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vol.77 反撃の狼煙

【ちょっとコユキ! いくらアンタでも一人で前衛なんて無謀なんじゃないの!? またあの妙な光が飛んできたら……】


【いや。多分だけど、それは無いはずだよ】



 エスタロッテに焦りが伝わらないよう、<念話>でクレハが話しかけてくる。しかし、ハッキリと否定した私にクレハはきょとんとした表情を浮かべた。



【どうしてそんなことが分かるのよ?】


【クールタイムだよ。もしあの妙な光のスキルが使い放題なら、連発しておしまいでしょ? にも関わらず、あいつは確実に当てられる状況かつ一定の間隔でしか放ってきていない】



 私にそう言われると、クレハはエスタロッテのことを改めて観察していた。予想通り、マリン達の炎魔法をガードするのに使ってしまったからだろうか。奴から何かを仕掛けてくる様子がない。



【どんな技にも隙はあるはずだよ。私がクレハ達には指一本触れさせないから安心して】



 バギッ。



 後衛組の不安を吹き飛ばせるよう、精一杯元気づけるように声をかけた瞬間。エスタロッテの方から、何かがへし折れる音が聞こえた。



「……え?」


「これはもう必要ありませんね」



 エスタロッテは、アンズに折られた二本の足を完全に切り離してしまっていた。下手に動かないよりも身軽になるとばかりに、掌の上で鉄の足をくるくると回している。



「随分余裕だね、足が二本減ったというのに」


「ええ、まぁ。確かにこんなに簡単にへし折られてしまうことは想定外です」



 お、おや。随分簡単に認めたもんだ。もっと悔しがるかと思っていたんだけど……。



「ですがね。この足がいつか折れてしまうであろうことは予想の範囲内なんですよ」


「……何だって?」



 エスタロッテはニヤリと笑った。嫌な予感を感じる間もなく、ベキベキという妙ちくりんな音と共に奴の身体が変化していく。



「う、嘘でしょ」



 アンズがへし折った、右側の足二本。そこからは、新品の鉄足が生え変わっていた。せっかくアンズが自らの手足を痛めてまで与えたダメージだったのに、目を覆いたくなってしまう。機械のくせに、どういう仕組みなんだよそれは。



「フフフ。がっかりしましたか?」


「……それなりに」



 ワキワキと、蜘蛛のような足を動かすエスタロッテ。がっかりしてないといえば、嘘になる。



「この鉄の足は、私達の血液から生成できるのですよ。つまり、私が息絶えでもしない限り。半永久的に生成できるということですね」



 ぐ、ぐぬぬぬ。くそう、種明かしまでするとは余裕ぶりやがって。本当はのたうち回りそうになるほど悔しいが、敢えて「それがどうした」という涼しい顔で相手のことを睨んでやる。



「どうしたんですか? そんなに拳を握りしめて」



 エスタロッテは私の様子を見て、心底嬉しそうにして言った。うが、無意識につい右手を握ってしまっていたようだ。ちっ、細かいところまで見やがって。



「コユキちゃん、相手の口車に乗せられちゃだめよ。悔しいってことは、相手の言うことを認めてるみたいなものなんだから」



 歯噛みする私だったが、そんな時マリンがずい、と出てきて私の肩に手をおく。



「えっ、マリン。何を」



 魔法に特化した、後衛のマリンがそんなに前に出てきたら危ない。私はマリンにそう言おうとしたのだが、彼女は口の前で人差し指を立てて「しーっ」と私の発言を制止した。



「コユキちゃんには、いつもいつも負担をかけて申し訳ないと思っていたのよね」



 マリンは、長い黒髪を揺らしながらエスタロッテに向かって前進していく。



「ちょ、ちょっとマリン!」


「作戦を立てるのって、本来は参謀の役目でしょう? ガンガン前に出ていくヒトがやってたら、頭の回転も鈍っちゃうんじゃないかなって。実は前から考えていたの」



 マリンは、自らの指先に魔力を溜めていたようだった。彼女は人差し指と中指を二本立てると、その魔力を具現化していく。



「<炎魔法>ブレイズ・ソード」



 マリンが小さく呟くと、その魔法は“ブン”と静かに音を立てて発動した。以前みた『ブレイズエッジ』という魔法とよく似ているが、その大きな違いは刀身の長さ。その名の通り、見た目は炎の剣。……というより。某SF映画に出てくる、光の剣のようだった。



