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神聖払魔師 聖ミカエルの戦士達  作者: ウィンフリート
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第1節 お嬢様の望み

今日のお話は、宗教がかっていますよ~

気付いたら、朝だった。


いつのまにか、部屋の鎧戸が開け放たれていて、外の清々しい冷気が流れ込んでいる。

昨夜は、眠れないと思っていたわりには、なんだかんだ、いつの間にか眠ってしまったようだ。いつも思うが、眠ることを諦めたほうが眠れるのは不思議だ。

修道院では4時には活動開始しているが、今日はもう日が出てしまって、外が明るくなっているので、随分と寝坊したようだ。しかし、疲れは取れた感じがする。冷たい空気がことのほかおいしく感じられる。


ふと、横を見ると、ベルンハルト殿の使っていた寝台は、既にもぬけの殻だった。散歩にでも出かけたのだろう。

私は、短く射祷(すごく短い祈りのこと)をして、起き上がった。流石に肌寒く感じる。ベッドの足元に掛けていた服を素早く着込んで、顔を洗っていると、ベルンハルト殿が帰ってきた。


「おはようございます。散歩に行かれていたのですか?」私はタオルで顔を拭きながら訊いた。

「おはようございます。神父様を呼びに来たのですよ・・・男爵様達が、朝のごミサに与りたいそうです」

「なんと・・・そうなるとは、思いもしませんでした。屋敷の中に礼拝堂があるんですね」

「それは、それは、素晴らしいチャペルでしたよ。すぐ参りましょう」


ベルンハルト殿に導かれて、男爵の個人的な礼拝堂にたどりつくと、城の城館の一部だった。昨日、存在に気づかなかったのは、外から見ても分からない造りだったからだろう。というよりは、城の一部を改装してチャペルにしたといったほうが正しいのかもしれない。


地方貴族の場合、城下町にちゃんとした教区の教会があることが多く、城内に、新たに教会を建てることまではしない。ただ、信仰が厚い貴族は、個人的な礼拝堂をよく建てる。個人的な家庭の祭壇が、貴族ゆえに大きく豪華になったというようなものだろう。


私達は、静かに廊下を歩いて、突き当りのチャペルに入った。まず最初に、祭壇が目に飛び込んできた。それは大層立派なものだった。男爵夫妻は、跪き台から立ち上がり、私たちに会釈した。

私は、すこし準備しますので、お待ちくださるように挨拶した。

私も司祭であるので、一応、御ミサセットは持ち歩いている。どこでもミサがあげられるように準備に余念がないのだ。ベルンハルト殿が侍者をしてくれたので、なんとか無事に終えることができた。


困ったのは、聖変化前のパンがなくて、私が持参した大きいパンしかなかったことぐらいだろう。まぁ無理もない。個人的な祈りの場所だろうから。男爵夫妻は、城下町の教会に通っているらしいし。次の大きな街で買い足すか、城下町の教会で分けてもらうしかないだろう。こういうことは、これからもある筈だから。


それから家族用の小さな食事室で、小さなテーブルを囲んで、朝食を頂いた。食後に、いきなり男爵が切り出してきた。


「神父様、うちの娘が、悪魔憑きではないという、確固たる証拠というのは、ございますか?」

 証拠があれば苦労しないのだが、周囲のこともあるだろうし、安心したい何か・・・が欲しいのだろう。私が躊躇していると、ベルンハルト殿が助け舟を出してくれた。


「男爵様。ご存じのように、私は、公爵様、そして司教様のもとで、エクソシストを務めております。つまり、司教区で問題となる悪魔関係の事件には、全てかかわっており、ほぼすべての事件を解決してきました。

