第1節 旅のはじまり イベント発生
遅くなってしまいました。
街道脇に倒れていた、女性の素性が明かされます。
出来れば、今日シュトラースブルクに着きたかった。
しかし、こうなっては多分着けないだろう。今、街道から少し離れた、名前も知らない小川のほとりで、休憩している。草の上にラグを敷いて、私は草の上に座っている。そう、ラグの上には女性が寝かされているのだ。彼女は気を失ったままだ。街道に倒れていたのだ。
農民の服を着ているが、恐らく変装だろう。まず、手が農民のそれではない。労働をしたことがない手だ。髪はこの地域独特の被り物で隠されているのだが、少し見えている髪から判断すると、薄い金色のようだ。顔の肌は透き通るような白さだ。よく手入れされている。歳は15ぐらいだろうか。
彼女は、なかなか目覚めないが、こうして見ているのも楽しいものだ。勿論変な意味ではない。私は聖職者なのだ。私が司祭にならなければ、これぐらいの子供がいただろう。別の人生を想像するのも悪くない。そうだ、きっと親は心配しているだろう。
教区司祭なら、自分の魂の救済よりも、教区信徒の魂を気に掛けなければなるまい。夫婦のトラブル、隣人とのトラブル、信徒には色々あるだろう。それらを理解し、正しい信仰生活に導くのが大変らしい。
今、ベルンハルト達は、近在の農村に調査にいっている。教会があれば、司祭に来てもらえるといいのだが。とは言え、この娘がそこの農村のものではないかもしれないが、少しでも情報が手に入れられればいいのだが。まぁ選択肢をつぶしていくしかないだろう。
木陰と、小川の涼しさが心地よい。もう小一時間はここでお留守番だ。
微かだが、蹄の音が聞こえた。人の話し声もだ。ベルンハルト達が帰ってきたようだ。私は立ち上がって彼等が来るのを待った。
おや、騎士の二人がいない。どうしたのだろう。ベルンハルト達は馬をおりて歩いてきたので、手を上げて挨拶した。ベルンハルトの後ろには、司祭らしき人物がいる。司祭は、初老の人物だ。厳つい顔をしている。エラが張っていて、意志が強そうだ。
「ドミニク神父様、お待たせしました。こちらがフリードリヒ神父様です」
エラが張っている司祭はフリードリヒ神父か。私は素敵な笑顔で、挨拶した。
「フリードリヒ神父様、はじめまして、ドミニクと申します。修道会司祭をしています」
「はじめまして、それで、問題の女性とは?」
随分せっかちな人だな。連れてくるのも一苦労だっただろう。
「こちらで、お休みになっています。一向に意識が戻らないんです」
私はフリードリヒ神父様を案内した。というか、彼の位置からは見えていたはずなのだが、やりにくい人なのか?
フリードリヒは、近寄って、女性のそばに立ち、しゃがんで、片膝をついた。手首で脈をとり、額を触り熱をみているようだ。そして立ち上がって言った。
「私の村のものではないですな。服は確かにこの辺りのものだが。あと、代官殿からも捜索願いは、出されていないので、隣の村の者かもしれない。しかし、こんなに綺麗な農民は見たことがない。あまり関わり合いにならない方がいいかもしれませんぞ。では、これで失礼する」
ベルンハルト殿が、慌てて見送っていった。別れ際に何か渡している。神父様は最初は断ったが、ベルンハルトの一言で受け取って、こちらを見て会釈し、待たせていた荷台だけのシンプルな馬車に乗って帰っていった。ベルンハルトは、街道まで歩いて見送り、帰ってきた。
「いや、悪い人ではないのだろうけど、やりにくい人ですね」ベルンハルトは帰ってくるなりぼやいた。
「教区司祭は、雑事が多く、大変なんでしょう」私は、ベルンハルトの苦労を察し、返答した。
「なんだか、最近、辻説法師がウロウロしているらしいですよ。それも異端らしく、私の姿を見て、その説法師と勘違いしたらしく、最初は誤解を解くのが大変でした」
「別れ際に渡したのは謝礼ですか?」
「そうなんです。異端説法師のせいで、収入が減っているようですからね。大した額ではないですが、なんとか受け取ってもらえました」
教会の運営も主任司祭の責任だから、ミサ謝礼が減るとたまらないときいたことがある。しかし、ベルンハルトも収入が限られているのだから、心配だ。
「路銀が足りなくなりませんか?」
「大丈夫です。結構持ってきましたから。また、色んな収入があるんでね」
ベルンハルトは怪しい笑い方をして、話を続けた。
「あと、私がカテドラルのエクソシストときいて、喜んでましたよ。たまに悪魔憑きがあるらしいのですが、その時は頼ってもいいかと頼まれましたから、快諾しておきました。同じ司教区ですしね。教区会議の時にまた会えるでしょう」
ベルンハルト殿は聖職者よりは行政官向きかもな。利害の調整や落とし所を見つけるのがうまそうだ。私は騎士達の事が気になった。
「あ、そう言えは、騎士達はどうしたのですか」
「丁度この辺りは二つの村の中間だったのですよ。ひとつ先の村に行ってもらってます」
私達は、横になっている女性を見ながら話をしていた。数分もしないで、ギャロップで進んでくる馬の一団の音がして、私達は、街道の方に振り返った。
五人いる。少し離れたところで馬をおりて歩いてきている。二人はうちのオルドルフと従者の騎士達だ。一人は司祭とわかる、出で立ちだ。もう二人は?
