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くそっ魔獣めっ!先生の手料理が食べられないじゃないかっ!


魔獣に当たっても仕方ないのだが…苛立ちを隠せない。俺が殺気を放っているからか…部下達が距離を空けていて傍に近付いて来てくれない。


「かかか…っ閣下…」


「なんだ?」


「ひぃぃぃぃ!すみませんっ!」


部下のビートとマラシが悲鳴を上げた。その声と重なるように


「遅くなりました」


と、女神の声が聞こえた。そう、俺は本日はアノバテート先生のご自宅で先生とふたりきりで夕食を頂くはずだったのだ。


なのに魔獣めっ!こんな時に出て来やがってぇっ!


「ひぃいい!」


アノバテート先生は俺のすぐ近くまで走って来られると…微笑んでいる。今日も先生は安定の可愛さだ。夕食を食べながらこの微笑みを見ていたかった…


「ヘイベルナ閣下、今日は残念ですね…」


女神は小さく溜め息をついている。ぐうぅぅぅ…くそっ!


「そう…ですね…」


俺がなんとか絞り出すように声を出すと、アノバテート先生は小首を傾げておられた。


「閣下、魔質が乱れていますわ…大丈夫ですか?」


大丈夫ではない…がっアノバテート先生にご心配をおかけする訳には行かない…一刻も早く魔獣を討伐して先生とふたりきりに…


「大丈夫です…おいっ魔獣の詳細は分かるのか?」


俺が周りにそう聞くと、マーカスが走り寄って来た。


「クリアミ地区の外れにシュラーケンが3体が目撃されています」


「シュラーケンか…3体もか手強そうだな…よしっ第一と第二で出撃だ!第三は援軍要請が出るまで待機!」


「御意!」


俺は怒りの全てをシュラーケンにぶつけようと思ってクリアミ地区に出陣した。


しかし…シュラーケンが現れない。目撃情報のあった辺りを探索しても小型の魔獣しか見付からない。そんな焦りの中、夕闇が迫り…今日はここで野営をする事になり…その後、衝撃の出来事が起こったのだ。


「小型の魔獣だけど肉は美味いんですよね~」


皆で手分けしてテントを張り終え、夜警の班別けを考えようか…とテントの中に入ろうとした時に、マラシの能天気な声が聞こえた。声の方を見ると、野営の救護テントの前にいる副官のクレルドと若い部隊の奴らの輪の中に、アノバテート先生の姿が見えた。


野郎に囲まれてどうしたんだ?ちょっと奴らを威嚇(注意)しておこうかと近付きかけた時にアノバテート先生が


「その魔獣は食べられますの?でしたら私が調理しましょうか?」


と言った。言ってしまった…アノバテート先生に悪気は無い…と思う。


「…っ!」


「ええっサリュ姐さん料理出来るんですか!?」


「アノバテート先生本当ですか!?」


部隊の野郎達が騒ぎ出した。


「流石に血抜きとかは難しそうですが…その後の調理はお任せ下さい」


先生っ任されないで下さいっ…という俺の心の声は届かなかった。側近のマーカスと副官のクレルドがご丁寧に血抜きと頭部と内臓の処理まで済ませ、皮まで剥いであげ…アノバテート先生が塊肉を切り分けるだけの状態にしてしまった。


余計な事をするなっ!


