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今更ですが、閣下とその他視点は■□マーク、サリュ姐さん視点は◆◇マークで区切らせてもらっています。読み辛い区切りですが、宜しくお願いします
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女神、サリュシア=アノバテードが微笑みながら俺に近付いて来た。
「はい、それが友人が自宅に遊びに来ると聞いて手料理を振舞おうと料理を作ったのですが、急に用事が出来て来れなくなったので…お料理が勿体ないし…この際、軍の隊員の方に食べて頂こうかな~と」
「軍…のあいつらですか?」
何だって?と耳を疑った。アノバテート先生は困ったような表情をしている。
「私の知り合いで、こんな急なお願いに答えてくれそうなのはあの子達くらいなものですし…」
た、確かに女神の自宅で手料理を振舞われるなんて幸運をあいつらなら金を払ってでも、競争相手を薙ぎ倒してでも手に入れたいはずだ。
ちょっと待てよ?もしかして自宅で、あいつらの誰かとふたりきりになるつもりなのか?そんなことをして見ろ…たちまち猛獣と化した軍人に、アレコレソレなど……淫らなことを……いかんっ!
「先生、もしや自宅に隊員を招いてふ…ふ…ふたりきりになられるおつもりか?」
「え?まあ…隊員の子達がお忙しければ…手隙の子とふたりきりにはなるかも?」
「私が行きましょう」
アノバテード先生は驚いた顔をした。
「え?ですが…閣下はお忙しいので…」
「大丈夫です、参りましょう」
ちょっと焦って被り気味に返事を返してしまったが…不審がられていないか?
アノバテート先生は暫くポカンとしていたが、花が咲いたように笑顔になった。
目が潰れそうだ…うっかり直視してしまった。
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
何とか上手くいったわ…ちょっと苦しいお誘いだったけど、ヘイベルナ閣下が真面目な方で良かった。でもエカテリーナの言った通りね、若い隊員の方とふたりきりになるような状況になったら、絶対にヘイベルナ閣下が止めて下さるって…
でもどうしよう…まさかの閣下とふたりきりになるの?私の計画ではここで、やっぱりふたりきりはマズイですよね~では!…となるつもりだったのに。
今更やっぱりやめましょうか…と言いにくいし、ええいっ!ルドガー=ヘイベルナ中将閣下は真面目だと聞くし変なことにはならないでしょう!
それに当初隊員の子達に頼まれていた『閣下大人化計画』は閣下が真面目過ぎて断られました…とでも言っていれば大丈夫じゃないかしら。まさか閣下に私を喰いましたか?なんて聞く猛者はいないだろうし…
そして私はこじんまりとした我が家にヘイベルナ閣下をお招きした。閣下は体が大きいから家が小さく見えるわ。
「す、座ってお待ち下さいませ」
「あ、ああ…」
緊張する…なんてことよ。初めて招き入れたのが彼氏でもなく軍で一番美形で『最強の王子様』と噂のルドガー=ヘイベルナ閣下だなんてぇ!
ああやだぁ…私の好みで買ったモスグリーン色の可愛いソファに座る閣下が……似合わなさ過ぎて浮いている。すみません、渋くて格好いい調度品はこの家には皆無なんです…私の好みは可愛い雑貨です。
さて夕食の献立だが…
魔獣肉と野菜のシチューとモスナのサラダ…根野菜とピラピラの辛味焼き…お酒にビーナをお出ししよう。食後には果実とセリーを作ったので大丈夫よね。多分閣下は渋く黒茶を飲んで菓子なんて食べなさそうだもん。
私がテーブルにお料理を出し始めると、ヘイベルナ閣下の顔が輝いた。
「これは先生が作られた…のか?」
「はい、簡単なものですが…1人暮らしも5年も過ぎましたので、そこそこは自炊しておりますの」
しまったーーー!閣下は(私もだけど)公爵家のご子息…こんな庶民料理は食べないんじゃないかしら……と、思ったのは杞憂だった。
閣下は満面の笑みを浮かべながら私の作った料理を食べて下さった。
嬉しい…しかも食べ方が綺麗だし、私の家の淋しい夕食に美形閣下という特別料理がやって来たような豪華さっ!
