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vol.82 交渉

「ふふふ、ハハハ! 突然どうしたんです!? 気でも触れましたか!」



 そして泣き崩れる私をあざ笑うように、文字通り魔王は高笑いをした。自分の手に、顔についたみんなの血液。まだだ、ここで。



 ――ここで、折れるわけにはいかない。



「こうするしか、なかった」


「ふうむ?」


「こうでもしないと……私が一人で残ると言っても、みんな言うことを聞いてくれないでしょ」



 一瞬だけ魔王は怪訝な顔をしたが、私の言うことを聞いて合点がいったのかすぐに表情を改めた。私はもう一度、ぐいっと涙を拭って立ち上がる。



「……なるほど? 確かに利にはかなっていますね。ですが、私にはあなたが自分の意見を押し通す。ただそれだけのために仲間を殺してしまったように見えますが」



 ニヤニヤと、人のことをどこまでも馬鹿にした態度。これは分かりやすい挑発だ。眼の前の地雷を素直に踏んでやるほど、私は愚かではない。



「そうだよ。私は無理を通すために、してはいけないことをした。正直、もうみんなには合わせる顔がない。……だけど、もう良いんだ。それで」


「何?」



 反発して怒るとでも思っていたのか、魔王の顔が不機嫌になる。



「だって、どちらにせよ一人で残るなら……もう顔を合わせるもなにもないじゃん」


「……ふむ。どうやら、ただの馬鹿というわけではないようですね」



 正直言ってこれはただの詭弁である。今対峙している相手は、武力では百パーセント叶わない相手。だって世界を作り変えるほどの力を持っているんだから。じゃあどうすれば良いかって、相手を言いくるめてやる必要がある。



 この魔王は、全てのことを“面白いか面白くないか”で判断している。退屈な結果を生み出すと思わせてしまえば、その時点で即終了。でも、逆に相手を楽しませることができれば?



 頭の回転だけは、誰にも負けない自信があった。ここからは、私の得意分野だ。



「私が残る必要があったことにも、きちんと理由があるんだよ。……聞いてくれるよね?」


「ふむ。そこまで言うからには余程の自信があるものとお見受けします。どうぞ」



 パチン、と魔王が指を鳴らすと、そこに大きめのソファがテーブルを挟んで向かい合うように出現した。腰掛けてゆっくり、いくらでも話を聞いてやるということだろうか。私は遠慮なくソファーに座ってやることにした。



「まず、私達が転生してきたこの世界だけど。……私に言わせれば、ハッキリ言って駄目駄目だね。これじゃクソゲーだ」



 ピクン、と魔王の眉が動いた気がした。



「クソゲー、とは」


「分からない? 生まれた種族によってゲームバランスに差が有りすぎる。誰もが楽しめるように作られていないってことさ。ポイント性の種族・スキル選択は良いシステムなのに、その後のことがまるで考えられていない」



 私の言葉を聞いた魔王は少しだけイライラした様子で足を組みなおす。



「言ってくれますね。ですが、種族によって難易度が異なるのは当然でしょう」


「勿論。ゲーム開始直後は、当然良い種族ほど有利。それは間違いない。……だけどね。この世界の仕組みに気がつくためには、どうしたって戦闘しなくちゃならないわけじゃんか」



 私の話を聞きながら、今度はソファに深く座り直す魔王。……自分が作った世界にケチをつけられて、苛立ちを覚えているのだろうか。確実に効いているな。



「だって、それがゲームというものでしょう」


「それ。その固定観念がいけない」



 食い気味に、私はビシッと相手の鼻先を指さしてやる。魔王は面食らったように表情を歪めた。



「ど、どういうことですか」


「良い? この世界はゲームっぽいだけであってゲームじゃないんだよね。中には、戦闘と無縁な生活をするヒトだって沢山いる。そりゃそうだ、みんな痛いのは嫌だもの。商人になったり、鍛冶屋になったり、野菜を売ったり。そういう選択をするのは自由だよね」


