vol.65 機械仕掛けの人形
「困りますね、勝手なことをされては」
自らの力で現状を解決することを諦め、ついに祈るしかできなくなったその時だった。聞き覚えのある声が室内に響く。身体が動かせないので、目だけでそちらを見たのだが……私を更なる絶望の底に落とすには十分過ぎる人物がそこにいた。その声の主は、エスタロッテだったのだ。
「おや、エスタロッテ。そんなに凍るほど冷たい目をしてどうしたんだい。ゾクゾクしてしまいそうになるじゃないか」
もう少しで斬り伏せられるというところで、モンタナは私達に背を向けてエスタロッテに向き直った。モンタナのニヤつき顔が相当鼻につくのか、エスタロッテは顔をしかめている。
「気持ち悪いことを言わないで下さる? 良いですか、もしダークエルフと獣人の混ざった四人組が来たら私に知らせるよう組織全体に言ってあったハズです」
「そう、それは勿論聞いているさ。だが、僕は組織に属していても君たちの部下ではない。そんな命令を聞く義理は無いということさ」
エスタロッテの言葉にモンタナはニヤニヤしながらそう返したが、彼女に睨まれると肩をすくめて道をあけた。
「といっても、キミに嫌われると色々厄介そうだからね。ここは譲ってあげよう」
「当然です。コイツらは私が殺さないと気が済みませんからね。……それも、できるだけ惨たらしく」
状況は全く変わっていなかった。ライオンに殺されるか虎に殺されるか。これじゃあ、その程度の差しかない。ガラにもなく誰か助けて! なんて祈ってみたのに、こんなの酷すぎるだろ。……あぁ、でもよく考えたらこの世界の神は私をスライムなんかに転生させる鬼畜だったっけ。祈る相手を間違えたか……。
「さて、それでは早速始めるとしましょうか。モンタナ、あなたはそのまま奴らの動きを止めておいて下さい。その方が都合が良いのでね」
モンタナは何も言わなかったが、むしろ何も言わないことが肯定を意味しているんだろう。エスタロッテが指をパチンと鳴らすと、ガシャンガシャンと何か重々しい足音を立てて近づいてくる者がいた。不安を感じる間もなく、そいつは姿を現す。
エスタロッテのように四肢だけではない、全身が機械化した巨大なヒト。……いや、それはもうヒトではなかった。その体躯はあちこちにチューブが接続され、何の働きをしているんだかよく分からないパーツがあちこちに設置されている。その四肢は歯車がむき出しになっており、そして抹消には鋭い鉤爪がつけられていた。
敢えて一言で言い表すなら、殺人マシーンとでも言ったところだろうか。そいつは部屋の中央まで来ると、蒸気を吐き出しながら停止した。エスタロッテが一言命令すれば、その鉤爪を私達に向けるに違いない。流石にこんな身動きひとつできない状況でロボットに襲われたらひとたまりもない。
「ギギギギギ……」
不気味な声を発して、そいつは私達のことを見下ろしていた。私は声も出せず黙ってそいつと見つめ合うことしか出来ない。ああ、せめて痛くないようにひと思いにやってくれ。恐怖に震える私達を見て、エスタロッテが満足気にニヤニヤしている。くそう、あんなヤツにやられるのか……。
「フフフ、いい気味です。そもそも、お前らのような薄汚いネズミが私達に歯向かったこと自体が間違いだったということですよ。あの世で精々後悔することですね……やりなさい!!」
エスタロッテの命令と共に、そのロボットは一旦姿勢を低くすると大きく飛び上がった。駄目だ、やられる! その迫力に目を閉じてしまいそうになる。
しかし、次の瞬間。私が目にしたのは、予想とは180度異なる結果だった。
「が……? 何……だと……」
そのロボットは、まず近くにいたエスタロッテを切り裂いた。鋭い鉤爪はエスタロッテの左腕を吹き飛ばし、その勢いは腕だけに留まらず胸の当たりにも深い傷跡を残していた。たまらずエスタロッテはその場に崩れ落ちる。一体何が起きた!?
