vol.66 開放
「そ、そんな……!」
自分のことを殺してくれという、あまりに残酷な願いを聞いて私は思わず距離をとった。理屈は分かる。もはやヒトではなくなり、ただの殺人マシンと化した自分の命をここで終わらせてほしいってことだ。私がその立場だったとしても同じことを頼むかも知れない。
でも、それを私に頼むだなんて。こんなの……ひどいよ。うつむいて拳を握りしめる私に対し、状況がつかめていないマリン達が困惑した表情を浮かべている。
「こ、コユキちゃん。まさかあのロボットと……知り合いなの?」
私にこんな見た目の知り合いがいるだなんて想像もしていなかったのだろう。我を忘れて突っ走ってしまった。誰もが怪訝な顔をしているが、説明をしてあげなければなるまい。
「マリンは知ってると思うけど……ウエストウッドの街で、“人形の館”って場所があってね」
そうして、私は彼女たちにことのあらましを話した。アンズを救うために人形の館に行ったこと。そこでは人体実験が行われ、奴隷として買われたヒトが機械に改造されていたこと。エスタロッテとその館の当主がその実験に関わっていたこと。そして今目の前にいるロボットは、その時であったD-12こと、ディーちゃんであること……。
「前あったときは、ここまで改造されていなかった。……きっと、私達と別れたあとにまた捕まって、取り返しのつかないところまで改造されてしまったんだよ」
「……そうだったの」
三人に話し終わり、私は改めてディーちゃんに向き直る。彼女は静かにそこに佇んでいた。自らの命運を私に託したかのようにだらりと脱力したまま、ただそこにいた。
「こんなのってないよ。私を殺してくれだなんて……」
「ギギ……ガ……」
次から次へと試練を与えてくるこの世界に嫌気が差してくる。ただ脅威に立ち向かうより、知り合いを手に掛けるほうがよっぽど辛い。しかし、その時異変が起きた。
「……バヤ……ク……意識……ガ」
ディーちゃんの身体から煙がたちこめ出したのだ。もしや、意識を保っているのもギリギリの状態だったのか!? このままではエスタロッテの目論見どおり、本当に殺人マシンに変化してしまうかもしれない。あまり考えたくなかったが、彼女に残された時間は少ないようだった。
「コユキさん……」
「ちょ、ちょっとどうするの!?」
アンズとクレハが見るからに焦っている。エスタロッテとモンタナを一撃で切り伏せたあの攻撃力だ。狼狽えてしまうのも無理はない。ただ、モタモタしている時間がないのは分かっているのに。私は行動することに踏み切れずにいた。
「コユキちゃん! アナタがやるのが辛いっていうなら……私がやるわ」
そんな私を見かねて、マリンがディーちゃんに向かって一歩、歩みを進める。マリンが自ら汚れ役を買って出てくれるらしい。でも……
「待って!!」
マリンに向かって大声で叫んだ。マリンは溜めかけた右手の魔力を解除し、私の表情をじっと見つめる。
「できるのね?」
「うん。私が……私がやる」
私はそう言って、自分の右手を鋭い刃に変化させた。マリンは小さく息を吐くと、私に道を譲り部屋の外に向かって歩き出す。
「コユキちゃんを少しの間二人にしてあげましょう」
「え、でも」
「コユキちゃんは大丈夫。……覚悟を決めた顔をしていたから」
マリンに続いて、アンズとクレハも部屋を出ていく。ディーちゃんと二人きりになった私は、右腕の剣に魔力を帯びさせた。より確実に、せめて一発で葬ってあげるために。魔力の刃を形成し、その切れ味を何倍にも増幅させていく。
「ディーちゃん……ごめんね」
ディーちゃんは、立ったまま自我を保つために必死に格闘しているようだった。全身からジリジリと異音を響かせ、煙を出して身体が勝手に動き出そうとしているのを自制しているようだ。もはや何か言葉を発しようとすることも叶わないらしい。もう、時間がなかった。
