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vol.79 異空間での問答

 視界が深淵の闇へと染まっていく。物質の輪郭が徐々に失われていき、やがて何も見えなくなる。急に訪れたその空間には何もなく、光もなく。感覚としては、敢えて例えるなら真っ黒な海にただただ身体が沈んでいく感覚に近い。一体……何が起こったの……?



 なにもない。だれもいない。なにも聞こえない。感じない。……? 待てよ。この感覚、私は以前にも経験したことがある。……あっ! もしかして、これは私が転生する直前の!



 そう、この全てが“無”のような感覚。ここは、きっとスライムとして転生する前の空間だ。確信があったわけではないが、私がそのことを思い出した瞬間だった。



 何も感じなかったはずが、まずは身体の感覚を取り戻すことができた。嗚呼、良かった。腕がある。足がある。顔もある。



「ふぅー。……あ?」



 声も出る。どうやら私は身体を取り戻したらしいが、相変わらず真っ暗な空間に佇んでいた。



「あ、あれ? ……おーい! みんなぁ!」



 身体だけが感覚を取り戻したことで、かえって混乱してしまう。いや、まて。こういう時こそ冷静にならなくちゃ。えーと? まず私はみんなとヘリアン王を倒した。エスタロッテを倒した。彼らを捕らえて……みんなと地下牢に行って……。



「う……何が起きたの?」



 突然後方から声が聞こえる。慌てて振り返ると、マリンがキョロキョロと暗闇につつまれた空間を見回していた。



「マリン!」


「コユキちゃん! 良かった……ほ、他のみんなは?」



 私の姿を見つけたマリンが嬉しそうに駆け寄ってくる。私は答えようとしたのだが、それよりも先にまずはアンズが。そしてクレハもキョロキョロしながら歩いてくるのが見えた。



「……どうやら、とりあえず全員集合はできたみたい」



 何が起きたかはさっぱりだが、訳のわからない空間に飛ばされたらしいことは分かった。エスタロッテがあの謎の光を全員に照射したのかもしれないと思ったが、あの光は機械の腕がないと発動できないはずだし。



「ちょっと、いきなりどういうことよ! 訳が分からないわ!」


「クレハさん、それは他のヒトも同じですから……」



 意味不明な状況にキレ倒しているクレハをなんとか宥めようとしているアンズ。うーん、この状況でも平常運転な彼女らを見ていると和んでしまうな。しかし、どうしたものかなぁ。四人揃ったところで、いくら周囲を見渡してもただ闇が広がるばかり。……おや?



 私がぐるりと周囲を見渡すと、とある一点が光っているように見えた。しかも、その光は徐々に大きくなっている。どうやら、こちらに近づいてきているようだった。



「ね、ねぇ。みんな……アレは何?」



 私が指さした方角を一斉に見つめる。……うわ、どんどん近づいてくる。妙なものじゃなきゃ良いけど。あらゆる可能性を考察してみたが、そもそもが妙ちくりんな空間にいるのだ。いくら考えてみても、あの光の正体なんて浮かんでくるわけがない。



 不安に感じる私だったが、それが杞憂であったことを理解するのにそう時間はかからなかった。というのも、光が近づいてくるにつれてどうやらそれがヒトらしい形をしていることに気がついたからである。



 そのヒトは、美しい女性だった。輝くほどに白く長い髪を揺らし、これまでに会ったどんなヒトよりも眩しかった。……いや、これは光を帯びてるからとかそういうんじゃなくて。ああ、もう良いや。私の語彙力じゃうまいこと言い表せられないけど、とにかく綺麗で美しくて高貴なヒトってことだ。



「こんにちは皆さん。……この姿を見せるのは、貴方達が初めてですよ」



 その女性は、私達を見つめてニコリと笑った。思考が追いついていない様子の私達を見て彼女はまた微笑むと、そのまま話を続ける。



「まぁ、訳が分からないのも無理はありませんね。良いでしょう、順をおって説明して差し上げますね」


「あ、ああ。……お願いします」



 聞きたいことだらけでだが、とりあえず説明してくれるらしいので私は素直に頭を下げることにした。他のみんなも私に沿って頭をぺこりと下げている。なんか偉そうなヒトだしここは大人しくしとこう。



