vol.80 世界と世界を繋ぐ媒介
「それでは、お言葉に甘えまして」
そう言ってその女性はオホン、とわざとらしい咳払いをする。彼女は“悪い話ではない”と言ったが、正直いってあまり良い予感はしない。
「まず、この世界のあることについて説明しなければなりません。貴方達は各々が恵まれない環境にありながら、モンスター達を倒し経験値を集めてきましたね?」
「え? あー、まぁ、うん」
私は最弱モンスターとして生まれたし、マリンも辺境の洞窟生まれ。アンズは奴隷として攫われ、クレハはその種族に縛られて生きてきた。まぁ、各々が恵まれない環境にいたというのは頷けるか。
「その結果、あれよあれよと成長していきました。今ではこの世界で最強のパーティといって差し支えないのではないかと思いますよ」
「えっ、そうなの? もっと強いモンスターとか沢山いると思ってたわ」
神さま(私はとりあえずそう呼ぶことにした)の言った意外な事実。クレハの言う通り、私もまだまだ中堅くらいなのかなって思っていたんだけど。
「縁安さんの言う通り世界を組み立てたのですけどね。皮肉なことに、彼の思惑とは裏腹に不遇な環境に生まれたものほど成長しやすいようになってしまっていたようです。……ところで、ここで大切なことは“経験値”についてなのですよ」
そう言うと、彼女は掌の上に青い石をポンと出現させた。それは、モンスターを倒した時に出現する経験値石。
「もう馴染み深いものですかね。貴方達は、これを取得することで成長し、強くなっていきました。……そこで、問題です。経験値ってなんだと思いますか?」
突然質問をぶつけられて、私達は一瞬固まってしまった。そりゃあ経験値といえば……なんだろう。ゲームの中では当たり前に存在している概念だ。敵を倒すと得られるポイントである。でも、半分現実みたいなこの世界では、経験値って何なんだろう?
「えー……と……」
流石に誰もうまく言えないらしかった。そりゃそうだ。だって、現実世界にはそんなもの無いんだもん。
「まぁ、そうですよね。その反応がある意味では正解だと思います。経験値なんていうものは、縁安さんの願望を具現化するにあたり無理やり生み出した概念に過ぎないんです。取得すると、強くなっていくというね。……しかし、無理やり生み出したからには、そこに何かしらの理由付けが必要です」
「何かしらっていうのは?」
「無からは何も生み出せません。相手を倒して強くなるということは、相手の何かを貰わないといけないわけですよ。……そこで、仕方なく私が採用したのは“記憶”です」
パリン、と神さまの掌の上の青い石が割れる。
「記憶? ……まさか、死んでしまったら記憶が無くなるのって」
「察しがよろしいですね。経験値を得るということは、そのヒトの記憶をエネルギーとして得るということなのです」
マジかよ。冗談にしては笑えなさすぎるぞ、それは。私達は思わずお互いの顔を見合わせた。アンズに至っては顔が真っ青だ。
「じゃ、じゃあ。私達はいろんなヒトの記憶を奪ってきたってこと?」
「言い方は悪いですが、概ねそういうことになります。そもそも、この世界は“記憶”にまつわることが多く存在していることは気がついておりましたか?」
全員が首を振る。これまで、次から次へと問題が湧き出てくるもんだったから全く気にする余裕がなかったなぁ。
「経験値のシステムをはじめ、リスポーンで記憶を失うこと。転移のスキルなんかもそうですね。更に、皆さんの転生時のポイントは縁安さんの記憶を頼りに決められています。それほど、記憶というエネルギーがこの世界で重要ということなのです。つまり、何が言いたいかというと――」
うう、変にじらすなぁ。ごくりと、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
「多くの経験値を集めている貴方達は、多くの記憶のエネルギーを抱えていることになるのですよ。この世界を変えてしまうことができるほどにね」
ああ。なんだか話が見えてきたぞ。世界が歪んだ原因と、私達がここに呼ばれた理由。
「……それで、私達にどうしろっていうの?」
「話が早くて助かります。確か、貴方達は元の世界に戻りたいんでしたよね?」
「え、うん。そりゃあまぁ……」
神さまは不敵に微笑んでみせた。その笑顔を見て余計に不安がよぎるのだけど。
「結論から言ってしまえば、それも可能です。ただし、条件付きですがね」
「条件って?」
「まず、この世界は壊れかけています。縁安さんの願いで多くの人間がこちらに転生してしまったわけですが、もしもこの世界をこのまま崩壊させてしまうとですね。元の世界の方のバランスも壊れてしまうのですよ」
なんだって。聞き捨てならないセリフが次々と飛び出してくるもんだから、みんなの表情がどんどん曇っていくのが分かる。
「元の世界のバランスが壊れるとどうなるの?」
「いるべきヒトがいない。あるべきものが無い。ちぐはぐな世界は、消滅の一途をたどるでしょうね」
「そんなの困るじゃない! なんとかならないわけ?」
クレハが慌てたように声をあげた。元の世界に帰ることを目標としていた私達としては、消滅というのはなんとしても避けたい。……だが、次に神さまが言った言葉は、何よりも残酷な一言だった。
「そこで出てくるのが条件というわけです。多くの記憶を抱える皆さんのうち、誰か一人だけでも良いのですが。どなたかがこちらの世界に残っていただければ、その方を媒介として記憶のバランスを元に戻すことができます。そうすれば、私の力で元の世界に戻してさしあげましょう」
何だって!? この世界に残らないといけない!?
「それ以外の方法は!?」
「あるなら提案しています。良いですか? そもそもが、皆さんのこれまでの行動ゆえに現状を招いているということをお忘れなく。私自身としては、別にどちらの世界も崩壊しても構わないんですよ?」
急に声色を変え、神さまは冷たく言い放った。
「ど、どういうこと!? 何で……」
「元々、戯れみたいなものですから。私はそもそも、神さまでもなんでも無いんです。勝手にそう呼ぶ輩がいるだけで……あぁ、この姿がいけないのですね」
混乱する私達をよそに、神さまは冷静に言うとくるりと一回転してみせた。当然無意味に回転したはずもなく、気がつけばそこには漆黒の衣に身を包んだ人物が。
「あっ!!」
そして、私は思わず叫んでいた。その姿は、いつか私が夢で見た“魔王”そのものだった。
「さぁ、早く決めて下さい。誰が残るのか、全員残るのか、それとも誰も残らず崩壊させるのか。貴方達自身で、選ぶのです」
私達は無言でお互いのことを見る。残りたいヒトなんているはずもない。せっかくここまで辿り着いたのに、こんな結末なんて聞いてない。こんな理不尽な選択肢を叩きつけて、どういうつもりなんだろう。しかし、そんな不満をいくら頭の中で考えたところで。この神さま……いや、魔王が心変わりすることは決して無いんだろう。
そう思わせるほどに、彼女は残酷な笑みを浮かべていた。