vol.7 呼びかける声
月明かりを頼りに、私は相変わらず元の拠点を目指していた。道中、モンスター達を狩りながら進んでいく。<ST閲覧>の効果は思ったとおり絶大で、相手のレベルが見えようが見えまいが、格上か格下か一発で分かってしまう壊れスキルだった。
このスキルを使用してステータスが見えない奴は、全力で戦闘を回避するべき相手といえる。<ST閲覧防御>を持っている時点で、そいつはこの世界の仕組みをよく理解している奴だ。すなわち賢く、恐らく強い。リスクを負って戦う理由がない。
私は、確実に勝てる相手だけを狙って狩りを施行していた。安全に、確実に。自分の持っているスキルで完封できる相手を狙う。あっという間にレベルも4まで上がった。順調なことこの上ないね。
意気揚々と進むこと暫く。前方から、微かに音が聞こえてくるのに気がついた。……あっ、これは滝の音だ! 私が落ちた滝だ! もう拠点が近いはずと嬉々として駆け出すが、その足はすぐに止まることになった。何故かって? 答えは簡単だった。崖が広がっていたからだ。
オイオイ、せっかくここまで戻ってきたのに崖とは……。滝の側に登れそうな箇所も見当たらない。手足のない私がこんなの登るなんて自殺行為だよ。レベルアップで体力は満タンとはいえ、ずっと活動しっぱなしだ。持ち上げて落とされた気分。疲労感がずしりと襲いかかる。って、本当にステータス異常で“疲労”状態になってるじゃん! 全然気付かなかった!
恐らく、休憩や睡眠をとらずに活動を続けていたことが原因なんだろう。なんだか異様に眠いし……。ここはとりあえずで良いから、寝床を探す必要があるらしい。疲労によるステータス下降は、全ステータス4割減。ちょっとペナルティ重すぎない? 今襲われたらまずいなぁ。
その時だった。ふらふらと寝床を探す私の頭に、いつもと違う声が響く。その声は、直接頭の中に語りかけてきているようだった。
【●△☓~※~!】
え、は? なにこれ。聞いたことのない言語だ。
【☓☓●△~□※◇☓△△~!!】
うん、ごめんね。悪いけど何言ってっかわかんねーや。
『初めて“ネスト言語”で話しかけられました。スキルポイント1を使用し、第一言語を取得しますか?』
あー、そういう感じね。え? これ話しかけられてんの? やばくね? 慌てて相手の姿を探すが、人っ子一人見つからない。
【☓☓●△~□※◇☓△△~!!】
あーもうウルサイな! わかったよ! 取得すればいいんでしょ!!
『<ネスト言語>Lv.1を取得しました。』
【そこのスライムさん、聞こえますか? あなたは良いスライムさんですか?】
……は? 何この予想の斜め上の内容は。
【あっ、私の声が聞こえたみたいですね。あなたが良いスライムさんなら、一度その場で跳ねてみてくれませんか?】
何言ってんだこいつ。私がそんな極悪のスライムに見えるのかよ。しかし今敵対するのは非常にまずい。疲労でステータスが下降し、しかも一方的にこちらが見つかっている状態だ。ここはおとなしく、その場でピョンと跳ねてやる。
【まぁ! <念話>を取得してから初めて意志が疎通できたわ! うれしい!】
え、うん。なんかおめでとう。
【あっ、一人で舞い上がってごめんなさい。いま私は滝の裏の洞窟からあなたのことを見ているの。これから出ていくけど、敵意はないから攻撃しないでくれると嬉しいわ】
随分下手なヒトだなぁ。ん? 人じゃないか? いや、まてよ。この感じは私と同じく“元人間”な人かしら。しかし滝の裏に洞窟ねぇ。ベタなのに気が付かなかったな。
疲労からか、無防備にもボケっと突っ立って考え事をしている私の前に一匹の猫が降り立つ。しなやかな黒い体を月に照らされた彼女は、とても美しく見えた。思わず見とれてしまう。転生するなら私もせめてあんなモンスターが良かったなぁ。……っと、一応<ST閲覧>!
