vol.61 アリッサム・セレスティア
「そうなると、まず囮役だけど……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
早速“黒薔薇”および王様を出し抜く作戦を立てようとした私達だったが、それはアリッサムの制止により中断されることになった。もう、せっかく覚悟を決めたのに。
「何でまたしても脅威に向かっていこうとしてるんですか!? アンズさんも折角助かったのに、また危険に飛び込んでいくなんて! 何考えてるんですか!」
アリッサムは激しい口調でまくしたてる。突然彼女が怒り出したもので、私達は状況が掴めずポカンとしてしまった。兎に角落ち着いてもらおうと意見しようとするが、
「いや、だって」
「だっても何も無いです! それなら私にも考えがあります!」
何か言う前に遮られてしまう。参ったなぁと思っている間に、彼女は入り口を塞ぐように立ちはだかった。一体何をするつもりだ。
「良いでしょう! どうしてもやるっていうなら……その作戦に私も参加させてもらいます!」
あぁ……そう来たか。パーティを組んでいるわけでもないヒトとこの作戦を実施するのはどうしても躊躇してしまう。いざという時に最低限は自分で自分の身を守ることができないと、全体の足を引っ張ってしまうことになりかねないからだ。かと言って、彼女が引く様子も見られないし……。
そう私が頭を悩ませていると、クレハが腕を組んでアリッサムのことをじっと見つめた。自分より小さな身体の少女に凄まれて、アリッサムは少したじろいでいる。
「あのねぇ! 勝手なこと喚いてんじゃないわよ! レベル5のくせに!!」
うわ、言っちゃったよ。すげぇなクレハ。<ST閲覧>でアリッサムを見ると、確かにレベル5だった。作戦に参加するって言った瞬間にステータスを盗み見たな、さては。
「な、何を」
「こっちだって仲間の命がかかってんのよ! アンタのせいで作戦が失敗したら、それこそどう責任とってくれるっていうの!?」
クレハにしてみたら、キキョウの命運を左右する作戦だ。余計な邪魔が入っては溜まったものではないということだろう。
「そもそもねぇ、アンタはアンズの何なのよ! アンズだってこの子なりにちゃんと考えてものを言ってんの! それをアンタがとやかく言う資格なんて無いんだから!」
「……クレハさん」
クレハは一通り感情の向くままに言い放ってから我に返ったらしい。アンズが自分を見ていることに気がついて、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。クレハはいつもアンズに当たりが強いと思っていたけど、彼女なりにアンズのことを認めていたらしい。こんな状況だけど、私はそれがちょっとだけ嬉しかった。
「……それでも! 私だって、あなたが仲間を想うのと同じくらいアンズさんが大切なんです。アンズさんは、私の命の恩人なんですから……」
クレハの言うことにぐうの音も出ないのか、否定するでもなくアリッサムはそう言うと悲しそうに俯いた。私は「えっ」という顔をしてアンズの方を見るが、アンズも記憶がないからかポカンとしている。
「命の恩人、って言ったわね。アンズちゃんとの間に何があったの?」
これまで黙っていたマリンが、漸く口を開いた。アリッサムを説得しないと上手くいくものもいかないと、冷静に分析したゆえの発言だろう。マリンの問いかけを聞いて、凄んでいたクレハも一旦引いて腕を組み壁にもたれかかった。ここは彼女に任せるらしい。アリッサムは、ぽつりぽつりと自らの境遇を話し始めた。
「スラムに来てからというもの、身寄りのない私は孤独な生活をしていました。不当な扱いを受けていた獣人たちは誰もが余裕がなく、このスラム街は犯罪も日常茶飯事な場所となっていました。……ある日、私はやっと手に入れた僅かな食料を持ってスラム街を歩いていました。ですが、その食料を狙った泥棒達にナイフで脅されて……」
アリッサムは傍らに置いてあった椅子に座る。今思い出しても恐ろしいことだったのか、彼女はぎゅっと自らの袖を握った。
「その時空腹で正常な判断ができなかった私は、食料を渡すのを渋ってしまったのです。反感を買ってしまった私は、三人の男に殺されそうになってしまったのですが。……そこで、アンズさんが私のことを助けてくれたんです」