俺の心の中の叱責は皆には届かず…アノバテート先生はご自身の背負い鞄の中から香辛料の瓶らしきものを取り出してきた。


「野営するかも…と思って香辛料を持ってきたんです、ウフフ…」


アノバテート先生流石っ準備いい!…いやここではソレを発揮して欲しくなかった…ああ、先生の手料理が…俺だけが食べていた(←思い込み)アノバテート先生の手料理が魔獣肉の香草焼きになって、煩く騒ぐ野郎達の手に渡ってしまった…


「んまっ!」


「すげー美味しいです、姐さん!」


「これは…美味しいですね」


部隊の奴らは口々にアノバテート先生の手料理に賛辞を送っている。アノバテート先生は大人数の部隊の隊員の為に捌かれた魔獣肉を鍋に入れ香草焼きを作り…その片方で骨で出汁を取り…魔獣肉団子入りスープまで振舞っている。手際が良い…流石アノバテート先生。


ああ、部隊の奴らは先生に尊敬と熱の籠った目を向けている。サリュシア=アノバテート先生の悪しき噂を信じている奴らはまだ鋭い目で先生を睨んでいる者もいるが、先生の優しい笑顔と料理を作る手際の良さに…奴らも少し警戒心を緩めてきているような…気がする。危険だ…先生の魅力は俺が知っていればいいんだ……段々と仄暗い感情が溢れてくる。


違うな…そうじゃない。サリュシア=アノバテート先生は人に誤解されたままの存在であってはいけないのだ。先生の魅力は皆に分かって頂かなければいけないんだ。


「閣下…召し上がっていらっしゃいます?お味は如何でしょうか?」


物思いに耽っていた俺の前に今度は魔獣鳥の香草焼きを作ったのか…新しい料理を俺に差し出してくれるアノバテート先生が立っていた。


俺は先生から皿を受け取りながら、ふたりきりで無いので残念と言えば残念だが、先生の手料理を頂けただけで良しとするか…と思って先生に微笑み返した。


「はい、とても美味しいです」


俺が素直に賛辞を送ると、アノバテート先生は例の目潰し笑顔を披露した後に、また背負い鞄の中に手を突っ込んで何か探っている。そして…白い紙に包まれた袋を取り出してきて俺に渡してきた。


これ、なんだろうか?


「閣下…これ私が作った焼き菓子です。お昼の休憩の時に食べていた残りですけど…閣下には特別に差し上げます…食べてね?フフ…」


閣下には特別に…閣下には特別っ!俺には特別に!?俺は特別だっ!


「あり…がとうございます…頂きます…」


ニヨニヨするのは許して欲しい!特別扱いされて喜ばない男はいないはずだ!俺だけだと言われたら誰だって浮かれる筈だ!


俺が躍りたくなるほど浮かれながら焼き菓子の包みを受け取っていると…アノバテート先生はまた、自愛の籠った目で俺を見ていた。


『ヘイベルナ閣下、お菓子ぐらいで浮かれちゃって〇貞は可愛いわね~』


…とか思っていそうな目だった。それでも構わない、先生になら可愛いと思われても構わない。


「ああーっ!?隊長だけお菓子貰ってズルいーー!」


……そんな時にビートの大きな声が野営地に響き渡った。隊員が一斉に俺とアノバテート先生を見た。


ビートッ!大声を出すなっ馬鹿っ!


「えぇ?閣下にだけお菓子ぃ!?」


「俺にも下さいよっ~」


「隊長っ…菓子くれっっ」


副官のクレルドが菓子の包みに手を伸ばしてきたので、クレルドの手を全力で叩き落とした。


「いでぇっ…!本気で叩きましたね!?なんて大人気ないんですかっ!」


俺の方へ詰め寄って来ようとする隊員を見て、アノバテート先生はうろたえていた。


「あの…皆さん落ち着いて…ごめんなさい。少ししか焼き菓子を持っていなくて…今度皆さんにも渡せるように持ってきますから…」


隊員達の歓喜の声が上がった。俺は……素直には喜べない。


◆  ◆  ◆  ◇  ◆  ◆  ◆


「出たぞっ!囲めっ!」


魔獣を追い…目にも止まらぬ速さで草原を駆けて行く最強の王子様。


「素敵…」


うっかりと声に出してしまったが、幸いにも周りには誰もいなかった。お菓子を渡した時のあの笑顔…目尻に皺が寄るのよ…私だけが知ってる?いえいえまさか…でも甘いお菓子を食べている時は蕩けそうな顔をしているのよ…ふたりきりの夕食の時には私だけを見てくれるあの笑顔…


