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vol.64 審判者の力

「赤い扉、赤い扉……」



 長い廊下を四人で駆け抜けていく。奥の方にあるとは聞いていたけど、この地下施設はどれだけ広いのだろうか。石造りの壁がどこまでも続いていて感覚がおかしくなってしまいそうだ。同じ風景が続いてなんだか酔うというか……RPGのダンジョンで迷った時、主人公はこういう気分になるんだろうか。



「あっ、アレじゃないの!?」



 それから出会う男どもを薙ぎ倒しながらかなり進んだ頃、クレハがある扉を指差した。確かにドアの縁が派手な赤色をしているな。この廊下にも飽き飽きしていたことだし、さっさと部屋に入ってしまおうか。……しかし、それは叶わないらしい。私がドアノブを握った瞬間、ガチッと何かが引っかかる感触。鍵がかかっていた。



「……うーん。下っ端は入ることを禁止されているって言ってたけど、やっぱり鍵かかってるよね」


「コユキさん、任せて下さい」



 どうしたものかと考えるより先に、アンズが私の前に躍り出た。え、アンズ<鍵開け>とかのスキル持ってたっけ? しかし、彼女の行動は私の予想とは異なるものだった。アンズはドアを前にして、鍵穴をいじる様子もなく低く身構える。……あっ、まさか。



「はぁぁっ!」



 彼女は右腕を引き、その拳を真っ直ぐドアに向かって突き出した。バゴォッ! という音とともに重そうな扉がいとも簡単に吹き飛ぶ。……うん、時間はないから最適解なのかもしれないけどさ。もっとこう、慎重さというか……。いつものアンズなら物怖じして中々行動できないというのに。きっと自分も関わることだから、気合の入りようが違うということなのかな。



「アンズ、やるじゃない」


「アンズちゃん、ありがとう。おかげで時間の短縮になったわ」



 それでもクレハとマリンは、現状に適応して素直に感嘆の言葉を漏らしている。私がおかしいのか。非常事態だし敵のアジトだしで壊すことに罪悪感が無くなっているけど良いのかな。



「わぁ、これは……」



 赤い扉の部屋に入ると、ズラリと並ぶ見覚えのある首輪。白い首輪に赤い模様。“奴隷の首輪”が所狭しと並べられていた。はっきり言ってロクな思い出がないモノなだけに、この場にいてあまり気分の良い場所ではないな。



 ただ、これだけ沢山の首輪があるということは。この首輪自体もここで作られているという可能性が高いということだ。作られているなら首輪の呪いを解除する方法もあるはず。それさえ分かってしまえばどうとでもなるわけだな。



「ねぇ、コユキちゃん。アレは何かしら?」



 マリンの指差す方を見ると部屋の奥に何かがあるのが分かった。アレは……なんだろう? そこには見たこともない代物があった。大きな球ような水槽に、薄紫色の水が入っている。そしてその中には沢山の首輪。……首輪を水につけてどうするつもりだよ。何の実験だ。



「うわぁ。……もしかして“奴隷の首輪”ってこうやって作るってわけ?」



 クレハが水槽を覗き込み、「うげー」なんて言って鼻をつまんでいる。言われて見れば少し匂うような。アンズが複雑そうに自分の首輪をいじりはじめた。うん、一刻も早く取ってあげないと可哀想だなもう。完成品は臭くないのがせめてもの救いか。



「おやおや。ネズミが入り込んでいると思ったら……まさか獣人にダークエルフ、そしてモンスターとはね」


「ッ!?」



 瞬間。私達は金縛りにあったように動けなくなった。妙に鼻につく男の声がしたと思ったら、振り返ることすらできなくなったのだ。どういうことだ!? 何が起きた!?



「だ、誰だ……何で私達の種族まで」



 途端に、自分の身体が強制的に“気をつけ”の形になりぐるりと向きが変えられる。視点が変わって、私達は初めてその男の姿を見ることができた。物々しい鎧を身に着け、本のようなものを開いてニヤニヤと笑みを浮かべているそいつ。その本はうっすらと光を帯びているようだった。



「嘘!? 審判者ジャッジ!? 黒薔薇は、審判者ともつながっているというの……!!」


「ご明察。審判者ジャッジに出来ないことは無いんだよ。相手のことを知るのも、スキルを封じることも、動けなくすることだってね」



 その男の言う通り、指一本動かすことができなかった。喋ることができるのも、奴のさじ加減ひとつでコントロールできるんだろう。まさかこんな奴までこの施設にいるだなんて予想外だった。ちょっとこれは流石にどうしようもない。



