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宜しくお願いします。ブクマと☆評価ありがとうございます。
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はぁぁ…なんとか絞首刑を免れたよね?確かに自分の家でしか使っていないけど新術式かもしれないし、魔術師団に問い合わせはしておくべきだったわ。
それにしてもニヤリと笑った悪い王子様が格好良すぎた…夜にアレはいけないわよね。刺激的過ぎる…
そうだ、明日…魔術師団に術式の申請をしに行かなくちゃ。先にヘイベルナ閣下にお伺いして…でもなし崩し的に閣下と夕食を共に…と約束をしてしまったわ。
思わずニヤニヤしてしまった両頬を手で叩くと、魔術師団に渡す術式を魔紙に描き起こしていった。
翌日、先ずはヘイベルナ閣下の執務室にお邪魔した。
よくよく考えたら軍の医術医院に配置換えになった時に挨拶に来て以来一年ぶりだわ…
「失礼致します。サリュシア=アノバテートです」
「どうぞ」
私が中に入ると、執務室にはルドガー=ヘイベルナ閣下と側近のマーカス=シスリー中尉と副官のクレルド=ビーン少佐がいて、副官とシスリ―中尉は驚いたような顔をしている。
まあ滅多にこんな所にこない人だものね、私。
「あの…閣下この術式なのですが…」
私は顔を上げたヘイベルナ閣下に恐る恐る魔紙を渡した。
「ああこれですか…ふむ」
「それ魔術式ですか?」
副官のビーン少佐が魔紙を覗き込んだ。
「アノバテート先生が家で使っている魔術式がどうやら未認可の新術だったらしくってな…」
「ええっ!?」
ぎゃあ!ヘイベルナ閣下!?こんな所でバラしたら、ここっ絞首刑…
「どんな術式ですか?」
シスリ―中尉まで…!あわわ…首が首が…
「これは…時間停止と同系の術ですね…」
シスリ―中尉が魔術式を読みながらそう呟いている。
ヘイベルナ閣下はチラッと私の方を見てから、あのワルカッコイイ笑顔を見せた。
「これを魔術師団に申請した方が良いかと思ってな…」
「そうですね!新術なら報奨金が出ますし」
え?今、何と言ったか?シスリ―中尉?
「これもしかして…術式の及ぶ範囲の腐敗を止められるのでは?凄いですね!魔術師団長、大喜びじゃないですか?」
なんですって?ビーン少佐?
ヘイベルナ閣下は魔紙を手に立ち上がるとまたニヤリと笑った。
「先生と魔術師団に行って来る」
「はい」
「先生の術式申請、通るといいですね!」
んんん?ビーン少佐に笑顔で見送られて首を傾げながら、閣下の後ろをチョコチョコと付いて行った。
そして…魔術師団の受付で新術の申請申込を伝え…暫く待っていると廊下の奥から魔術師団長が怖い冷気を放ちながら受付に走り込んで来た。
氷の師団長が走っているのを初めて見た…アイスブルーの瞳にアイスブルー色の髪を持つ、見た目も寒々しい師団長は目を吊り上げていた。
こ、ここ……絞首刑かぁ!?
「これはルドガーが開発したものかっ!?」
そう言って魔術師団長はヘイベルナ閣下に詰め寄ったが
「違うって良く見ろよ、申請者はサリュシア先生だ」
とヘイベルナ閣下が言った瞬間、魔術師団長は私を見て睨んだ。師団長が睨んだと同時に氷の礫が飛んできた!?ひえっっ刺さるっ!?
「サリュシア=アノバテートォォォッ!」
「すすす、すみませんっ!」
「よくやったっ!」
「え?」
反射的に師団長に頭を下げて謝ってが、逆に師団長からお褒めの言葉を頂いたことにびっくりして顔を上げた。
「この術式は素晴らしいぞ!どうやってこの術式を組み立てたのか?」
あわわ…目が泳ぐ。魔術師団長がグイッと顔を近付けて来た。凍らされるっ…
「け…怪我の化膿止めに傷口の腐敗を止めて止血する魔法を治療時に使っているのですが、生身の人間の肉体の腐敗も止められるなら…生肉が腐らないように出来るじゃないかと気が付いて…そのまま食料を保管してみて腐らないか改良しながら確認して…」
私の説明を聞きながら魔術師団長は盛んに紙に書き付けてブツブツ言っている。うわ……魔術師ってこれだからイヤなのよ…一度、魔術に関連することに閃いたりそこで発見があると、周りを顧みないで研究に没頭するのよね。
私がしょっぱい気持ちで魔術師団長を見ていると、受付に居た男性魔術師が私を手招きした。
「サリュシア=アノバテート先生、申請は受理されましたので報奨金が出ますよ」
「えっ!?犯罪にならない…の?」
絞首刑じゃなくて…報奨金が出るのぉ?
