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vol.70 小休止

 それから、清掃員に扮した私達はクレハとキキョウの分の衣装を持って地下へ移動した。「遅い」と言いたげなクレハを制し、彼女たちを拾ってルピナスの部屋にやってきたわけだ。



「狭い部屋ですが、適当にくつろいでくださいね」



 ルピナスが扉を開けて案内してくれる。今や全部で七人の大所帯となってしまったが、彼女の部屋はそれでも全員が余裕をもって座れるくらいには広かった。さすがは、王城に住んでいるだけはあるといえる。……というより。清掃員に与える部屋としては広すぎるが、もしかしたらこれでも王城の中で一番狭い部屋がここなのかもしれない。



「なにか飲まれますか? といっても、今は紅茶くらいしか出せませんが……」


「あ、いや。そんな、気を使わなくても」



 せっせとティーセットを用意しているルピナスに、流石に悪い気がして止めようとしたのだが。



「皆さん、いただきましょう。ルピナスの入れる紅茶は定評があるんですよ?」



 アリッサムは微笑んでそう言った。……まぁ、明日は失敗できない勝負が待っている。少しくらいは気を抜く時間があっても良いのかもしれないと、私達は紅茶をいただくことにした。すっかり日も落ちて、ランプの温かい光が部屋中を照らしてくれている。しばらく待つうちに、ダージリンの良い香りが漂ってきた。



「おまたせしました」



 豪華そうなティーカップに、夕日よりも更に赤い液体が揺らいでいる。一口すすれば、芳醇な香りが口の中を支配した。アリッサムが言うだけあって、確かに絶品だ。



「そういえば、お腹空いたわね」



 紅茶を嗜みながら、クレハがポツリとこぼす。言われてみればセレスガーデンに来てから何も食べていない。紅茶のいい匂いを嗅いで、余計に空腹感が刺激されてしまったようだ。ぐう、とアンズのお腹から可愛い音がした。知らん顔をしていればバレないのに、彼女はすぐに顔を赤くするから分かりやすいんだよなぁ。



「といっても、モンスターを狩って手に入れたお肉くらいしかないわよ?」



 アイテム欄に並ぶ、生肉(並)達。これまでは、豪快にキャンプファイアーで焼いて食べる生活をしていたのだけれど。外での生活に慣れすぎたせいか、いざこういう街に来ると食事に困ってしまう。まさか街中で炎をぶっ放すわけにもいかないからなぁ。



「暖炉でもあれば焼くことはできるけど……」


「ありますよ?」



 ルピナスはそう言うと、部屋の奥の置いてあった棚をずらした。そこには、長らく使っていなかったであろう暖炉。ススにまみれてはいるものの、使えなくもなさそうだ。



「わぁ、これで食事にありつけるね!」


「せっかくだから貴重な素材も出しちゃいましょうか。これとこれと、あとこれも……」



 生肉(並)、薬草(上)、香草(並)、生魚(上)、トタミの実(並)。色とりどりの食材を、マリンが<調理>スキルで食べやすい形に刻んでいく。



「これも使いましょうか」



 遺跡で蟻を倒した時にドロップしていた“耐炎の紙”。ただの紙が燃えないだだろうと思って、何に使うものかと頭を悩ませていたが。こうして実物を見れば一目瞭然だ。アルミホイルのようにマリンは魚の周りにくるくると巻き付けていく。



「あとは……」



 仕上げとばかりに、<炎魔法>で暖炉に火をくべればもう完成だ。部屋中がいい匂いで満たされていく。それから待つこと十数分。



「出来たわ。お肉のハーブ焼きに、お魚はアクアパッツァ風に仕上げてみたの。みんなの口に合うと良いんだけど……」



 トントントン、と目の前に美味しそうな料理が並んでいく。ついでと言わんばかりにサラダなんかも用意してくれたらしい。なんかもう、食べなくても美味しいとわかるな。食べるけどね!



