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vol.68 侵入大作戦

 またしても長い長い階段を登っていく。質素な石造りの床や壁は、心なしか上に登るほどしっかりした作りになっていく気がした。いや、実際はそんなことは無いのかもしれないが、いよいよ王城に侵入するという逸る気持ちが私にそう錯覚させているのかもしれない。



「アンズちゃん、そんなに緊張したら上手くいくものもいかなくなっちゃうわよ」


「は、はははははい。そそそうですよね」



 ガチガチに緊張した様子のアンズをマリンが諌めている。私も振り返ってアンズを確認したが、なるほど。階段を登る動作すらぎこちないようでは、この先が思いやられてしまうのも仕方ない。



「さっきまであんなに気合が入って、下っ端をボッコボコにしていたのに。これさえ無ければねぇ」


「……でも、そこがアンズさんの良いところなのかもしれないですね」



 ため息をついて肩をすくめるクレハに対し、アリッサムがくすくすと笑いながら言った。クレハはどこが? と言わんばかりに不思議そうな顔をしてアリッサムに聞き返す。



「というと?」


「緊張するということは、これから臨むことにそれだけ真剣に取り組んでいるということです。その意気込みが嬉しいですし、そんなアンズさんに私は何度も元気をもらったものです」



 王族から転落し、孤独に一人でスラム街生活を強いられたアリッサム。アンズの振りまく優しさに随分救われたのだろう、彼女は心の底からアンズのことに感謝しているようだった。



「ふうん。そういうものかしら」


「そういうクレハだって緊張しっぱなしなんでしょう。アナタは緊張するといつもより耳が立つから分かりやすいわよ?」



 便乗するようにキキョウがクレハをからかい、指摘されたクレハは真っ赤になってキキョウのことをポカポカ叩いていた。アンズやクレハに限らず、緊張して当たり前の状況なんだから隠すこともないと思うんだけどな。



「うふふ、喧嘩もほどほどにしましょう? そろそろ階段が終わりそうよ」



 マリンの指摘を受けて、パーティがぴたりと静かになった。ここからは、流石に慎重に行動せざるを得ないため<忍び足>を使用して少しでも身体から発せられる音を少なくしていく。



 階段を登りきった先。まず目に飛び込んできたものは、頑丈そうな鉄格子だった。薄暗く、カンテラで照らさないと先がよく見えないほどに暗い。壁に鎖が繋がれてだらりと地面に垂れている。……どうやら、ここは王城の牢屋なのだろう。



「牢屋にしては、誰かが捕まっている様子がないですけど……」


「そりゃあそうでしょう。罪人なんて、捕まった瞬間地下送りにしてるんだろうし」



 アンズの疑問にクレハが「当然でしょ」なんて言いたげに答えた。“奴隷の首輪”をつけて処刑してしまえば、記憶を失った奴隷の完成だもんなぁ。しかも罪人なら獣人という縛りもなくなるわけか。くそう、上手く出来てやがる。



「ヘリアン王がロクでもない奴ってのが、進むほどによく分かってくるね」


「実際、類を見ないほど残虐な男です。しかもかなり狡猾ですから注意しなくてはなりません」



 アリッサムが嫌なことを思い出したようで小さく身震いをした。話していると分かるが、アリッサムはかなりしっかりしているし、頭も回る方だ。そんな彼女を王族から転落させて城から追い出すことができるほどには悪知恵が働く人物。厄介な相手であることは覚悟しておいたほうが良いだろうな。



「……まぁ、なにかあったら私に任せておいてよ」


「なにか策でもあるのですか?」


「コユキちゃんが任せてって言う時は、安心して大丈夫な時よ。この子以上に頭の回転が早い子を私は見たことがないの。大船に乗ったつもりで任せましょう?」



 アリッサムに答えようとしたのだが、マリンに代弁されてしまった。そんなにハードルを爆上げされても困るのだけど……。困ったようにマリンを見つめてみても、ただ笑顔で返事されてしまった。まぁ、無策で乗り込むほど私も愚かではない。せいぜい大暴れさせてもらうとしよう。







