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vol.8 はしゃぐ黒猫

【じゃあマリンも元々は人間だったんだね】



 マリンが元人間とわかれば、とりあえず確認したいことがある。



【私は、その。なんだろう、いきなり雷に打たれて気づいたらこんな感じになってたんだけど。マリンも同じだった?】



 あの凄まじい衝撃は、今思い出しても身震いしてしまう。しかし、そう言われて彼女は暫く考え込んでしまった。私もそうだったわ! とか即答してくれると思っていただけに、意外だった。



【それがね、よく覚えてないの】



 え? あのインパクトを忘れることなんてあるだろうか……? 微妙な表情をする私に、彼女が慌てて続ける。



【いや、隠したいとかじゃなくってね。私、もともとは目が見えないヒトだったから……。身体も病弱で、学校にも行けず、病院のベッドで退屈な一日を過ごす日々だったわ。ある日、あちこちで悲鳴と、大きな音が聞こえてきて……気づいたら、この世界にいたのよ。】



 想像の斜め上。いや、そんなに重い話とは思ってなかったんだもん。



【え、あの。ごめんなさい、そんなつもりじゃ】


【あぁ、良いの良いの! 気にしないでね。人間ではなくなったけれど、私は今の姿のほうが気に入ってるの。自由に駆け回ることができて、色々な景色が見られて。前の世界じゃ出来なかったお友達も、こうしてできたわけだから】



 彼女の言葉に嘘はないのだろう。というのも、本当に嬉しそうにそう語り。彼女の足取りは心なしかウキウキとしているようだったからだ。少し疑ってしまった自分が恥ずかしい。



【学校、ってことはマリンも学生だったんだね。高校生?】


【ん? そうよ。高校2年生だったわ】



 マジかよ。私と一つしか違わないのか。口ぶりが大人っぽいからもっと年上と思ってたよ。



【私は高1。私とそんなに年は変わらないのに、すごく苦労してきたんだね。でも……、だったら転生するときにポイントは沢山もらえなかったの?】


【いや、それがね。恥ずかしい話なんだけど、前世の行いが云々言われて……あんまりポイントは貰えなかったのよね】



 マジでか。失礼な話だけど、そんな苦労の多い人生でも人間に転生できないのかよ。流石に私みたく3ポイントってことはなさそうだけど。しかし、一体どんな人生を送ってきたら人間以上の生き物に転生できるんだろうか?



【ついたわよ?】



 ふと、マリンが足を止めて私を振り返った。しばらく一本道で進んできたが、よく見れば洞窟の壁に横穴があるのがわかる。私は、彼女に続いて横穴に入っていった。



【おわ! なんじゃこりゃ! すごい!】


【あら? うふふふ、褒めてもらえて嬉しいわ】



 さっきまでただの洞窟だったはずなのに、なんということでしょう。ただの岩に覆われた無機質な空間が、匠の手により素敵な部屋に! ……思わず変なテンションになってしまった。床は白い絨毯に覆われ、壁には棚のようなものが設置されている。ベッドも私が作った簡易なものではなく、ふかふかな毛皮が用意されていた。



【なにこれ、本当にすごい。<クラフト>でも作るの大変だったんじゃない?】


【まぁ、簡単ではなかったけれど。材料さえ集めてしまえば案外なんとかなるものよ?】


【それでも凄いよー。あぁ、夢みたい。まさかベッドで眠れるなんて……】



 あぁ、なんだか目眩がする。疲れが限界らしく、私はふかふかのベッドに倒れ込むように飛び乗った。



【ごめん、もう限界みたい。一旦寝ちゃっても良い……?】


【そうね、大丈夫よ。ここは安全だから安心してね。でも、寝る前にひとつだけお願いしていいかしら】



 もじもじと、マリンが頼んでくる。なんだろう。



【こういう、お泊まり会みたいなのってちょっと憧れてて……。くっついて寝ても良いかしら……?】



 なにこのこ。可愛い。こちとら泊まらせてもらっている身分ですよ。安全な場所で寝かせてもらえるに留まらず、添い寝までしてくれるんですか。やったぜ。が、変に興奮してもキモいので、至って冷静を装う。



【え、うん。もちろん良いよ? 泊まらせてもらうんだから断る理由も権利もないし】


【良いの? やったぁ!】


【え、ちょっ】



 マリンが私に急接近し、飛びついて来たかと思うと頬ずりしてくる。あぁ、ふかふかで気持ちいい。思えば、前世では猫に好かれることなんて無い人生だったなぁ。こんなふうに猫の方からすりよってくるなんて夢でも見てるみたい。