「いただきまーす!!」



 開口一番に各々がそう言うと、我先にがっつきだした。遅れてキキョウが、ルピナスとアリッサムは最後に顔を見合わせて料理に手を付けだした。むしゃむしゃとマナーなど気にしない私達と対称的に、アリッサムは礼儀正しく味わって食べている。



「これは……なんて美味しいんでしょう。マリンさん、これならこの城のシェフにだってなれてしまいますよ。せっかくですからその道を目指してみてはいかがです?」



 一口食べて、アリッサムは心底驚いたような表情をしてマリンに言った。元王女で舌の肥えているであろうアリッサムのいうことだ。お世辞などではなく、本当に美味しいと感じているに違いない。



「うーん。嬉しい申し出なのだけれど……」



 ストレートに褒められてマリンは照れくさそうに頬を赤らめたが。仮にアリッサムを再び王女にすることができたとして、私達の目的はそこで終わりというわけではない。



「ねぇ、アリッサムさんには私達のことを詳細に話しておいたほうが良いんじゃないかな」


「そうね。……いい機会だと思うわ」



 私が提案すると、マリン達は少し考えてから快く賛同してくれた。アリッサム達は不思議そうに首をかしげている。



「あの、どういうことですか?」


「……最初に結論から言ってしまうと、私達はこの世界のヒトではないんだよね」



 一瞬の間。私がそう発言した瞬間、まるで時間が止まったかのように空気が凍りついた。



「あ、あの? すみません、よく意味が」


「い、いやだから。私達は別の世界からやってきたんだよ。信じられないかもしれないけど……種族も別々の私達がこうして集まっているのが証拠というか。私とマリンはモンスターだし、アンズは獣人、クレハはダークエルフ。普通じゃまずつるんだりしないでしょう?」



 理解がおいついていない様子のアリッサム達に、論より証拠と私とマリンは顔を見合わせて<変化>を解いた。彼女らの目の前で、私は元のスライムに、マリンは黒猫へと変身する。……なんか久々にこの形態になったな。くやしいが、妙にしっくりきてしまう。



「な、な、な」


「ね? ……とにかく、私達がモンスターってことは事実なのよ。でもって、モンスターが喋るなんてのは見たことがないでしょう?」



 アリッサムもキキョウもルピナスも驚きを隠せない様子だが、マリンに言われて「うむむ」と唸ってしまった。喋るモンスターは、転生している私達以外では見たことがない。街で暮らしている彼女らにとっては尚更のことだろう。



「で、でも。この世界のヒトじゃなかったら……あなた達は何者なんですか?」


「本来は、私達はただの人間。私達の世界だと、この世界でヒューマンと呼ばれる種族しかいないんだ。ええと、人口密度っていえば伝わるのかな。人の数がとにかく多くて……後は、この世界みたいに魔法はないし、その代わりとして科学が発展しているかな」



 辿々しく説明してみたものの、アリッサム達の頭の上には「?」マークが浮かんで見えた。……だめだこれ伝わってないな。その様子を見ていたクレハが軽くため息をつき、代理で説明をはじめる。面目ない。



「例えばだけど。この世界では火を使いたかったら魔法を使ったりするわよね。ただしそれは魔力の有無に関わるし、魔法が使えないヒトはそれこそ火打ち石なんかで火をつけるしかないわけ」


「そうですね。魔法が使えないヒトには優しくない世の中です」



 アリッサムは心底悲しそうに言った。魔法なんてものがあって便利に感じるかもしれないが、実際は魔力には個人差があって生活の利便性に大きな差が出てしまう。



「科学だと、スイッチひとつで火が出て料理ができたり、お風呂を沸かしたり。部屋を温めたり……それは、誰でもできるのよ」


「誰でも!? ま、魔法は無いんですよね?」


「そう。大人でも子供でもできるわ」



 お手本のような反応をするアリッサム達に対し、クレハは「フフン」なんていって得意げに腕をくんだ。何で偉そうなんだ。



「すごい。そんなことが可能なのね……」


「まぁ、その科学がどうこうはそこまで重要じゃないんだけどね。ひょんなことがきっかけで、私達はそれぞれ姿を変えてこっちの世界に来ちゃったってわけなんだけど……。私達の目的は、元の世界に戻ることなんだ」

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