十字軍にも参加し、戦では、あちらでは辛酸をなめましたが、ムスリムが戦う悪魔とも相まみえ、戦って祓ってきました。

 彼らが、われらキリスト教徒を、啓典の民と呼ぶのは、彼らも同じ聖書を使っているからなのですが、どこに行っても聖書に現れる悪魔は、同じ悪魔なのです。

 結局、かつて神に逆らい、天から堕とされた堕天使の成れの果ての姿だからですな・・・

かなり共通点が多い。むしろ、同じだと言ってよいでしょう。

 そして、その一番の共通点というか、ああ、これは同じだなぁと思わされたのが、悪魔憑きの特徴なのです。姫様には、それがなかった。ただ、それだけです」


 男爵様は、期待した眼差しで、質問してきた。

「で、ベルンハルト師、それは何なのですか?」


「・・・それは臭いなんですよ」

 男爵夫妻は、えっというような戸惑った表情になった。


「はははは、意外と思われるでしょうが、本当に臭いんです」

「え?」

「一度嗅げば、分かるのですが・・・魚の腐ったような、油が悪くなったような・・・

 悪魔の口の臭いですな・・・」

 男爵夫妻も、執事殿も眉間に皺を寄せて、明らかに不快な顔をした。


「どうですか?姫様から、そんな臭いがしますか?」


 ベルンハルト殿は、男爵から、男爵夫人、そして執事殿と、顔を覗き込んだ。目が合うと、誰もが首を大きく振った。ベルンハルト殿は、私を見て、ウインクしてから、こう言った。


「たとえ天使だったものも、悪を何千年もやっているんですから、悪の滓のようなものが、それはそれは沈殿しているんですよ。悪魔は、ばれないように、香水を大量に撒いたり、香を大量に焚いたりして誤魔化すんです。挙句の果てに、人の鼻に魔法をかけて、効かなくしますから・・・注意していればすぐに気づきますよ。どうです?簡単な話でしょう?」


 男爵夫妻は、なんとなく、分かったような雰囲気だった。


(まだ、納得されていないだろうな・・・そんな感じだ。こういうのは、面倒くさい。一層のこと悪魔に憑いてもらって、祓ったほうが分かりやすいよな)


 そう思いながら、一筆証明書のようなものを、私たちが書かないと、納得しないような気がした。ともかく、姫様の様子を見に行こうということになった。それから、姫様が軟禁されている地下室に全員で降りていった。


 例の頑丈な扉の前で、ベルンハルト殿が振り返って、男爵夫妻に向き合った。

「男爵様、お嬢様の意識が戻るようでしたら、ドミニク神父様と私と、お嬢様の3人で、確認しなければならないことがございます。もしかしますと、ご夫妻が姫様に望んでいることとは異なるかもしれませんが、あとでよく話し合ってください。さて、では、執事殿、扉をお願いします」


 執事殿は、男爵様の無言の許可を得て、扉を開いた。


 姫様は、ベッドの脇にある、椅子を扉に向けて静かに座っていた。ベルンハルト殿は、一番先に中に入り、姫様に深々と礼儀正しい挨拶をした。


(彼は、十字軍以前の過去を語らないんだけど、やはり、上流貴族出身なのだろう。立ち居振る舞いが実にエレガントだ)


姫様は、強い意志を感じさせる瞳で、まっすぐベルンハルト殿を見た。その輝きは、美しく青く輝く、深い森の中に横たわる、聖なる泉のようだった。


「・・・姫様、どうやら、決心されたようですね?」

 姫様は、口角をすこし上げて、微笑みながら、ベルンハルト殿の問いかけに応えた。


「はい」


 ベルンハルト殿は、男爵夫妻に視線を送り、退室を促した。

「待って下さい、お父様にもお母さまにも、聴いていただきたく存じます」


 ベルンハルト殿は、意外な顔をして、姫様に質問した。

「では、ここで、全員で立って、姫様のお話を聴くのもなんですな・・・」


 執事殿が後ろから声をかけた。

「皆さま、お嬢様のお話を、上の大食卓で、座ってお聞きしませんか?お茶を入れさせますので・・・さぁ、参りましょう」

(さすが、長年、男爵家に仕えてきたことはあるな。すかさず気の利いたことをタイミングよく言う)


「そうですね。参りましょう」奥様が同意し、全員が頷いた。勿論姫様もだ。


 私たちは、大食卓と呼んでいた、大広間の長いテーブルに着席した。これと同じようなテーブルは、城を持つ貴族なら、大抵もっているだろう。家来と食事をするための食卓だ。

身分に応じて、座る位置が決まっている。一番偉い、男爵夫妻が、一番上座に座る。


驚いたことに男爵夫妻は、いつも座っている定められた席に着かず、テーブルを挟んで、姫様と相対して着席された。私と、ベルンハルト殿も、執事に促されて、男爵夫妻の隣に座った。なんとなく、お嬢様を全員で面接するみたいな形になったためか、だれも何も話そうとしなかった。

