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vol.81 赦されない決意

「どど、どうすんのよ。こんなの聞いてないわ!?」



 クレハが半ばパニックになりながら、私達に向けて叫ぶ。転生した先の世界と、元の世界。どちらの命運も私達にかかっているなんて責任が重すぎるというものだ。



「ね、ねえ。参考までに聞いても良い?」


「答えられる範囲なら構いませんよ」



 私とて、転げ回りながら叫んでしまいそうになるほどは動揺している。しかし、混乱していても仕方がないので、今はできる限りの情報を集めることが必要だ。



「元の世界からはどれくらいのヒトがこっちに来てるの?」


「そうですねぇ、ざっと……数十億人といったところでしょうかね」


「数十億!? ほとんど全ての人類じゃんか!!」



 そんな馬鹿な。こいつ、地球人をまるごと転生させていたっていうのか!?



「何か妙なことでもありましたか?」


「そ、そりゃそうだよ! 流石にそこまで多くのヒトがこっちに来ているなんて夢にも……。大体、地球をそんな抜け殻にしたら元の世界はもうめちゃくちゃになってるんじゃないの!?」


「ああ、その点は心配ありません。貴方達の肉体は今、元の世界で抜け殻となって存在しているわけなんですけど。あっちの時間は、ほとんど動いていませんからね」



 世界の実情は、私の予想を大きく超えて動いていた。このまま元の世界が動き出せば、崩壊の一途をたどる。その言葉は、脅しでもなんでもない事実ということを思い知るには十分すぎる数字だった。



「そ、そんな。とても信じられない……」


「変なことを言いますねぇ。あなた、自分で考察していたじゃないですか。仮に一日に一人一殺していたとしたら、その元の数が数十億あったとしても一ヶ月も持たずに残りはゼロになってしまうんですよ。だって、実際には“経験値”のためにそれ以上狩ったり狩られたりしていたんですから」



 いや、確かに計算上はそうなるんだろうけど! だからこそ辻褄合わせにリスポーンがあるんだろうし、転生者じゃない者が存在しているわけだ。



「でも、だって! そんなに沢山のヒトが転生していたんだとしたら、私達が偶然出会う確率なんて……」


「そうでしょうね、まず或り得ません。……最も、貴方達が特別だったってことでしょう。縁安さんに関わる人間に関してのみ、彼の近くにスポーンさせるように指定がありましたからね。本来この世界は、貴方達が思っているよりずっと広いです。今でも、世界の仕組みに気がついた賢い人々は世界のあちこちで経験値取得のために走り回っていますよ」



 くそっ、余計クラクラしてきた。この魔王と話せば話すほど、自分のSAN値がガリガリ削られていく感じがしてくるよ。



「街のヒトはそう見えなかったけど……」


「中途半端にヒューマンやエルフに転生して、ぬくぬくと暮らしている連中はそうでしょう。街の外の環境がすごいスピードで成長しているなんて夢にも思いませんから。理想と現実の差に彼らが気づいた時、ひどく絶望するんでしょうねぇ」



 こいつ、楽しんでいやがる。なんなら、こうなることがわかっていて世界を作り上げたようにも見えてくる。人類の行く末とか、世界がどうなるとか、こいつにとってはどうでも良いんだ。全ては、こいつにとって楽しいか、楽しくないか。そういう基準で物事を決めてやがる。



「どどど、どうすんのよコユキ!」


「あわわ……おおお落ち着きましょうクレハさん! こんな時こそそお落ちつ着かないとと」


「アンズちゃんもヒトのことは言えなくなってるわよ? しかし、困ったわね……」



 クレハもアンズも、そしてマリンですら困り果てている。魔王が私達に理不尽な選択を強いてきているのも、きっと“こうしたほうが面白くなるから”とか思ったからに違いない。散々ヒトにひどい目に合わせておいて、自分は高みの見物か。……許せない。



「あのさ、この世界は経験値奪い合い合戦になってるわけじゃん。元の世界に戻ったとして、こっちで死んじゃったヒトはどうなるわけ? もうかなりの数が減っているはずだけど」


「良い着眼点ですね。だからこそ、元の世界の時間を止めて貴方達の肉体を抜け殻のまま残しているんですよ。もし誰かを媒介として元の世界に戻ることを選択するなら、こっちの世界で生きているヒトも死んでしまったヒトも、元の世界に魂を戻して差し上げます」



 なるほど。あくまで、人類の生殺与奪が私達にかかっているのは変わらないということか。世界を元に戻したは良いけど、ほとんどのヒトが死んじゃってて結局人類滅亡じゃ堪らないもんな。