『<ST閲覧>が失敗しました。』
あら、だめか。しっかり抑えるとこ抑えてるのね。疲労で頭は回らないけど、少しは警戒しないと。
【スライムさん、はじめまして。私はマリン。猫又っていう種族よ】
彼女はそう言い、ふわりと尻尾を揺らす。釣られるように視線を移すと、なるほど尻尾が二股に別れていた。ただの猫にはない神秘的ななにかが彼女にはある。
【いきなり話しかけてごめんなさい。この世界に来てお友達がいなくって、心細くってね。つい色々な子に話しかけちゃって……。でも、意志の疎通がとれなくて、話しかけただけで襲われたりもしたから。それからは、身を隠して話しかけることにしたの】
それはそうだろう。言語を取得しなきゃ何言ってるか分かんないし、そもそも相手がただの経験値にしか見えない相手だっているだろう。
【うーん、でも困ったわね。<念話>を使ったはいいけど、これ、一方通行なのね。あなたの考えてることは流石にわからないみたい。スキルポイント2で済むから取得してくれたら嬉しいけど、無理強いはしないわ。だって貴重なポイントだものね?】
マリンは、そう言ってニコリと笑った。なんだろう、きっと悪気はないんだろうけど……ちょっと圧がある。ここまで言われてスキルを取得しないのも相手に悪い気がするし。うーん、<念話>か。声帯がない私にとって、唯一の意思疎通の手段。取得して損はないかもしれない。
しばし考えた末、私は<念話>を取得することにした。こっちに来て、初めて友達になれるかもしれない相手に出会うことができて。なんだかんだ嬉しかったのかもしれない。とりあえず、心の中で念じるように相手に話しかけてみる。
【あ、あー。テスト、テスト。これ聞こえてる?】
【まぁ! 本当にスキルを取得してくれたのね! 嬉しいわ。ありがとう優しいスライムさん!】
パッ、と表情を明るくして彼女は答えた。おおう、そんなに喜ばれるとは。
【その優しいスライムさんっての勘弁して。私はコユキ。呼びたいように呼んでくれればいいから……】
やたらとスライムと連呼されて、会話しながらため息をつく。私だって出来るもんならせめて可愛いイヌとかネコとかに転生したかったやい。
『“ハイスライム”の固有名が“コユキ”に決定されました。』
あぁ、うん。初めて名乗ったからね。オッケー。
【じゃあ、コユキちゃんって呼ぶわね! うふふ、初めてお友達ができて嬉しい♪ ついてきて、今日はもう遅いでしょう? だいぶお疲れみたいだから寝床に案内するわ】
【え、あ、ありがとう。それは願ったり叶ったりなんだけど……どうして見ず知らずの私に、こんなに良くしてくれるの? 私が悪いやつなら襲われる可能性だってあるのに】
【それは私だって誰彼構わずではないわよ? でもこうやって会話できるんだもの。きっとあなたも元は人間でしょう? それに】
わずかに目を細めてマリンが続ける。
【あなた、悪い子には見えないもの】
※
滝の裏にたどりつくと、巨大な洞窟がでかでかと口を開けて私達のことを出迎えた。でっかい滝だったからということをさしおいても、こんなに大きければ気が付かないもんだろうか? ざっと4~5mは高さがあるぞ。
【すごいでしょう? うふふ、なんで気付かなかったのか不思議そうね】
【うん。こんなに目立つのに】
【幻惑の魔法がかかってるわ。敵対するものから見つかりにくくする魔法。魔法レベルが上がれば他にも色々できるんでしょうけど、私のはまだレベル1だからそれくらいしかできないのよね】
ふーむ、と感心してしまう。幻惑の魔法かー。追々は相手を洗脳したりもできるんだろうか? 取得魔法一覧になかったから、猫又種族の専売特許なのかな。考え事をしている間にカリンはずんずんと洞窟の奥に行ってしまうので、慌てて追いかける。
【あちこちに光るキノコが生えてるんだね?】
【この洞窟に原生している種類みたいね。おかげで明かりになってとっても助かってるわ。最も、地面から引っこ抜くと光らなくなっちゃうから松明代わりにはならないけれどね】
【そうなんだ。なんて種類なの?】
【鑑定スキルはとってないから、ちょっとわからないわね。アイテムボックスでは“光るキノコ”とだけ表示されてたわ】
彼女が言うには、鑑定スキルをとると名称が詳しく分かったりするようだ。私がなんとなしにストックしていた石やら何やらも、安山岩だの花崗岩だのわかるようになるんだろうか。それだけなら別にいらないスキルだけど、今後薬だのなんだの手に入ったら必要になるかもなぁ。
【あ、ところで……マリンさんは】
【マリンで良いわよ】
【じゃあ、マリン。あなた“も”元は人間、って言ってたよね】
【ええ、言ったわ】
随分あっさり認めてくれた。しかしそうなると、話は早いな。