vol.78 決着の末
「コユキ、どういうことよ? 実際アンタの腕は綺麗に消えちゃったじゃないの」
クレハが疑問を口にする。私は頭の固い彼女のために、天井を指差してみせた。
「……あっ」
促されるままに顔をあげたクレハが思わず声を漏らす。エスタロッテが消し去った天井。大きな穴が開いているが、その一部にパイプのようなものが通っているのがわかる。そのパイプをも削り取るように穴が空いているわけだが。
「何か、おかしいですね。あの水のところ……」
釣られるように天井を見てアンズが言った。パイプが通っているということは、中には大概何かが詰まっているはず。どうやらあのパイプは水道管のようだが、何故が水がしたたり落ちてこない。ぽっかりと穴を避けるように水が浮いているのをみれば、あの謎の光の仕組みがわかるというものだ。
「“消滅の光”なんてたいそうな名前をつけたは良いけど。実際に消滅させているわけじゃあ無いみたいだね? 仕組みはよくわからないけど、照射した部分のみを強制的に転移させているってとこかな」
種明かしをする私に対し、悔しそうに歯噛みをするエスタロッテ。その顔はもう正解って言っているようなもんだよ。
「最初に私の腕が消された時に気がつくべきだったんだ。腕を分子レベルで消滅させたんだとしたら、少なからず痛いはずだし。私が腕を切り離したり再生できるせいで、変な誤解を与えちゃったね」
「で、でも。仮に転移だとして強制的に切り離すんだとしたら、それは消滅と同じことなんじゃないの?」
クレハが当然の疑問を述べるが、対して私はゆっくりと首を振った。
「それだと、あの水道管から水が落ちてこないことに説明がつかないんだ。転移はさせているけど、異空間で消されたものはまだ繋がっている。つまるところ、あの消された水も私の腕も、見えないだけで何処かに“繋がったまま”存在している。……私の腕は意図的に切り離して再生しちゃったけどね」
「コユキちゃん、じゃあ……」
「うん。そこに倒れているヘリアン王も、狸寝入りのハズだよ」
お腹と顔を消し飛ばされて倒れているヘリアン。よくよく見れば、彼の身体からも血液などが流れ出ていないことが分かる。
「最も彼みたく顔を消されたら視覚や聴覚を封じられるみたいなものだし。脅威的な攻撃であることには変わりないんだけど」
どうみても致命傷を負って、経験値石になったりしていないのはそういうことだったのだ。リスポーンをさせないほど致命的な攻撃を与える脅威だと思っていたが、流石にこの世界の理を壊すほどではなかったらしい。
「まぁ、隙をついてヘリアン王と挟み撃ちにでもするつもりだったのかな。消すことができるなら、きっと元に戻すことも可能なんだろうね」
「なるほど、流石コユキちゃん、ねっ!!」
マリンが私の話に返事をしながら、また一つエスタロッテのチューブを斬り落とした。チューブの数が減っていく度、エスタロッテの動きも鈍くなっているようだ。
「ぐ、くそおおお!! お前ら下等生物ごときに、何故私の発明が……!!!」
少し前までの余裕はどこにいってしまったのか、エスタロッテはめちゃくちゃに手足を振り回しはじめた。激昂して攻撃が雑になってしまえば対処方法はいくらでもある。
「ほっ」
相手の攻撃を盾で弾き、隙を作ってやればアンズやマリンが鉄脚やチューブをぶった斬ってくれる。クレハが後衛に徹して私達の動きをサポートしてくれるので、もはや万に一つも相手の攻撃は当たりそうにない。
「おのれぇぇえ!!」
エスタロッテにとって頼みの綱である、“消滅の光”とやらも最早種が割れてしまっている。クールタイムは、大体2分くらい。発動前に相手の掌にうっすら光を帯びる。発動直前になったら、思い切って相手に接近してやれば良い。
「ていっ」
私はアンズと二人でエスタロッテに飛びかかると、その腕をがっちりホールドしてやった。その行動はエスタロッテにとって予想外だったらしく、ぎょっとしている様子だ。
「なっ」
発動を中止しようとしてももう遅い。私達は、その光を床に伏せるヘリアンの身体に向けて放たせた。一瞬眩しく光ったかと思うと、元通りになったヘリアンが出現する。……ありゃ、狸寝入りかと思ったら本当に気絶してらっしゃるわ。頭だけ転移されるって、案外ショッキングなことなのかもな。
「消えた部分にもう一回光を当てれば或いはと思ったけど」
ビンゴだったわけだ。ヘリアンにはまだ聞きたことが山程あったし、こんなところで消滅されちゃ困るんだよな。
「アンズ!」
「はい!」
心を鬼にして、ホールドしていた腕に力を込める。ボキッ、という音がしエスタロッテが悲鳴をあげた。機械の腕でも痛覚はあるのかな?