 牢を出ると、そこにはまた上り階段が待ち構えていた。いい加減うんざりしてくるが、今度の階段はそんなに長いものではないらしい。……というのは、階段を登った先から話し声が聞こえてきたからである。どうやら数は、二人。兵士らしき男たちが何かを話しているようだった。



「……まったく、ヘリアン王も人使いが荒いよなぁ。目的のためだか何だか知らないけど、嫌な仕事は全て部下に押し付けて……」


「シッ! 声がでかい。もし幹部の耳にでも入ったらお前が地下行きになるぞ」


「おお、こわいこわい。滅多なことは言うもんじゃないってか」



 見張りの兵士だろうか。どうやら部下たちの処遇もあまり良いものではないようだな。この世界が絶対王政であると聞いてなんとなく想像はしていたけれど、王様の命令は絶対なんだろう。謀反でも起こさない限り、この恐怖政治が終わることはなさそうだ。私は審判の書を開き、3つの呪文を唱える。



「……<発声封じ>、<スキル封じ>、<引き寄せ>!」


「……ッ!?」



 本がぼんやりと光り、階上から兵士たちが引っ張られてくる。突然喋ることすら許されない状況になり、困惑した様子で男たちは私達のことを見ていた。……その中に、アリッサム元王女の姿があることを確認すると見るからに動揺が大きくなった。



「首を縦もしくは横に振ることで答えて下さい。……ルピナスさんはどちらにいるかご存知ですか?」



 アリッサムが男たちに尋ねる。彼らはしばらく沈黙したままどうしようか考えている様子だったが、やがて抵抗を諦めたように首を縦に振った。



「それは……食堂? 中庭? 執務室?」



 アリッサムは順番に思いついた場所を訪ねていく。兵士はしばらく首を振っていたが……



「……図書室?」



 あるキーワードのところで、ようやく首を縦に振った。図書室か。うーん、他にも兵士やら王城のスタッフやらがいそうだなぁ。なんとか変装できないかな……。……いや、待てよ。



「あっ、いけるわ」


「え?」



 ぽかんとするアリッサムに私はニヤリと笑うと、男たちに近づいていった。嫌な予感を感じ取った兵士たちは、怯えたように縮み上がるしかできなかったようだった。






 ガシャン、ガシャン。兵士たちから鎧を奪って変装した私達は図書室を目指して歩いていた。私とマリンはスキルで変身し、アリッサムとアンズは鎧を着てもらう。鎧の数が足りないので、クレハとキキョウは一旦牢屋で待機してもらうことにした。



「仕方ないわね。何かあったら大声出すのよ、すぐに飛んでいくから」



 クレハがそんなことを言っていたが、出来ればそんな状況は御免こうむりたい。こんな敵の中心地で騒ぎを起こすのははっきり言って自殺行為だ。さっきの地下施設みたいに、下っ端ばかりというわけにもいくまい。きっと審判者ジャッジも多く駆けつけてくることだろう。



「作戦の第一段階はまず隠密に過ごすことが大事だよ、っと」



 顔が見えないように兜を深くかぶり、がしゃがしゃと音を立てて歩く。アンズはともかく、アリッサムは重い鎧に不慣れなようでかなりぎこちない歩き方だったが、案外誰にも気づかれることなく図書室前までやってくることができた。



 その図書室は、見る人が見ればきっと宝の山に映るだろう。所狭しと多種多様の本棚が敷きつめられた様子は壮観だ。きっと貴重な文献やら歴史書やらがあるんだろうし、こんな状況じゃなければ貪るように読んでみたいところなのだが。



「……ねぇ。アリッサム、あれじゃない?」



 図書室の床を、一生懸命雑巾がけしている人物。綺麗な長い金髪を揺らし、ホコリ一つ残さないといった勢いで掃除に没頭している。小声でアリッサムに確認すると、彼女は肯定を意味するかのようにゆっくりと頷いた。

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