vol.63 奴隷収容所
簡素な石造りの長い階段を降りていくに従い、外の明かりが届かなくなっていく。私はフードの男たちから奪っておいたカンテラに火をともした。ぼんやりとしたオレンジ色の光が周囲を照らすのを見て、こんな時だというのに何処か安心できる光だなぁと余計なことを考えてしまう。
「あぁ、なんて素敵な灯りなのかしら。地下っていうから薄暗いのは覚悟していたけど、もうちょっとなんとかならなかったのかしらね」
クレハが皮肉をこぼしているが、まったくもってその通りだと思う。これじゃ地下施設というよりダンジョンだ。モンスターがいないことで辛うじて施設の体裁を保っているといったところだろうか。
階段を降りきると、今度はこれまた長い廊下に出た。カンテラの灯りを頼りに見渡すと、等間隔に左右に扉がついている。うわ、これ全部調べないといけないのか。骨が折れるなぁ。
「ん? 新たな奴隷を捕らえたのか。今回は早かったな」
その時、不意に右側の扉から男が出てきた。あまりにも突然だったので、私達は思考停止して思わず固まってしまう。え、嘘。<気配感知>に引っかからなかったぞ、今。
「どうした。奴隷部屋に連れて行かないのか?」
「……」
怪しまれているのか、何なのか。こいつフードの男たちと知り合いっぽいし、流石に声を発してはバレてしまうだろうなぁ。……やるか。私はチラリと四人を振り返ると、早急に男の後ろに回り込んだ。
「何を……モガッ!」
すぐに男が声を出せないように口を覆い、奴が出てきた部屋に連れ込む。その部屋は休憩室のようだった。どうやら今日は運が悪いらしい。部屋に入った瞬間、更に三人の男と目が合う。何でこいつらも<気配感知>に引っかからないんだよ。どうなってんだ!
「お前ら、何して――」
どうすべきか考えるより先に、真っ先にアンズが飛び出していた。アンズは正面の男をボディブロー一発で鎮めると、手刀でその右にいた男の意識を刈り取る。そして三人目の男が後ろから飛びかかるのを見て高く飛び上がった。
「!?」
次の瞬間、男の視界は真っ暗になっただろう。アンズは両の太腿で彼の顔を挟むと、そのままぐりっと捻り上げた。ゴキッという音と共に男が昏倒する。え、死んでないそれ? ……いや、大丈夫か。呼吸はしてるみたいだし。クレハはその様子を見て、ヒュウと口笛を吹いた。
「な、なんなんだお前ら……」
アンズの動きが機敏すぎて、自分が一人男を締め上げていることを忘れていた。ひどく怯えた声で私達に質問をしてきている。マリンが男の腰に刺さっていたナイフを抜き取ると、彼の首元にピタリと当てた。男は声の出し方も忘れてしまったかのように、目を見開いてマリンのことを見ている。
「質問に答えてくれる?」
「な、何を……」
これじゃ悪役は完全にこちら側だな。まぁマリンに殺気があるわけじゃないのは見て分かるけど、相手からしたらたまったものじゃないだろうな。マリンはクスリと笑うと、そのまま言葉を続けた。
「奴隷として捕らえた人たちを、閉じ込めている場所を教えて頂戴」
なんという圧力。マリンの笑顔が、かえって相手の恐怖心を植え付けたらしい。彼はぱくぱくと何かを言おうとしたが、辛うじて質問の答えだけを喉から絞り出しのが精一杯だった。
「ろ、廊下に出て……右側の扉……三番目」
「分かったわ、ありがとう」
マリンはそう言うともう片方の手で持っていた“黒雷石”をそっと彼にあてがった。バチッ、と弾けるような音と共に彼の意識は閉ざされたようで、ぐるんと白目を向いて倒れてしまった。……深く考えても仕方ないか。先を急ごう。
※
