第1節 旅のはじまり ハーゲン男爵の城 その2
核心にすすみます。
果たして、お姫様はどうなっているのでしょう
食事も落ち着いたところで、ハーゲン男爵は、唐突に話を切り出した。
「今日は私の娘を助けていただいて有難く思っております。今日は、ベルンハルト殿もいらしているので、少し相談したことがある。そこで、まことに申し訳ないのだが、娘の将来にかかわることなので、人払いをお願いしたい。いや、ワシとベルンハルト殿、ドミニク神父様、つまり聖職者だけにしてもらえないだろうか」
奥方様が、立ち上がり、騎士オルドルフを案内した。従者も一緒に部屋を出て行った。オルドルフは最初は残念な顔をしていたが、娘のためという言葉に弱かったようだ。騎士は、貴婦人には弱いのだ。
奥方は、しばらくしてから戻ってきて、男爵の傍に座った。男爵はそれを合図として、話しはじめた。
「今日、娘が身分に合わぬ粗末な服を着ていたことを、ご覧になったことかと思う」
奥方様は伏し目がちに話し始めた。
「まことに恥ずかしいお話です。実は、わざと着せております」
男爵は頷いて話し始めた。
「あの子は、病に侵されておる。ずっと意識の無い状態で寝ているかと思うと、忽然と姿を消すのだ。まさか、貴婦人の格好で倒れているわけもいかず、農婦の服を着せているのだ。鍵も掛けて、誰も出れない状態にしていても、気づくと居ないのだ」
「あの子の貞節のためにも、私は今度消えることがあれば、男装をさせるつもりでした」
ベルンハルトが、質問した。
「お嬢様の症状は、いつごろから起きましたか?」
最初から症状という言葉を使うことで、男爵夫妻は、ほっとしたようだ。
「ベルンハルト様、あの子がおかしくなったのは、16の誕生日を過ぎて、ある青年とあってからでございます。名は伏せさせて頂きますが、ある貴族の御子息様でした。
すみません。色々と伏せさせてお話させていただきたく存じます。
そのお方と、聖女の誉れ高き、ヒルデガルト フォン ビンゲン修道院長様の説教に皆ででかけたのです。薬草に関するお話もあるとのことで、私も聴きたくて・・・また、若い二人をずっと一緒にはできませぬから」
「ヒルデガルト様か、もう、70歳は超えていらっしゃるだろう・・・」ベルンハルトがそういった。
「いや、まだ、あちこち精力的に説教されているというのは、時々きくが」
「そうですな。赤髭王バルバロッサ様より、保護の勅令が出たのが、確か9年ぐらい前だ」
「そうそう、私と同じ修道会でもあるので、よくお噂を聴くし、パパ様も幻視の力を高く評価されていると聴く」
奥方様は、私達が黙るまで待っていて、会話が途切れてから話始めた。
「実は、その殿方とは、許嫁だったのですが、その説教の日から、娘はいきなり修道女になりたいと言いだしまして、出奔しそうな勢いとなりました。それで、部屋に謹慎するように申し付けたのですが、部屋に外からカギをかけても、気づけば居ないのです、まるで部屋から蒸発するように、いなくなるものですから、気味が悪くなりまして、監禁することとなりましたが、その監禁でさえ、意味がないのです」
「私たちも気味が悪くなってのう・・・何人かのエクソシストに依頼したのだが、全く改善せんのだ」
「悪魔憑きではないかと、男爵はお考えになったのですな?
「左様。ドミニク神父様もご存じのように、私の領地であってでも、悪魔憑きの噂がたてば、娘を庇うことは難しくなる。また、最近はローマから派遣されたと称する、修道司祭などがうろついており、正直なところ、冷や冷やしているところだ」
「なるほど、そういえば、城塞都市でも、民を扇動した罪で、説教師の異端審問官が、ローマに送り返されたばかりですものね。私は、あやつらがどうしても好きになれないのですよ。ザクセンのことはザクセンで処理するというのが、我らのモットーですから」
私がそういうと、男爵は大きくうなずいた
「さすが公爵様の御血縁の方はいうことがいい。我らに逆らう説教師など、街の外で、地獄送りにすればよいのだ」
「男爵様、お言葉だけは、少しお控えになられたほうがよろしいですぞ」
ベルンハルト殿がすこし焦り気味に忠告した。
「そうですわ、あなた・・・やってしまったとしても、知らん顔するのが、得策だとおっしゃったではないですか」
いや~、これは何人か殺してるだろうな・・・私は、怖くなった。私達だって、命の保証はないぞ。ザクセン人はこれだからな。強いし、血気盛んなところが、皇帝様にも評価されているのだが、ハーゲンは血が多すぎるぞ。知らなかった、聴かなかったというのが、大人の対応だよな。
ベルンハルト殿が、考えている。どう出るのだろう。