ほう。ここでアンズが出てくるわけか。
「突然私の目の前に飛び出したアンズさんは自分よりも大柄な男たちをなぎ倒して、私に手を差し伸べてくれました。その時のアンズさんは、『こっちに来たばっかりで分からないことばかりで。私に色々と教えてくれませんか』と言って。それからです、私とアンズさんが一緒に暮らし始めたのは」
「ふーん。アンタ、結構やるじゃない」
クレハがアンズのことをまた褒めた。アンズは照れくさそうに自分の耳をいじっているが、今はそういう空気でもないですよ皆さん。
「貧しい生活ながらも、私達は楽しく暮らしていたんです。大変自分勝手なことながら……私は、もうアンズさん無しの生活が考えられなくなってしまっていました。元の孤独に戻るくらいなら死んだほうがマシと思ってしまうくらいに。急にアンズさんがいなくなって、アンズさんを探し続けて。何度も、死んでしまおうかなんて考えました」
「ヘリアン王の謀略を知っていた私は、アンズさんがどうなってしまったのか嫌でも頭に浮かんでいました。まさか生きて戻ってきてくれるなんて……」
「ちょっと待って」
マリンがアリッサムの話を遮る。いつもの笑顔も無く、真剣な表情で真っ直ぐに彼女を見つめてマリンは言った。
「アナタがただのスラムで暮らす獣人なら、ヘリアン王の謀略のことをどうやって知ったのかしら。その辺の理由は説明できるの? じゃないと、私はアナタのことを信用できそうにないわ」
「……」
全員がアリッサムを見る。マリンの言葉に彼女は一瞬固まったが、小さくため息をつくと観念したように話しはじめた。
「流石、鋭いですね。……隠しておくのも失礼なので白状します。私は、元セレスガーデンの王女。本当の名は、アリッサム・セレスティアと申します。この指輪の紋章が証拠です」
思わぬ発言に、全員が目を丸くして立ち尽くしている。アリッサムが掲げた左手の指には、黄金に輝く指輪がはめられていた。その指輪に描かれた紋章には、何故か見覚えがあった。これは……発行キノコの洞窟の奥でみた、石碑に刻まれていた紋章?
「獣人ながら王女として活動していた私ですが……かつての部下であったヘリアンの手にかかり、犯罪者に仕立て上げられましてね。王たる権利を剥奪され、城を追放され。あまつさえ、スラム街においやられた始末です。ヘリアンの汚い部分を知る者もまだいるはずですが、彼の権力の前に誰も何もすることができずにいるのでしょう」
「いや、驚いたよ。まさか王族だったなんて……アリッサムさん、一つ聞いて良い? アンズと暮らしていた時、何かアンズにしなかった? 例えば、アンズに加護をかけるとか……」
「え? ええ。王族だけが扱える加護の魔法をかけたけれど……でもそれはおまじない程度のものよ? 何でそのことを?」
どうやら、見えてきたな。何故アンズだけにあの石碑が反応したのかが。
「どうやら、その加護はおまじないだけってことでも無かったみたいだよ。おかげで、王族の加護がないと入れない場所に私達は入ることができた。結果、アリッサムさん……いや、アリッサム王女のおかげで私達はここまでたどり着くことができたわけだね」
「王女だなんてやめてください。元々そうだっただけで、私は皆さんと同じただのヒトに過ぎません」
アリッサム元王女は決しておごらず、謙遜して言った。元部下にこんなところまで蹴落とされてプライドもズタズタだろうに、懐の深いヒトだ。私はこのヒトのことも、救ってあげなければならないと思った。
「変な偶然だけど、どうやら私達の目的は最初から同じだった見たい。危険は承知だけど、アリッサム様はこの作戦に参加する資格があると思う。黒薔薇をつぶして、ヘリアン王の企みを阻止して。そして、アリッサム様には王座に返り咲いてもらう」
みんなに向き直り、改めて作戦を説明する。元王女にここまで言わせて、否定するものは誰もいなかった。クレハに至ってはちょっと気まずそうにしている始末だ。……彼女の無礼を詫びる意味でも、しっかり働いてあげるとしよう。
「そういうわけです、アリッサム王女。どうか私達の作戦を決行するのに、その力をお貸し下さい」




