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vol.73 ヘリアン王

「……!!!」



 その顔をみた瞬間、私は戦慄した。その男はエルフだった。王たる風格を身に纏わせ、威風堂々と佇む姿勢。白人よりも少しだけ肌は白く、その耳は尖っている。誰よりも美しい黄金の金髪をなびかせて、玉座から私達のことを見下ろしていた。



「何をしている。早く掃除をはじめろよ……いや、始めたまえ」



 ……問題は、その顔にあった。



「嘘……でしょ」



 <念話>を使うことも忘れて、思わず声をこぼしてしまう。予想していたこととはいえ、その王の顔を私は見たことがあったのだ。転生して、顔の作りは多少変わっているものの。かけているメガネや、太った体躯、そして私達と同世代であることを隠しきれない喋り方。



【クレハ、気づかない? うちのクラスにいた男子。名前が確か……】


【あっ!! どこかで見たことがあると思っていたけど……思い出したわ! 縁安ふちやす ただし。転生して姿や種族が変わっても、見た目は案外ごまかせないものね】



 名前が異なるのは、こっちに来てから初めて名乗った名前がステータスに反映されるシステムゆえにだろう。“ヘリアン”という名前は、縁安ふちやすという名字をもじっただけのものということだ。音を変えて読めば、へり・あん。単純なものだ。



「ヘリアン王。探しましたよ……スライムなんぞに転生させられて、何度も死にかけて、ようやく貴方の前に立つことが出来ました」


「お前、何を言って……!」



 彼は、転生する前の日。私が「気安く話しかけるな」と言って雑にあしらったキモオタだった。私は堂々と変装を解き、出来る限り“人間”だったときの姿に自分の姿を変化させる。私が変装を解いたのをみて、他の皆も一斉にメイド服を脱いだ。



「ま、ま、まさか。石本……コユキ……!!」


「久しぶりだね、縁安ふちやすくん?」



 最早忘れかけていたであろう、転生前の人間が突然として眼の前に現れたのだ。ヘリアンは見るからに動揺していた。ただごとではない様子に、周囲の兵士や審判者ジャッジ達がざわめきだしている。ボヤボヤしているととっ捕まえられるな。私は大きく息を吸い込むと、そして叫んだ。



「私達は清掃員ではない!! この度我々がここに参上したのは!! ヘリアン王の悪事を暴き、彼の悪徳な行為を罰するためである!! ここにおわすのは、前王女、アリッサム・セレスガーデンである!!」



 私が叫んだ後、アリッサムも帽子を脱いでトレードマークであるウサギ耳を露わにした。前王までこの場にいることが明らかになり、ますますこの場のどよめきが大きくなる。



「な。何をボヤボヤしている!! と、捕らえよ! 侵入者だ! そいつらを捕まえろ!!!」



 とにかく、私達のことを放置しておくのはまずいと。ヘリアン王は誰よりも取り乱したまま絶叫した。彼の命を受け、周囲の審判者ジャッジ達が一斉に“審判の書”を開く。



「アンチ・フィールド!! <スキル無効>!!」



 しかし、誰よりも早くマリンが術式を発動した。私の持っていた“審判の書”は今はマリンの手にある。王座の間全域のスキルを予め封じることで、審判者ジャッジ達のスキルを無効にしてやったわけだ。私達のことを一網打尽にしようとしていた兵士たちは、アテが外れて立ち往生している。



 この方法をとるとマリン以外の味方のスキルまで封じられてしまうことになるが、今はそんなことは大して問題にならない。相手も同じ条件である以上、身体能力で勝る私達が負ける要素はない。



「ヘリアン王!! あなたの悪事、裁かせていただきます!!」



 アリッサムが声をあげると同時に、マリンが魔法を発動した。彼女の<幻惑魔法>により、王座の間に地下施設の様子がありありと映し出されている。そこは、奴隷を誘拐し閉じ込めておくための施設。“奴隷の首輪”製作所をはじめ、許されるはずのない証拠がこれでもかと保管されている場所だ。