先程の男がいったとおり、言われた扉を開けると牢屋がたくさんある部屋にたどりつくことができた。その部屋は随分とだだっ広い代わりに、所狭しと牢が敷き詰められており沢山の奴隷を置いておける場所のようだ。ここにもやはり見張りの男がいたので、アンズに頼んでさっさと気絶してもらうことにした。
「それにしてもすごい数ね。……あ、こいつ鍵を持っていたわ」
クレハが鍵の束を男から奪い取る。もう良いかと全員でフード付きのマントを脱ぎ、部屋を見渡した。ちょっと数が多すぎるけど……とりあえず片っ端から開けてあげるべきなんだろうか。
「……クレハ? それにみんな!?」
その時だった。不意に聞き覚えのある声が聞こえてその方角を見ると、そこにはキキョウが捕らえられていた。
「キキョウ!! 無事なの!?」
クレハが駆け寄っていくが、一瞬浮かべた笑顔はすぐに消えることになった。彼女の首には、例の“奴隷の首輪”がはめられていたのだ。
「……一件落着、ってわけにはいかなかったか」
奴隷の首輪をつけられている限り、首輪をはめられた者の所在はその主に筒抜けになってしまう。すなわち、なんとかしてキキョウの首輪を外してあげないといけないわけだ。これまでこの首輪の外し方が分からず、アンズにも相変わらず首輪がついたままだけれど。この施設を探索することで、首輪を外す手がかりがつかめるかもしれない。
「とにかく、片っ端から開放していくよ。みんなで手分けしよう」
※
ガチャン、ガチャン、ガチャン。どの鍵がどの牢屋なのか分かりづらく、鍵に書いてある数字と牢の数字を照らし合わせて少しずつ開放していく。時間はかかったが、私達はなんとか今捕らえられている全員を開放することに成功していた。キキョウ以外は全員獣人か。やはり、ヘリアン王の獣人差別のせいでこの街では獣人しか狙われることはないみたいだな。
「……ただ、全員に奴隷の首輪がはめられていると」
これでは逃げ出しても、そのことがすぐにバレてしまう。キキョウ含め、今ここから下手に動くことは危険であると言わざるを得ないな。とにかくこの場から動かないよう全員に説明し、キキョウとアリッサムにはまとめ役になってもらうことにした。
「私達は、できるだけ早く奴隷の首輪を外すための手がかりを見つけてくるから」
キキョウとアリッサムにそう伝えると、彼女らはあっさりと了承してくれた。戦闘で役に立つことが出来ない彼女らは、自分が足手まといになってしまうかもしれないことを重々承知しているんだろう。彼女らの期待に答えるためにもさっさと目的を達成しないといけないな。
私達は廊下に出ると、とにかく奥側を目指すことにした。どういうわけか、この施設では<気配感知>が使えない。施設全体に妨害の魔法でもかかっているのだろうか? 手がかりを探すにしても、総当たりになってしまうな。……知っているやつに当たるまで、なんとか聞き出すしか無いか。物騒な手段だけどね。
「はいお邪魔しまーす」
<気配感知>が使えない以上、今はもう出たとこ勝負だ。適当にその辺の扉を開け、中に入る。そしてそこにいた適当な男を捕まえ、奴隷の首輪について質問。知らなかったら気絶させていく。……ああもう、やってることが完全に悪党だよ。
そんなことを繰り返していくうちに、漸く知っているらしい男を捕まえることができた。なんでも、首輪が沢山保管されている部屋を見たことがあるとかなんとか。そしてその場所は、施設のかなり奥の方にあるらしい。下っ端は入ることを禁止されているとか。
「赤い扉だから、見たらすぐ分かると思うぜ……ゲフッ」
聞くべきことも聞き出せたことだし、しっかりと気絶しておいてもらう。赤い扉か。ロクな情報が得られていない以上、今はとにかく行ってみるしか無い。首輪の部屋に手がかりがあることを願って、私達はそこを目指すことにした。