美しいって良いわね…対面に最強の王子様が座って頂いているだけでいつもの三倍は食事が美味しく感じるわ。
そしてその夜はルドガー=ヘイベルナ閣下と、とても楽しく夕食を頂いて終了した。
翌日
ルドガー=ヘイベルナ中将閣下の部下の、第二遊撃部隊の隊員達が医院に押し掛けていた。
「姐さん、昨夜はどうでしたか!?」
「脱〇貞は大丈夫でしたか!?」
来たか~何て言えばいいのかしら?でもね~あのルドガー=ヘイベルナ閣下よ?対面に座ってても女性と話すことに動揺もしていなかったし…寧ろ私の方が慌ててたわよ。
この子達の言うように本当に女性経験が無いのかしら?とてもそうは思えないけど…
「閣下と美味しく頂いただけだしね…」
「閣下を美味しく頂いたぁ!?」
「えっ?ちょ…ち」
「隊長を美味しく頂いたんですかぁ!?」
「ま…待って…」
「よーーし!隊長にも聞きに行こう!」
「脱〇貞の隊長に姐さんとの魅惑の一夜の感想を聞かなきゃな!」
「おおっ!」
ええええっ!
私の言葉を聞き間違えたのか勝手に騒いで、私が驚いている間に……第二遊撃隊の若者達は走り去ってしまった。
「ど…どうしよう?ん?待てよ?閣下が『何を言っているのだ!食事を共にしただけだ!』とか一喝してくれたら、誤解は解けるわよね…よね?」
若干心配ではあるけど…まあなんとかなるだろうと、その時までは楽観視をしていたのだ。
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「隊長、聞きましたよ!昨夜はサリュシア姐さんの所へ行ってたんですよね?」
遊撃隊のビートの言葉に思わずギクリと体が強張った。夕食を頂いただけで何もやましいことは無いのに何故だか緊張した。
「ああ…頂いて帰って来た」
「頂いたぁ!?」
ビートの横でマラシが大きな声で叫んだので、隊の詰所に居た隊員が一斉にこちらを見た。
「おっ美味しかったですか!?」
夕食の事かな?
「ああ、意外にも優しい感じで何度でもいけるあ…」
「やべぇぇ!」
「すげえっ!」
ん?何が?アノバテート先生の料理はそれは優しい味で…と最後まで言えないまま、隊員達はすげぇや、やっぱり姐さんは違うな!とか何かおかしな賛辞を送りながら、盛り上がっていた。
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
「ええっ!?また閣下を誘え?」
夕方、また医術医院に押し掛けて来た遊撃隊の軍人は私を取り囲んでそう叫んだ。
「そうなんですよっ!昨夜はすっごく良かったみたいで今日は一日ご機嫌で~」
「そうそう!凄く良かったって言いまくってましたし~もう何回か姐さん直伝のテクをご教示して頂いて~」
ど…どういうことよ?何が良かったってぇ!?夕食を食べただけでしょう!?もしかして閣下ってば見栄を張って、俺ってやっちゃったぜ~とか言っちゃったの?
でもあの真面目そうなヘイベルナ閣下に限ってそんなこと言いそうにないし…
「姐さんの手練手管でちょちょいとまた閣下を更に大人の男にしてやって下さいよぉ」
何がちょちょいと…よ。そんな簡単に出来るなら私みたいに拗らせてないわよ…言うだけ言って、また遊撃隊の子達は去って行ってしまった。
どうしようか…あ、そうか!もしヘイベルナ閣下が見栄を張っていたと仮定して、私がまた夕食に誘って普通に食事だけで帰ったとしても、またあの子達に『サリュシア先生をガッツリ喰っちまったぜ!』とか勝手に吹聴してくれるのよね?
