルワンド殿下がサリュシア嬢のことは心配ないと仰っておられるし、もうお付き合いをしているのだろう?何も反対することはないしね。ルドガー…サリュシア嬢と幸せにな」
「……」
思考が追い付いてこない…今、ヘイベルナ公爵様はなんと仰ったのかしら?
「お…お付き合いをされているの?」
ちょっと間抜けにも、私の前に滑り込んで膝を突かれたままのルドガー=ヘイベルナ閣下をゆっくりと見ながらそう聞いたら、ヘイベルナ公爵夫人が扇子でバシッとルドガー=ヘイベルナ閣下の頭を叩いた。
「あなたまさかっ!?サリュシア嬢のお住まいまで押し掛けておいて…正式なお付き合いの申込をしていなかったのぉ!?」
「ルドガー…お前子女に断りもなく無体を働いたのじゃないよな?」
ヘイベルナ公爵様の言葉に夫人と祖母達が一斉に立ち上がって、膝を突くルドガー=ヘイベルナ閣下の周りを取り囲んだ。
「まああっ!?」
「ルドガ様ー!?」
な……何がなんなの?え?どういうこと?
そして……改めてヘイベルナ公爵にお聞きしたら
「ええっ!?私とヘイベルナ閣下が婚姻!?」
思わず叫ぶとまた部屋の温度が下がった気がした。女性達の目がまだ私の前に膝を突いて顔色を失くしているルドガー=ヘイベルナ閣下に集まった。
「ちょっと…もしかしてサリュシアに何も言わずに、弄び続けたのかしら?」
「まあぁ…それは…」
おばあ様達っ!そんな事実は御座いませんよ!
思わず立ち上がりかけたら、私のドレスを裾をヘイベルナ閣下が掴んで制している。
「ア…アノバテート先生…その詳しくはお時間頂けたら…」
「そ、そうですわね、はい…閣下いつまでもそんな所にいらっしゃらないで、お掛けになって」
と、私が膝を突く閣下に声をかけた途端…ヘイベルナ閣下は私の座るソファの私の横に一瞬で腰掛けていた。いつの間に立たれたの?
やけに距離が近い…
夕食のご準備が整いました…とメイド長が言ったので、首を捻りながらも夕食を頂くことにした。
高貴な方々との会食…食事が喉を通らないわ。
そして…私の部屋にルドガー=ヘイベルナ閣下が一緒にいるこの状況…あれ?どうして?
祖父母もヘイベルナ公爵夫妻も、ニヤニヤと笑いながら私の部屋に入る私とヘイベルナ閣下を見送ってくれた。
気まずい…
こんな気まずいのはヘイベルナ閣下とは初めてのことだわ。
「サリュシア=アノバテート嬢…」
「はっはいっ!」
ヘイベルナ閣下は部屋に入るなり、私の前に跪いたあぁ!?
「突然ではありますが…私と、ルドガー=ヘイベルナと婚姻を前提にお付き合いをお願い出来ますか?」
「あ…っえ……」
嘘でしょう?私なの?本当に…
私に手を差し出して瞳を潤ませている閣下…差し出された手はよく見れば震えている?
勇気を出して私も手を差し出した。ああ…私の手も震えているわ。私が閣下の手に触れた瞬間、勢いよく閣下に手を引かれた。
跪いた閣下の胸に飛び込んでしまう形になったが、流石は閣下…体がぐらつくことも無く、私を抱き締めている。
閣下の体温と香りが私を包み込む。男性の匂い…硬い体…閣下の温かさ。
「アノ……サリュシア、今日から宜しくお願いします」
「…っ!?……はい」
私は恥ずかしさと嬉しさと初めて男性と抱き合っているこの状況に、完全に体を硬直させていた。