「オルドルフ、ご苦労。紹介してくれないか?」
「これは申し訳ありません、神父様。エグモント代官様と従者様、それに教区司祭のオイゲン神父様です」
「お初にお目にかかります。私は公爵様の家臣であるハーゲン男爵の代官、エグモントです。以後お見知り置きを」
エグモント殿は感じがいいね。確か、ハーゲン男爵は、昔お会いしたことがあるはずだ。
ザクセン貴族の一員だ。領地と城を持っている。武芸に秀でた人だったと記憶している。恐らく私が公爵の親戚であることはわかっているのだろう。
代官というと嫌な感じのイメージだか、この人は感じが良い。男爵の家臣で騎士なんだろう。そういえば、立派な拍車を付けてる。騎士になった時に貰うやつだ。私はまた、感じの良い返礼をした。
今度は神父様が前に一歩出てきた。
「オイゲンと申します。修道院長様には、以前より目に掛けてくださっており、感謝の念に絶えません。神父様は、巡礼の旅の途中だとか。神の豊かな祝福をお祈り致します」
「ありがとうございます」なんだ、院長様のお知り合いか。世間は狭いとはよく言ったものだ。やりやすいかもな・・・
「代官様や、神父様には、ご足労頂き誠に申し訳ございません。こちらの女性が、街道の脇で行き倒れておられて、このまま放置するわけにもいかず、困っていたところなんです。このご婦人に心当たりはございませんか?」
三人が近寄っていった。
女性はまだ眠っていた。エグモント殿は顔を見た途端、少し顔を引きつらせた。その従者はもっとわかりやすい驚きの顔でエグモント殿を見て、何かいいそうだ。エグモント殿は目でその従者の発言を押しとどめた。
オイゲン神父様は、女性を見ても、特に変わったところがなかった。エグモント代官が言った。
「申し訳ありませんが、わからないですね。オイゲン神父様はどうですか?」
「・・・うちの教会の民ではないですね。確かにこの辺りの農民の服装ですが、靴がちょっと違います。これは良いものです。農民は履けないでしょうね」
オイゲン神父は、困った顔をして、申し訳なさそうに言った。
「どうしましょう。近くに女子修道院があればいいのですが、少し遠いです。荷車でもあれば、連れて行けるでしょうが」
エグモント殿が話に割って入った。
「私が手配しましょう。私の仕事の範囲ですものね」
オイゲン神父は、ほっと胸をなでおろした。
「ありがとうございます。この娘が、異端の異教徒だった時に、私の村では対処出来ないですから、代官様が対応していただけるのでしたら、本当に助かります」
私は気になって尋ねた。
「先程、フリードリヒ神父様が、異端説法師の事を話してましたが、神父様の村でも現れたのですか?」
「ああ、彼と話したのですね。うちの村はまだやられていません。それもあって、この女性を受け入れたくないのですよ。教会で女性を泊める訳に行かないですから、近所のうちに預かってもらうことになるでしょう?この女性が異端を呼び寄せるとか、異端を説いてひと騒動になると厄介ですから」
「なるほど。わかりました。お引止めして申し訳ありません。そうそう、こちらのベルンハルト殿をご紹介しておきましょう。カテドラルのエクソシストです」
オイゲン神父様は、目を丸くした。
「あのご高名なエクソシスト、ベルンハルト殿ですか。いやー、お目にかかれて光栄です」
ベルンハルトは、怪訝な顔をして、肩をすくめて答えた。
「確かにベルンハルトともうしますが、高名ではないです。どなたかと勘違いされていらっしゃるのではないでしょうか。まぁ、機会がありましたら、よろしくお願いします」
「・・・いや、出入りの商人が、教えてくれましたよ。城塞都市に現れた悪魔の子を除霊したとか。その際に、カルワリオの丘を山にしてしまうほどの霊力だとか」
