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vol.69 真面目な清掃員

「あの掃除ですら一心不乱に取り組む姿勢……間違いありませんね、彼女です」



 恐らくルピナスと思われる人物。だが、ここで安易に声をかけるのは得策ではない。というのは、王城の図書館というだけあって、そこには身なりの良い貴族らしき人々が多くいたからだ。騒ぎを起こして審判者ジャッジが集まってきたらたまったものではない。



「そしたら、私に考えがあるわ。アリッサムさん、近くに人が来ない部屋はないかしら?」



 どうやらマリンが何か思いついたらしい。アリッサムは少し考えたのち、とある方向を指さした。



「図書室の倉庫。そこなら、ヒトが来ることもほとんどないハズです。それこそ、清掃員くらいでしょう」



 今はその清掃員に用があるのだから願ったり叶ったりだな。マリンはそれを聞いてニコリと微笑むと、兜をかぶり直してルピナスに近づいていく。



「少しよろしいでしょうか。ルピナス殿に折り入ってお話があります」


「はい? 今忙しいので掃除しながらじゃだめですかね」



 掃除を邪魔されて、露骨に不機嫌になりながらルピナスは返答した。え、ええ……そんなに? そんなになの? 予想外の反応に、マリンは一瞬たじろいだが言葉を続ける。



「すみませんね、あまり他者の耳に入れたくない話でして」


「え、はぁ。あ、でも少々お待ちいただけないですか。せめてこの汚れを落としてから……」



 雑巾を握りしめて力説する彼女を見た瞬間、あぁこのヒトは天然なのだとすぐに理解することができた。表情は見えないが、流石のマリンも苦笑しているであろうことが分かる。



「それは、後にしていただけますか。大事な話なのです」



 兵士に格好のマリンにそう言われては従うしかないのだろう。ルピナスは深い溜め息をついて渋々立ち上がった。何かブツブツ言っているが……思うように掃除が出来なかったことの不満をこぼしているらしい。そんなルピナスがマリンについて倉庫に入っていったのを見届けてから、私達も彼女に続いた。



「で、なんですか。まだまだ掃除が終わっていないので、手短に済ませてほしいのですが」



 倉庫は薄暗く、少しだけほこりっぽかった。見た目は十分綺麗な図書室よりも、まずはこっちを綺麗にしたほうが良いんじゃないかな。窓から差し込む陽の光だけが唯一の灯りだ。その光で、今が夕方であることを私は知った。



 変装とはいえ兵士相手だというのに、腕を組んで全く怯むこと無くマリンを真っ直ぐ睨みつけている。このどこまでも真っ直ぐな姿勢が、アリッサムから大きな信頼を得ている理由なんだろう。アリッサムは倉庫の入り口に入ると、重い兜を脱いで軽く頭を振った。長い髪がはらりと舞い、ピンと立ったウサギ耳が重しから開放された。



「ルピナス」



 元王女が名前を呼ぶ。先程までマリンを睨みつけていた彼女は、その声を聞いた瞬間ピクッと反応しすぐに振り返った。その顔を見て、疑惑は確信へ変わる。ここにいるはずがない人物が、再び自分の前に現れたのだ。



「苦労をかけましたね」


「あぁ……信じられない。アリッサム王女……!!」



 優しく微笑むアリッサムに対し、ルピナスはボロボロと大粒のナミダをこぼし泣き出してしまった。



「まさかまたお会いできるなんて、夢にも思っておりませんでした……!」



 最も信頼できる相手から引き離され、軟禁状態だったのだ。泣き出したルピナスをアリッサムはそっと抱きしめる。暗い部屋にさすオレンジ色の光が、彼女たちを祝福するように包み込んでいた。