「私達をどうするつもりなの……それに、名乗ったらどう? 女の子を四人も前にして失礼じゃないかしら」


「コレはコレは。私としたことがとんだ失礼を」



 その男はマリンに言われてニヤニヤと笑みを浮かべると、意外にも頭を垂れてお辞儀をした。なんなんだこいつ、いちいち鼻につくな。



「私の名前はモンタナ。もうお分かりと思いますが審判者ジャッジの一人。ヘリアン王の命を受けて、黒薔薇組織で活動している者だ」



 モンタナと名乗った男はカツカツ、とブーツの音を鳴らしてマリンの眼の前に立った。直立不動で相手をにらみつけるマリンを一瞥し、思い切り横っ面を叩いて吹き飛ばした。



「キャッ!!」


「マリン!! お前……なんてことを!!」



 マリンは今の一発で口を切ったらしく、口角から血を流していた。殴られても受け身をとることすら出来ず、まともに頭から床に叩きつけられ苦痛に顔を歪めている。



「審判者たる私に口ごたえをするとはな、食えない女だ。……いや、女と呼んで良いものなのかな。そこに転がっている奴とお前はモンスターだろうに」



 くそっ、あの本の力か。こっちのスキルは封じられて何もかも筒抜け。こんなの反則じゃんかよ。



「お前達をどうするかだが。当然、秘密を知ったものはその記憶を消す必要があるわけだ。……何だ、そこのダークエルフとマリンとかいう女はともかく他の奴は残機がほとんど残ってないじゃないか。では殺すしかないわけだなぁ、残念だ」



 ククク、と怪しげに笑うとモンタナは淡々と言った。アンズが奴隷になるまでの記憶がないのはこういうことだったのか! 首輪をつけたら売り出される前に皆が一度は殺されて、ここの情報を記憶から消すわけだ。リスポーンは首輪の力で主の元に戻ってくると。まったく良く出来ていやがる。



 でもって、私とアンズは残機が一つしかないから用済みってわけか。……こんなところでゲームオーバー? 冗談じゃないぞ。なんとか時間を稼がないと……。



「本当に何でも有りなんだね……まさかここまで一方的に、何もできなくなるくらい強力な力を持っているなんて」


「その通り。この世界では審判者ジャッジに逆らうなんてことは愚の骨頂以外の何物でもないのだよ。相手がこの世界に生きとし生けるものである限り、この“審判の本”で裁けないものはないのだ」



 相手を持ち上げてやると、得意げになってそんなことを言っている。こいつ案外扱いやすい奴なのかもしれないな。なんかうっとりと本を見つめだしたし。とんだナルシスト野郎だ。



「それだけ全知全能なら、こういう首輪を作ることができるのもうなずけるね……。そこの水槽もアンタが作ったわけ?」


「そう、よくぞ聞いてくれた。それは素晴らしい発明なのだよ」



 私の口車にまんまと乗せられて、男はぺらぺらと喋りだした。



「これまでの奴隷の首輪は一つ一つに魔力を込めないと完成していなかったが……この“魔力水”につけることで、一気に魔力を取り込むことができるようになったわけだ! 大量生産が可能になり、コスト面も大幅に削減できたわけだな」


「へぇ……そんなに沢山作ったら管理は大変じゃないの? 首輪をはずす時とかはどうしてんのさ」


「そんなもの、この“審判の本”があれば容易いさ。首輪を作ることができれば、それを解除することだってできるのは当然のことだろう」



 ふうん。とにかく、あの本があればなんとかなるわけか。……ただ、あの本のせいでこの場にいる誰もが動くことすらできないってことが問題なわけだけど。



「さて、そろそろ良いかな? 君は中々私の崇高な研究を分かってくれるようだから、殺すのは最後にしておいてあげよう。まずはそこに転がっている、生意気な小娘から痛い目にあってもらうとしようか」



 まずい。色々と情報を引き出せたは良いけどついにモンタナは私達に手をかける気のようだ。ど、どうする。どうやってこいつを止めれば良い!?



「待て! やるなら私からに……!?」


「黙れ。この部屋にいるものは全て私の思うがままなのだ。余計な抵抗をしようなどと思わず、悔いが残らぬよう神にでも祈ることだな」



 意見しようと声をあげた私の口が開かなくなる。くそっ、喋ることすら封じられたか!! そうして、彼は腰にある剣を抜いた。鈍く光る刀身が、これ以上なく残酷に見えてしまう。このままじゃ全員殺される。誰か……誰か助けて。今の私には、祈ることしかできなかった。

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