「あ、あー、まぁ。そうかもしれませんが、それはそういう選択をした者達が悪いのではないですか」



 駄目だなぁ。そういうところがクソゲーたる所以というか。私は大げさにため息をついてやる。



「はぁー……。良い? それじゃあ根っから“運ゲー”になっちゃうわけ。ある程度道を指し示してやらないと、進んで戦いの道に進むヒトなんていないよ」


「む、むう。一理ありますね。ですが、ヒトの行動をコントロールするのは簡単ではないのでは?」


「いや、簡単だよ。世界を作り変えるほどの力を持ってるんでしょう? 例えば、野菜だろうと、鍛冶の素材だろうと。何でもダンジョンでドロップする仕様にしてやれば良かったのに。もしくはギルドを作って、人間ヒューマンや獣人に生まれた者は必ず登録しなきゃいけないとか。そのギルドで、この世界の仕組みについて説明してくれるお助けキャラクターを置いたりね」



 至極単純な話だ。だが、自分が楽しめるかどうかしか考えていないこの魔王には思いつきもしない話だろう。こいつには、逆立ちしても“プレイヤーにとって過ごしやすい世界”なんて発想は絶対にできない。ペラペラとゲームについて語る私に、相手は徐々に押され気味になってきていた。



「他にも、経験値のシステムだったり。リスポーンの仕様だったり。進化なんかの壊れ性能もそうだね。修正しなきゃいけない箇所は、数えきれないほど存在する」


「……先程からこの世界についてのダメ出しばかりですが。何が言いたいんですか?」



 おっと、焦らしすぎたか。同じような場所を突っつき過ぎても、相手の機嫌を損ねてしまうだけだな。本題に入ろう。



「つまり私なら、この世界を誰もが楽しめる世界に変えてあげられるってこと。なんなら、アンタ自身でさえもね」


「ほう?」



 私の見立てでは、おそらく目の前に座るこいつに出来ないことは真の意味で無い。それならば、相手の力を利用できるところまで利用してやればいい。



「興味深いことをおっしゃいますね。ただの小娘……いや、今は小娘どころかスライムの貴方が。この私ですら楽しめる世界を作るというのですか?」


「それは本当に面白いゲームをやったことがないから言えるセリフだよ。アンタみたいに、何でもできるような存在ほど退屈というものを恐れるもんさ。ちっぽけな存在ほど、細かいことに気がつけるんだ。私だったら、自由さも不自由さも。どっちも楽しんでしまえるような神ゲーを作ってみせる」



 我ながら傲慢の極みだが、ここは虚勢の張りどころ。私は自信たっぷりにそう言ってのけると背いっぱい胸をはって見せた。……その一方で、それを聞いた魔王は何か考え事をしているようだった。しばらく「うむむ」と唸った後に、ポツリと呟く。



「……ひとつ、気になることがあります」


「どうぞ」


「世界を作り変えるということですが、どうするおつもりですか。あなた自身にそんな能力は無いはずですが」



 流石に鋭いな。まぁ、それがこの話の本質になるんだけど。



「勿論そう。今はね。……だから、私にもアンタと同じような能力を与えてほしいってわけ」


「えぇ! それは……」


「できるでしょ?」



 私は食い気味に魔王に言う。魔王は言いかけた言葉を飲み込み、少しだけ迷ったあと。



「……できますけど」



 渋々、といったように呟いた。これは、勝った。



「オッケー、決まり! そしたらまずは元の世界を」


「いやいやいや! まだやるとは言ってませんから!」



 なんだよ、女々しいやつめ。魔王だったら四の五の言うなっての! ぷう、と頬をふくらませる私に魔王が苦笑を浮かべる。



「もう何? 善は急げっていうじゃん」


「いやいや、何だか心の準備ができてなくてですね。ほ、本当に大丈夫なんでしょうね?」


「大丈夫に決まってるでしょ。ゲームというからには、絶対に神がかったバランスにして見せるよ私は。あんたがちゃんと私に能力を与えてくれさえすればね」

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