「ギギギギギ……!!!」
「くそっ、化物め!! <行動停止>!!」
モンタナが“審判の本”を発動し、ロボットに向かってスキルを発動する。しかし、ロボットは止まる気配がない。今度はモンタナに向かって飛びかかった。
「ば、馬鹿な!! <行動停止>! <行動停止>!! 行動……ひ、ヒィッ!?」
この世界に生きとし生けるものである限り、“審判の本”で裁けないものはない。アイツはそう言った。私はモンタナの最後の瞬間を見ながら、その言葉を思い出していた。自分で言っておいて、気づかなかいなんて。あのロボットは、全身機械。あのヒトはもう、きっと“生きていない”んだ。
ズギャッ!!
ヒトを抹殺するのに最も的確な形をした鉤爪が、モンタナを鎧ごと切り裂いた。彼の背後の壁が赤く染まり、そしてあっけなく彼は絶命した。ぐるりと眼球が上転し、うつ伏せに地面に倒れ。そして彼は例にもれず経験値石、そしてアイテムへと変化する。
「ッ!! う、動く! みんな、身体が動くわよ!」
その瞬間、私達の束縛が解け身体に自由が戻った。私達は慌ててロボットに対し身構える。そのいざこざのうちに、エスタロッテが血を流しながら部屋から逃げていくのが視界の端に映った。追いかけたいところだが……このロボットが目の前にいたのでは動けない。
「ギギ……ギ……」
だが、どうしたことだろう。それっきり、そいつは私達に襲いかかってこようとしなかった。構えることもせず、だらりと四肢を脱力し、悲しそうな目で私達……いや、私のことを見ている。
「……?」
何で? てっきりエスタロッテの改造ロボットが、制御できなくなって暴走していると思ったのに。そのロボットと見つめ合ううちに、私はその悲しそうな目に何処か見覚えがある気がしていた。……それは気の所為ではない。
「コユキ! 何ボーッとしてんのよ!」
「そうです、襲いかかってこない今がチャンスなんじゃ……」
「……コユキちゃん?」
マリン達が思い思いに私に声をかけているが、全く頭に入ってこない。見覚えがある、ではない。確かに見たことがあったのだ。私はそのロボットに、会ったことがある。
「嘘、まさか」
「ギギ……」
私は思い出した。記憶の中にある姿と、今の……彼女の姿がマッチしないが。右肩の部分にはっきりと示された『D-12』の文字が、私に確信をもたせた。
「ディー……ちゃん……?」
以前、“人形の館”で捕らえられていた、人体改造実験の被害者。その型番から私が“ディーちゃん”なんて勝手に呼んで親しくなったヒトだ。その時は、私が嘘をついていたことを白状して気まずくなって……そのまま別れちゃったけど。ディーちゃんは私が人形の館から逃げ出した後、またエスタロッテに捕まっていたのだ。そして、更なる改造をその身に受けた。今の彼女の姿が、その成れの果てというわけだ。
「そんな……」
言葉も無い。きっと無事に逃げてくれているはずだと、無責任にあの場を後にした自分を責めた。それなのに、彼女はこんな姿になっても私のことを覚えていた。
今なら分かる。何故、あの時ディーちゃんは私と一緒に来てくれなかったのか。私が同じ改造人間じゃないと分かった瞬間、自分と一緒に行動することは私に迷惑をかける。彼女はそう思ったから、私と行動を共にしなかったのだ。
私が嘘をついていたことを怒っていたわけじゃないんだ。それなのに私は勝手に勘違いして……彼女を置いていってしまった。ディーちゃんは、私にずっと恩を感じてくれていたのだ。だから今こうしてなお、私達のことを助けてくれたのだ。
「ディーちゃん……ああ、そんな。私……」
「コユキ……!」
みんなの制止も聞かずフラフラと近づく私を、ディーちゃんはそっと抱きしめるようにしてくれた。ああ、前もこんなふうにしてくれた気がする。今は、鉤爪のせいでぎゅっとすることは叶わないけど……。
私は泣きそうになりながら彼女を見上げた。ディーちゃんは、あまり変わらない表情でただ私のことを見つめている。うまく言葉も喋れず、何かをつぶやいているが聞き取ることができない。
「え、何? どうしたのディーちゃん……」
それでも何とか聞き取ろうと更に彼女の顔に耳を近づける。ようやく聞き取れた言葉は、私には重すぎるものだった。
『わ た し を こ ろ し て』