「ハーゲン男爵、お嬢様を診察しましょう。私とドミニク神父様なら、すぐに悪魔憑きがどうか判別できますぞ。もしも、悪魔憑きなら、祓いましょうぞ。
そうでなければ、悪魔憑きでないという、証明書を発行しましょう「
「なんと・・・それはありがたい。で、あの・・・」
「お布施はお気持ちで結構です、ザクセン貴族からお金は取れませんから、なにか、神への御寄進をお願いします。なんでも結構ですぞ。作業のご奉仕でもいいですし。むしろ、金や土地などよりも、信心業でもしてくださるといいですな。公爵様にロザリオ5万回でもいいですぞ・・・むしろ、そのほうが、ザクセンの名前に恥じないでしょう」
男爵夫妻は感動していた。ザクセン貴族の一員であることを神に感謝し、天を仰いだ。
「おい、シュトルムを持て。乾杯しようではないか」男爵は興奮気味だ。
いや、まいったな。さっきアルコール度数の高さにやられてしまったのだが・・・
「ベルンハルト殿、私の荘園で取れたブドウから作られる、今年最初のシュトルムですぞ。なに、先ほどお飲みいただいた?いや、何度でもお飲みくだされ」
「ハーゲン様、私、ベルンハルトは、すぐにでも姫を診察致したく存じます。エクソシスト会議もシュトラースブルクで明後日より開かれるので、あまりゆっくりはできませぬ」
ハーゲン男爵夫妻は互いに顔を見つめて、診察をすぐに行うことに同意した。
その時、ドアを叩く、ノックの音が4回して、男爵が入れといった。
ドアの向こうには、家令が立っていた。すべてを聴いていた顔だ。
「では、神父様方、こちらへ。姫様のお部屋にご案内します。ハーゲン様、よろしいですね」
「うむ。頼んだぞ」
ハーゲン夫妻は、私達二人を送り出した。
「では、こちらへどうぞ」家令のマンフレッドが、先になって廊下を進んでいく。
マンフレッドは廊下を歩いていく。どうもおかしな方向に向かっていくので、私は訪ねてみた、
「マンフレッド殿、正面玄関のところにある、階段ではないのですか?」
「申し訳ありません。本来のお嬢様のお部屋はそうなのですが、何度も脱走されるので、今は地下室にお住まいいただいております。さあ、こちらです」
マンフレッドは、廊下の突き当たりを左に曲がった。そこには地下へ降りる階段があった。
そこで、マンフレッドが立ち止った。
「すこしお待ちください。今明かりを持ってまいりますので」
しばらくすると、召使の女性が、燭台をもってやってきた。蝋燭は5本あり、これだけあるののなら、かなり明るいだろうと思った。召使はマンフレッドに燭台を渡すと、下がっていった。
マンフレッドは、燭台を掲げて階段を下りていく。燭台の蝋燭の炎は、怪しく揺れている。
「いや、男爵様のお申し出を快くお受け下さりまして、まことに感謝いたしております」
ベルンハルト殿は、ふふふと笑って、言った。
「宣教師たちのように、領地の外れで、殺されては堪りませんからな」
「おや、心外です。そのようなことを考えるわけがございません。それに、ベルンハルト殿を凌ぐような騎士は私どもにはおりませんから。あなた様の腕は承知しております。いざとなれば、帝国一の騎士でもやすやすと暗殺する力をお持ちというのは、存じ上げております故・・・あなた様は公爵様専属アサシンであるということもです」
「おやおや、困った人だ。他愛のない噂に流されてはいけませんぞ」
二人は顔を見合わせて笑った。笑い声が地下室の壁にこだました。
なんだか怖い話をしているな・・・
男爵が、異教徒の宣教師を何人か殺しているのは、確かだろう。領地運営の妨げだし、男爵の領地が異教徒だらけにでもなれば、それこそ、討伐の対象となってしまう。いわゆる十字軍が派遣されるのだ。この手の十字軍は、容赦ない。殺戮の限りを尽くすような悪魔のような軍団だ。まぁ、異教徒に人権はないのだから、仕方ない。
あと、ベルンハルト殿の戦闘力については、恐らく、マンフレッドの言うとおりだろう。ずっと味方であってほしい人だ。あと、今回ついてくるといっていた、修道院の用心棒もすごいらしい。ベルンハルト殿と組めば、ちょっとした騎士団なぞ全滅させるぐらいと聴いたことがある。
いやだな・・・だから、一人で旅にいきたかったのだ。はやく、シュトラースブルクで、ベルンハルト殿と別れて、オルドルフ達とだけで、旅にいきたいものだ。
マンフレッドは、ドアの前で立ち止まった。
「こちらです、お嬢様はこちらでお休みになられています」
蝋燭の光に照らされたドアは、木製で、鉄板補強された、いかにもなドアだった。
もう帰りたい・・・、
文中の聖女ヒルデガルトは、実在の人です。
ドイツの薬草学の開祖の人です。
そして、幻視という特殊能力を持った方で、
本当に聖人に認定されています。
今月の17日が命日で、記念日です。