「すみません。まさか王女のお知り合いとは思わず、失礼な態度を……」



 ルピナスは恥ずかしそうに顔を赤くしてマリンに頭を下げる。とりあえず安全な場所に来た私達は変化を解き、ルピナスにことのあらましを説明していた。



「それは大丈夫よ。ええと、ひとまず自己紹介しておきましょうか。私はマリン。そして、こちらが」


「私はコユキ。よろしくね」


「アンズです、宜しくおねがいします」



 社会人の挨拶のようにお互いがペコペコと頭を下げて挨拶をする。



「王城の地下にも、仲間が二人待機しているんだけど。今回はルピナスさんに是非お願いしたいことがあって、アリッサムさんとここに来たってわけ」



 彼女の協力が必須なのは、ヘリアン王に近づくために何か良い案がないかどうか聞き出すためだ。清掃員たる彼女ならば、現在の王城の情報に長けているはずである。



「アリッサム王女のためであれば、どんなことでもお申し付け下さい。協力致しますよ」



 ふう。どうやら彼女は快く協力してくれるらしい。アリッサムが唯一信用できる存在であるというだけある。ほっと胸をなでおろし、私はルピナスに質問する。



「ありがとう、助かるよ。……例えば、なんとか玉座に近づく方法とかない?」


「玉座の間ですか……」



 彼女は知恵を絞り出すかのように再び腕を組んだ。しかし、すぐに何か思いついたようで倉庫の奥へと小走りに進んでいく。私達は不思議そうに首をかしげてお互いに目を合わせたが、またすぐにルピナスは戻ってきた。その手には、大きな箱のようなものが抱えられている。



「まずは、これに着替えていただきましょうか!」



 どん、と箱を置きながらルピナスは言った。恐る恐る箱を開けてみると、そこには様々なサイズのメイド服が入っている。……なるほど。



「皆様には、まず私と同じく清掃員に扮していただきます。……勿論、アリッサム様もですよ!」



 鼻息を荒くして彼女は述べる。……ただアリッサムにメイド服を着せたいだけじゃないだろうな。アンズが一着手にとって広げてみると、ロングスカートの可愛いメイド服だった。清掃員といっても王城で働くということだけあり、その衣装は機能的なだけでなく高貴なものを感じさせるデザイン性だ。



「清掃員のフリをするのは良いんですけど、それだけで玉座の間に近づけるものなんですか?」



 不安を感じたのか、アンズがルピナスに尋ねる。



「フフフ。あなた達は非常に運がよろしいみたいです。その玉座の間を大掃除するタイミングが、ちょうど明日なのですよ」


「明日! これまたタイムリーな話だね。……でも掃除って普通、王様がいない夜とかにするものなんじゃないの?」



 私が質問を挟むと、ルピナスはチッチッチと指を振って「甘いですね」と言わんばかりにニヤついてみせた。なんだろうちょっとだけ悔しい。



「それが、玉座の間の清掃だけは違うのです。王ともなれば暗殺などが心配されるわけですから、玉座などに余計な仕掛けなどをできないようにする必要があります。即ち、たかが清掃なども王や審判者ジャッジの眼の前で行うことが決まりなのです」



 うわ、審判者ジャッジもいるのかぁ。覚悟していたとはいえ、厳しい状況を強いられることになりそうだなぁ。……アリッサムやキキョウもいることだし、できるだけ戦闘が起こらない状況を作り出さないといけないんだけど。腹をくくらないとな。狂いなく<形態変化>できるよう、私はメイド服をまじまじと観察する。



「ところで、ヘリアン王の前に行くとのことですけど。何をされるつもりなんですか?」


「あ、うん。ちょっと、アリッサムさんに王女として返り咲いてもらうだけだよ」



 一瞬の沈黙。 



「え、ええ!? そんな簡単におっしゃってますけど、まさかへリアン王を暗殺したり……」


「流石にそこまではしないわよ? ヘリアン王だって、アリッサムさんから王座を奪う時に直接的な方法は取らなかったんでしょう? ねぇ、そうよね?」



 マリンがアリッサムを見て確認すると、アリッサムはメイド服に袖を通しながら静かに頷いた。



「ええ。いわれもない罪を着せられまして……。……まさか」



 私の企みを察したのか、アリッサムが息を飲んだ。しかし、ヘリアン王に被ってもらうのは言われのない罪などではない。実際に彼が行っている悪事の責任をとってもらう。



「目には目を、ってね」



 ニカッ、と私は彼女らに微笑んでみせた。

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