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vol.62 囮大作戦

「王座に返り咲くとまでは思っていませんでしたが……」



 私の提案を聞いて、アリッサム王女は悩ましい表情を浮かべたが。元より、この少人数で黒薔薇、もといヘリアン王までも陥落させようという無茶なことをしようとしているのだ。どうせ無茶をするなら、行けるところまでいってやろうという私達の気持ちを汲んでくれたらしい。



「分かりました。セレスティア家の名にかけて、あなた方にお力添えできますよう尽力して参ります。……それと、そんなにかしこまらないで下さい。今は私は王女ではありません。一友人として、接していただければ十分です」



 彼女は優しく微笑み、そう言って手を差し出してくれた。私も笑顔で握手に応じる。さて、これで正式にアリッサム王女のサポートを受けられるわけだけど。いよいよ、黒薔薇に喧嘩を売るとなると作戦をしっかり考えないといけないわけだ。



「それで、今度こそ作戦なんだけど……」


「そのことですが、今回は私に任せてもらっても良いですか?」



 私が切り出す前に、アンズが手をあげて言った。珍しくアンズに考えがあるようだ。私達は彼女の意見に耳を傾けることにした。







「本当に大丈夫なの? 確かに変装は上手く言ってるように思うけど」



 物陰に隠れながら、クレハがボソボソと呟く。私達の視線の先にはいつもの純白の忍び装束ではなく、スラム暮らしの住人に扮したアンズがいた。彼女はいま、奴隷の首輪も外套で隠しスラム街をうろついている。



「きっと大丈夫よ。あのアンズちゃん自ら囮作戦を提案して、しかも自分が囮役をやるだなんて……これまでじゃ考えられない進歩だと思うわよ。それに、獣人で一度攫われたことのあるアンズちゃんは適任かもしれないわ」



 不安そうにソワソワしているクレハを諭すようにマリンが言った。スラム街をうろつくといっても宛てが無いわけでもなく、アリッサムの情報でそれなりに“攫われやすそうな”状況を再現している。一人でうろつき、夕方の暗くなってきた時間で、人通りの少ない道を歩く。



 離れたところからアンズをストーカーするようについていっているわけだが、なんだかこれじゃ私達が人さらいと勘違いされてしまいそうだな。しかも作戦開始してから小一時間立ったが、一向に黒薔薇っぽい連中が現れる様子も無いし。



「まぁ、初日でヒットするってのも虫がいい話よね」


「そうだねぇ……って、待って! なんか出てきたよ!」



 気づけば、アンズはフードを深くかぶった四人組の男に取り囲まれていた。何か言われているようだが、遠くて聞き取れない。どうする、今すぐ近づいていって良いものか? 何かあればアンズから<念話>が飛んでくるハズだけど。



 あっ、アンズが腕を掴まれた! ……と思った瞬間。瞬きしている間に、その男は宙に浮いていた。他のフードの男も襲いかかるが、次々と吹き飛ばされている。やはりチンピラ程度じゃアンズの相手にならなかったか。って、感心している場合でもないので私達はさっさとアンズの元に向かう。



「あ、皆さん。どうやらこの近くにアジトがあるようですよ」



 最後の一人となった男の胸ぐらを掴みながら、アンズは私達に笑顔を向ける。やってることと表情のギャップがちょっと怖いよアンズ。お手柄なんだけどさ。



「随分簡単に情報を吐いたんだね?」


「ステータスもかなり低い人達でしたからね。ちょっと脅したらすぐでしたよ。勿論、嘘だったらタダじゃおかないです。ねぇ、分かってますよね?」



 その胸ぐらをギリリと締め上げると、フードの男は「ギエエ」と情けない悲鳴をあげた。実力差が顕著過ぎて、相手は萎縮してしまっているらしい。ステータスを見る限り、幼稚園児が格闘技の世界チャンピオンに喧嘩を売るようなもんだったからな。そりゃ無理もないか。



