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vol.83 作り直された世界

「――分かりました。では、貴方に世界を作り直す力を与えましょう」



 ついに、魔王は意を決したらしい。一度決めてしまったら、あとは早かった。……いや、実際は分からない。とにかく私が一瞬だったと感じただけだから。先程まで座っていたソファやテーブルが消え、気がつけば再び真っ暗でなにもない空間に投げ出されていた。



 一つ違うのは、私自身の視点だ。以前は暗闇であるということ以外は何も見えなかったが、今ではプログラムのような文字列が羅列しているのが分かる。



 それらをまじまじと見つめてみると、一つ一つが意味のある文字であることがわかった。人間が人間たるための個人情報。こちらの世界で生きとし生けるものたちの歴史。世界の情勢。モンスターたちの情報。



 魔王はどこにいったのだろうかと、私は無数にある文字列を探そうとする。すると、検索機能でヒットしたかのように一つの情報が私の前に舞い降りてきた。コードネーム:KAMI。神? なんだよ自分では神じゃないとか言ってたくせに。



 眼の前からいなくなったということは、奴は奴で私が新しく作った世界を初見で楽しんでやろうという魂胆らしい。……ふふふ。あいつの考えることを予想すれば、これも織り込み済み。あとは、良いように世界を作り直してあげることにしよう。



 これは大変忙しくなるぞと、私は軽く伸びをしてから文字列に向かい合うこととなった。







「それでは、出席をとります」



 いつもと変わりのない日常。私こと秋山(あきやま)紅葉(くれは)は、今日も昨日と同じことが繰り返されるのかなぁ、と軽いため息をついた。教室の教卓では、先生が出席番号順に点呼をとっている。



「えー……夏目なつめ真凛まりん



 どうせ夏目さんは休みでしょう。ずっと不登校なのに、先生は毎日律儀に点呼を取る。そして休みであることを確認すると、先生はいつも学級委員長の私にプリントを家まで届けるよう指示するのだ。



「今日も夏目は休みか。じゃあ、秋山あきやま。悪いがいつも通りこのプリントを――」


「すみません、遅れました」



 私が二度目のため息をつきかけた時、ガラッと教室の後ろ側の扉が開く音がする。クラス中の生徒が音のした方を振り返ると、そこには制服に身を包んだ夏目さんが立っていた。長い黒髪を後ろで縛り、日の下に出ることに慣れていなさそうな白い肌をして。彼女は、ニコリと笑ってから教室の中に入ってくる。



「お、おお。夏目、お前……目はもう良いのか?」



 先生が驚きながら夏目さんに声をかけた。確かに、以前一度だけ見たことのある夏目さんは盲目者用の白い杖を持っていたように思う。そのときはサングラスをしていたし。でも今は……



「ええ。手術が成功しまして、もう通常通り生活しても良いとお医者様が」



 夏目さんは堂々とした態度で言った。先生のいる手前、騒ぎ出す生徒こそいないがそれでもクラスがどよめいている様子だった。先生は、パンパンと二回手をたたくと夏目さんに集まっていたクラスの注目を集める。



「それは朗報だな。では、次から始業のチャイムには間に合うようにすること。ほら、全員前を向け」


「すみません」



 おかしいなぁ。私は毎回のようにプリントを届けて、その度に本人の様子を彼女の両親から聞いていたのに。そんな大事な手術があったなんて言ってなかったような気がするけど。



 しかし現に、夏目さんは普通に座って先生の話を聞いているようだし。……まぁ、良いか。これからはプリントを届けなくても済むんだもんね。私は密かに首をかしげ、それ以降気にしないことにした。







「おい、日向ひむかい! お前さぁ、言われたとおりちゃんと持ってきたんだろうなぁ」



 あれから滞りなく授業は進み、私は昼休みを迎えていた。……そうなると先生が教室から消える代わりに、生徒が元気になる時間だ。今日も今日とて、クラスのいじめっ子が日向さんをイビるいつもの日常が始まるわけだ。



 日向さんも、いい加減言い返せば良いのに。そもそもは、また別のいじめられっ子を庇ったことが彼女がイジメられることになったきっかけだ。そのイジメられっ子本人は、今は彼女のことを見向きもしない。助けてもらっておいて、難を逃れれば自分は関係ないなんて最低だ。



 せっかくゆっくりお昼を食べようとしていたのに、騒ぐ輩がいるもんだからご飯がまずくなってしまう。私はもう一度ため息をつくと立ち上がり、いじめっ子グループの女子達にツカツカと近づいていく。