「まず、貴方達がこの空間にやってきてしまった理由ですが。非常に繊細なバランスを保っていた世界が、今壊れかけているからなのです」



 う、うん。シンプルに説明してくれたけどさっぱりわかんないよ。



「世界っていうのは、その。私達がさっきまでいたところだよね」


「はい。もうお気づきであると思いますが、あの世界はヘリアン……元の名を縁安ふちやすという男の子の願いを私が具現化した世界です」



 お、おおう。そう来たかよ。怪訝な顔をする私達を尻目に、アンズが首を傾げながら質問をする。



「つまるところ、貴方はこの世界の神様みたいなものってことですか?」


「ハハハ。……まぁ、確かに私のことを神と呼ぶ方々もいらっしゃいますね。ですが、私はそのように大それた存在ではありません。この世に幾個も存在する世界を観察する、ただの一生物ですよ」



 ……なんだか、急に胡散臭く見えてきたぞ。



「そもそも、なんで縁安ふちやすの願いを具現化なんてしたの?」


「強すぎる願いというものは消化していかないとバランスが崩れてしまうのですよ。それがどんなに無茶なものであってもね。彼の願いは、自分の都合の良い世界でやり直したいというものでした。自分を馬鹿にしてきた者たちを見返す。彼は環境さえ揃ってしまえば、自分は誰よりも上に立つことができると本気で思っていました」



 彼女は私達の周囲をつかつかと歩きながら説明を続ける。



「貴方達は様々な姿で転生しましたね? この世界に来る時、私は前世の影響で転生先が決まっていると説明をしました。ですが、実際は元の世界で恵まれていると思われていたヒトほどポイントが少ないようにしていたのです。……あくまで、縁安という男の子の目線でね」



 ええ……冗談じゃないぞ。私が経験していた苦労は、あいつの妬みが原因だったってこと? やりきれない思いを抱えてしまいそうになる。マリン達も、なんだか複雑そうな表情を浮かべていた。



「ですが。自分の都合の良いように作り変えた世界ですら、彼は貴方達に倒されてしまいました。全てを失い、彼のプライドはボロボロになってしまったわけですが。……コユキさん、そんな彼に加えたあなたの一言が問題だったのです」


「え? 私!?」



 不意に名指しされて間抜けな声をあげてしまう。マリン達が一斉に私のことを見るが、覚えがない私は知らない知らないとブンブン手を振って否定する。



「まぁ、私にとっても些細すぎることのように思えましたけどね。彼の強すぎる願いのモチベーションは、あくまで自分のことを見下していると“彼が”思っていたヒトを見返すことにありました。この世界の頂点に立ってふんぞりかえることでね」


「……え、ちょっと待ってまさか」


「はい。それなのに、コユキさんは最弱な立場から駆け上がり、結局彼よりも上に立ってしまった。挙げ句、彼に謝ってしまったのです。彼の中で、自分のことを見下すだけだったはずのヒトが簡単に謝ってしまった。それでは、彼がこの世界を作った理由がなくなってしまいます」



 なんていうか、呆れてもう物が言えない。勝手な理由で世界を作り、また勝手な理由でこの世界が壊れようとしている。……なんだか頭痛がしてきたよ。私の様子を見たマリンが気を使ってか、代わりに質問をぶつけた。



「それで、世界が歪んで私達はここに来ちゃったってことかしら?」


「まぁ、そういうことですね。ですが、これは貴方達にとってある意味チャンスとも呼べる状況であると思います。悪い話ではないですが、聞いてみませんか?」



 そういって、自称ただの一生物たる彼女はニコリと笑ってみせた。そこまで言われてしまっては、今更背を向けて立ち去るわけにもいかない。立ち去り方も分からないし。……私は、ため息をつきながら彼女に一言言い放った。



「……話してみて」

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