ああ、そうだわ。それなら私も素知らぬふりをしてヘイベルナ閣下をお食事にだけ誘っていればいいんだわ。良かった…
私はその日の夕方、閣下をお招きする時の料理の材料を市場に買いに行った。事前に作れるものは作り置きしておこうと思ったのだ。閣下は体も大きいから沢山食べるよね?
前のシチューも何杯もおかわりされていたし…それにゼリー、果物を甘く煮てミルクで冷し固めたのも凄く喜んで食べていたし…意外にお菓子も召し上がられるのかも?あのゴツイ見た目で判断しちゃいけないよね。
そして市場を回った後、ちょっと食材を買い過ぎたかな~と思いつつ…買い物袋に食材を入れて家に帰ろうとしたら…
何故か商店街にある広場にヘイベルナ閣下がいるっ!そういえば昨日もここで声をかけたけど…もしかして誰かと待ち合わせ…あっ!彼女かも?
思わず広場の花壇の後ろに隠れた。独りで広場の中央…噴水の前で、格好良く立っている閣下…ん?
少し俯いていていた閣下はハッ…としたように顔を上げると、何故か花壇の後ろに隠れている私を真っ直ぐに見た。
どうして隠れてるのに、こっちを見るの!?隠れていたのに目が合ってしまい、気まずい…そして閣下は迷わずに花壇の前に来た。
「アノバテート先生…」
「こ、こんばんは…」
間抜け過ぎる…ゆっくりと花壇の後ろから出て来ると、ヘイベルナ閣下の前に立った。今日もヘイベルナ閣下は金色の髪で翡翠色の瞳の美丈夫で、とてもとても…素敵ですね。
「あ…いや、昨日もここで会えたし…その…」
ヘイベルナ閣下は目を泳がせてオドオドしている。まさか…私を待っていたの?
う~ん…ああっ分かった!『俺、先生を喰っちまったぜ!』を周りに言ってしまった手前、私と親しげにしていないと若い隊員達に怪しまれると思ったのかも?
あ、まさかと思うけどあの子達が後ろで私達の事を見ているとか…?
思わず、広場の端の植込みの辺りを見てしまった。
「アノバテート先生…どなたかと待ち合わせですか?」
「あっ?いえいえっ全然!どなたとも会いません!」
変な言葉遣いになってしまった…
私は気を取り直して、閣下に声をかけた。
「じゃあ、行きましょうか!」
「え?」
「え?……私の家で夕食を…」
思わず声をかけたものの…キョトンとするヘイベルナ閣下の顔を見て焦ってしまった。
や、やだぁ!?違ったの?若い隊員達に俺ぇ喰ったぜ!と、ドヤりたい為にここに来たのじゃないのぉ?
「すぐに行きましょう!勿論大丈夫です!全く以て問題ありません!」
閣下は一瞬ポカンとした顔(それでも美しい顔だった)をしたが、物凄い勢いで了承の言葉を言っている。
余程、私を喰ったと周りにドヤりたいのだろうか。いいよ、好きにして下さいな。どうせやり逃げビッチな公爵令嬢だものね…
くぅぅ…自分で言ってて泣けてくるなぁ。
「失礼…アノバテート先生、結構な量の荷物ですね…お持ちしましょうか?」
「…?まあ、えっと…ありがとうございます」
そう言えば気合いを入れて夕食の材料を沢山買い込んでいたのだった。私が持っていたお買い物袋を受け取ると、軽々と肩に引っ掛けて持ってくれる閣下。
閣下と花柄模様のお買物袋が壊滅的に似合わなさ過ぎて、物凄く申し訳なくなった。
「すみません…」
「…?大丈夫ですよ、今日も先生の手料理を頂けるなんて楽しみですね」
ヘイベルナ閣下の笑顔が眩しい!閣下は噂通り、真面目で優しかった…!
最強の王子様ことルドガー=ヘイベルナ閣下と並んで歩きながら、私は心の中でひたすらに噎び泣いていた。
今の所デカい人しか特徴はございませんが、そのうち閣下の格好いい所もお見せ出来れば…