(これは、参ったな・・・間が持たないぞ。何か、面白いこといおうかな・・・でも、あとでベルンハルト殿に怒られそうだからな・・・修道司祭というものは、とか、滾々と説教されても堪らないからな・・・ここは、彼に任せておこう)


 ベルンハルト殿が、話すタイミングを見計らっているようだ。


 ドアがノックされ、執事と給仕の女性が入ってきた。


「お茶でございます。ヒルデガルト様よりいただきました、薬草茶でございます」


 ヒルデガルト様という言葉に、お嬢様の目が輝いた。

「カモミールですか?」

「左様でございます」執事は、表情を一つも変えず、穏やかな雰囲気でお茶を配っている。


 私は、その薬草茶とやらを頂いた。ベルンハルト殿が、一口飲んで、それから語りだした。


「カモミールは、ドミニク神父様の修道院でも、栽培されていますよ」

「え?本当ですか?全く知りませんでした」

「おやおや?中心が黄色で、花弁が白い花が咲きますが、ご覧になられたことはないですか?」ベルンハルト殿が不思議そうな表情で訊いてきた。


「なんとなく、見たことがあるかもしれませんが、薬草は詳しくないのですよ」


「神父様は、どちらの修道会なのですか?」お嬢様が会話に加わってきた。

「ベネディクト会系です。城砦都市では、比較的最近に建てられた修道施設ですが」

(まぁ、殆どの修道会は、ベネディクト会系なんだけどね)

「なるほど。では、ビンゲンのヒルデガルト様とは、お知り合いですか?」

「いいえ、残念ながら、お目に掛かる機会がございませんでした」


「・・・それは残念なことだと思います。私は、一度、お目にかかったことがあります。実に素晴らしい方でした」

「もう、かなりご高齢ですよね?」ベルンハルト殿が言った。

「ええ、もう70歳を超えていらっしゃると思いますが、全くお年を感じさせない、精力的に活動されている方ですわ」


「・・・今、頂いた薬草茶は、もしかして・・・」

「はい、ヒルデガルト様より、頂いたものです。私の体の調子が悪いという話に、これを下さったので・・・」

「これ、おいしいですね。優しい味です。ドミニク神父様のところでも、作っているのではないですか?」

「多分、そうでしょう。体を壊すと、よく薬草茶を煎じて飲ませているようですから」

(参ったな。知識がないと、会話が進まない。勉強しておかないとな・・・)


 私は、ヒルデガルト修道院長様について知っていることに会話を誘導しようと思った。

「ヒルデガルト様は、幻視者ですよね。パパ様もお認めになられるほどの力だそうで、確かうちの修道院にも、ヒルデガルト様の写本があったと思います」

 姫様は、曇り空に、一気に太陽が出たかのように顔を輝かせて、話に乗ってきた。

「本当ですか?読んでみたいです・・・いつか、お邪魔してもよろしいですか?」

「はい。喜んで。近くに女子修道院がありますので、そちらに宿泊されて、昼間に通われると、よろしいでしょう」

 姫様は、男爵夫妻に、行っていいか懇願した。男爵は嬉しそうに言った。

「ちょうど、公爵様にご挨拶をと思っていたので、その時に一緒に参ろう」


 姫様の顔が急に曇った。ベルンハルト殿が、横を向いて、私に目配せした。

「さて、本題ですが・・・よろしいかな?」ベルンハルト殿が話を切り替えてきた。


「まず、お嬢様のお体に起こる不思議な現象は、悪魔によるものではありません。

 昔から、同じ人物が、2か所に同時に存在するだとか、いきなり消えて、全く違うとこに現れるといった現象は、よくあることです。心配しなくてもいいことなのですよ。

 これは、むしろ神の賜物なのです。昔から、あまたの聖人たちが、同じような力を、神から頂いて発揮しています。異教徒の大群が押し寄せることを、遠くにいるはずの聖人が現れて街に告げたなど、逸話として、皆さんもお聞きになったことがあるでしょう?」

 姫様は無表情になって、頷いた。

(あれ、どの聖人の逸話だろう?奇跡話は、あまり得意じゃないんだけど・・・あ、あの少年、あの子も瞬間的に別の場所に移動した・・)