【コユキちゃん、ひんやりしてて気持ちがいい♪】


【マリンもふかふかで気持ちいいよ。今夜はすっごくよく眠れそう……】


【そうね、私も良く眠れそうだわ。おやすみ、コユキちゃん】



 そんなことないよ、大丈夫。そう言おうとしたが、私の身体はすでに限界だったようだ。睡魔に負け、私は眠りに落ちた。隣ではマリンが幸せそうな顔で横たわっている。ちょっと変わってるコだけど、仲良くなることができそうだ。眠りながら、マリンが悪いやつに騙されないように。私が守ってあげなくちゃいけないと、そう思った。







 ――トントントン。コトコト。



 心地よい、どこか懐かしい。そんな物音に私は目を覚ました。それに、なんだか良い匂いもする。寝ぼけまなこで、匂いのする方へ視線を移せば。そこには、猫耳を生やした美少女が料理をしている姿があった。



 ……。……は? 美少女? おいちょっと待てよ。私昨日何してたっけ。疲れ果てて、マリンと出会って、マリンの住処にお邪魔して、寝た。うん、覚えてる。そこまでは覚えてるぞ。



【あら、起きたの? おはよう、コユキちゃん】



 半分パニック状態の私に気が付き、猫耳少女が微笑みかけてくる。あー可愛いなぁチクショウ。いやそうじゃなくて! 何で私の名前を知っている!



【よく眠れたかしら? 昨日はすっごく疲れていたみたいだったから、元気が出るようにお料理を作っているところだったのよ】



 そうかー、それは有り難い、って納得できるか! 私が知ってるのは可愛い黒猫さんのマリンであって、お前みたいな美少女ではない。



【だ、誰?】


【……あっ、そっか! この姿を見せるのは初めてだったわね。ちょっと待っててね】



 彼女はそう言うと、両手を胸の前で祈るように組んだ。そして、身体が光りだしたと思うと、気づけば元の姿の、黒い毛艶の美しい二股尻尾の猫さんがそこにいた。



【驚かせちゃったわね? お料理するときはどうしても人間の姿のほうがやりやすくって……】


【いやいやそこじゃないから! 人間に! 人間になれるの!?】


【あ、あー。そうね、人間みたいになれる、ってところかしらね。<变化へんげ>スキルを使ったの。こっちの猫の姿が本来の姿よ】



 なんてこった。そんなのずるいじゃんか。こちとらスライムの身体一つでなんとかやってるってのに! そりゃないよ。念の為<变化>のスキルが無いかソートしてみたが、取得できるものの中には見当たらなかった。スライムじゃ無理ってか。くそう。



【ふ、不満そうね?】


【だって……マリンばっかりずるい。私なんてこんなちんちくりんな見た目なのに】


【あら。私はあなたの見た目、好きよ? プルプルしててとっても可愛いじゃない】



 彼女はそう言うと目を細めて微笑み、私の頭を撫でてくる。惨めな気持ちにもなったが、不思議と悪い気はしなかった。



【ほら、朝ごはんにしましょ。早くしないと冷めちゃうわよ?】







 食卓に、並んだ美味しそうな料理。木のお皿の上に、焼き魚。ムニエルだろうか? それに、名前はわからないけど、何かの果実。サラダ的なものまである。



【す、すごいね。これマリンが作ったの?】


【うふふー、ありがとう。そうよ。コユキちゃんに美味しいもの食べてもらいたくて頑張ったの。……なんてね。<料理>スキルがあれば、料理なんて殆どしたことが無かった私でも簡単だったわ】



 あー、<料理>スキルか。前世で目が見えなかったのなら、料理上手なんてのは妙だと思ったけど。それにしても美味しそうだな、早く食べてみたい。しかしここで、一つの問題に気がつく。



【……あ】


【どうしたの?】


【いや、ほら私さ。手足も無ければ口もないから、ちょっと行儀悪くなるかも】


【そういえば。……もしかして悪いことしちゃったかしら】



 ひょっとして食べられないのでは、と心配そうに私を見るもんだから申し訳なくなる。ええい、行動で示したほうが早いな。私は、<捕食>を使用し皿ごと体内に料理を取り込んだ。そして、皿だけペッと吐き出す。



【ご覧の通り。食べられるには食べられるけど、体内に取り込んで消化を待つだけなんだよね】


【………】



 あー。せっかく作ってくれたのに、一口でこれはまずかったかなー。まぁそれ以外に摂取しようがないんだけど、これではあまりに味気ない。というか、本当に味が分からない。口が無ければ舌もないから仕方がない。舌がないだけに。やかましいわ。

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