右腕に魔力が溜まりきったのが分かる。どんな姿になっても、最後の瞬間までディーちゃんは私のことを忘れていなかった。私も、せめて彼女のことを忘れずにいてあげようと思う。
「さようなら……!!」
思い切り右手を振り切る。極限まで高めた切れ味が、目の前の機械の身体を一刀両断した。最後の瞬間、「ありがとう」と。……そんなふうに聞こえたのは、きっと気のせいではないはず。完全なロボットに改造されても、彼女の最後の顔は、確かに笑っているように見えた。
※
「おまたせ、みんな」
私は自分の目が涙で腫れていないことを確認してから、部屋の外で待っていた三人に合流した。
「コユキちゃん、その……」
「いや、私はもう大丈夫。気にしないで。……エスタロッテのこと、絶対に許すわけにいかない。みんな、これを見て」
マリンが気遣って何かを言いかけたが、私はそれを手で遮った。そして、部屋に落ちていたあるアイテムを提示する。それは、モンタナが持っていた本。“審判の本”だ。
「審判者が持っていた本が手に入ったんだ。これは多分、本来なら手に入らないアイテムだ。身をもって体験したから分かると思うけど、これは相手が生き物でさえあれば絶対的な力を持つチートアイテムと言って良い」
「す、凄いじゃないですか! これさえあれば無敵……」
とんでもないものを拾ったものだ。審判者は倒すことができないように設定していたはずだ。それがエスタロッテとかいう異分子が作り出したロボットによって倒されてしまった。興奮してアンズが明るい顔をしているが。
「いや、そうでもないわね」
「えっ?」
クレハが冷静にツッコミをいれた。アンズが呆けた顔をしているが、まぁその通り。そういうわけでもないのだ。
「まず、さっきみたいに生物ではない相手には無敵ではないし、ほかの審判者にどこまで対抗できるか分からないわね?」
マリンが解説してあげると、アンズがなるほどと大きく頷いた。……そういえば、審判の本が手に入ったことでまずやらないといけないことがあったな。
「アンズ、ちょっと良い?」
私はアンズを自分の近くに呼び、彼女の首に手をかざした。そして本に乗っているある呪文を唱える。
「<解呪>!!」
長らく彼女を苦しめていた奴隷の首輪は、あっけなくカチリと音を立てて床に落ちてしまった。うおお、なんてあっけない。モンタナは嘘を言っていなかったわけだ。勝ちを確信したあまり、ペラペラと色々な情報を喋ったことが仇となったな。
「……わぁ!! とれた! とれたとれた! とれましたコユキさん!!」
大興奮してアンズが抱きついてくる。勢いよく飛びついてきたものだから、私の顔が彼女のやたらと大きい胸に埋まってうまく呼吸ができなくなってしまう。やめてやめて苦しい。マリンが、ニコニコ顔のままアンズを私から引き剥がした。
「……ぶは。そんなことより、キキョウ達を開放しに行こう。彼女たちを逃したら、いよいよ作戦の次段階に突入だよ」
※
私達はキキョウ達が待機している部屋に戻り、手に入れた本の力で<解呪>を使用して全員分の首輪を解除していった。この本の力は凄まじく、本に載っているスキルを使用しても自らの魔力は使用されないようだった。すなわち、スキルが使い放題というわけだ。なるほどこれはチートだなぁ。何でもできるとは良くいったものだ。
惜しむらくは、転移系スキルが載っていないことだろう。ほとんどの攻撃スキル、防御スキル、回復スキル、行動停止スキルなどは載っているだけに実に惜しい。まぁ、<転移>というものがそれだけ特殊であるということか。むしろ転移まで自由に使えてしまったら、私達がセレスガーデンに来たときに審判者がすぐに私達のところに<転移>してきて御用だっただろうし。
とにかくだ。これさえあれば、次やろうとしていることはかなり楽になるはずなのだ。次はいよいよ、セレスガーデンの中心地。王城へ、突入する。