「アンタらさぁ、いい加減にしといたら。毎日毎日うるさいのよ。また先生に言うわよ」



 そして、そう声をかけてやった。……が、癇に障ったようで女子グループの一人が私のことを睨みつける。



「はぁ? またデコっぱちか。学級委員長だか何だか知らないけど、アンタの言うこと聞くやつなんかいないわよ」


「だっ! 誰がデコっぱちよ!」


「アンタしかいないでしょう。だから友達もいなくて、いつも一人でご飯食べてるんでしょうに」



 ぐ、ぐむむむ。私は痛いところを突かれて何も言い返せなくなってしまう。思わず涙目になりそうになるが、その時にポンと肩に手をおく人物がいた。



「楽しそうなことしてるわね。私も混ぜて?」



 それは、夏目さんだった。予想外すぎる人物の乱入に、その他のいじめっ子グループもこちらを向く。



「な、何よ。久々に学校来たと思ったら……。これはあたし達の問題。出しゃばらないでよね」


「ふうん。私は別に出しゃばったつもりは無いのだけど……。私は、ちょっとそこに座っている日向さんと一緒に御飯食べたいなって思っただけで」


「えっ」



 日向さん含めて全員が意外そうな顔をした。夏目さんは、本来クラス……いや学年で一、二位を争うほど美人である。私が言うのも何だけど、黙っていても人が寄ってくるような人なのにわざわざいじめられっこを名指ししてご飯を食べようだなんて。



「じゃ、行きましょ? 日向さん」


「ちょ、ちょっと。日向は私達が先約をとってるんだけど」


「良いことを教えてあげる。先約っていうのはね、本人の了承を得ないと意味がないのよ? ほら、日向さん」


「えっ、あ……」



 夏目さんは日向さんの手をとると、スタスタと教室を出ていこうとした。日向さんも流されるままに引っ張られている。……だが出入り口を塞ぐように、いじめっ子グループの一人が立ち塞がった。



「待ちなさいよ。アンタねぇ、私達に逆らって良いと思ってんの? 私達のトップにはねぇ……」


「ん?」


「……あ、あれ? 私達の上には……」



 教室の時間が止まったかのように、みんながとぼけた顔をしていた。いじめっ子グループの、いつもの決まり文句。私達のトップには、誰々がいるんだから……。だ、誰だったっけ? そんな人、いたっけ?



「もう良い? 通して欲しいんだけど」


「……」



 頭を撚るいじめっ子の真横を、颯爽と抜けていく夏目さん。教室を出る時、夏目さんは私の方をチラリと見て言った。



「秋山さん、貴方も一緒にお昼どう?」



 答えは決まっていた。私はお弁当箱を抱えると、小走りに彼女の後を追ったのだった。







 私達の通う学校は、最近では珍しく屋上が開放されている。無論、金網が張り巡らされていて眺めが良いとはとても言い難いんだけど。天気が良い日なんかは、生徒達のお昼スポットとして専ら人気がある場所だった。



 夏目なつめさんと日向ひむかいさん、そして私はお弁当を持ってそこにやってきたわけだ。数人、他の生徒たちが先客として座っていたが、運良く空いているベンチがあったので私達はそこに座ることにした。座ってから一息ついたところで、日向さんがおずおずと声をかける。



「あ、あの。夏目さん……」


真凛まりん


「え?」


「マリンって呼んで? 私もお名前で呼びたいわ。アンズちゃんだったかしら」


「は、はい。じゃあ……マリンさん。何で私なんかを誘ってくれたんですか?」



 夏目さんはうーん、と空を仰いで考えているようだった。



「夏目さん、私からも聞きたいわ。何かこう、いろいろと引っ掛かるのよ」



 次いで、私も尋ねる。学校に着いてから感じている違和感。最初は気の所為かと思ったが、何か今日は昨日までと違う気がするのだ。



「もう、マリンって呼んでっていうのは貴方にも言ったつもりだったのに」


「え。……ご、ごめん」


「うふふ。これまでプリントを家まで届けてくれてありがとうね? クレハちゃん」



 そう言って夏目さ……いや、マリンはクスクスと笑った。下の名前で呼ばれることなんて、小学校以来くらいには久しぶりだったハズなのに。なんだか妙にしっくり来てしまう。私達の真ん中に座って笑うマリンを見て、私はアンズと顔を見合わせて首を傾げた。



「私もね。不思議なのよ。私の記憶だと、昨日までは確かに何も見えなかったハズなのに。……今朝目が覚めたら、“見える”ようになっていたんだから」

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