「え?なんか話が・・・」
ベルンハルトは、どこから誤解を解いていいのか困ってしまった。なんだか大変な話になっているようだ。困った顔をして、話あぐねているベルンハルトを見て、私は助け舟をだした。
「そうなんですよ。オイゲン神父様。一度カテドラルにお越しの際には、私の修道会に泊まってください。院長様も交え、ベルンハルト殿とのお食事会を開催致しましょう」
オイゲン神父様は、嬉しそうだ。
「ありがとうございます。では、代官様、よろしくお願いします。私はこれで失礼します」
ベルンハルトはまだ困った顔をしていたが、とりあえず解放されて、ホッとしているようだ。
オイゲン神父が、馬に乗って去っていくのを見送りながら、私は思った。さて、さっきのエグモント代官の表情の方を解明しないとだな。明らかにこの女性を見て、表情を変えた。知り合いなのか?
代官殿は、逡巡した挙句、あきらめたように話し始めた。
「・・・あの、ここだけの話にしていただけるのでしたら、お話ししたいことがあるのですが」
おっ、来たか。エグモント代官は、話を続けようとしているが、迷っているようた。私は、話してもらうためにも一言言わなければなるまい。
「勿論、秘密を守るのが司祭の務めですから。何かお役に立てるのなら、神の御意志でしょう」
私の言葉に、エグモント殿は少し安心したようだ。
「・・・実は、こちらの女性は、私の主人、ハーゲン男爵様のお嬢様、コンスタンツェ様です」
私達は、思わず顔を見合わせてしまった。そう言えばエグモント殿の従者がいないな・・・
エグモント代官は私の視線をとらえて、気を使って話した。
「すみません。従者は馬車を取りに行かせました。
コンスタンツェ様は、ご病気に苦しんでおられるのです」
何か言いにくそうだ。思い切って聞いてみるか。
「差し支えなければ、どのようなご病気か教えて頂けますか?」
「病名はわかりません。あと、少し話しにくいので、宜しければ、私の主人の館までご同行頂けますか。まずは、お嬢様を館にお返ししたいのと、きっとハーゲン様もお礼が言いたいでしょうし、ベルンハルト殿もいらっしゃるので、丁度良いかと思います」
ということは、悪魔憑きか?そりゃこんなところで迂闊に話せないよな。しかも部外者にだからな。悪魔憑きとなると、下手すりゃ火刑だ。世間に知られることとなると、悪魔憑きでなくても嫁入りにも差支える。
「私は構いませんが、ベルンハルト殿は、会議があるのです」
「いや、ドミニク神父様、会議は遅れても大丈夫です。それよりも、お話を聞いてみたいと思います」
おや、ベルンハルト殿は乗り気だよ。何か嗅ぎつけたのだろうか?彼の悪魔に対する執念はすごいものがある。会議に参加するより、悪魔祓いのほうが好きなのだろう。
そんな話をしているうちに馬車が到着した。ハーゲン男爵の紋章が描かれた馬車だった。こんなに早く着くのか?なにかおかしいぞ。私は代官殿に訊いてみた。
「・・・随分と早く着きましたね?」
「実は、姫様をずっと探してたんですが、一旦諦めて代官事務所に戻ったところに、このお話があったものですから、恐らく姫様だろうと思った次第です。遅れて馬車を出させたんです。でも、本当に助かりました。ありがとうございます」
エグモント殿は、御者二人と従者の四人で姫様を抱えて馬車に乗せて、馬にまたがった。
「さぁ、ご同行下さい」
私達も馬に乗って、馬車の後をついていった。街道はところどころ森の傍を通るので、心地よかったが、この先の出来事がどうなっていくのか気になって堪能できなかった。
いかがでしたか。前回は、説明が多すぎて、読みにくかったので、
すこし軽くしました。
次話は、男爵の館です。