「ぐううう……!!」
トドメとばかりに、アンズが後頭部に蹴りをお見舞いする。ガツンというインパクトと共にその大きな身体がぐらりと揺れた。慌てて飛び退いて身構えるが、どうやらその必要はなかったらしい。エスタロッテはそのまま床とキスすることになったからだ。
そうして、アラクネを模した機械のモンスターは無事討伐されることとなった。
※
「……ぐっ」
「おはよう、気分はどう?」
それからというもの。暴動を起こしかけていた街の民達については、アリッサム達がなんとかしてくれているらしい。マリンが街中に流した映像によってアリッサム及び獣人達の信頼は回復。街の人々の沈静化はそう時間もかからず終わることだろう。
その一方で、場所は変わって私達は王城の地下にいる。あれから、気絶したヘリアンとエスタロッテを運んで厳重に拘束していた。エスタロッテに関しては何で生きているかわからないけど、ジャギとも切り離して機械の手足を取り外したのでもう戦闘はできないはずだ。
実質、上半身の胴体部分と頭だけを鎖で拘束しているので見た目は宜しくないけど。……呼吸らしき動きはしているので、死んでしまってはいないと思う。
「な、なんだここは」
そして、今目を覚ましたのはヘリアンの方だった。綺羅びやかな王座の間から、何もかもを失って今は地下牢に拘束されているのだ。頭が状況を理解できていないらしい。
「ヘリアン……いや、縁安くんと呼ぶべきか」
「ぐ、ぐぐ。石本、お前! またしても俺のことを馬鹿にするってのか!!」
名字で呼ばれると、急に現実感がものすごいな。……自分や相手の格好がコスプレに見えてくるよ。彼は恨みがましく私のことを睨みつけてきたが、生憎私には心当たりがない。
「な、なんのこと?」
「とぼけるな! あの日、俺がせっかく話しかけてやったのに、それをお前は……お前は……」
あの日ってどの日だよ。相手が変に逆上するもんだから、かえって冷静になって他人事のように相手を見てしまう。
「あ、あー。もしアンタを傷つけたことをやってたなら謝るからさ……」
「な、何?」
とにかくこのままじゃ埒があかないと、私はあまり考えずにそう発言したのだけど。縁安は心底意外そうに声をあげた。
「ちょっと、私が謝ることがそんなに不思議なの?」
「だ、だって。お前、そういう奴じゃなかったじゃないか。いつもヒトのことを見下した態度で……」
そうだったっけ? 助けを求めるように学校での記憶が新しいはずのクレハを見るが、彼女は肩をすくめるだけだった。自分でなんとかしろってことらしい。そんなぁ。
「う、うーん。自覚がなくて悪いんだけど……一旦謝っとくよ。嫌な思いをさせてごめん」
「な。何だよ! 簡単に謝りやがって! これじゃあ、俺の方がバカみたいじゃないか!」
何だよはこっちのセリフだよ。謝ったら謝ったで文句言うのかこいつは。
「そもそもはお前のあの一言がきっかけだったんだ! 俺がどれだけ勇気を振り絞って声をかけたと思ってるんだ! それなのに……お前は、眼中にもなかったってことかよ!」
縁安を拘束している鎖がガシャンと揺れる。正直、何が彼をここまで動かすのか検討もつかなかったが……。話を聞き出すどころではない様子に、私達は顔を見合わせてため息をついた。
その時だった。不意に、視界がぐにゃりと歪んだ気がしたのだ。うわ、立ちくらみ? ……と思ったのもつかの間。立っていられず膝をついてしまった私だったが、マリン達も同様に頭を抑えてうずくまっているのを視界の端に捉えることができた。そしてそのまま、私の意識は闇に飲み込まれることになった。