「いくわよ?」



 彼女はニコリと笑い、思い切り地面を蹴った。前衛のアンズや私ほどの速度があるわけではないが、その身を低くして地を這うように走る姿はなかなか様になっている。



「……付け焼き刃の前衛が、私に楯突こうなどと良い度胸ですね!!」



 エスタロッテがマリンを迎え撃とうと、鉄の足で彼女を串刺しにしようとする。が、マリンは身を翻して華麗にそれを避けてみせた。右から、左から次々と襲いくる鉄足を軽くいなし、そしてついに彼女の剣が届く間合いになる。



「ぐっ、チョロチョロと小癪な……!」


「ハッ!!」



 マリンが狙ったのは、鉄脚ではなかった。エスタロッテとジャギから無数に伸びているチューブ。彼女は、そのうちの一本を確実に切断してみせたのだ。



「ぐっ! お前……」


「おかしいと思っていたのよね」



 またしても相手の攻撃を避けながらマリンが言う。



「エネルギーが二人の間を循環してる、なんて説明しておいて。わざとらしく身体をくっつけてみせたわね。まるで、“チューブを狙っても無駄だぞ”ってアピールしてるみたいよ」


「ま、マリン。まさか」


「ミスリードして、頭のよく回るコユキちゃんを逆手にとったつもりでしょうけど。一旦生身で出てきておいて、いかにも急造した機械の身体じゃないの。どう考えても、完全無欠だなんて思えないのよね」



 マリンが喋るたび、見るからにエスタロッテが苛立ちを浮かべている様子が見て取れる。あれは、図星だ。まず間違いがない。



「貴方の焦りようから見て。そのチューブ、あんまり斬られたらまずいんじゃないかしら?」


「だっ、黙れ!! お前はいつもいつも……私の邪魔をして……!!」


「おっと」



 鉄脚のうち一本がマリンを捉えそうになった瞬間、盾を構えた私は飛び入りしてマリンをカバーする。ガイン、と金属同士がぶつかったような鈍い音がした。



「そうやって、私にばかり気をとられるから他の子に意識が向かなくなるのよ」


「ぐっ……!?」



 攻撃の邪魔をされて気を悪くしたのか、今度は私に鉄脚を向けてくるが。次の瞬間、エスタロッテの視界は塞がれることになっただろう。



「……そんなふうにね」



 <チャクラ>で体力が回復したアンズが、エスタロッテの顔面めがけて飛び膝蹴りを放っていた。流石にKOするまでとはいかなかったが、脳が揺さぶられて確実にダメージを追っている様子だ。わざわざ自分の脳みそは据え置きで残っていると宣言していたのだ。それはもうしっかり脳震盪がおきているだろう。



「すみません! お陰様で回復しました!!」



 今度はしっかりと地面に着地しながらアンズが言う。さっきまで押されがちだった戦況が、いよいよこちらに流れが向いているようだ。



「ぐうううう!! だ、だが貴様ら下等生物なんてこの消滅の光さえあれば……!」



 フラフラしながらエスタロッテは私達に手を向けたが、すかさず私は接近してその手を蹴り上げてやった。



「しまっ……!」



 その光は方角が逸れ、天井に向けて光が放たれてしまう。そして光が当てられた部分にはぽっかりと穴が開いてしまっていた。



「なんだ……そういうことか」



 その穴を見て、私は違和感に気がついた。脅威と思っていた攻撃も、種が分かってしまえば大したことはなかったらしい。散々難しく考えてしまっていた自分がおかしくなってしまって、私はクスリと笑ってからエスタロッテを見据えて言った。



「マリンのおかげで謎が解けた。もう、お前の攻撃なんて怖くないぞ」

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