「獣人をはじめとし、善良な市民を誘拐しては奴隷として売買していたことに加担するなど言語道断です! 元王女の名において、貴方の身柄を拘束させていただきます!」



 アリッサムは腕をまっすぐに伸ばし、人差し指を突きつけて言った。ヘリアン王は一瞬きょとんとしたのち、肩を揺らして不敵な笑みを浮かべる。



「ふ、ふふふ。はははは! 何をしでかすかと思ったが……この場でそんなことを暴露しても何も変わらんぞ! 今や、この城のほとんどの者はこの俺の手の内。人数の利はこちらにあるんだ!」



 彼の言うことは事実なんだろう。その証拠に、こんな映像を見せられれば知らぬものは「何なんだこれは」と動揺するはずだ。彼の味方しかいないとなると、この閉ざされた空間で彼の悪事を晒したところで意味はないし、ただの悪口大会で終わってしまう。しかし、そんなことはこちらも当然分かっている。



「ということは、認めるんだね? 獣人誘拐の件も、奴隷売買の件も」


「ふん! ああ、そうさ。認めてやろう。俺は獣人というものが嫌いでね。獣臭い奴らがこの街をうろついているだけでも虫唾が走るんだよ。そこにいるアリッサム前王女も獣人だが、獣人が国を治めるなんて俺には理解できないね。……まぁ、同様のことを考える輩も一定数いたからやりやすかったよ」



 ニヤニヤしながらヘリアン王は肩をすくめていった。あ、こいつ絶対ぶっとばそう。少なくとも、私達一行の怒りを買ってしまったわけだが。あいつはまだ気がついていなさそうだな。



「ところで、アリッサム王女をどうやって城から追い出したわけ?」


「簡単なことさ。アリッサム前王女の前の王、アカシア王殺害事件は知っているね?」



 いや、知らないけど。アリッサムの表情を見る限り、実際にあったことなんだろう。



「まぁ、知っていようがいまいがどうでも良い。とにかく、その容疑を彼女にかけてやったわけだ。科学捜査がないこの世界では、証拠をでっちあげて誰かに罪をなすりつけるなんてことは容易いことなのさ」


「ま、まさかアンタ……」


「ん? ……いやいや、流石にそこまではしないさ。ちょっと人脈を使ってちょちょいと、ね。王たる器のこの俺が、直接手を汚すなんて美しくないだろう?」


「嗚呼、信じられません。自らの目的を達成するためだけに、お父様を手に掛けるんて……」



 アリッサムが口を覆って顔を青くしている。アリッサムの前の王様は、アリッサムのお父さんだったのか。ヘリアン王は気持ち悪いニヤつき顔をして持論を述べているが、ある意味直接手にかけているよりも質が悪いことだ。何よりも、こいつは自分が悪いことをしているという自覚がないことがまずい。こいつの悪事は、何としてでもここで断ち切らなければならない。……しかし、それももう完遂しようとしているところまで来ていた。



「直接関わっていないにしても、アリッサムのお父さんを殺したことにも加担していたわけだね?」


「ふん、今更それがどうしたというんだ。いいか? そうやって余裕を見せていられるのも今のうちだぞ。審判の書による<スキル封じ>は制限時間があるんだ。もうすぐ効力がきれる。そうなったらお前ら終わりだ」



 アリッサムが、いやこのセレスガーデンがおかしくなったのは全てこいつが元凶だ。が、もう十分だ。一刻も早くこいつを楽にしてやろう。



「じゃあ、ご苦労さま。無意味なやりとりをして、お前に人差し指を突きつけるためだけに私達がここに来てると思っているんだとしたらとんだ間抜けだね。……もう手遅れだけどね」


「はぁ? お前、何を言って……」



 まだ自分の状況がわかっていないようだ。私は説明を促すようにマリンをチラリと見る。マリンは小さなため息をつくと、奴の言葉を遮るように一歩前に出た。



「良い? 貴方のこれまでのやりとりは全て、セレスガーデン全域に映像として流させてもらったわ。つまりこの街のヒト全員が、たった今あなたの悪事を知ったってことになるの。……おしまいなのは、貴方のほうだったわね?」



 先程まで調子の良かったヘリアン王の顔色が、サーッと青くなる。



「な、なん……そんなことができるわけ」


「<幻惑魔法>を<スキル広域化>。“審判の書”があれば、そう難しいことじゃなかったわよ」



 悪戯のようにウインクするマリン。そのウインクを受けて、自分の置かれた立場を知った彼は膝を折ることしかできなかったようだった。

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