「す、すごいですね。アンズさん、ちょっと見ない間にそんなに強くなってしまったんですか」


「い、いえいえ。私なんてまだまだです、他の皆さんの方がもっと凄いんですから」



 アンズの実力を見てアリッサムが驚愕しているが、当の本人は謙遜して言った。そこまででも無い気はするが、人さらいの男には効果てきめんだったらしい。ボコボコにされた相手よりも更に強いらしい仲間が三人。見る見る真っ青になっていく顔を見る限り、完全に抵抗する気を失ってしまったようだな。



 私達は男達を縛り上げ、廃屋となっている建物の中に一時的に入ってもらうことにした。そしてその男達のフード付きマントを奪い、身に纏う。これで私達も、完全に見た目は人さらいというわけだな。内心、かなり複雑だけどね。



「うわ、ちょっとこのマント臭うんだけど」


「文句言わないの、これも作戦のうちなんだから」



 ……クレハがぶつくさと文句を言っている。いや確かにあんまり綺麗なものではないから、身につけるのが嫌なのはとてもよく分かるんだけどね。マリンが正論過ぎる注意をしたもんだから、私は便乗して言いかけた言葉を飲み込まないといけなかった。危ない危ない。



 でもって、作戦の次段階はアリッサムに一肌脱いでもらう必要があるわけか。



「アリッサムさん、大丈夫?」


「戦闘で役にたたない私が役に立てるならどんな形でも構いません。元より、もう失うものは無い身です。遠慮せずにやってしまって下さい」



 そういうと彼女は二の腕を私に差し出した。ここまで覚悟を決められては中途半端にやる方が失礼だな。私は、その腕をロープで縛り更に彼女の身体にロープを巻き付けていく。元王女とはいえなんだか失礼極まりないことをしている気分だ。



「準備できたわね。そしたら、アリッサムさんを誘拐したていで敵のアジトに侵入するわけだけど」


「敵にバレたらどうするんですか?」



 アンズが侵入後の懸念を述べるが、勿論そんなことは想定済みだ。



「そりゃすぐに壊滅させるつもりでブチのめしていくよ。だけど、少しでもバレないようにしたいから」



 私はそう言うと、縛られている男たちの方をジロリと見た。不良のようにヤンキー座りして奴らと目線の高さを合わせると、ニコニコしたまま言い放つ。



「今のうちに知ってることは全て教えてもらおうかな。……嘘ついても無駄だよ? こっちはスキルで君たちの考えは筒抜けなんだから」



 それは勿論ブラフだが、こうも実力差のある相手に言われては説得力が違うというものだ。アンズの言うようにこいつらから情報を聞き出すのは難しくなかった。結局、アジトの構造から誘拐した際のやり取りまで事細かに教えてもらった私達は、奴らが逃げ出さないようにきつく柱にくくりつけると廃屋を出てアジトを目指すことになった。







「情報通りなら、あの建物だね」



 スラム街の中でも特に治安が悪いとされる、街の南端。その建物はポツンとそこに佇んでいた。どうみてもただのぼろ小屋にしか見えないが、柄の悪い男が入り口に立っている。多分、あいつが見張りなんだろう。私達はフードを深くかぶって顔が見えないようにした上で、縛られたアリッサムをつれてその男に近づいて行った。



「獣人を誘拐してきた。開けてくれ」


「ご苦労。……合言葉は?」



 見張りと思しき男に声をかけると、前情報で聞いていた通り合言葉を聞かれた。



「そんなものは知らない」


「……通れ」



 うっかり合言葉を本当に知らない者も言ってしまいそうな合言葉を伝えると、男はドアを開けてくれた。こんなんで良いのかなぁ、と疑問を感じつつも堂々と中に進んでいく。ボロ小屋の中に入ると、いきなり目の前に地下へと続く階段が現れた。



 ボロ小屋はあくまで地下の存在を隠すためだけのものだったんだな。若干緊張してしまうが、いよいよ敵の本拠地に突入するわけだ。私達はお互いに顔を見合わせ、その階段を降りていった。

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