特別だって勘違いしてもおかしくはないわよね?誰だってあんな風に微笑まれたら、私だけ特別かも?なんて思うわよね。


ヘイベルナ閣下は白刃を振るい、魔獣を薙ぎ倒した。すごい…こんな近くでヘイベルナ閣下の剣技をしっかりと見るのは初めてだった。


わあ…と遠くで歓声が上がって目撃情報にあったシュラーケンを無事、討伐出来たようだ。宵闇に輝く黄金の髪が煌めいて幻想的な美しさだ。思わずヘイベルナ閣下だと思われる金色の方に手を振ると…なんと手を振り返してくれた。


凄い視力だわ…


暫くすると、討伐し…魔獣の解体を済ませた隊員達がゾロゾロと戻って来た。体を動かした後だから皆は少し興奮状態ではあるが、怪我もかすり傷程度のようで、一安心した。


「今日の隊長、すんげぇ迫力だったな…」


「俺、早すぎて着いていけなかったよぉ~」


「まさかサリュ姐さんがいるから、カッコつけようと張り切ってたとかぁ?」


「あははっねーわ!だってそんなことしなくったって、閣下格好いいもんな!」


ワハハ…と第二遊撃隊の子達の笑い声が野営地に聞こえる。


そうそう、閣下は普段から格好いいよね~立っているだけでも絵になるというか…


「先生、討伐完了しました。こちらも問題ないですか?」


爽やかな笑顔でヘイベルナ閣下が救護テントに入ってこられた。閣下も……うん、怪我はされていないようね。


「はい、こちらも問題ないですよ」


その後、討伐したシュラーケンも魔道具や食材に使われるとかで死骸を大きな荷車に乗せて、皆で王都に戻った。


そして王宮内に設置している転移陣の前で散開!と号令がかかったので帰ろうとすると、誰かに肩を掴まれた。この掴まれた手から感じる魔質は…ヘイベルナ閣下だった。


「閣下?」


振り向くと閣下は……しょんぼりしていたーー!?何故…?


「あの…明日は、その…夕食は…」


夕食?ああっそうか…今日は魔獣の討伐で出来なかったけど…あ、そう言えば…


「私は明日は午後からの出勤扱いにはなるのですが…暫くは夕食は無理だと思います…」


「えっ!?どうして!?」


ヘイベルナ閣下は結構な声を上げて叫んだので、周りにいた部隊の若い子達がこちらを見て……一斉にニヤニヤしている。


注目を浴びて焦った私は、思わずヘイベルナ閣下に近付き耳元に声をかけた。


「あの、焼き菓子を隊員の皆さんに配りたいので…その焼き菓子を作っていると、夕食に手の込んだものは出来そうにないので…」


ヘイベルナ閣下は、今頃怪我しているんじゃない?というような青褪めた顔色になっていた。


「…はい、分かりました…」


くはぁ!?またしょんぼりしてる…本当にこれは断り辛いねっ。


閣下は何度もこちらを振り返りながら帰って行くので、根負けした私は焼き菓子の準備の手伝いをしてくれるのなら、うちに来てくれていいですよ…と伝えた。


その日の夜から…閣下は本当に手伝いに来てくれた。夕食は焼き菓子を作った粉でパンケーキを焼いて簡単な夕食にしたが、それでもヘイベルナ閣下はとても喜んでくれた。


しかし簡単に焼き菓子をあげる…と言ったものの、各隊員に二、三枚は渡した方がいいかな?と考えたら結構な量になることが分かった。今は必死で生地を練り、ひたすら焼きの作業をしている。


そうして作った焼き菓子を冷ました後、可愛い小袋に丁寧に詰めている閣下を見て、閣下可愛い♡と思ったのは絶対に内緒だ。


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