受付の男性魔術師団員は、キョトンとした後に微笑んだ。
「あ~術式申請を出してなかったことに対してですか?勿論、今後こういうことは駄目ですよ?基本、攻撃魔法は隠し持っていたら即、捕まりますけど…こういう補助魔法は問題無いですよ。あれ?アノバテート先生、知らなかったのですか?」
んん?ハッ……と気が付いて後ろを見たら、ヘイベルナ閣下にすぐに目を逸らされた。
騙された…!でもどうして?
「そうだぞっサリュシア=アノバテート!新術を開発したのなら速やかに申請しないか!故意に隠蔽するつもりなら…」
急に顔を上げて魔術師団長が叫んだので、飛び上がってしまった。
ぎゃああ!絞首刑!?
「ゼルフェ、先生は自宅で食品の保存用に使っていただけで、まさか新術だとは気が付いてなかったんだ」
ヘイベルナ閣下が魔術師団長と私の間に、目隠しをするように立ってくれた。魔術師団長はヘイベルナ閣下の背後に庇われた私を覗き込んで、ジロリと睨んできた。
「今回は口頭注意で済ますが、また同じことをするなら減給処分だぞ」
「はっ…はい!以後気を付けます」
減給処分か…それでも罰は罰だ以後、気を付けよう…それにしても怒られただけで済みそうだ。何故ヘイベルナ閣下はあんな言葉を使って私を脅したのだろうか…
背中から覗き込むようにしてヘイベルナ閣下を見詰めていると、観念したのか…閣下は困ったような情けない顔をして私を見てきた。
「すみません…アノバテート先生との食事をもっと楽しみたくて、わざと脅すようなことを言ってしまいました。軽蔑なさいますか?」
「……」
いえ…あのね、脅すなら金銭を要求したり、如何わしい行為を強要したり、普通はそういう方向の要求を突き付けてくるものじゃない?それを夕食を一緒に…だなんて…呆れた。
思わず笑いそうになったけれど、咳払いをして誤魔化した。
「まあ…閣下ってば本当に人が悪い。私を脅そうなんて…それ相応の償いをして頂きませんと…」
私が内心、ニヤニヤしながらそう言うとヘイベルナー閣下は顔色を悪くした。
「これから償いとして、私の言うこと聞いてくださる?」
「…ん、え?」
目を丸くして立ち竦むヘイベルナ閣下の前に優雅に手を差し出した。
「罰として、閣下の時間がある時は私の手料理を召し上がること…宜しいですわね?」
そう言って微笑むと…やっとヘイベルナ閣下は気が付いたのか、破壊力満点の微笑を浮かべながら膝を落とし…恭しく私の手を捧げ持つと、手の甲に口付けを落とした。
「仰せのままに…」
素晴らしいわ…今、私の魂が指先からごっそり抜けてしまったみたいな衝撃があった。恐ろしいほどの格好良さだった。これが皆が褒めたたえる『最強の王子様』の真の姿ね!
「カッコイイ!すげぇ!」
「姫に跪いて愛を乞う騎士だよっ!」
近くで見ていた、魔術師団の団員達がそう言って騒いでいたけれど…確かにヘイベルナ閣下は完全に騎士だった。私は魂が抜けてしまっていたし全然、格好良くはなかったけどね…
という訳で…罰とか償いとかよく分からないまま、閣下と私はこれからも夕食を共にすることになった。
その記念すべき初日…
仕事終わりに噴水広場で待ち合わせをしようと言い出した、〇貞馬鹿……じゃないヘイベルナ閣下に
「悪目立ちしたくありません」
と待ち合わせを素早く却下したら、ルドガー=ヘイベルナー閣下は肩を落としてしょんぼりした。
…もしかして?第二遊撃隊の子達が休むと言い辛い、閣下のしょんぼりと称していたのはこれかっ!?確かに、目を潤ませて…大男のくせにやけに可愛くこっちを見詰めて来る!?