「……そうか。わかった、ありがとう」



 聞きたいことは大体聞いた。私は魔王にそう言うとぷいと背を向けた。顔を見なくても、奴がニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべていることは容易に想像がつく。……しかし、今はイライラしている場合ではない。



「みんな、話は聞いていたね? どうやら、不自由な選択を強いられるみたいだよ」



 確認するように、私は三人を見つめる。皆が皆、どうしようか決めかねていたようだったが、最初に口を開いたのはマリンだった。



「こんな形で旅が終わろうとしているのは不本意だけれど……。元の世界に最も未練が無いのは、この中ではきっと私のハズよ。私が残るのが適任だと思うわ。コユキちゃん達にもう会えないのは、涙が出るほどに悔しいけれどね」



 実にマリンらしい意見だった。彼女は元々が盲目かつ病弱で、ほとんどベッドの上で過ごしているような生活だった。確かにそこまで元の世界に未練があるわけではないだろうから。だが、その言葉には硬い決意があるように感じられた。



「そ、そんな。それを言ったら私だって、元の世界に関する記憶はもう無いんですよ。残るなら私が残るべきなんです! それに、私達を気にかけてくれたアリッサムさんやキキョウさん達がいる世界が崩壊してしまうなんて。私には耐えられそうにないです」



 次いで、アンズが言う。アンズはアンズで、転生後の世界に思い入れが強いはずである。元の世界に戻ることを目標としていたとはいえ、彼女の性格を考えるとそう提案することは想像がついていた。



「何よ、アンタらばっかり格好つけて。……もう! 私だけ帰りたいだなんて、言い出しづらくなっちゃったじゃないの! こうなったら、折角だから私もアンタ達に付き合ってあげるわよ!」



 そしてクレハが、怒ったように腕組みをして言った。ははは、元々自分が残るとか言おうとしていたくせに。クレハは誰よりも責任感が強くて優しいくせに、素直じゃないから正直に言えないのだ。



「なんだ。結局話し合いも何もなかったな……全員が残るって言おうとしてたんだね」



 なんだか可笑しくなってしまって、私はククッと笑みをこぼしてしまった。釣られるように、他の三人もクスクス笑っている。おかしいな。笑っていられる状況じゃないのにね。……何で涙がこぼれるんだろう。



「こ、コユキちゃん?」



 マリンが私を心配して駆け寄ってくる。こっちの世界に来てからというもの、私は本当に出会いに恵まれたと思う。前の世界では気づけなかったけど、本当に素敵な人達に出会うことができた。私は涙を拭いながら、ある決意を固めていた。決して許されることじゃない、決意。



「みんな、ありがとう。……私は、こっちに来てからみんなと一緒にいられて本当に幸せだった。私ね、元の世界では周囲の人間を利用して生きているようなクズだったんだ。役に立つかそうでないかでしか、ヒトのことを見ていなかった」



 拭っても拭っても、目の端から雫がこぼれ落ちてしまう。



「だけど、自分が弱い立場になって。やっと、周りのヒトに助けられて生きていることを知った。自分が役に立てることの嬉しさを知った。私ね、みんなのことが大好き。こんなところで、終わらせたくなんてない。……だから」



 この決意は、揺らいではいけない。



「ごめん、みんな」



 瞬間、右腕を<形態変化>させる。瞬時に形を変えた鋭い刃は、的確にマリンの心臓を貫いた。



「……えっ?」



 マリンが崩れ落ちると同時に、今度は逆側の手を刃に変化させ、アンズの心臓にその刃を突き立てた。相手が何が起こったか認識するよりも早く。



「がっ!?」


「ちょ、ちょっと! どういうつもり……!?」



 そして、残った左手でクレハの心臓も。三人は、このどこまでも暗い空間で床に崩れ落ちた。両腕に感じる、嫌な感触を噛み締めながら私は空を仰ぐ。星空だったらよかったのに、ただ暗闇が広がっているだけだった。



「な、なんで……。コユキちゃん! 何で!? 何で!!!」


「ごめん……こうするしか、なかった」



 口から血を吹き出しながら、マリンが絶叫する。彼女だけ、少しだけ位置がズレてしまっていたらしい。アンズとクレハは既に事切れているようだった。だがマリンも致命傷には変わりないようで、彼女の生命は確実に失われていっている。



「コユキちゃん! 一人でなんて絶対駄目! 駄目だから……!!」



 私は、困ったように笑うことしかできなかった。マリンが私に向かって伸ばした手。しかし、それを取るよりも先に、彼女は経験値石へと変わってしまった。



「ぐううう……ああああああ!!!!」



 後悔と自責。私は血で汚れた手を気にする余裕もなく、顔を抑えて泣いた。……この瞬間だけは、それしかできなかったから。

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