 私は、消えてしまったミヒャエルのことを思い出した。

「・・・男爵様?先ほどお嬢様が顔を曇らせたのにお気づきなりましたか?」

 男爵様は、悲しげな顔をして、頷いた。


「男爵様が、公爵様にお会いする目的は、ずばり、お嬢様のご縁談ですね?」

 男爵は、驚いた顔をしたが、何かに気づいたような表情に変わった。ベルンハルト殿は、その表情を見逃さず、得心したかのように話をつづけた。


「お嬢様の瞬間移動は、祈りの力によるものです。勿論、お嬢様の力ではなく、神様のお力ですから、お間違いのないように・・・

 お嬢様は、大層、深く、集中して祈られたようですね」

 ベルンはルド殿は、お嬢様に尋ねた。お嬢様は、ただ、無表情のまま頷くだけだった。

「どうして、そんなに、祈ることになったのか・・・

 結婚したくなかったのですね?」


 ずっと黙っていた、男爵夫人が驚いて言った。

「そ、そんな・・・あなた、本当なの?」

 お嬢様は、少し悲しげな顔をして、頷いた。

「どういうことなんだ」男爵が大きな声を出した。


「まぁまぁ、すこし、お嬢様にも話をさせてあげてください」穏やかな声で、ベルンハルト殿が言った。そして、お嬢様に優しい視線を向けた。お嬢様は、堰き止められた水が堤を破るように話し出した。


「申し訳ありません。私は、神に仕えたいのです。できれば、ヒルデガルト様の修道院に入りたいのです。それで、必死で祈りました。祈り続けると、気付くと、あのようなことになってしまったんです・・・でも、そんな変なことが起きたほうが、縁談もなかったことになるから・・・」

「そんなにあのフィアンセが嫌だったの?」男爵夫人は、落ち着きを取り戻して、優しく聴いた。

「いいえ。素敵なお方です。でも、私は・・・」

 姫様は黙った。妙な空気が流れている。


「さて、皆さん。教会関係者として、ドミニク神父様が、一言申し上げますから、ご清聴よろしくお願いします」


(え、なんで急に・・・無茶ぶりじゃん)


 私は、急に振られて困惑してしまったが、ここで、気の利いたことを言わないとマズイと思って、さらに緊張してしまった。なんとなく、気持ち悪くなってきてしまった。


「私が思うに・・・もし私が、お嬢様の聴罪司祭だとしたら、どう思うかをお伝えしたいです。私も公爵ゆかりの者ですので、貴族社会における、婚姻の重要性は重々承知しております。私の母が、かつて申しておりましたが、私の母も、修道女になりたかったそうです。

 身分の高い女性は、特に聖性の高いお方は、そういう方が多いですね。


 お嬢様のことについて意見をいえば、類まれなる、聖性をお持ちだと思います。このまま、清いまま、完全なる徳を求める生活を続けたら、きっと、帰天後、聖女に認定されるのではないでしょうか。ヒルデガルト様と魂が響きあったようですので、彼女に相談し、指導を受けるべきだと思います。

 私がお嬢様の指導司祭なら、修道女を目指すことをお勧めするでしょう。


 すぐには、難しいかもしれませんが、よく、ご家族で話し合ってください」


 私は、お嬢様の目から涙がこぼれるのを見た。


「修道士になるということは、いわば、魂の厳しい戦いに参戦するということです。私も常々、感じていますが、悪魔の攻撃は、聖職者に対してのほうが、厳しいものになります。むしろ、茨の道です。覚悟が必要です」


(これでよかったのだろうか。少し不安になった・・・)


 男爵様が口を開いた。

「わかりました。娘がそう思うのなら、考えましょう」

「そうね・・・わが一族から、聖女が出るのも素敵よね・・・」

「おいおい、ちょっと待ってくれ・・・まさか、お前も修道女になるとか言うんじゃないだろうな?」

「さあて、どうかしら?」

 みんな笑った。なんとなく、いい方向に行きそうだ。実際、娘が修道女になると、その姉妹や、母親まで、あとを追うように修道女になってしまうことは時々ある。私は、女性たちが置かれている状況や、天を希求する気持ちを思い、すこし、考えてしまった。


いかがでしたか?

文中にかなり教会用語が使われております。ごめんなさい。

帰天とは、死んで、天国に帰ることです。

神道では帰幽と言いますよね。なんとなく似ている表現です。

最近、聖女ブームですね。私もそのうち書こうかと思いますが、

全く違うものになりそうです


そろそろ、ベルンハルト殿が出席する予定の、エクソシスト連絡会議みたいのが

始まります。悪魔祓いの報告会形式にしようかと思っています。

よろしくお願いします。

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