確かに却下し辛い…
しかしですね、やり逃げ令嬢と悪名高いこの私に更なる称号『最強王子の〇貞を喰った令嬢』の称号まで付けさせる気なのっ?一緒に仲良く並んで歩いていたら、また噂されたらたまったもんじゃない…
あ…そうだった、既にヘイベルナ閣下本人が『先生と致しました』と公言している可能性があったんだ。
今更だった…う~ん、こうなれば怖いものはない。開き直って閣下と自宅まで帰ってやろじゃないか!
「分かりました…では噴水広場で待ち合わせましょう。私は大体、夕の6刻くらいに仕事は終わります」
私が渋々そう言うと、閣下は破顔し
「それまでに絶対に仕事を終わらせます!」
と私にグイィと顔を近付けて叫んだ。『喰っちまったから!』の圧なのか…美しい人でも、うっとおしい…と思うのは私だけか?
だがこの日の夕食会は無くなった。何故ならば…大型魔獣が王都の外れの農村地域に出現したからだ。
昼の2刻…午前の診療を終えて、医術医院の診察室で王宮外来に勤める治療術師のナリカに引っ付かれていた。彼女は私より3つ年下で私と同じ魔術学院を卒業していて…当初、私のことを噂でしか知らなかったらしい。
「あの伝説の千人契りのっ男を踏みつけて生きてきたっサリュシア=アノバテートはあなたかっ!」
と最初に会った時に開口一番、彼女はそう言ってきた。そう……私は伝説級の悪女だったらしい。私はそんな興奮状態の彼女に普通に自己紹介をして、その後はいつも通りの仕事をこなした。
それから数日、ナリカは私を観察していたらしい。何故見ていたかと言うと…実は私の悪女っぽい所を盗んで、モテる女に変身したかったらしい。ところが私は派手な外見とは裏腹に地味女だ。職場である王宮と自宅と市場しか行かない行動範囲の狭い面白みの無い女だ。
ナリカが王宮外来に来て10日目に
「サリュシア=アノバテートさんは夜遊びしないのですか?」
と真正面から聞いてきたので、私は普通に答えた。
「それって仕事終わりに飲みに行くってこと?私、お酒飲めないのよ」
「……」
ナリカは絶句していた。この夜遊びは飲食ではなく、男遊び…という意味だったらしい。それからナリカに色々質問されて、何も気負わずに答えていたらナリカは突然
「嘘だ嘘だ嘘だぁぁ!私の知っているサリュシア=アノバテートは夜な夜な男と出歩いて喰って喰って喰いまくっているはずだ!」
と叫んだ。…と言われてもねぇ~と首を捻った。
「夜はほとんど外出しないわね、夜は家で自分で作ったものを食べてるし…」
ナリカは真実を確かめる!と騒いで、私の家に遊びに来た。夕食に野菜のミルク煮込みと魔獣鳥のソテーを出し、果物のパイを出すと、何故か泣いていた。
「サリュシア=アノバテートは聖女だった!」
「せ…?そんな神の使いのような方とは全然違うけど…」
そんなことを経て…その日を境にナリカから懐かれるようになったのだ。
「姐さんのお菓子美味しい~」
「ありがとう、でもそんなに食べたら太っちゃうわよ?」
そんなナリカは私が軍の医術医院に移動になった後も遊びにやって来てくれる。いつも診察の合間に軍の医術医院までわざわざ来てお菓子を食べて、姐さんの美しさの補給完了!とかなんとか言ってから帰るのだが…
ナリカとお茶を頂いていると、建物内に警報音が響いた。
「え?これ…魔獣出現の警報!?」
ナリカが立ち上がった。私も立ち上がって机の上を手早く片付けて窓を施錠し…衣類棚から背負い鞄を出してきた。この鞄の中には野営用の必需品が入っている。よしっ!
「ナリカ、ごめんね。部屋を閉めるわ!私にも召集がかかると思うから、軍の詰所前に行って来る」
「ええっ?姐さんも討伐に参加されるのですか!?」
「軍の医術医のヴェサイ先生、昨日ぎっくり腰になっちゃって休んでるのよ。私も討伐の救護隊に入らないと軍医がいないもの」
「はっ…はいっ!姐さんお気を付けて!」
ナリカと一緒に医術室を出ると、部屋を施錠した。手を振るナリカに手を振り返して、私は軍の詰所前に向けて駆け出した。